表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/81

幻影


『お願いします! そこのちょっと臭うお兄さん!』


 俺はケモ耳少女をスルーしてスタスタと歩き始めた。


『なぁクロエ、ここからガリアまで一週間はかかるんだけどさ、空を飛ぶ魔術とか覚えてない?』

『存在はするのじゃが、空は龍の領域じゃったからな、ワシら地上の者には基本的に使えん』


 俺とクロエが駄弁りながら歩みを進めていると、先程の失礼なケモ耳少女が俺の腕をグイッと掴んだ。


『あのすみません! 助けては貰えませんか!?』


 俺はケモ耳少女を引きずりながら歩く。

 地獄の筋力トレーニングを終えた今となっては、この程度の重さは屁でもない。


『お願いします! ……そこのナイスガイで、よく見るとクールな雰囲気も感じられるイケメンのお兄さん!』

『どうした!? 何があった!?』


 ケモ耳少女の肩をグワッと掴む。


『ひゃっ!』


 唐突な反応にびっくりしたのか、耳を折り畳み目をうるうるとさせながらこちらを見返す。

 その様子はまるで、急に触られてびっくりしている犬の様だった。


『お前ガーデンハウスのやつだろ? 俺はそこのアレク村の人間だよ』


 ケモ耳少女は「アレク村」という単語を聞いた瞬間、少し落ち着きを取り戻した。


『あ、そうなんですね! なら話が早いです! 村が大型のディープベアーに襲われて大変なんです!至急助けが必要です!』


 人間が管理しているアレク村と、獣人が管理しているガーデンハウスは貿易関係にある。

 アレク村からは服や食器といった加工製品を輸出し、ガーデンハウスからは肉や動物の体毛といった調達の難しい物などを輸入している。

 

『ディープベアーか……それも大型となると【A級】相当か』

『はい……村のみんなで協力して一度は撃退したのですが、その時に負傷者が沢山出てしまいまして。それで、次の襲撃は耐えられないだろうって……』


 ケモ耳少女は顔に手を当てポロポロと泣き始める。


『女、子供は避難させて、自分達大人は残って戦うって言ってるんです……獣人の誇りにかけて逃げる訳にはいかないと。私も獣人の端くれなのでその気持ちは分かります……だから、私は、私に出来る戦いをしようと思って助けを求めるべく走り回ってました』

 

