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婚約者がNTRれたので世界最強を目指します  作者: 沼男
【二章】大陸間ギルド対戦
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グレイ戦①


 青みがかった銀髪を揺らしながら、女は手に持っている対戦表を見る。

 闘技場を上から一望できる位置にある特別控室にて、軽くため息をついく。


『うーん。どこも名のあるギルドではあるんだけどさー【逸脱者】がいないんじゃつまんないよ〜』


 座っている椅子を前後に揺らしながら癇癪を起こすその様はまるで子供のようだった。


『フィーヤ様。もういい歳なのですから子供のような事はおやめください』

『ニルフィーは本当に細かいよ!』


 フィーヤは右手を握りしめながら、それを自身の頭上へと持っていく。

 

『力あるものは、その力を適度に使わないと駄目なんだよ! 見てこの握り拳! 私は今この握り拳と一緒でずっと力を使えずに放置され続けてるんだよ! ただ力を入れ続けてるだけ! 発散させてよ! 思いっきり机を殴らせてよ!』


 「はぁ」と深い溜息をつきながら、ニルフィーはその拳を優しく包み込んだ。


『フィーヤ様のお力は言わば【抑止力】であり、北大陸の【誇り】と【栄光】でもあります。そう簡単に使える物ではありません。それに、フィーヤ様が本気を出されたら………お相手が死んでしまうではありませんか』

『本気で殴っても壊れないサンドバッグが欲しい!』

『物騒すぎます』


 闘技場の方から大きな歓声があがる。


『ほら、フィーヤ様。どうやら第一試合が始まるようですよ』

『はぁ~帰って寝たい。どうせ【妖精楽園】が勝つでしょ?』

『……それはどうでしょうね』

『うん? ニルフィー的には【魔王軍】とかいうネタギルドが勝つと思うの?』


 真剣な眼差しで闘技場の方を見るニルフィーに違和感を感じる。

 彼女は彼女で『中央は【ガリア帝国騎士団】と………【魔王軍】?ですかね………何ですかこのふざけた名前のギルドは。新しくできたばかりのギルドの様ですが……数合わせでしょうか?』と言っていたはずだ。


『そこまでは分かりませんが、先ほど控室巡回を行っていたところ、【魔王軍】の大将の方と【妖精楽園】のエラード様が喧嘩をしていまして』

『あー、エラードなら試合前から喧嘩売りに行ってそうだわ』

『その際に、【魔王軍】の大将の方であるアラン様が少し強そうだなぁと思いまして』

『……へーぇ。でもエラードに勝つのは難しいんじゃない? 言うても元【神童】でしょ?』


 ニルフィーはピンク色の猫耳をピクピクと動かしながら、顎に手を当てる。


『普通はそう思うはず何ですけど、なんと言うか……ちょっとフィーヤ様に似た“余裕”が感じられたといいますか』

『……ふーん。何処の大陸も“本命”と“数合わせ”の組み合わせだけど、中央はどっちも強いやつらを送って来たって事ね』

『おそらくは。それだけ今回の優勝賞品を狙いに来ているという事でしょう』

『ならさ、“【逸脱者】に勝つ”って事も当然想定しているって事だよね?』

『………』


 先ほどまでのつまらなそうな態度は完全に消え去り、今度は玩具を楽しみに待つ子供の様な表情を見せながら、座っている椅子を前後に揺らす。


『強い奴を踏み台にしなくちゃ、更に上には行けないからね』


 口角を引き上げながらフィーヤ・ヘイルはニチャリと笑う。


『――――――全員ぶっ潰してやるよ』



―――――――――――― 


 廊下を抜けると、円形状のフィールドと大きな歓声がクレアを出迎えた。

 先ほどまでは人が大勢いたせいで良く見えなかったが、思っていたよりも広そうだ。

 顔を少し上げると、フィールドを囲む様に客席がズラリと並んでおり、一部客席の上部には来賓用の場所と思われるスペースと実況、解説席が設けられていた。

 更に、その一番高い所にはこちらを見下すように佇む【逸脱者】フィーヤ・ヘイルの姿が見えた。


 クレアは姿勢を戻し深く呼吸をしながら、自身を落ち着かせる。

 そして、熱気と歓声に包まれる中、その男は静かに、ゆっくりと前方からこちらに向かって歩いて来た。

 特に何かを仕掛けてきている訳ではないが、その身のこなしには何処か寒気を感じた。

 

