アルド戦②
『ぎゃあああああああ!!!』
男の絶叫がフィールド中に響き渡る。
膝をカクカクとさせながら、四つん這いの体勢で自身の顔を押さえている。
着けていたメガネはフレームだけが残っており、ガラスの部分は無くなっていた。
『……!!! 産まれたての子鹿の真似ですね!』
『そんな訳ないでしょう!!!』
『……産まれたての犬の――――――』
『犬でもないですよ!!!』
『産まれたての――――――』
『産まれたてシリーズしかないんですか!?もっと他にあるでしょう!!!ボキャブラリーを増やしてくださいよ!!!』
『あの、一旦冷静になってもらって』
『どうしてだよおおおおおお!!!!』
バンバンと地面を手で叩きながら、アルドは抗議する。
『それやるとミミズが出てきて楽しいですよね』
『くっ、君と話をしていると頭が痛くなってくるよ』
『えっ!?頭が痛いなら医者に診てもらったほうが』
『くっ、ルイン副隊長を見ている様だ』
緑髪の青年はゆっくりと立ち上がると、膝に付いた土をパタパタとはたき落とす。
そして、ガラスの入っていない眼鏡をクイッと直した。
『まさか先制攻撃をしてくるとは――――――』
刹那、ドラコの目にも止まらない早さのパンチがアルドの左頬を捉えた。
『ボヘッ!!!』
奇妙な声を上げ、10メートルほど殴り飛ばされた。
ズサーッと音を立てながら着地をする。
アルドはピクピクと体を震わせながら、地面をのたうち回る。
『話をさせてくれよォ!どうして有無を言わさずに殴りかかってくるんだァ!』
鼻からは血が出ており、ポタポタと地面へと落ちていた。
『え、お話をしたかったんですか?』
『そうですよ!こうゆうのは一旦、話をして戦いの雰囲気を作るところからでしょうが!』
『うーん……ちょっと面倒くさい人ですね!』
『くっ、話し合いが通じないタイプですか……』
アルドは地面に手を置く。
すると、小さな芽が現れ、ニョキニョキと音を立てながら成長し始めた。
それは段々と大きくなっていき、次の瞬間には一本の大きな樹へと姿を変えた。
『【千変大樹】』
大きな樹冠は影を作り、幹の部分からは奇妙にも枝が生えていた。
枝は軟体動物のようにウネウネと奇怪に動いており、得物を探しているように見えた。
『……ちょっと気持ち悪いですね』
『失敬な!!!可愛いでしょう!!!』
アルドは【千変大樹】の根本を優しく撫でた。
すると、枝が一本伸びて来て、アルドの頭をペシペシと軽く叩き始めた。
『アハハ、可愛いやつめ』
『な、なんか怖い人ですね』
『問答無用に殴りつけてきた君にそんな事を言われるとはね。……まぁ、いいか。では――――――始めようか』
その言葉と同時に、複数本の枝がシュルシュルと音を立てながらドラコへと向かって急速に伸びていった。
『うわっ!!!』
ドラコは咄嗟に地面に手を触れる。
すると、まるで水の中に入るかのようにドポンと音を立て地面の中へと姿を消した。
伸びた枝は後を追うように地面に激突する。
『……消えた?』
アルドは周囲を確認するが、ドラコの姿を見つけられなかった。
(枝に隠れて見えなかったが……どこに消えた?姿を消す魔術か?であれば――――――)
【千変大樹】の伸びた枝が互いに絡み合い、アルドを囲うように球体状の籠を作成した。
更に、その周辺に黄色い小さな花が幾つか芽吹き始めた。
『さぁ、出て来たらどうですか?僕は逃げも隠れもしますよ?何でしたら、サインを書いてもいいで――――――』
アルドの手がピクリと動く。
微かな揺れ。
緊張で張り詰めた空気を裂くようにアルドは叫んだ。
『――――――下かッ!?』
アルドが足元に視線を向けたその時、緑髪の少女が飛び出してきた。
地面に亀裂は無く、水のように流動的な波紋が地面を伝っていた。
『ていやぁ!!!』
ドラコの拳がアルドの顔面を捉える、かのように見えたがその直前でピタリとドラコの体が静止した。
『うぐぐぐ……動かない』
右足に何かが絡みついている感覚が伝わる。
それは、ミシミシと足首に食い込んでいき、鋭い痛みが体にはしる。
『……なるほど、地中を移動できる魔術でしたか。【水】か【土】属性の魔術ですかね?』
眼鏡をクイッと直しながら、アルドは余裕な表情を見せる。
ドラコは一旦態勢を整えるべく、土飛沫を上げながら地中へと飛び込んだ。
(……これは―――【根っこ】!?)