 よく見ると、足には沢山の擦り傷があり、所々が血に濡れている。

 普通に走っているだけではこうはならない。


『ふむ、よいではないか』


 俺の隣で話を聞いていたクロエが、カツッカツッと下駄を鳴らしながら一歩前に出た。


『ディープベアーなるものがどれほどの者かワシは知らんが、丁度いい腕試しにはなるんじゃなかろうか?』


 クロエは俺の方を見ながら軽くウィンクをした。

 ちょっと可愛いのやめろ。


『そうだな。俺としても、今の俺が【A級】相手にどんな戦いが出来るのか知っておきたいってのはあるな』


 それに……三年前の屈辱は精算しとかないとな


『ありがとうございます!』


 そう言ってケモ耳少女は俺の腕に抱きついた。

 “何が”とは言わないが、腕にのしかかる圧倒的な暴力に理性を持っていかれそうになる。


『……随分と嬉しそうじゃな』

『三年間禁欲生活してたからな』


 ってか、そう言えば


『なぁ、そういや名前ってまだ聞いてなかったな』

『あっ、へへへ忘れてました』


 ケモ耳少女は顔を赤らめながらペコリと頭を下げる。


『名乗り遅れました、私の名前はコレットと言います』

『俺はアラン、よろしくなコレット』

『ワシはディアボ……クロエじゃ! よろしくな犬娘よ』


 コレットに先導されながらガーデンハウスへと向かった。



――――――



『こりゃひでぇな』


 多くの建物が倒壊しており、農場も壊滅状態だった。

 仮にディープベアーをなんとかする事が出来ても、復興には時間がかかりそうだ。


『コレット! お前こんな所で何をしているんだ! サッサと避難しろ!』


 身長は二メートル程だろうか。

 筋骨隆々のオジサン顔の獣人が、コレットに素早く駆け寄りその腕を掴む。


『お父さん! 助けてくれそうな人を連れてきたよ!』

『何!? こんなド田舎に【A級】以上のライセンス持ちなんて居る訳ないだろうが!』


 コレットは俺の腕は引っ張り、筋骨隆々のケモ耳オジサンの前に出す。


『この人はアラン! アレク村の人で協力してくれるって!』

『あぁ!? アレク村の奴だって? そこの臭い兄ちゃんの事か? 気持ちは嬉しいけど無理があんだろうが!』

『ねぇ待って! 俺ってそんなに臭いの!?』


 筋骨隆々のケモ耳オジサンが俺の事を、ジロジロ舐めまわすかのように見る。


『俺はコレットの父親のガレットだ。アレクの人間に何かあったら、友好関係を築き上げてきた先祖に顔向けができなくなる。だからよ、コレットを連れて逃げてはくれねぇか?』


 ガレットは縋るように俺を見る。

 一人の父親として、娘だけでも生き残って欲しいという強い思いを感じられた。

 だけど、俺にも譲れないがある。


『悪いけど俺はもう逃げない』


 俺は真っすぐとガレットの目を見る。


『この分からず屋が! 大人の獣人が束になっても駄目だったんだぞ!? ただの村人のお前がどうこうできる相手じゃない!』

『そう思うのは理解できるよ。だからさ――――――』


 スッとガレットに対し右手を差し出す。


『獣人なら力で俺を納得させてくれ』


 こちらの意図を察したのか、ガレットは俺の右手とガッチリと握手をする。


『ぐ……なんだこの力は』


 ガレットは苦悶の表情を浮かべながら地面に膝をつく。


『俺ならディープベアーを倒せる。だから―――俺にその誇りを託してはくれないか?』


 ガレットはしばらく下を向いたのち、ゆっくりと立ち上がった。

 

『獣人の世界において力は絶対の指標だ。力のあるものは、ないもを喰う権利がある。だから―――俺はお前に従おう。我らの誇りをお前に託す』

『託された。あと、今夜は熊鍋にするからそっちの準備の方は任せるわ。――もうソロソロ招かざる客が来る頃だろうからな』


 すると、森の奥から獣の唸り声のようなものが聞こえてきた。


『アラン』

『あぁ、分かってるよクロエ。ここに来た時から影を拡げて索敵してたからな』


 木枝を踏み砕く音が段々と近づいてくる。

 ものの数秒もしないうちにその音の主が姿を現した。

 

 全身が黒い体毛に覆われ、鋭く光る黒くて大きい爪。

 岩すらも砕いてしまいそうな牙からはダラダラと涎を垂らしている。

 全長30メートルはあるであろうその化け物は、静かに自身の得物を睨みつけていた。


『ようクソでか熊野郎。景気の良い腹してんじゃねーか。近所に美味いケーキ屋でも出来たか?』


 こちらを睨むディープベアーと目が合うその一瞬、微かに手の震えを感じた。

 そして、自身を絶望の淵に突き落とした元凶である、銀狼と“かつての自分”の幻影が見える。


 (……ぶっちゃけ怖い。だけど、もう俺から何も奪わせるつもりはない)


 【嵐脚(らんきゃく)】【金剛(こんごう)】【火柱(ひばしら)】【木影(こかげ)


 魔術の同時発動と共に、背中にある【壊理剣】に手を伸ばす。


 【嵐脚】による脚力の向上。

 【金剛】による筋力の向上。

 

 アランは目にもとまらぬ速さでディープベアーとの距離を詰める。



――――――


『なぁ、クロエ。大型の魔獣相手に有効な技とかってある?』

『ん? なんじゃ急に。魔獣程度なら下位魔術でもぶっ殺せるとは思うが……いや待て。二千年分の感覚のズレがあるのを忘れておったわ』


 そう言うと、壊理剣から一本の大きな木製剣が排出された。


『これはまだワシが故郷に居る頃の話なのじゃが。近所に「(ぬえ)」とかいうクッソ汚いデカめの犬っころが出没したことがあってな。その時によく使っていた技があるのじゃ』

