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婚約者がNTRれたので世界最強を目指します  作者: 沼男
【二章】大陸間ギルド対戦
35/81

グレイ戦③


 息を深く吸い、ゆっくりと吐く。


(現状、彼との実力差は明白。更に、ここにきて武器の性能差もあるときた。……果たしてどうやって戦えばいいのやら)


 クレアはふっと自身の剣を見る。

 

(……お母さんとお父さんが就職祝いに贈ってくれた、私にとってとても大切な剣。決して名剣とは言えないけれど、私にとってはこれ以上無いほどの剣だ。……って、あれ、赤髪の青年に勝手にエンチャントされた時の文字の色が変わってる?)


 直剣の鍔の部分から剣先に向かって刻まれている文字の色が半分程赤く変化していた。


(素振りしている時には特に色が付いていたりはしなかったはずだけど……赤…………火の魔力に反応している?……確信はないけど、やってみる他――――――道はないか)


『いざ――――――参る』


 グレイは風燐丸を構えながら自身の周りに不規則な風の流れを発生させる。

 クルクルと回転しながら風の刃が周囲を凄まじい速度で移動する。


『 蒼風流 弐ノ段 【春嵐】』


 技の発動と共にグレイはクレアの居る方向へと駆け出す。

 そして、それと同時に風の刃が螺旋軌道を描きながら射出された。


『……【フレイムソード】』


 クレアは自身の剣に対し、ありったけの魔力を注ぎこみながら迎撃態勢をとる。


(本来であれば剣が燃え盛る炎で包まれる技ですが今回は放出ではなく、内包を。……やっぱり、少しずつ文字の赤い部分が増えていってる!?)

 

『どうした? 隙だらけだぞ』

『――――――クッ!!!』


 鋭い突きがクレアの左肩を掠めそのまま後ろにある壁に傷を付けた。


『【エアリアル・ステップ】』


 風の魔力を脚へと集中させ、移動能力を大幅に向上させる。

 そして、そのままグレイから逃げるようにフィールド中央へと移動する。


『無駄だ。【春嵐】からは逃げられない』


 中央へと到達したその瞬間、無数の風の刃がクレアに向かって全方位から襲い掛かる。

 脚、腕、腹と複数の箇所でやや深い切り傷が出来る。


『まずいッ!!!――――――【フレイム・ウォール】』


 咄嗟に燃え盛る剣を自身の前へと突き出し、体を大きく一回転させる。

 すると、炎の壁がクレアをぐるりと囲む様に発生する。


『今のうちに何とか――――――』

『先ほどの動きを借りるぞ』

『しまっ――――――』


 炎の壁を突き破るように風燐丸の刀身が現れ、そのままクレアの左肩を正確に突き刺す。


『グッ……』


 刺すような痛みが左肩を中心に体全体へと広がっていく。

 血がドクドクと勢いよく溢れだし、布地の部分を赤く染め上げる。


 苦悶の表情を浮かべながらクレアは片膝を地面へと着かせ、グレイの顔を見上げる。


『勝負ありだ』

『まだ右腕があります』

『治せる傷には限度がある。これ以上は止めておいた方がいい』


 ポタポタと血を地面に滴らせながら、クレアは静かに右の手に力を込める。


『……今の【春嵐】は“局所的な乱気流を発生させ、無数の斬撃を風に乗せ浴びせかける技”であってますか?』

『悪いがその手にはもう乗るつもりはない。時間を稼いだ所で結果は変わらない』

 

 ゆっくりと刀を肩から引き抜く。

 刀身から血がポタポタと落ちていき、次の瞬間には一滴の血も付いていない青白い状態を見せた。


『凄い武器ですね。刀身に付いていたはずの血が、まるで水洗いしたかのように綺麗になっています』

『……【風燐丸】。風を纏い龍の首をも断つ切れ味を持つ名刀。かつての友から継いだ今の俺の魂と言ってもいい代物だ』

『その友人は今日は来られているのですか?』

『……昔に俺が斬った』

『……そうですか』

 

 どこか儚げな表情を見せるグレイに目を奪われそうになる。

 しかし、直ぐ様に左肩の痛みが意識を現実へと戻した。

 

『余談はこれにて終い。負けを認めないのであれば、その剣を壊す他ないな』


 鋭い眼差しでクレアの持つ傷だらけの剣を見る。

  

(……よく手入れされているな。傷だらけではあるがしっかりと磨かれている。それだけ愛情を持って使われている物を壊すのは忍びないが――――――致し方あるまい)


