【騎士】と【戦士】
椿は、何処か悲壮感を漂わせているアランに困惑の表情を浮かべる。
『な、なんでそんなことを聞くんですか!?』
『……俺さ。三年くらい前に許嫁を他の男にNTRれてさ……。で、そっこからずっと修行の日々を送ってるんだよね』
『……なるほど』
『それでさ。俺このまま独身のまま21を迎えるのかなぁって思うと――――――ちょっと悲しくなってさ』
『……なるほど』
『それで27の椿が非リアだとちょっと安心すると思うんだよね』
『普通に殺しますよ?』
感情の消えた顔でクナイを投擲してくる。
アランはクナイをガッチリと掴み取り、丁寧に椿へと投げ返した。
『で、どうなんだ?』
『クッ……私も、物心ついた頃から修行の日々で――――――いないです』
『そっか!!!』
『死んで下さいッ!!!』
椿は服の袖から複数の暗器を取り出しアランへと暴投する。
アランは器用に暗器を受け止め、丁寧に椿へと投げ返した。
『じゃ、俺はもう行くよ』
『……ふぅ…………ふぅ………………』
椿は肩で息をしながら、恨めしそうにアランの顔を睨む。
『あ、そうだ。俺からもいい情報をやるよ』
『……いい情報とは?』
疑うような、怪訝そうな表情でアランの次の言葉を待つ。
『世界樹ユグドラシルからの伝言な』
【かつて神話の時代。人は神や竜といった上位者によってその命の価値を否応なく試された。だけど今回は世界が今を生きる者達全てを試そうとしている】
【七つの試練の先で――――――その命に価値があったって証明する必要がある】
『―――とまぁ、こんな感じだったな』
『……それは確かな情報ですか?そもそもの話、ただの樹である世界樹が一体どうやって言葉を伝えられるのですか?』
『さぁ?俺はただ一方的に伝えられた側であって、核心的な意図までは分からないね。あと、どうやって伝えてきたのかに関しては秘密にさせてもらうよ』
アランの表情を注意深く観察する。
瞬きの間隔、瞳孔の開き方、口の形、目線、手や足の位置。
荒唐無稽で到底信じられないような話ではあるが――――――見えている情報は嘘を付いていなかった。
(……嘘は付いていない。彼が偽の情報を掴まされている可能性は?…… いや、彼の態度には確信に満ちたものがある。直近の霊宝山の件を考えると――――――ただ捨ておくにはあまりに危険すぎるか)
『その話に対する貴方の見解をお聞きしても?』
『俺からはこれ以上の情報は出ないぞ。ぶっちゃけ、椿の事は信じてもいいが、お前の上に居る奴までは信じられないんだよな』
『……なるほど』
椿は深々とお辞儀をする。
『貴重な情報をありがとうございました』
『どっちにしろ、中央に戻ったら情報を共有するつもりだったからな』
『速いに越した事はありませんよ』
『ま、そうゆう事だから』
アランは路地裏の出口に向かって歩き始めた。
『嵐の影響が少ない事を祈ってるよ。じゃ、またな』
『はい。あと、これはちょっとしたお礼です』
椿はアランの背中に向かってクナイを投擲した。
アランは振り返ることなく体を反らし、自身の体の横を通り抜けていくクナイを手で掴んだ。
掴んだクナイを自身の影に放り込みながら、もう片方の手を挙げ左右に振った。
『…………』
無言で光の中に消えていくアランの背中を最後まで見送った。
――――――――――――
『待たせて悪い』
『……大丈夫でしたか?』
『あぁ。知り合いにちょっとしたゲームを申し込まれてな。因みに当然の如く俺が勝ったからそこは安心してくれ』
『そうですか。何も問題がないのでしたら大丈夫です』
風に靡く赤い髪を手で押さえながら、クレアは安心した表情でベンチで寝る二人のドラゴンズを見る。