『魔術か?』

『魔術と体術の複合技じゃ。この技だと綺麗にバラバラに出来るんじゃよ。その名も――』


――――――


『魔王流 六十七式 【() () 狩 り――――――ッ!】』 


『グアアアッ――――――!』


 ディープベアーは迫りくるアランに対し迎撃態勢をとる。

 がしかし、何かに足を奪われたのかズルリと体制を崩した。


『じゃあな、過去の弱い俺』


 アランの渾身の一振りが、ディープベアーの首を勢い良く斬り飛ばした。

 それと同時に、過去の自分自身の幻影もまた消えた。


『……全く。最期、ちょっとホッとした顔しながら消えやがって』

『アランさああああああああああん! 凄いです!』


 腕に強烈な暴力が押し付けられる。


『ちょッ! 父親が観てる前で大胆過ぎんだろ!』


 カツ、カツ、カツと音を立てながら、傍観していたクロエが近づいて来た。


『ふむ。【嵐脚】と【金剛】で身体強化を行い、【火柱】で前方の空気抵抗を殺す。さらに、それと同時に【木影】で対象の動きを潰し、最後は【四死狩り】で仕留める。なかなかにいい動きじゃったぞ』


 【木影】複数に枝分かれした影を対象の足元に忍び寄らせ、その足を地面に縫う様に突き刺し動きを止める闇魔術である。


『いやぁ。本当はもう三個くらいはバフをかけたかったんだけどな』

『えぇ!? 魔術の多重詠唱ですか!? 【A級】の冒険者でも三つが限界って聞いたことあるんですけど!』


 コレットは目をキラキラと光らせながら俺を見る。


『なんじゃ、そうなのか? ワシの居た時代では十個同時とか普通じゃったがなぁ』

『クロエちゃんは一体何者なんですか!?』


 俺は慌ててクロエの前に出る。


『クロエ、そういう話はなるべく表ではしないでくれ。色々めんどくさくなりそうだからさ』

『ふむ。確かにそうじゃな。以後気を付けよう』


『……二人してコソコソと何の話をされているんですか?』

『あぁ、流石に風呂に入りたいなぁってさ』


 コレットのケモ耳がピンッと直立する。


『お父さん! うちのお風呂使ってもいい!?』

『あぁ、当然いいに決まってる。なんたってガーデンハウスの英雄様だからな』

『英雄!?』

『そうだ。周りの奴らを見てみろ。皆が皆、お前の事を英雄の末裔なんじゃないか?ってツラしてんだろ』


 軽く周りを見渡すと、大人達が尊敬の眼差しを向けているのが分かった。



――――――



 その日の晩は盛大な宴が開かれた。

 ディープベアーに食料を荒らされ、余裕がないにも関わらず宴を開くあたり、ガーデンハウスの本気度を感じられた。

 あと、ディープベアーの肉は硬くてまずかった。

 


『ふぃ~やっぱりお風呂はイイなぁ~』

 

 湯船につかりながら、感嘆の声を上げる。

 かれこれ三年ぶりの風呂だ、気持ちよくないわけがない。

 溜まっていた疲労がドクドクと抜け落ちる感覚が心地良い。


『そうじゃな、ワシも風呂は好きじゃ。別に入らなくて問題はないが、精神的に癒されるのがいいのう』

『――――――!?』

『なんじゃ?』


 全く気が付かないうちにクロエが膝の上に座っていた。


『あの……クロエさん? どうして、しれっと俺の膝の上に座っているのでしょうか?』

『時間を分けて入るのは効率が悪いじゃろ』

『ボクオトコノコナンデスケド……』

『おぬしの裸なんぞ修行中腐るほど見とるわ』

 

 そうだった――――――!

 洞窟暮らし中、普通に服を脱いで体拭いてたわ……。


 すると、風呂の入り口からコンコンと扉を叩く音が聞こえてきた。


『失礼しまーす。アランさん、お背中を流しますね』


 薄いタオル一枚で体を隠しながら、コレットがお風呂場に入って来た。


『……OMG』


 


 







【人物整理】

アラン……主人公。やや長めの黒髪をした青年

クロエ……合法ロリ魔王

コレット……ケモ耳少女(胸デカめ)

ガレット……コレットの父親。ガチムチケモ耳オジサン


※コレットとガレットのケモ耳は犬耳です

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