コレット
『ちょ、ちょっと待て! コレットそれはヤバいって!』
タオルで隠してはいるものの、たわわに実った果実が今にも溢れそうだ。
『アレンさん! 大丈夫です! 私成人してるので!』
『俺は何も大丈夫じゃない!』
ペタペタと足音を立てて、コレットがすぐ側まで来た。
(待ぇええええ! この角度からだと微妙に見えちゃってるからああああああ! 新世界の扉開いちゃってるからあああああ!)
『アランよ、少しは落ち着くのじゃ…何がとは言わんが座りづらくなったのじゃ』
『筋肉がついたからな』
『もぎ取るぞ』
俺とクロエが言い合いをしていると、コレットがおもむろに自身の体を洗い始めた。
タオルで前の方を隠してはいるが……かなり際どい。
(み、見えそ……アダダダダダッ!!!)
『クロエ痛い痛い! もげる、もげるって!』
『安心せい。力加減はしてやるのじゃ』
俺は……桃源郷を前に気を失ってしまった。
――――――
翌朝、見知らぬ天井の部屋で目を覚ました。
軽く手足を動かしてみると、気持ち悪い位に疲労が抜け落ちていたのが分かった。
おそらくは、あれからずっと寝てしまっていたのだろう。
『やれやれ、やっと目を覚ましたか。あの程度の痛みで気絶とは情けないのう』
見知った黒髪幼女が額をペシペシと叩いてくる。
『……クロエさん。あの後どうなった?』
『ケモ耳娘が全身を洗っておったぞ』
『誰の?』
『あぬしの』
『そっか……ファッ!?!?!?!?』
余りの衝撃的な内容に言語能力を失ってしまった。
『荒々しい鼻息をさせながら「凄い筋肉です!」とかなんとか言っておったな』
『もうお嫁にいけない……』
『それを言うならお婿じゃろう』
すると、部屋のドアがキィという音を立てて開いた。
『あっ! アランさん起きたんですね、おはようございます! クロエちゃんもおはようございます!』
可愛い花柄のエプロンをした少女が元気よく挨拶をしてきた。
『お、おう。おはようコレット』
俺は少し気まずくなって明後日の方を向く。
『どうかしましたか?』
『いやなに。一晩寝たら腹減ったなって』
コレットは得意げな顔をしながらフフンと鼻を鳴らす。
『朝食は私に任せてください! こう見えて料理は得意なんです!』
――――――
『う、美味すぎる……』
ふわっふわのパンケーキは口の中に入れた瞬間に優しく広がり、ガツンと塩味がきいたベーコンは食欲を刺激する。
世はまさに、大パンケーキ時代だ。
『久しぶりに食べる目玉焼きは美味しいのう』
俺が感動している直ぐ横で、同じくモグモグと目玉焼きを食べていた。
どうやらクロエも大変満足しているようだ。
『うちはお父さんが遅くまで仕事をしているので、基本的には私がご飯を作っているんですよね』
『なるほどな、コレットはいいお嫁さんになりそうだな』
『お、お嫁さん!? そんな、まだ私17ですよ?』
俺は持っていたスプーンとフォークを机の上に落とした。
(――17!? そのおっぱいで!?)
『そういえば、クロエちゃんはいくつ何ですか?』
『2028歳じゃな』
『――え!?』
コレットの手からフライパンがスルッと落っこちた。
『よう英雄さん! いい朝だ……な?』
遅れて来たガレットは、モグモグとご飯を食べるクロエと、放心状態のアラン、コレットを見た。
『何やってんだお前ら』
――――――
『ほう、これからガリアに行って冒険者登録をしようってところだったのか』
ガレットは豪快にミルクをゴクリゴクリと飲んだ。
『そそ、何をするのにも金は必要だろうしな』
『ならギルドでも作るといいんじゃねーかな』
『ギルド……?』
『なんだ知らねーのか? ギルドってのは【A級】以上のライセンスを持ってるやつらが申請して作れるもんでよ。本来【A級】のクエストを受けるのには【A級】以上のライセンスが必要になってくる。だが、ギルドとして受注した場合は、一人でもギルド内に【A級】が居ればギルド内の誰でも【A級】のクエストを受けられるようになる』
『……それって何かメリットがあるのか? どっちにしろ、実力が伴ってないやつがクエストを受注しても、達成できないじゃ意味なくね?』
仮に【A級】のクエストを【C級】ライセンス持ちが受注できても、そもそもの話、達成できないのであれば受けても意味がない。
『ソロよりもギルドでクエストを達成した方が報酬が多いんだよ。中央政府的にもバラバラでいられるよりも、固まって動いてくれた方が管理しやすいんだろうよ。だからギルド報酬は基本ソロよりも多く設定されてるし、その他のボーナスも多い』
