ピラミッド
アイスヘイル・コロッセウムに入るや否や、押しつぶされそうな程の、人の川が見えてきた。
中央大陸に所属するギルド同士の対決にも関わらず、観客席は全て埋まっていた。
『うっは〜、すげぇ人の数だな』
『自国のギルドが敗戦しても、賭け事をするために残っている方達が一定数いるのでしょうね』
『皆さんお祭りが好きなんですよ!!!』
ドラコはキャッキャと子供の様にはしゃぎながら、ベノミサスの手を引っ張る。
『おいおい、あんまりはしゃぎすぎるなよ?』
『分かってますよアランさーーーーブヘッ!!!』
『ドラコさん!!!』
後ろを振り返りながら走っていた影響で、目の前にいる人に気が付かず、ぶつかってしまった。
『言わんこっちゃない!』
アランとクレアは駆け足でドラコの元へと向かった。
『いや〜すいませんねウチのもんが』
『あらあらあら、大した事ではありませんよ』
『ごめんなさい!前を見てな……あっ!天子お姉さん!!!』
ドラコはくわっと目を見開くと、目の前の女性の足に抱きついた。
長い黒髪を、鈴の付いた髪紐で纏めてる背の高い女性は、ゆっくりとしゃがみ込むと、ドラコの頭を優しく撫で始めた。
赤と白を基調とした着物を着ている影響か、ドラコの緑髪がどこか浮いて見えた。
『あらあらあら〜、あの時の龍人の娘ではありませんかぁ〜』
直後、他のギルドメンバーに緊張が走る。
『……あの、その節は本当にありがとうございました』
アランは頭を深々と下げる。
目の前の女性に意識を向けた瞬間、恐ろしいほどの緊張が全身に走った。
『いえいえ、丁度通りかかったものですから』
『なるほど。ところで、パッと見はただの子供にしか見えないのに良く、ドラコが龍人であると分かりましたね?』
『えぇ、わたくしはその者の正体を見破れる特別な鏡を持っていまして、それでたまたま見えてしまった。という事なんです』
『な、なるほどー。凄い鏡ですね!』
ドラコに手を引かれていたベノミサスが一歩前に出た。
『助けてくれてありがとうございました』
『うふふ、元気そうで本当によかったです』
空いている手でベノミサスの頭も撫で始めた。
いつもなら手を弾いているであろうベノミサスだが、今回は大人しく受け入れている様子だった。
『あの〜、天子さんでよろしかったでしょうか?』
『えぇ、天子です』
『申し遅れました、俺の名前はアランと言います』
『あらあらあら、ご丁寧にありがとうございます』
二人は軽く頭を下げ、お互いに敬意を示しあった。
続いて、いつの間にかに居なくなっているクロエを除いた他のギルドメンバー達も挨拶をした。
『【控室】までご一緒にどうですか?』
『うーん、そうですね。せっかくのお誘いですが、わたくしはこの後ちょっと用事があるのでこれで失礼させて頂こうかと思っていまして』
『あー、いえいえ、こちらこそお時間を頂いて申し訳なかったです』
『うふふ、謙虚な方ね』
『はい、中央大陸で俺以上に謙虚な奴はいないまでありますね!』
コレット、イザベラ、クレアの刺す様な抗議の視線を背中で感じ取る。
『あ、最後に良いですか?』
『えぇ構いませんよ』
『――――――【幻想域】ってどんなやつらかご存知ですか?』
その瞳に光は無かった。
ただただ真っ黒い、そこの見えない深淵が天子の瞳を覗き込む。
天子の体に力が入る。
『……そうね。彼らの目的は“人の時代の維持”。人の手で産まれ、人と共に戦い、そして――――――人に裏切られた哀れな過去の遺物。今の彼らはね、人ならざる者達のせいで人が堕落したと考えているわ』
『……なるほど。教えてくれてありがとうございます』
『いえいえ、どういたしまして。――――――じゃあ、またね』
そう言うと、手をひらひらとさせながら、ちらりとこちらを一瞥した後、人混みの中へと消えていった。
『……ふぅ』
アランは一息つく。
自身の手を見てみると、大量の汗が出ていた。
『……アランさん?』
困惑した表情のドラコがアランの顔を覗き込む。
『あぁ、悪い。ちょっと緊張しちまったわ』
『へぇ~アランも緊張するんだ!』
コレットはペシペシとアランの背中を叩く。
『まぁね。……ってかクロエはどこ行った?』
『ここじゃよ』
『うおっ!?』
アランの影から、ぬるっと人の手で出てきた。
