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婚約者がNTRれたので世界最強を目指します  作者: 沼男
【二章】大陸間ギルド対戦
43/81

エラード戦②


『に……い……さま…………』


 誰かが体を揺すりながら、俺に何かを呼びかけている声が聞こえる。


『にい……さま………』


 澄んだ森の空気が鼻を通り抜け、爽やかな朝の訪れを教えてくれている。


『――――――兄様ッ!』


 (……………………)


 微睡に意識を引っ張られながら、ゆっくりと体を起こし、声の主をマジマジと見つめる。


『……アイリス? どうしたんだこんなところで?』

『どうしたんだ?じゃないよ! 勉強しながら寝るのは体に悪いよ!』

『……勉強? 何の話だ? 俺は今、戦って……――――――は?』


 唐突な出来事に驚愕し、意識は完全に覚醒してしまった。


『……ここは何処だ?』

『え? 何処って兄様の書斎だよ!勉強のし過ぎで頭おかしくなっちゃった?……兄様?』


 妹はマジマジと自身の顔を見つめてくる兄に対し、たじろいだ反応を見せた。

 そして、心配そうな顔付きで、兄のおでこに手を当てながら顔を覗き込んできた。


『……大丈夫?』

『あ、あぁ。すまない大丈夫だ』


 心配をしてくれる妹の頭を優しく撫でる。

 そして、視界に映る自身の手が、いつもよりも小さい事に気がついた。

 続いて辺りを見渡すと、そこは見慣れた本棚に机、照明といった“”かつての自室”の姿があった。


『……どうゆう事だ?』

『ほら!早くしないとご飯が冷めちゃうよ!』

 

 妹に手を引かれるがままに椅子から立ち上がり、自室を後にした。

 廊下を移動しながら、ガラスの外を眺める。

 見渡す限りの大空と、眼下に広がる街並み。

 世界樹ユグドラシルの根本に位置する王国【フェアリー・ガーデン】。

 その中でも一番高い場所に建つ王城【フォルト城】からの眺めは、相も変わらず壮大で美しく見えた。


『――――――ッ…………』


 見慣れた煌びやかな食卓と豪華な食事。

 そして、最奥の席には“亡き父”の姿がそこにあった。

 

『エラード。あまり無理はいけませんよ』


 声のした方を見ると、若かりし頃の母とアイリスの母(義母)が対面する様に席についていた。


『……はい』

 

 何処かぎこちない返事をしてしまったと思いながらも、自身の席へと座る。

 アイリスもまた同じ様に席へと座り、それぞれの母親の隣に並ぶ。


『あら、エラードさん。夜遅くまで勉強してらしたのかしら?』

『……ええ。王族として、長子としての責務を果たすのが私の仕事だと思っていますので』

『それはそれはご苦労様です。将来は娘を下から支えてくださることを期待しておりますわ』


 母が義母を刺す様な視線で凝視する。

 

『……それはどうゆう意味でしょうか?』

『いえいえ大した意味はございませんよ。娘に逸脱者としての力があると判明した今、当然の道理を説いたまでです』

『先の未来を決めるのは【王】であって貴方ではないはずです』

『それはそうです。あくまでも、国家の利益を考えたらそう判断するであろうと、予測したまでの話ですので、あしからず』


 これはいつものやつだ。

 母と義母は食卓を囲みながら政治的な駆け引きを始める。

 父に直接言うのでは無く、あくまでも親同士の問答という体裁を保ちながら、間接的に意見を述べ圧力を加える。

 本来であれば、いくら間接的と言えども王の御前。

 王に対しての不当な圧力は処刑されていてもおかしくはない話だ。

 しかし、子が見ている場合は話が変わってくる。


 父は目の前で起きている政治論争には参加せず、静かに食事を口に運んでいた。

 おそらく、立場上、軽々に口出しする事ができないのだろう。

 そしてその間、妹はというと……


 モグモグと美味しそうに食事をしていた。

 完全に、我関せずの対応だ。

 まだ小さいから理解できていないのか、それとも王位継承権に対しての興味が薄いのか、どちらにせよ、俺には妹の考えが分からない。


 ……いや、考える事を辞めたと言った方が適切か。

 