『成程な、それなら作った方が得だな。ってかガレットのおっさんは良く知ってたな』
『まぁ、俺も昔はギルドに所属してたからな』
『マジ!?』
【獣示前線】というギルドに所属していたらしい。
主なメンバー構成は獣人で、最高【S級】のクエストもこなす凄腕ギルドとして有名だったらしい。
『でも何で今は辞めちまったんだ? 最高ランクの【S級】クエストにも行けてたんだろ?』
『そうだな……』
ガレットは少し悲しそうな表情を見せた。
『22年前に発生した【大厄災】でメンバーの7割が死んじまってな。俺は俺でその時に負った傷でリタイア。まともに戦えるメンバーもほとんど居ない、それで解散せざるを得なかったんだ』
『【大厄災】……【S級】の更に上に新しく出来たって話は聞いたことあるな』
『あの時は【逸脱者】が近くに居たから何とか助かったが……全滅していてもおかしくはなかった』
――――――
基本的に【クエスト】と【冒険者ライセンス】にはランクが存在している
下から【F級】【E級】【D級】【C級】【B級】【A級】【S級】となっている。
しかし、稀にこのランクに当てはめられない存在が居る。
それが、クエストランク【大厄災】と、冒険者ライセンス【逸脱者】である。
――――――
『【逸脱者】……』
俺は静かにクロエの方を見る。
モグモグと飯を頬張る彼女もまた、おそらくは【逸脱者】にカウントされるのであろう。
自然の理から外れてしまった“バグ”それが【逸脱者】である。
『おっと、なんだか空気が湿っぽくなっちまったな。悪い悪い』
『いや、助かったよ。ギルドの事とか俺全然知らなかったし』
『そりゃぁ、よかったぜ』
空気がイイ感じに戻った丁度いいタイミングで、コレットが追加の肉を持ってきた。
『焼きたてのお肉だ――』
『あぁ、そうだコレット。お前はアラン達と一緒に冒険に出ろ』
コレットは手に持ったお皿をスルッと落とす。
そして、クロエがそれを華麗にキャッチし自らの前に置いた。
『……え? 何を言ってるのお父さん?』
『お前も、もう17だ。外の世界を見る時が来たと思う』
『待って! お父さんは私が居ないと、まともにご飯も食べられないじゃん!』
『飯なら店にでも行けばいい』
『で、でも――――――』
ガレットは優しくコレットを抱き寄せる。
『俺とカルアは外の世界で出会ったんだ』
『……お母さんと?』
『そうだ。昔ギルドに居る頃にカルアが話してたんだ。「コレットが大きくなったら広い世界を冒険させてあげたいね」ってよ。俺は“今”がその時なんじゃねーかと思ってる』
『そんな事、急に言われても……』
ガレットは俺の方に向きなおした。
『アラン。アンタになら娘を託しても大丈夫だと俺の直観がそう言ってる。頼まれちゃくれねーか?』
『……え? 嫌だけど』
『アランさん! 今完全に「俺に任せろ」って言う場面だったじゃないですか!』
さっきまでウルウルとしていたコレットが俺の腕に掴みかかる。
『いやぁ、やる気のない奴が居ても邪魔なだけかなって』
『どうしてそんな酷い事言うんですか! 私の“おっぱい”をチラチラ見てたくせに!』
ギクリ
『ミ、ミテナイヨ』
『女の人は見られてるの分かるんですよ!』
『……可愛いエプロンだなってさ』
『でもお風呂に入ってる時に見ましたよ! 何がとは言いませんが反応してるのを!』
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア』
俺は机に突っ伏し、クロエに助けを求めるべく目線を送る。
『ん、なんじゃ? ワシは飯を食うのに忙しい、後にせい』
『ハハハッ!!! こりゃもう”責任”をとるしかないなぁ』
ガレットはニヤニヤとしながらこちらを見る。
『くっ、わ、分かった。でもその前に確認させてくれ』
俺はコレットの目を真剣な眼差しで見つめる。
『外の世界に出るって事は、危険もまた発生しうるって事だ。コレットにその覚悟があるか?』
『アランさんが居るのなら大丈夫だと思います』
昨日出会ったばかりの青年に命を預けてもいい。
そう思わせるくらいには、俺はコレットに信頼されているって事か。
『分かった。一緒に行こう』
コレットは嬉しそうに顔を赤らめる。
『完全に成り行きに従っちゃった感が否めませんが……どうか末永くよろしくお願いします!』
『……いやそれなんか違うやつ!!!!』
こうして、コレットが仲間に加わった。