『おいおい、いつの間に入ってたんだよ』
『……いやのう~、ちょっと歩くのがしんどくてな』
『そんな歳じゃないだろ!……まぁ、いいや。サッサと控室に行こうぜ』
『い、行くのじゃ!!!』
色々とありはしたが、一行は【魔王軍】控室へと向かった。
途中、アランがクロエの顔をチラッと見ると、咄嗟にクロエは別の方を向いた。
――――――――――――
人混みの中、天子は独りでにニヤリと笑う。
目立つ風貌をしているのにも関わらず、行きかう人々は天子に視線を向ける事はなかった。
『……うふふ。あんなに美しい瞳をしている人間を久しぶりに見たわ』
ブルブルと体が震える。
それは、【恐怖】と言うよりかは、【歓喜】と呼ぶべき感情だろうか。
いや、それは【恋】と呼んでもいいかもしれない。
形容しがたい感情を身に這わせながら、天子は手鏡を覗き込む。
『……わたくしったらいけないわ、今は別の目的があるのでしたね』
手鏡には血のように赤い髪を持つ青年の姿が映っていた。
『さぁて、一仕事しますか』
下駄を履いた美しい女性は、誰からも気が付かれる事なく人込みの中へと消えていった。
――――――――――――
無駄に広々とした空間には休憩用のベッドに、気軽にくつろげる大き目の円卓が置かれていた。
一試合目の時に使用した控室よりも、グレードが上がっているのが分かる。
『なんつうか、前回のもわりと豪華だったけど、今回のはすげぇな』
『高級宿って感じだね』
『クロエ様がいらっしゃるのですから当然ですわ!!!』
すると、部屋の扉を何者かがノックする音が聞こえてきた。
『どうぞ』
ドアが静かに開く。
そこには桃色髪の猫獣人の女性が立っていた。
『おはようございます。大会管理委員会のニルフィーと申します』
『あ、おはようございます』
『事前に設備確認などはさせて頂いておりますが、何か不備などがおありでしたら、気兼ねなく委員会の者にお申し付けくださいませ』
『分かりました』
『では、もうじき第一試合が始まりますので、出場予定のクレア様は準備のほどをよろしくお願いいたします』
そう言うと、深々とお辞儀をし部屋を後にした。
『……あの人前にもあった事あるけどさ、よく見たら結構強そうだな』
『アラン……脳みそが戦闘狂みたいになってるよ!』
『ふむ、アレはおそらく暗殺者の類じゃな。足音が全くせんかったわ』
『クロエちゃんまで!』
すると、おもむろにクレアが鞘から剣を抜きだした。
『どうしたクレアさん?』
『いえ……結局、この剣の力をコントロールする事が出来なかったなぁと思いまして』
『まぁ、実戦を重ねながら少しづつものにしていけばいいんじゃね?俺なんかは、剣を持つのに三年とかかかってるし』
『そうですね……』
どこか浮かない顔をしながら、クレアは剣を鞘へと戻した。
『……一緒に筋トレでもするか?』
『臭そうなのでそれはちょっと』
『グハッ!!!』
アランは血を吐きながら四つん這いに倒れる。
そして――――――上着を脱ぎ捨て、何故かその場で腕立て伏せを始めた。
『……今からこの部屋を――――――汗臭くしてやる!!!』
『ちょっと何を―――』
『私もやります!!!』
『……じゃぁ、私も』
ベッドでゴロゴロしていたドラコとベノミサスは、アランの隣に並び同じように腕立て伏せを始めた。
『えぇ……何をやってんのよ』
呆れた表情でコレットはクレアの方を見る。
するとそこには、いつの間にかに腕立て伏せを始めているクレアの姿があった。
更にその隣で、クロエを背中に乗せながら腕立て伏せをしている変態吸血鬼も居た。
『……え、嘘でしょ?ってかこの前もこんなのなかったッ!?』
『コレットさん!!!このままだと私達だけ置いて行かれてしまいますよ!!!』
『ほれ犬娘、サッサと始めるのじゃ』
有無を言わせぬ圧がコレットにのしかかる。
『……うッ。分かったよ――――――私もやるよ!!!』
それから30分後
ドアをノックする音が聞こえてきた。
『そろそろ先鋒戦のお時間で――――――え』
グレーの毛並みを持つ、垂れ耳の犬獣人の娘は自身の目を疑った。
クロエ
イザベラ
ドラコ ベノミ
クレア アラン コレット
『……一体ここで何を』
そこには――――――汗だくで腕立て伏せをしながら、ピラミッドを作る頭のオカシイ者達の姿があった。