『死は終わりを告げ、春の訪れと共に世界は再び芽吹き始める。―――――― 蒼風流 参ノ段 【烈風禊月(れっぷうはらえづき)】』


 グレイは抜き身の刀を静かに鞘へと戻す。

 会場の盛り上がりとは反対に、二人の間に静寂が訪れる。

 クレアは片膝を着きながらも、再び迎撃態勢をとる。 

 双方の距離は僅か一メートル程だ。


(……来る。全ての神経を研ぎ澄ませクレア・スカーレット。この一刀を防げないと――――――私は多分負ける)


『『………………』』


 緩やかな一陣の風が吹く。

 

 その刹那、クレアは“既に抜かれている”風燐丸を目にする。

 そして、グレイはゆっくりと風燐丸を鞘へと“戻す”。


 パキンッ


 金属が割れる音が聞こえた。

 恐る恐る目線を下に向けると、そこには中腹部から綺麗に切断された愛剣が地面に横たわっていた。


『……全く、見えなかった』


 (……圧倒的な力量差。この三年間、強くなるために上位ランクのクエストに行ってみたり、ひたすらに剣を振っていたけれど……本物の強者の前では――――――私はただの弱者)

 

 手に握られた“剣だったモノ”を見る。

 いつもの半分の重さになってしまったそれは、何処か哀れに……そして、滑稽にすら見えた。


『……あぁ、勝ちたかったな』


 敗北を認め、立ち上がろうとしたその瞬間。

 持っている半剣と地面に落ちた半剣が小さく、赤黒く燃え始めた。


『なに!?』


 驚嘆するクレアとは反対に、観客席と実況席からは大きな歓声が上がる


『おぉっと、これはどういうことでしょうか? クレア選手の剣が折れ、試合終了かと思われましたが』

『あれは……火の魔術? いや、それにしては少し禍々しいような』

『理由は分かりませんが、クレア選手にはまだまだ奥の手があるようですッ!!!』

 

 客席で観戦していたアランは隣にいるクロエに問いかける。


『なぁ、あれって闇魔術じゃね?』

『うーむ。闇系統であるのは確かなんじゃろうが……魔術とはまた違う気がするのう。もっと、こう……濃いなにかじゃ』

『濃い何かってなんだよ……あ、ってか待って。それだとキャラ被りで俺の存在感薄くならん?』

『ワシのほぼ下位互換な時点でその指摘は遅いのじゃ』

『グハッ』

『まぁ、あれじゃ。アレはおそらく“当人の力”ではないからそこは心配する必要性はないのじゃ』

 

 意味深な事を呟くと、やや真剣な眼差しでクロエはクレアのことを見る。


『……でもそれって俺もじゃね?』

『……そうじゃったわ』


 


 客先の一番上段にて、赤髪の青年は口角を釣り上げながら不敵にほくそ笑む。

 長い髪を揺らしながら、手で自身の口元を隠す。

 まるでその真意をかき消すかのように。


(あぁ、やっぱりそうだった。フフフ……君は果たして“どちらの運命”に導かれるかな)


 赤髪の青年は、とても楽しそうに、それでいて不気味に微笑むと歓喜に湧く観衆の渦に静かに溶け込んでいった。



 クレア・スカーレットは突如として赤黒く燃え盛る私剣を見つめる。


(……これはエンチャントなのか?本来、武器に施せるエンチャントは単一属性のみだ。火魔術の火力を補助する【火のエンチャント】かと思ってたけど……どう見てもこれは【エンチャント】のレベルを逸脱している。……どうする? 果たして私が扱える力……なのか?)


 チラッとグレイの方を見ると、彼もまた同様に困惑気味な表情を浮かべながら様子を見ている様だった。


【何を望む】

(――――――!?)


 唐突に何者かの声が脳内に流れ込んできた。


(誰!?)

【何を望む】


 周りをキョロキョロと確認する。

 しかし、近くにはグレイ以外誰も居なかった。


(……望み?)

【何を望む】

(……私は――――――)

【何を望む】


 望みなんて数えきれない程ある。

 だけど……今だけは………………今この瞬間だけは――――――


 剣を握る手に力を入れる。

 傷口から伝わる痛みがより鮮明に感じられた。

 

『……私は…………私はッ――――――』


 燃え盛る黒炎がゆらゆらと揺れる。


『私は“今”【勝ち】たいッ――――――!!!』


 揺れていた黒炎が剣に吸い込まれるかのように姿を消した。 

 

【答えは得た】


 謎の声はそう静かに呟くと、折れていた剣身は真っ赤に変色し、割れた断面部分がドロドロと液体の様に溶け始めた。

 そして、クレアは直感的に地面に横たわる剣身を躊躇なく素手で掴み、そのまま割れ目と割れ目を密接させた。

 