 ただ歩いているだけ……にも関わらず“強者”であると本能的に理解してしまった。

 剣を喉元に突き付けられているかのような緊張感……その何気ない一挙手一投足に【死】を感じて仕方がない。


 震える左手を強く握りしめ、挨拶をする為にフィールドの中央へと向かった。

 すると、フィールド端に設置された大きなメガホンから大きく元気な声が聞こえてきた。


『さぁ、熱狂に包まれながら【大陸間ギルド対戦】の幕が開けました!と、いう事で皆さんこんにちは!本日、実況を務めさせて頂く事になったラーニャ・キャロットと』

『解説のパシフィーです』


 よく見ると実況/解説席には、大きな耳に橙色のネクタイをした兎獣人と、大きな耳を前に垂らした灰色の犬獣人の女性が座っていた。


 観客席の一部から熱狂的なファンと思しき者達からの特別な歓声が上がる。


『さてパシフィーさん。一戦目の見所などはあるのでしょうか?』

『そうですね、やはり【剣精】のグレイ選手でしょうか。【紫電】の逸脱者、轟雷華に敗れ片腕を失ったとはいえ、依然として剣の達人である事には変わりないですからね』

『なるほどー、確かに片腕でも剣は振れますね。それに対して、クレア選手に関してはどうでしょうか?』


 パシフィーは少し困った表情を見せながら、手元にある紙の資料に目を通す。 


『そうですね……三年前まではガリア帝国騎士団に所属していた様なので、全く戦えないというわけでは無いとは思うのですが……正直なところを言うと“厳しい“のではないかと思います』

『なるほどー、まぁ、【魔王軍】というギルド名からして、てきとうな数合わせの可能性が高そうですよねー』

『えぇ。おそらく中央大陸の本命は【ガリア帝国騎士団】でしょうね。強いギルドを二つも国外に出すのはリスクが高いですし、お互いに喰い合う可能性も高くなるので合理的ではないでしょうし』


 そうこうと話していると、フィールドの中央に二人の選手が到着した。


 クレアは目の前に居る男の姿を注意深く観察した。

 長い金髪を紐で一つに結び、キリっとした目つきに深い緑色の瞳。

 欠損した左腕の部分の袖はなく、腰のあたりには二本の剣が携えてあった。

 鞘の長さ、形状からしておそらくは直剣ではなく、湾刀の類だろう。


『俺の名前はグレイ・ハイラードだ。よろしく頼む』

『私はクレア・スカーレットです。いい試合になるように頑張ります』

『あぁ、俺の方こそ』


 そう言うと、二人は踵を返し一定の距離を保つべく25m程移動した。 


『『………』』


 一瞬の静寂が場を支配する。

 そして、緊張の膜を裂くようにメガホンからフィーヤ・ヘイルの声が響き渡る。


『それでは――――――Aグループ第一試合【グレイ・ハイラード】VS.【クレア・スカーレット】の試合の開始を宣言しますッ!!!』


 その刹那、グレイの姿が消失した。


『なッ!? 消え――――――』


 自身の背後に凄まじいほどの殺気を感じる。

 頭で考えるよりも早く剣を引き抜き、後方からの斬撃を受け止めた。


『……ほう。これを止めるか』


 剣と刀の刃がギリギリと鍔迫り合う。

 グレイは一旦押すのを止め、様子を見る為に後方へと下がった。


 (全く見えなかった………。なんとかギリギリのところで反応できたけど、まだかなりの余力を感じる。あの混乱した状態で攻めを継続することなく一旦引くあたり……試されている? であれば――――――)


『【エアリアルブーツ】【フレイムソード】』


 瞬く間に炎が剣を包み込んでいく。

 更に、脚に纏った風が炎の勢いを強め、クレアの周囲を赤色の風が吹き荒れる。


『【ハイ・フレイムソード】』


 実況/解説席の兎獣人のラーニャは大きな声を上げた。


『おおっとッ!!! これはクレア選手、一切の様子見なしの本気モードか!?』

『あれは火と風の複合型強化魔術の【ハイ・フレイムソード】ですね。風の動きと、体内にある異なる二属性の魔力を常にコントロールしながら戦う性質上、かなりの練度が要求される技です』