『食ったら眠くなるあたり本当に子供だな』
『……私は起きてるよ』
『おっ、ベノミサスは起きてたのか』
長い黒髪を揺らしながら、ベノミサスは上半身を起こす。
『ドラコが余計な事をしないように寝かしつけてた』
『本当に……どっちがお姉さんか分からないな』
『……アラン、頭撫でて』
『いいよ』
アランはベノミサスと、寝ているドラコの頭を優しく撫でる。
太陽は、その温かい時間を見守るように天高く地上を照らしていた。
――――――――――――
『……想像以上に強そうですわね』
イザベラはフィールドの中央を見る。
時間は夕刻時。
別ブロックの中②【帝国騎士団】と南②【鉄血豪鬼】の試合が目の前で行われていた。
どちらも、それぞれの大陸を代表するギルドなだけあって、会場の盛り上がりは最高潮に達している。
【大将戦】
帝国騎士団からは【黄金の騎士】ウェイン・アーデンハルトが、鉄血豪鬼からは【戦士】ガラルドが出場していた。
丁寧に手入れされた金属の鎧に、長い金髪。
飄々とした表情でウェイン・アーデンハルトはフィールドの中央へと向かう。
手には白銀の槍が握られており、鎧含めキラキラと輝き眩しかった。
もう片方の通路からは、身の丈の倍はあるであろう大斧を肩に担いだ男ドワーフが現れた。
身長は低く、服の上からでも分かる程の筋肉に、豪快に伸びた髭。
更に、手元をよく見るとボロボロの年期の入った皮出袋を装着していた。
そこだけを見るとそこらにいるドワーフと何ら変わりはないように見える。
しかし、視線を少しずらすと、角張った金属製の鎧に貴重鉱石を使っているであろう大斧といった魔道具が見えた。
その他にも、腹部には複数の短剣と、見慣れないL字型の魔道具、更には背中には円形状の盾が仕込まれていた。
(ドワーフは魔道具製造のスペシャリスト。身に着けてる武器も魔鉱石を用いて作成した、最先端魔道具である可能性が高いですわね。特にあの大斧……大斧と呼ばれていはいますが、【斬】【打】両方の属性を持った万能魔道具で、様々な形態があるのだとか)
イザベラは大斧を注意深く観察する。
白く美しい金属光沢を輝かせた刃に、背の部分には精錬された黒い鉱石の様な物がコーティングされていた。
(……あの黒いコーティングはおそらくはアダマンタイト。神話時代から語り継がれている三大鉱石の一つで、ミスリルと並ぶ現存する伝説の鉱石。……二千年の間にとうとう加工技術が確立されていたんですのね)
【三大鉱石】
オリハルコン、アダマンタイト、ミスリル。
このうち、アダマンタイトとミスリルは二千年前の時点で既に存在が確認されていましたわね。
だけど、オリハルコンに関しては今の時代にもまだ見つかっておらず、唯一伝承上の鉱石になってしまっているのだとか。
……是非とも見つけ出してクロエ様に献上したいものですわ。
そうこうとしていると、フィールドの中央で【騎士】と【戦士】が相対した。
――――――――――――
目を瞑るとあの日の光景を思い出す。
何処までも残酷で無慈悲な現実。
だけど、お前がいたから……今では儚い思い出になったんだ。
ウェイン・アーデンハルト静かに目を開く。
『……時間か』
『ウェイン大丈夫?疲れてる?』
『問題ない。エマの方は次戦の準備は完了しているのか?』
『……うん』
『アイツらとは戦いたくないか?』
『本音を言うとそうだね。でも、【帝国騎士団】の一員としてちゃんと仕事をしなきゃだよね!』
『そうか』
控室にはウェインとエマの二人だけだった。
他のメンバーは既にウェインの勝利を確信し、外に飲みに行ってしまっていた。
