セレス戦③
細い蔦を網目状に組んだネットにブランブランと受け止められながら、セレスは思考する。
(……うーん。【冥界の眷属】ではなかったけれど、“アレ”はちょっと厄介よねぇ~。天敵というわけでも、殺せない相手ってわけでもないのだけれど……どうしようかしらぁ~。でもこのまま終わらせるのもまた“癪”なのよねぇ~)
素手で蔦を軽く撫でる。
すると、スルスルと軽やかに網目状の蔦が解けていき、静かに地面へと着地した。
服に着いた埃を手ではたき落とす。
『まぁ……。せっかく相手に奥の手を使わせたのならぁ~。もうちょっと、運動しようかしらねぇ~』
銀髪の長身女性が居た場所まで戻ってくる。
『お待たせしちゃったかしらぁ~』
薄暗い空間の中で異質に光る銀髪と赤い瞳。
足元には切断された無数の蔦が乱雑に放置されていた。
吸血鬼は右の手でクルクルと大鎌を遊ぶように回しながら、静かにこちらを見下ろす。
『丁度、準備運動がしたかったので問題なくてよ』
先ほどよりもやや声が低く感じる。
可愛らしさよりも、美しさが前に出ている状態と言えば自然だろうか。
『その姿はどうしたのぉ~って感じだよねぇ~?。魔術で急成長したって訳でもなさそうですしぃ~。今まで姿を偽っていたって訳でもないですよねぇ~?』
『……えぇ、まぁ。理由は省きますが、これが本来の“わたくし”ってだけですわね』
『ふーん。この時代に生き残っている【異形種】なだけあるって感じだねぇ~』
『『…………』』
謎。
互いに謎、疑惑、それに対しての推察を思考する。
どちらか片方が動けば、その瞬間“開戦”する。
しかし、イザベラとセレス、両者にはそれ以上に優先すべき事があった。
それは――――――“何故?”である。
(序盤から圧倒的な実力差があったにも関わらず、試合を畳む事なく無駄に時間をかけてなぶり続けた。 わざわざ手の内を他のギルドに見せてでもやるその理由は何?そうゆう性格だから?)
目の前の金髪巨乳エルフの顔を見る。
(否、もしそうなら開幕からこの大樹の壁で情報を周りに開示することなくできたはず。手の内を見せても問題ないくらいには強いから? ならどうして彼女の情報は全くなかったのか? 意図的に伏せていたと考えるのが自然である。彼女の行動は情報を隠したい者がするものではない。それに、途中で言っていた【大将戦までいければいい】という言……葉。――――――もしや“勝つ気“がないのでは!?)
彼女の目的が【大将戦にいく】という事であれば。
【魔王軍】 【妖精楽園】
先鋒戦 〇 ✕
次鋒戦 仮✕ 〇
中堅戦 仮✕ 〇
副将戦 仮✕ 〇
大将戦 無し 無し
もし仮に【妖精楽園】がここで次鋒戦をとった場合。
その後に二連勝をしてしまったら1―3で決着がつき【大将戦】は行われない。
つまりは、中堅と副将で勝つ事を前提として考えた場合、確実に【大将戦】に行くためには――――――“次鋒戦は負ける”必要性が出てくる。
しかし、簡単に降参でもしてしまったら【妖精楽園】の顔に泥を塗る事になる。
だから、序盤はてきとうに戦っていた。
……ん?
ならこの時間はなんなんですの!?
今ならもう降参できますわよね!?
『中でやられた~』とでも言えばいい。
イザベラは美しく凛とした顔を『むぅ~』と皺くちゃにしながら困惑する。
(さて、どうしようかしらねぇ~。こんな事ならアテナちゃんに前もって相談しておくんだったわぁ~。筋肉馬鹿とソフィアちゃんが負けてくれればよかったけどぉ~……性格的に“負けず嫌い”なのがねぇ~。――――――まぁ、それは私もなんだけどさぁ~)
対面にいる銀髪の異形種を見る。
別にこちらが何をしたという訳でもないが、何故か苦虫を嚙み潰したかのような顔をしていた。
(……考えるのが面倒になってきたわね)
セレスはゆっくりと敵意を一切向ける事なくイザベラの近くに歩み寄った。
『相談があるんだけどぉ~』
『……何でしょうか?』
『もう気が付いているとは思うけどぉ~。私はここで負けたいのよねぇ~』
『……それで?』
『でもぉ~、負けるのってムカつくじゃない~?』
『はい』
『だからぁ~。――――――“適度にボコった後“に棄権してもいいかしらぁ~?』
にこやかな笑顔を向けながら、まるで親しい友人と話すかのように質問を投げかけてきた。
『負けるのが怖い、という事であれば早く言って欲しかったですわ^^。気が利かなくて御免なさいね』
『そんなわけないじゃないですかぁ~^^。一体何を言っているのやらぁ~^^』
『フフフ、顔が引きつってらしてよ^^』
『眼医者にでも行った方がいいんじゃないかしらぁ~^^』
『あらご忠告痛み入りますわ。ならセレスさんは頭の調子を診てもらった方がよろしいのでは?^^』
『^^……』
『^^……』
『『^^…………』』
『『^^……………………』』
『『――――――殺すッ!!!』』
刹那、イザベラの右拳が、セレスの左拳が互いの顔面にめり込んだ。