 緊張感のあるギスギスとした食事の時間はあっという間に過ぎ去り、なんとか自室へと帰ってこれた。

 おもむろに部屋の窓を開ける。

 爽やかな自然の香りが風に乗って、薄暗い書斎に色を差す。

 

(……さて、とりあえずは現状をまとめようか。まず、ここは“過去の世界“ではない。アイリスが十歳の時、俺の年齢は二十二歳だ。今の俺の体はおおよそアイリスと同じ十歳、どう考えても時間軸がおかしなことになっている。だが、書斎といい、アイリスといいどれも現実で見たことのある光景なのは確かだ。……分からないな。記憶の混濁、走馬灯の一種なのか?)


 様々な可能性が脳裏に浮かぶが、どれもしっくりこなかった。

 一旦、思考をリセットするべく外の景色でも眺めようと窓の近くへと移動する。

 

『……ふぅ。外にでも出て散歩でもしよ――――――は?』


 普段、書斎の窓からは弓を構えたエルフのオブジェクトや、整えられた庭木といった、丁寧に手入れされた中庭が見えてくる。

 しかし、今回に限っては違っていた。

 庭に横になりながら、豪快に爆睡している黒髪の男がそこにはいた。

 

『……何故貴様が』


 エラードはすぐさまに中庭へと向かった。

 