 グレイは刀の先をクレアに向ける。


『凄い魔力量だ』

『貴方の速さも中々のものです』


 クレアは一足でグレイとの距離を詰める。

 剣を縦に構えながら、そのままグレイの刀に振り下ろす。


『 蒼風流 壱ノ段【風凪】 』


 自身の刀にクレアの剣が接触した瞬間、そよ風が頬を撫で流れるかのように華麗に受け流して見せた。

 クレアもすかさず二撃、三撃と追撃を試みるが、そのことごとくを無力化される。

 そして、グレイは疲労で動きが鈍くなったクレアの一瞬を見計らい懐へと潜り込み、ガラ空きになった腹部に対し、刀の柄の部分を突き刺さった。

 

『ガハッ………』


 肺にある空気が強引に押し出され、鋭い痛みが腹を突き抜ける。

 酸欠による眩暈と痛みに襲われ、クレアはガクリと膝を着く。

 グレイは手を止めることなく止めの一撃を仕掛けてきた。


『 蒼風流 伍ノ段【薫風凛(くんふうりん)】』


 蒼色の風を纏わせた刀の刃を上に向け、そのまま斜め下から斬り上げるように振り上げた。

 しかし、寸での所でクレアはバックステップでそれを回避し、ゴロゴロと勢いよく地面を転げまわる。

 傷の程を確かめるべく自身の体を見てみると、着ていた金属製の鎧にくっきりと斬跡が残っていた。

 

『ハァ………ハァ………………』


 胃液の酸っぱい味が口全体に広がる。

 肩で息をしながらも、次第にぶれていた視点は一つに収束していき、脳が息をし始める。


『ふむ、これも躱すのか。やはり、同じ風属性の魔力持ち同士だと、風の読み合いになるのは致し方なしと言ったところか』


 ………風の読み合い?

 一体何を言っているのかは分からないけど、休む時間を与えてくれるのであればこちらとしてもありがたい。

 だけど、想像以上に……強い。

 そもそもの剣術からして、おそらく相手の方が数段上と見て良い。

 小手先の技術対決だと間違いなく勝ち目はない。

 で、あれば。

 私がとるべき戦法はただ一つ――――――火力で押し切るッ!!!


『【ハイ・フレイムソード・ソニック】――――――ッ!!!』


 剣を大きく振りかぶり、炎を纏った風の斬撃を幾重にもグレイに向かって浴びせかけた。


『なるほど。やはり君は剣士と言うよりかは、魔剣士に近い様だな』


 迫りくる熱量の嵐を前にして、グレイは顔色一つ変えずに必要最低限の動きで風の斬撃を避けて見せた。

 

『がしかし――――――まだ弱いな』

『ではこれはどうですか!?』

『――――――ッ!?』


 いつの間にかに自身の直ぐ近くにクレアが接近していた。

 

『今の斬撃の後ろに隠れながら距離を詰めたか――――――ッ!!!』

『【ハイ・フレイムソード・クンフウリン】』


 迎撃の横なぎを体制を低く保ちながら躱し、地面を滑るようにしてグレイの懐に入る。

 そして、剣をその勢いのまま斬り上げた。

 

『―――なッ、その技は』


 唐突に起きた驚愕が一瞬、グレイの反応を遅らせた。

 斬り上げられた剣は正確に刀の鍔を捉え、そのまま宙へと弾き飛ばした。


『取ったッ!!!』


 クレアは振り上げた剣の勢いを一度殺し、そのままグレイに向かって振り下ろした。


『………お見事』


 止めの一撃がグレイの体に当たるその刹那――――――クレアは何かの強い力に吹き飛ばされ、フィールドを囲うように設置されたていた壁に衝突していた。


『――――――ガハッ』


 一瞬にして、天国から地獄へと叩き落とされる。

 体を強く打った衝撃で、何が起きたのかの情報の整理が追いつかない。

 ただ一つ分かるのは――――――


 グレイの右手にはもう一本の刀が握られているという事だけだった。


『俺にこの刀を抜かせるとは思わなかった』


 刀身が怪しく青白く光っている。

 視界に入れているだけで“斬られている“と錯覚を覚える程の圧がそこにはあった。


『天下七刀の一振り――――――【風燐丸(ふうりんまる)】』

 


 

 








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