ルイン戦①
汗を拭き取ったクレアは剣を手に取る。
『では行って来ます』
『行ってら!』
『…………』
『どうした? 腹でも痛いのか?』
『い、いえ』
何か思うところがあるのか、クレアの表情には「不安」がよぎっていた。
『ルインとは同期だったので、その……少し緊張してまして』
『へぇ~、そうなんだ。――――――同期は副隊長でクレアさんは……うっ』
『ちょっと待ってください!!!なんでアランさんが泣いているんですか!!!あと、しれっと私が気にしてる事を言わないでください!!!』
アランは涙を流しながら、クレアの肩に手を乗せる。
『ルインってやつが、ムカつく奴なら作戦なんて無視してぶっ飛ばしていいぞ』
『しませんよ!!!もう!!!』
クレアは顔をムスッとさせながら、控え室のドアへと向かった。
そして、ドアノブを握るとこちらを振り返る。
『私は退団し、ルインは副隊長になりましたけど……私は私で自分の居場所を見つけられたので、「自分は不幸だ」なんて思ってませんよ?』
『向上心がないね、やり直し』
『なんでですか!!!』
『ハハハッ、まぁ、あれだ。――――――“成功したやつ”に、自分の成功を胸を張って語れるようなら何にも問題ないよな』
『……ふふ、そうですね』
そう言って、軽やかな足取りでクレアは部屋を後にした。
フィールドへと繋がる通路を歩いていると、松葉杖をつきながらこちらへ向かってくる人影が見えた。
『……グレイさん!?』
明るい金髪に、二本の刀を帯刀したエルフが手を挙げ挨拶をしてきた。
クレアは急いで駆け寄る。
『もう歩いても、大丈夫なんですか?』
『あぁ。君がお見舞いの時にくれた林檎が効いたのかもしれないな。ありがとう』
『そ、それなら良かったです。……それで、ここで何をされていたんですか?』
『いやなに、お礼を言うついでに、顔を見にきただけだ』
グレイは柔らかな笑みを見せながら、少し照れくさそうな仕草を見せた。
『な、なるほど、ありがとうございます。とは言え、今回私は戦略的な棄権をするつもりなので特にやる事はないんですけどね』
『そうなのか、君の戦いを見られないのは少し残念だな』
本当に残念そうな表情を見せながら、グレイは自身が来た方向へと向きを変えた。
『時間をもらってしまって悪かった』
『いえいえ、私もグレイさんと少し話せてよかったです』
『あぁ、俺もだ。―――ではな。次戦う時は俺が勝つからその時はよろしく頼む』
『ふふ、負けませんよ?』
松葉杖をつきながらゆっくりと歩いて行った。
『…………』
クレアはグレイの背中に陰りの様な、良くない何かを感じとった。
ざわつく胸を軽く手で押さえながら、通路を歩き進める。
『私は私のことに集中しなくては! よし!』
光射すフィールド上へと出ると、対戦相手はもう既に中央で待機していた。
白髪の少女はこちらに気がつくと、悪態をつく様にあからさまに自身の手首を見た。
しかし、手首に時計は巻かれていない。
『ちょっと!遅いんだけど!』
『す、すみません!』
クレアはそそくさと近づくと、頭を下げた。
『もう!クレアってちょっと抜けてる時あるよね?』
『貴女が入隊式当日に忘れ物をしたせいで、私も一緒に遅刻する羽目になった話でもしますか?』
『でも結局アンタも戦闘服忘れてたでしょ』
『……過去の話をいつまでもほじくり回さないで下さい』
『アンタが始めた話でしょ!!!』
『『…………』』
二人は無言で見つめ合う。
そして次の瞬間、二人して大きく笑い始めた。
『アハハハ、懐かしいわねこのやり取り』
『フフフ、そうですね。ルインも変わらない様で何よりです』
『それってアタシの胸が小さいままって意味かしら!』
『胸も身長も小さいままで安心しました』
『もう!!!』
斧を持った白髪の少女は、頬を膨らませながら、地団駄を踏んだ。
『ねぇクレア、帝国騎士団に戻って来なさいよ。今の私ならウェインを黙らせられるからさ』
『……それは無理です』
『何故?』
『今の私には――――――私を必要としてくれる場所があるので』
嘘偽りのない真摯な眼差しでルインの目を見る。
『……そんなにあの黒髪の青年がいいの?』
『ちょ、違いますよ!!!そうゆうアレじゃな――――――』
『あんな落ちこぼれのネトラレ男の何がいいのやら』
『……は?』
咄嗟にクレアは腰にある剣の柄に手を伸ばす。
その顔には明確な“殺意”があった。
『……アンタ、そんな顔出来るようになったんだ』
『訂正してください』
『訂正?何を?無様に失禁しながら、ウェインに婚約者をNTRれたクソ雑魚ナメクジでしょ?』
燃え盛る炎がクレアを包んだ。
その手には、鞘から抜かれた赤色の剣が握られていた。
『いいの?てっきり先鋒戦はスキップしてくると思ってたけど』
ルインはニヤリと口角を上げ、煽るような表情でクレアの目を見る。
『……何が目的ですか?』
『何の話?』
『ルイン、貴方程の実力を持った騎士がこんな幼稚な煽りをするのは、何か目的があるのでしょう?』
『……さぁね。どちらにせよ――――――棄権する前に、アタシと長々と話をした時点で手遅れじゃないかしら』
手に持っていた斧をクレアへと向ける。
そして、試合開始の宣言を促すべく、実況/解説席を見る。
『クレアが勝ったら発言を訂正してあげる』
『…………』
(ルインの目的は何?ただ何もしなければ無傷のまま勝ち点1を手に入れられる。わざわざ消耗してまで戦うメリットなんてないはず……いや、“戦う事”そのものが目的ですか?)