『グッ……』


 左の掌に強烈な痛みが走る。

 そして、それと同時に肉が焦げる臭いが鼻を突く。


『な、何をやっているんだ!?』


 一度距離をとり様子を見ていたグレイは、目の前で起きている光景を理解できずにいた。


 (唐突に剣が燃えたかと思えば、急に黒い炎が消えて、折れていた剣が独りでに熱し赤くなり、何故かそれを素手で合わせている。……意味が分からない。仮に結合出来たとして、それに何の意味がある? 再び折られるだけだろう? それともあの行為には儀式的な意味があるのか? ……クソやはり分からん)


『何をやっているのか分からないが。とりあえずは止めさせてもらおうか』


 風燐丸を持つ手を頭上付近まで持っていき、上段の構えをとる。

 【春嵐】によって発生していた周囲を漂う風の魔力が、風燐丸の刀身へと集められていく。

 すると、刀身はみるみるうちに青白く光り輝き始め、しばらくすると完全な蒼色へと変化した。


『 蒼風流 玖ノ段 【野分(のわき)】』


 上段の構えを完全に解き、勢いよく風燐丸を縦に振り下ろした。

 風の斬撃。

 振り下ろした刀の軌跡を形どったかの様な三日月状の風の斬撃がクレアに向かって飛翔する。

 

 クレアの持つ剣に当たったその瞬間、強烈な爆発音と共に爆風が辺りを飲み込んだ。


『うわああああっ!!! グレイ選手の強烈な一撃がクレア選手にヒットッ!!! 爆風による砂煙で何も見えませんッ!!!』

『ごほっ……ごほっ。客席にまで被害が出るのは是非とも対策して頂きたいですね……』

 

 実況/解説席に居たラーニャとパシフィーは獣耳を折りたたみながら、テーブルの下に隠れた。


 数秒、数十秒後……

 砂煙が次第に晴れていく。


『……どうゆう事だ? 殺さないように調節していたとはいえ――――――無傷だと?』


 「信じられない」という目をしながら、グレイ・ハイラードは眼前に立つ一人の赤髪の女性を見る。

 その手には今しがた折れたばかりの剣が“完全な形“で握られていた。

 そして、赤髪の女性はゆっくりと左手を剣身から離した。


『……これは』


 クレアは赤色に変色した私剣をまじまじと見る。

 剣身に刻まれた文字は完全に消えて無くなっており、繋ぎ目の部分は黒く一本の線として残っていた。

 そして直ぐに、脳内に一つの名前が浮かび上がった。


『……終焉の火と、勝利を謡う魔法の剣――――――【災厄の剣(レーヴァテイン)】』


 グレイは何処か嬉しそうな表情を浮かべながらクレアに向かって疾走する。

 

(何が起きたかは分からないが、あの赤い剣は多分やべぇーなッおい!!!)


『 蒼風流 伍ノ段 【薫風凛】』


 体を捻りながら滑るようにクレアの死角に入り込み、風燐丸を下から上に斬り上げクレアの持つ剣を狙う。


『……【火よ踊れ(イルド)


 クレアがそう呟いた瞬間、灼熱の炎が災厄の剣(レーヴァテイン)から噴き出し、迫り来たグレイを襲う。


『――――――ッ!?』


 風燐丸が完全に軌道に乗ってしまっていた影響で、グレイはこれを避けられなかった。

 灼熱の炎が一瞬にしてグレイを飲み込む。


『……まずいッ!? このままでは――――――』

『――――――播ノ段 【風刃斬】』


 クレアの心配とは裏腹に、グレイを包んでいた炎は一瞬にして八等分に切断され、かき消された。


『『……………………』』


 お互いの武器が相手の首に届くほどの距離で静止する。


 ((“次の一撃”で決まる))


 そう互いが判断したその瞬間、言葉一つ交わさずに次の一撃がくりだされた。


 黒炎を纏った剣と、蒼風を纏った刀が衝突する。

 蒼風に巻き上げられた黒炎が一気に膨張し、強烈な爆発と爆風が発生した。

 

『うわあああああああああッ!!! また爆発がッ!!!』

『これはヤバイヤバイヤバイやつです』


 爆風による衝撃で実況/解説席は少しずつ崩れていき、終いには大破した。


『びゃあああああああああああああッ!!!』


 兎獣人のラーニャの絶叫がマイクを通して会場中に響き渡る。


 しばらくすると、外壁などの建材がパラパラ、ガラガラと崩れ落ちる音が聞こえてきた。

 それに続くように砂煙は次第に晴れていき、フィールドの状況が鮮明になっていった。


 小さく丸くなっていた解説のパシフィーは目を擦りながらフィールドの中央を見る。

 

『……あれ、これはまさか』

『んっ……あいたたた。パシフィーちゃん? どうしま――――――え……』


 そこには、地面に倒れている金髪の青年と、膝を地面に着きながらも体勢を保つ――――――クレア・スカーレットの姿があった。




 




 

 


 


  


  






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