何処か広く感じる控室を軽く見回しながら、ウェインはゆっくりと立ち上がる。
そして、銀色に輝く槍を手に取る。
『……勝つよね?』
『愚問だな』
『頑張ってね!ファイト!』
『行ってくる』
控室を後にし、闘技場へと繋がる通路を歩く。
カンカンと金属鎧の音を鳴らしながら、銀色の槍を握る手に力が入る。
『……サーシャ』
そう小さく呟きながら、ウェインは大歓声に呑み込まれていった。
――――――――――――
フィールドの中央で、男ドワーフは友好的な眼差しで金髪の騎士の目を見る。
『お前があの【黄金騎士】か。噂には聞いているぞ』
『御託はいい、サッサと始めよう』
『何を焦っている?地に足をつかねば足元を掬われるぞ?』
『……』
ガラルドの態度とは対照的に、ウェインは何も言わずに踵を返し一方的に距離をとる。
そして、実況/解説席を見つめ試合開始の宣言を促す。
『……全く、最近の若いもんときたら』
ガラルドはウェインと同じように距離をとる。
『若さでは君の方が上かもしれんが――――――少々老骨に鞭を打つとしようか』
『……』
(南大陸最大の魔道具製造機関【鉄血豪鬼】。その中でも鋼鉄系魔道具部門のトップであるガラルド・ストーン。彼は技術者としての側面の他に、数々の高難易度クエストを踏破した【戦士】でもある。つまりは――――――油断せずともやられる可能性は十分にあると言える相手だ)
静寂を破るように、フィーヤ・ヘイルの試合開始の宣言が鳴り響く。
『【騎士の誓い】』
開始宣言がなされたと同時に、ウェインは槍を両手で掴み縦へと持ち変えた。
そして、目を閉じ誓いの言葉を口にする。
その間、ガラルドは腰を低く落とし、大斧のギミックを発動させていた。
ガチャン ガチャン
金属がぶつかり合う音を出しながら、大斧の形状が変化していく。
それぞれの部位が機械的に移動していき、次の瞬間には――――――剣幅のある大剣へと形状を変えていた。
黒いアダマンタイトの部分は剣身に、大斧の刃の部分は二つに分かれ、アダマンタイトを両方から挟むように移動し剣の形を成立させていた。
『【我が不変の誓いをここに。我が信念。我が願い。我が血。そして、我が命を貴方に捧げます】』
白銀の槍は徐々に光り始める。
千里先の暗闇すら照らせそうなほど強い光は夕焼け空を切り裂く。
『【我が誓いを聞き届けよ――――――白銀の槍ッ!!!】』
白銀の光が瞬く間にフィールドを覆い尽くす。
人々が目をつぶり、もう一度開いた時――――――その光は消えていた。
『……それでは白銀の騎士ではないか?』
ウェインの体からは白銀のオーラのようなものが溢れ出ていた。
しかし次の瞬間。
キラキラと煌めきだし、瞬く間に黄金色へと変化した。
『ほう、その業物の槍と君の魔力とが交わる事で黄金へと変化するのか』
『厳密には違うな。黄金のオーラは白銀の槍のものではなく、俺のものだ』
『なるほど、それは興味深いな』
ガラルドは大剣を構える。
獣のような気迫がウェインにのしかかる。
『では――――――行くぞッ!!!』
『来い』
(前の試合では使っていなかった大剣状態。どんな機能があるのか分からない以上、様子を見るのが得策か)
ドシドシと足音を鳴らしながら、ガラルドは距離を詰める。
それに対し、ウェインはその場から動かず白銀の槍の切っ先をガラルドへと向ける。
『ウオォォォォォォォォォ――――――ッ!!!』
ガラルドは一度立ち止まり、雄叫びを上げながら大剣を大きく振り上げる。
だがウェインとガラルドとの距離はまだ3メートルはあり、大剣のリーチでは届かない。
(何かあるなッ!!!)