(そろそろアタシの目的には気が付いたかな?たった三年で【隻腕のグレイ】に勝てるくらいに強くなった、その理由は何なのか。それが帝国に不利益をもたらす“牙”となるのか、それとも“剣”になるのか副団長として確かめる必要性がある。……場合によっては【帝国騎士団】に何が何でも連れ戻さなくちゃいけない)
クレアとルインの視線が衝突し、思考が交錯する。
そして、沈黙を破るようにフィーヤ・ヘイルの試合開始の宣言が響き渡った。
『……先に言っておきますが、今の私は力を上手くコントロール出来ません』
『ん、どうゆうこと?アンタが強くなったのは借り物の力のおかげって事?』
『そうですね』
『……ふーん、まぁいいや。とりあえずはアタシにその力を見せてよ』
『下手したら死にますよ?』
『それなら上手くやればいいだけじゃない』
ルインの足元にブクブクと音を立てながら小さな水溜まりが地面から湧き出てきた。
そして、水溜まりはブルブルと震えだすと一人でに動き始め、手に持っていた斧に纏わり付いた。
その動きはまるで低級魔獣のスライムのようだった。
『じゃ、行くわよ!!!』
斧を自身の後ろへと引き寄せる。
そして次の瞬間、勢いよく振り抜いた。
遠心力に従うように、斧に纏わり付いていた水が斬撃となってクレアへと放たれた。
『……』
クレアは剣を軽く一振りする。
赤黒い炎は一瞬にして水の斬撃を吞み込み消し去った。
燃え盛る炎は「まだ喰い足りない」と言わんばかりに、激しくゆらゆらと揺れている。
『ふーん、やるじゃん』
(……水蒸気が全く発生していなかったわね。まぁ、原理は分からないけど、少なくともあれだけの火力を維持し続けるのは、いくら魔力量に優れたクレアでも難しいはず)
『【陽気な波】』
足元の水溜りから小さな波が発生した。
ルインは持っていた斧を横に倒しながら波の上に乗せる。
そして、小さく跳躍すると、斧の上に飛び乗った。
『火力はあるけど機動力はどうかしら?』
波は地面の上を滑る様に移動し始めた。
『……』
(私の仕事は大人しく棄権し、体力を温存することにある。だけど――――――)
クレアの脳内にとある黒髪の青年の言葉が浮かび上がる。
【ムカついたら、ぶっ飛ばしていいぞ^^】
『理由が何であれ――――――ムカついたのでぶっ飛ばします!!!』
クレアの足元に一陣の風が吹き荒れる。
炎は風を吸い上げ、大きくと猛々しく燃え上がり、そして――――――足元へと急速に縮小した。
『【怒れる炎の兎】』
燃え盛る炎のブーツがクレアの足を包み込んだ。
そして、足元に小さな魔術陣が表れたかと思うと、唐突に爆発する。
跳躍。
地面を蹴り、跳ぶように移動し、一気にルインとの距離を詰めた。
『――――――【火よ踊れ】』
跳躍により発生した慣性に乗りながら、灼熱の炎を纏った厄災の剣で斬りかかった。
『遅いわね!!!』
ルインは重心を上手く使い、細かい動きで器用に躱して見せた。
灼熱の一撃は空を斬る。
大きな火球と化したクレアは爆炎と共に地面に着地する。
『――――――【火よ逆巻け】』
灼熱の炎刃が陣風に乗り、距離を取ろうとするルインに向かって飛翔する。
空気を燃やしながら加速していく炎刃は複数に分裂し、相手に回避を許さない。
『チッ、速いわね――――――【水の帳】』
ルインは斧を手に取り、【陽気な波】を巻き込みながら斬り上げる。
すると、前方に水で出来た壁が出現した。
衝突と消滅。
爆発的な衝撃破を発生させながら対消滅した。
『やるわねクレ――――――ッ!?』
ルインの眼前に炎を纏たクレアの左拳が映る。
そして、それを認識した瞬間――――――ルインの右頬に鋭い痛みが走る。
『どうしました?――――――お昼寝の時間にはまだ早いですよ?』
殴られ地面に叩きつけれたルインを、クレアは冷静に見下ろす。
その瞳にはクレアのものではない“何かが”宿り燃えていた。