『おい、貴様そこで何をしている』

『逆に俺が聞きたいよ。――――――寝起きのキッスはまだか?と』


 足を組みながら黒髪の青年、もといアランは目の前の少年を挑発するように問う。


『ふざけるな。何故貴様がここにいるんだ? ここは俺の走馬灯的なアレではないのか?』

『知らねーよ。俺も気がついたらこの世界にいてよ、色々と走り回ってみたんだけど敷地から出られなくてな、それで一旦寝てた』


 口元についた涎を手で拭いながらゆっくりと立ち上がる。


『で、何でお前はそんなチンチクリンになってんだ?』

『知らん。だがまぁ、貴様の話を聞いて大体の事は予想できたな』

『と、言うと?』

『ここはおそらく【とある精霊の記憶】の中だな』

『記憶?』

『そうだ。彼女はあまり動き回れる立場ではないから、記憶を元に完全再現できたのは敷地内までだったんだろうな』


 そう言うと、エラードはスタスタと歩き始めた。


『おい! 何処行くんだよ?』

『我々をここに呼んだ張本人に話を聞きに行くだけだ』

『あーね』


 アランはエラードの後をぴょんぴょんとうさぎ跳びをしながら追う。



 聳え立つ大樹は見上げる者達に、言葉に出来ない一抹の恐怖を感じさせてきた。

 あまりに大きい影響か、樹の根元には太陽の光があまり入って来ず、少しヒンヤリとしていた。

 エラードは大樹と地面の境界にある小さな墓標へと近づく。

 よく見るとそれは墓標ではなく、角柱状の石柱で表面には何やら文字が書かれていた。

 中央大陸で使われている標準語ではなく、エルフ達の文字で書かれている為、読むことが出来ない。


『ここだ』

『誰かの墓か?』

『違う。俺が子供の頃に作った精霊の依り代だ』


 そう言うと、エラードは石柱の頂点に手を置いた。


()()()()()()お前だろう?』

『おいおいおい兄弟。ユグドラシルって世界樹の事だろ?こんな、おもちゃみたいな石柱とはスケールるが違――――――でたぁああああああああああああああああああ』


 石柱を壁にしながら、その後方に茶色い髪の毛を左右に二つに結んだ少女がひょっこりと顔を出してきた。

 そしてその少女は、緑色のワンピースの裾を手で掴み、こちらの顔色を(うかが)っているようだった。


『ここまで完成度の高い過去世界を創りだせるのは、世界の全てを見渡し、記憶する世界樹たる君くらいしか思いつかなかったが』

『……エラード。――――――可愛い』

『やはりそうかッ!!!』

『大人になってから全然会いにきてくれなかったから……』

『クッ、それは忙しくて――――――』

『毎日遊びに来るって約束してたのに!』

『クッ……』


 アランは無表情のままスタスタとエラードのすぐ横まで歩いて行った。

 そして、右腕を大きく開いたかと思うと次の瞬間、手を開きながらエラードの顔面を平手打ちした。


『何晒してんじゃああああクソったれがァアアアア――――――ッ!!!!』

『グハッ……』


 ゴロゴロと盛大に転がりながら大樹へと衝突し、力尽きたかの様にエラードはそのままぐったりと静止した。

 アランは静かに呼吸を整えると、茶髪の少女ユグドラシルへと向きを変える。


『悪いな嬢ちゃん。つい最近、婚約がNTRれちまっててな。純愛感あるイチャイチャに俺の精神が耐えられなかった』

『イチャイチャ……。――――――貴方にはそう見えたの?』

『――――――グハッ……』

 

 ポッと頬を赤らめる少女を前にし、アランは血を吐きながらガックリと両手両膝を地面へと付ける。

 

『ぼ、暴力的なヒロイン力……そんな存在がこの世にいただなんて……』


 アランは遂にはうつ伏せになり、満足げな表情で冷たくな――――――


『うげぇ――――――っ!!!』


 いつの間にかに復活していたエラードが、アランの背中をグリグリと踏みつる。


『ここが現実世界なら死んでいたぞ馬鹿タレが』

『……君死にたまうことなかれ』

『貴様に殺されかけたんだが?』

『いとおかし――――――ギャアアアアアア!!!』


 エラードは勢いをつけながら、アランの背中に両足で飛び乗った。


『ふふっ』

『?』


 ユグドラシルは小さく笑う。

 そしてそれを、エラードは困惑した表情をしながら見つめた。

 

『エラード凄く楽しそう』

『確かに人を踏みつけるのは楽しいぞ』

『ふふ、そうじゃないよ。あの日からずっとエラードは心が冷たかったから』

『……そうかもな』


 スタッとジャンプをし、アランの背中から飛び降りる。

 跳んだ時の衝撃でアランは潰れたカエルの様な鳴き声を吐く。


『それで? どういった要件で我々をここに呼んだんだ? ただ会いたかったから――――――って訳じゃないのだろう?』

『うん……。』


 ユグドラシルは右腕をゆっくりと持ち上げ、空を指差す。


『ん? 空に何かあるの……か…………』


 エラードは目を大きく開きながら絶句した。

 

 指の先には、大きな黒い亀裂があった。

 青々とした晴天の空には似つかわしくない黒。

 まるで割れたガラスの様に、そこだけがどす黒く浸食されていた。

 

『かつて神話の時代。人は神や竜といった上位者によってその命の価値を否応なく試された。だけど今回は……()()()“今を生きる者達全て”を試そうとしている』

『……何を言ってるんだ?』

『七つの試練の先で――――――その命に価値があったって証明する必要がある』

『七つの試練?命の価値? これから何が起こるんだ?』

『これ以上は言えない。私も世界の一部だから』


 ユグドラシルは自身の口の前で指を一本立てる。

 その表情は、悲しそうでありながらも、何処か“安堵”しているようにも見えた。


『……お前がそう言うなら、それが“正解”なんだろう。であればこれ以上は問うまい、後は勝手に調べる事にするよ』

『うん。エラードならきっと大丈夫。今度こそは――――――一人で抱え込まないで』


 パラパラとユグドラシルの体が足元から崩れ始めた。


『北大陸での仕事が終わったら、また会いに行く』

『……うん。待ってる』

『――――――なぁ、俺も行っていいか?』

『なんだ貴様、生きてたのか』

『あったりめーよ。空気の読めるアランさんはちゃんと黙ってたんだよ』


 ユグドラシルはフフッと小さく笑う。

 