ウェイン咄嗟に、白銀の槍を横向きに持ち替え防御の態勢をとった。
『【象破斧】――――――ッ!!!』
高らかに掲げた大剣を振り下ろす。
大剣の軌道を注意深く見ていると、瞬く間に剣の形状が変化し縦長状の斧へと姿を変えた。
刹那、ウェインの頭上に斧が迫る。
『【エアリアル・ブーツ】!!!』
瞬時、一迅の風がウェインの足元を覆い、風流に乗るように素早くバックステップをする。
振り下ろされた長斧が眼前を通過し、なんとか紙一重で躱す。
『【獅子王剣】』
ウェインが反撃の態勢に移ろうと白銀の槍を握る手に力を込める。
しかし、それよりも速くガラルドの二手目が襲い掛かる。
完全に振り下ろされた長斧は即座に形状を変え、大剣状態へと戻る。
長斧よりも短く剣幅のある形状である為、小回りがきき次手が凄まじく速かった。
重い横薙ぎがウェインの腹部を狙う。
『チッ、【エアリアル・ブー】』
『甘い』
ガラルドの腹部にセットさせていた複数の短剣が光り輝く。
『追え――――――【猟短犬】』
短剣は一人でにホルダーから抜け出し空中を舞う。
そして、獲物を見つけたハイエナのように、一斉にウェイン目掛けて飛翔した。
(このままでは避けきれないッ!)
『【騎士の盾】ッ!』
咄嗟に槍を持っていない方の手を前に出す。
掌から少し離れた位置に光り輝く円盾が出現した。
円盾はガラルドの【獅子王剣】を受け止める。
しかし、衝突時のダメージまでは殺しきれなかったのか、端の方からパキパキと崩れ始めていた。
ウェインは白銀の槍で自らに飛翔して来ている【猟短犬】を撃ち落とそうと試みる。
『クッ、ちょこまかと』
『余所見はいかんなッ!』
飛翔する【猟短犬】に意識が集中したタイミングで、【騎士の盾】が粉々に砕け散る。
そして、間髪入れずにガラルドは追撃を続ける。
『【角獣打撃】!』
今度は、大槌形態へと形状を変えた得物で襲い掛かる。
ウェインは何とか反撃のタイミングを作るべく、【騎士の盾】を複数枚、重ね並べる。
『これならば割れまい』
『甘いと言っておるだろうッ!』
【猟短犬】の猛攻を捌いているウェインに対し、ガラルドは渾身の一撃を放った。
後方から襲いかかる【猟短犬】により、ウェインはこれ以上回避する事ができない。
一撃。
前後に複数並べられた【騎士の盾】は、いとも簡単に粉砕した。
そして、気がついた時にはウェインの体に複数の【猟短犬】が突き刺さっていた。
『……不可視化か』
『そうだ。【猟短犬】と同時に【避役短剣】も起動させていた』
ガラルドは【角獣打撃】を自らの肩に乗せるように支えながら、ウェインの状態を観察する。
傷口からポタポタと血が滴り落ちており、見るからに重症だ。
『早く止血するといい』
『心遣いだけ頂いておこう』
『……ほう』
ウェインは体に突き刺さっている【避役短剣】を躊躇なく引き抜く。
傷口からは一気に血が流れ始め、赤い水溜まりを広げた。
『……死ぬぞ?』
『騎士たるもの、この程度の傷で倒れない』
ウェインの体から溢れ出ていた黄金のオーラがより強くなる。
そしてそれは段々と濃くなっていき、ウェインの体に張り付くように、薄い膜のような状態へと変化した。
溢れ出ていた血は止まり、傷口はその姿を消した。
『――――――【騎士の栄光】』
『……光の魔術か』
ウェインは白銀の槍の切先を再びガラルドへ向ける。
『先ほどまでの無礼を詫びよう【戦士】ガラルド』
『構わん』
ガラルドは【角獣打撃】形態を【獅子王剣】形態へと移行させた。
そして、同じ様に剣先をウェインへと向けた。
【騎士】と【戦士】の第二ラウンドが始まる。