自身の足元を見ると、白く細長い根が足に食い込むように絡みついていた。
(さっきまでは無かったのに何処から!?いや、それよりも……)
ドラコはブンブンを足を前後に動かす。
しかし、根っこは解ける様子がなく、寧ろ少しずつ力が強くなっているようだった。
体を丸めるように縮め、両手で掴み思いっきり引っ張って見る。
(うぎぎぎぎぎぎ……解け…………ない!!! あと……力が入らない!!!)
いつもなら簡単に引きちぎれるはずの強度であるのにも関わらず、今は何故か上手く体に力が入らず駄目だった。
そうこうとドラコが苦戦していると、その動きに共鳴するかのように、他の根っこたちが集まって来た。
そして、瞬く間に右足と同様に両手、左足と縛られてしまった。
『やれやれ、地中は視界が無い分コントロールが難しいな。――――――まぁ、後は降参させて終わりかな』
根っこが徐々に短くなっていき、ドラコを地上へと引っ張る。
必死に下方向へと泳いでみるが、腕も足も思うように動かせない影響で全く推進力がうまれない。
(ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!!想像以上に力が強いし、なんか力が入らないよ!!!このままだと地上で固められて終わりだ!!!どうするどうするどうする!!!)
ドラコは必死に考える。
(こんな時、アランさんならどうする!?……アランさんなら――――――)
そうこうとしていると、足が地上に出てしまった。
そして、そのままズルズルと引きずられ、とうとう全身が地上に露出した。
『やぁ、こんにちは。さっきぶりだね』
逆さまで吊られているドラコに対し、アルドは優しく声をかける。
『残念だけど、ここからの逆転はないよ。この瞬間にも君の魔力を吸い出しているからね』
アルドはゆっくりとドラコの近くへと歩み寄る。
『いやぁ、その歳で地中を自由に移動できる魔術が使えるのは凄いね。土の性質を変えているのかな?それに、呼吸はどうなっているんだい?僕は土に対しての魔術はあまり得意ではないから是非話が聞きたいよ。きっと【植物魔術】との相性はいいはず。いや待て、土の流動化ができるのなら、石とかにも出来たりするのかな?もし出来るのなら、農作業にも応用できるじゃないか!』
眼鏡をクイックイッと何度も直しながら、やや興奮気味に語りだした。
その眼はキラキラと輝いており、まるでレアな虫を見つけた少年のようだった。
『……さっきからずっと黙っているけど、どうしたんだい?』
アルドは更にドラコに近づく。
『……気を失っているのか。まぁ、無理もないか。詳しい話はまた後で聞くとしようかな』
吊られているドラコの体に触れ、降ろそうとする。
しかし、その瞬間――――――ドラコの口から茶色い何かが飛び出してきた。
『うわッ!?』
体が反応する間もなく、茶色い何かが目に直撃した。
『め、目がアアアアアアアアアアアア――――――ッ!!! 眼鏡をかけているのに何でェェェェェェェェいや割られてたわアァァァァァァァァァァ!!!』
アルドは両手で目のあたりを抑えながら、狼狽する。
そしてそれと同時に、ドラコは自身を縛る根が少しだけ緩んだのを感じとった。
『今だ!!!』
両手を縛る根に思いっきり噛みつく。
ガリガリと音を立てながら顎を動かすと細かい繊維状に分裂していき、そのまま切断された。
『ぐっ……前が見えな――――――』
次の瞬間、アルドの顔面にドラコの拳が突き刺さり、今度は眼鏡フレームがカチ割れた。