『上等ですわぁアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア』
『蝙蝠風情が潰すわよぉ~おオオオオオオオオオオオオオオオ』
唐突に始まる殴り合いの肉弾戦。
美しい容姿をした二人ではあるが、今はただ、ただただ二匹の脳筋ゴリラと化してしまった。
『オラっ! 舐めた態度をとってんじゃないですわよッ!』
『女神ぱーんちィ!!!』
イザベラの追撃の左フックが不可視の鎧に叩き込まれる。
そしてそれと同時に、セレスの鋭い右ボディーブローがイザベラの左腹部を襲う。
金属を叩く音と、硬い何かが砕ける低い音が聞こえた。
『――――――グフッ』
苦悶の表情を浮かべながらも、イザベラは左足を一歩後ろに引き、右のアッパーカットをセレスの顎目掛けて振り上げる。
しかし、セレスは左手を開きながら上から押さえつける様にその攻撃を封じた。
そして、その隙を見逃されることはなく、開いた顔面に強烈な右拳が叩きこまれた。
鈍器で殴られたかのような鈍い痛みが左頬を覆う。
一旦距離を取るべく後ろに下がろうとしたその時、自身の右手をセレスがガッチリと掴んだ。
『ハハハッ!!! 久しぶりの運動は楽しいわねぇ~ッ!!!』
腕を強引に引きながら相手の態勢を崩し、一気にセレスはイザベラの懐へと入り込む。
右の鋭いボディブローが初撃と全く同じ左わき腹を襲う。
二撃目。
服の下に忍ばせておいた血の装甲は一撃目で完全に砕けており、無防備となった腹部に強烈な二撃目が入ってしまった。
『……グハッ――――――』
口から血がダラダラと滴り落ちる。
手足が痺れ、先の感覚が鈍く感じた。
しかし、目線だけはセレスから一切離す事はなかった。
(……幾つかの臓器は完全に逝ってますわね。というか……この【魔術士】近接も強いとかマジでふざけてますわね。こちらが強くなるたびに、相手も同じように対応してくるせいで実力差が全く詰まらないですわ)
『フフフ、普通の人間なら内臓が破裂して死んでますよぉ~?。ところで、そのフラフラな状態でどうやって戦うつもりなのかしらぁ~?』
『……便利な体で助かりましたわね。――――――質問に質問を返す様で恐縮ですけれども、一つ質問をしてもよろしいかしら?』
『いいわよぉ~』
セレスは上機嫌な表情を見せながら快く返事を返した。
『貴方……これ以上まだ強くなったりします?』
『なるわねぇ~。そもそもの話、私はまだ攻撃魔術を一回も使ってないですしねぇ~。――――――貴方の方は、もっと強くなるのかしらぁ~? 私をもっと楽しませて欲しいわねぇ~』
『…………成程』
イザベラは自身の影に腕を突っ込み、【不死狩りの大鎌】を取り出した。
『……ん~?』
『どうやら貴方に勝てそうも無いですわね。なので――――――先に“降参”しますわ』
『……は?――――――はァ!?』
【不死狩りの大鎌】を大きく構える。
そして、不敵な笑みを浮かべながら自らの左の掌を鎌の刃に押し付ける。
切り傷から血が溢れだし、刃を伝う。
『――――――【鮮血の一閃】』
自身を中心に大鎌を半時計回りに勢いよく振る。
血の斬撃。
遠心力に乗せた円形状の血の斬撃が周囲に放たれる。
セレスは小さくしゃがみ込み斬撃を躱す。
一閃。
周囲に聳え立つ大樹に赤い横線が綺麗に刻み込まれる。
そして、次第に植物が枯れる様にガサガサと上部の葉から大樹が崩れ落ち始めた。
『……へぇ~。その姿なら斬れるんですねぇ~』
イザベラの方を見ると、いつの間にかに元の小さい姿に戻っていた。
『――――――じゃ、お疲れ様でしたわッ!!!』
崩れ行く大樹の方へと猛ダッシュで駆け始めた。
『ちょ、ちょっと待ってぇ~ッ!!!』
大杖で地面をコンッと軽く叩く。
地面から植物の蔦が生え始めイザベラの足を捉えようとする。
しかし、器用に躱されてしまい止める事が出来ない。
『ウフフ、中堅と副将で棄権をしてそのまま辞退しますわぁ――――――ッ!!!大将戦までは行かせませんわッ!!!』
『……クッ。嘘だと分かっていもぉ~止めざるを得ませんねぇッ!!!』
大杖を縦に構え、力強く地面に突き立てる。
『――――――【豊穣神の怒り】』
強烈な轟音と共に地面に大きな亀裂が入る。
そして、ちゃぶ台返しの様に――――――地面が裏返った。
――――――――――――
『……こ、これは一体何が起こったのでしょうか』
『ちょっと……ヤバイですね』
怯えた表情で目の前の悲惨な光景を見下ろす。
大きな亀裂と地面の隆起、見慣れたフィールドは完全に破壊尽くされており、全く原型を留めていなかった。
丘の様に盛り上がった場所で、意識なく地面に横たわる銀髪の少女と、その隣で金髪のエルフがブンブンと手を大きく振っていた。
『降参しまぁ~すッ!!!』
こうして、次鋒戦は観客、実況/解説、誰も何も分からないまま唐突な終了を迎えた。
今週はちょっと忙しかったので……来週こそは6000文字超えたいね。