『時代は再び【王】の再来を望んでるよ。もし、貴方達に……絶対に護りたい何かがあるのなら――――――立ち止まっている時間は無いよ』

『……あぁ。お前が必要だと言うのなら――――――もう一度、立ち上がってもいいかもな』


 その言葉を聞くと、ユグドラシルは満足気な表情を浮かべた。

 そして、サラサラと小さな塵となりながら風に乗り、何処かへと行ってしまった。

 

 その瞬間、二人の意識はプツリと途切れた。


――――――――――――


『こ、これは一体どうゆう事でしょうか!? 全身鎧状態のアラン選手がエラード選手を殴り飛ばしたかと思ったら、今度はアラン選手が突然倒れてしまいました!!!』

『……遅効性の毒?いや、それならば何らかの症状が出ていますよね……。後、エラード選手の方も全く立ち上がりませんね』


 実況/解説席からだけでなく、客席からもざわざわと声が出始めた。

 

 客席に座るコレットは、あわあわと慄きながら隣に座るクレアの服の袖を引っ張る。


『ねぇ!これアラン大丈夫なの!?全然立ち上がらないんだけど!?』

『……分かりません。目立った外傷はなさそうですけど……精霊は目視出来ないので何かされているのかもしれませんね』

『目視出来ない存在との戦い方は教えてあるからその点は問題ないはずじゃ。そもそも、先ほどまでの戦いぶりからして、おそらくあやつには精霊が見えているっぽいのじゃ。じゃから、別の要因――――――外部の犯行じゃな』


 涙目になりながら、ドラコはベノミサスを強く抱きしめる。


『どうしようベノミサスちゃんッ!!! アランさんがッ!!!』

『……大丈夫だよ』


 そう言うと、ベノミサスはドラコを優しく抱き返した。

 しかし、その手は小さく震えており、それを誤魔化すかの様に右拳を強く握りしめていた。

 爪が掌へと食い込み、赤い血が滴り落ちる。


 実況/解説席に座る二人は、審判を兼任しているフィーヤ・ヘイルの判断を仰ごうと視線を上げる。

 するとその時、フィールドの中央付近で二つの影が立ち上がった。


『た、立ち上がった!?――――――アラン選手とエラード選手が立ち上がりました!!!』


 右往左往としていた客席の視線は一気にフィールドの中央へと集中した。

 

『……ふぁ~、良く寝たわ。さっきぶりだな兄弟』

『馴れ馴れしく兄弟と呼ぶな。あと、声が聞き取りずらいからその兜を外せ』

『それさっきも言ってたな』

『今回は本気で言ってる』

『嫌で~す。魔王は勇者の前でしか兜を外しませ~ん』

『クッ……憎たらしいやつめ』


 立ち上がりながら、服に付いた土埃を落とすエラードと、あからさまに準備運動をし始めるアラン。

 それぞれが別の事をしながらも、常に視線は交差していた。


『さてと、お前の本気を見せてもらおうかな』

『本意ではないが、状況が状況なだけに仕方あるまい』


 互いにニヤリと口角を吊り上げる。

 

『やっぱりお前も全力出したかったんじゃねーかッ!』

『今のうちに言い訳を考えておかなくてはな』


 アランは全身に鎧を纏っているとは思えないほどの速度で疾走する。

 ガシャガシャと音を立てながら、持っていた【黒の大剣】を構え、エラードのいる位置に向かって突き進む。

 そして、剣の間合いにエラードが入った瞬間、大きく振りかぶり、強引に力のままに振り下ろした。

 圧倒的なパワー。

 元々の筋力に、疾走によって発生した慣性、更には身体強化魔術の多重掛け。

 魔王の一撃と呼んでも遜色ない漆黒の一撃がエラードを襲う。


『精霊よ、我が声に応えよ』


 次の瞬間、左頬に強烈な衝撃が襲い掛かり、そのまま右方向へと飛ばされた。

 即座に自身の左方向を確認する。

 しかしそこには何も居なかった。

 エラードへと視線を戻す。

 すると、そこには天秤を手に持った“何か”がエラードの隣に佇んでいた。


『――――――上位精霊【ただ裁く者(クリーノー)】』

 


 

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