控室
『うーん。【エラードは土属性の精霊魔術を得意としている】って情報だけだと具体的なイメージが沸かないな』
自身の魔力だけじゃなく、外部の力も借りて魔術を行使するって事なんだろうけど……
具体的に、どれくらい出力が上がるのかが分からない。
『精霊魔術は通常の魔術と比べて発動速度、出力、性能、それら全てが一段階強くなるイメージなのじゃ』
『なるほど、精霊魔術って常時全魔術がバフされてるようなもんか』
『そうじゃ。なんなら、【精霊の加護】も別にあるから普通に面倒なんじゃよな』
とりあえずは【精霊の加護】がある状態で【精霊魔術】を使うとヤバイってことか――――――は?
『ま、まぁ。俺の動きが全く見えてなかったみたいだし、本体の肉体強度はそこまで高くは無さそうだからなんとかな――――――』
『身体強化系の精霊魔術もあると思うぞ』
『インチキも大概にしろヨオオオオオオオ!!!』
アランはテーブルをバシバシと叩く。
『かつてのワシの魔術の師匠【大賢者】エルフィス曰く――――――【あたしらエルフにとって精霊は母であり、父であり、ショタであり、ロリである】と』
『その大賢者大丈夫そ?』
『――――――大丈夫ではなかったな』
クロエは瞳の光を失いながら、スッと目線を反らす。
『まぁ、そんな事を言い出したら、わたくしに至ってはゴリゴリのインチキ吸血鬼ですけれどね』
『私とベノミサスちゃんもどちらかと言うとインチキ側ですよね』
『やだ……うちのギルド、インチキすぎる』
お目目をパチクリとさせながら、アランはギルメンを見回す。
そして、クレアと目が合う。
『……実は人じゃありませんでしたって言わない?』
『言いませんよッ! 普通に人の子です』
イザベラは予めメモしておいた情報が載った紙を見る。
『あとは……出てくる順番までは分かりませんでしたが、【剣精】のグレイ、【拳壊】のアンドロス、【賢者】ソフィア、【酒豪】セレスなどがいましたわ』
『最後の【酒豪】ってなんだよ……』
『この方に関しては酒豪である以外の情報が全くなかったですわ』
『逆に怖いまであるなそれ』
そうこうしていると、何者かが部屋のドアを叩く音が聞こえてきた。
『そろそろお時間になります。先鋒のクレア・スカーレットさん、準備の方をよろしくお願いいたします』
クレアは真剣な眼差しで自らの剣を手に取った。
『では行ってきます。事前の打ち合わせの通り、私とイザベラさんが勝って、最後にアランさんが決めて三勝し、第二回戦に駒を進めましょう』
『あぁ、どう考えてもフラグにしか聞こえないが頑張ってな』
『……私、この戦いが終わったら結婚するんだ』
『彼氏も居ないのにか?』
『グハッ――――――!!!!』
片膝を地面に着き、吐血をしながら、苦しそうな顔でこちらを見上げる。
『逆フラグでなんとかしようと思ったのに……これで負けたらアランさん責任取ってくださいよ』
『ハハハッ――――――クレアは負けないだろ?』
『……そこまで信頼しきった顔で言われちゃ――――――負けられませんね』
ゆっくりと立ち上がると、部屋のドアノブへと手を伸ばす。
燃えるような赤い髪を靡かせながら、クレアは部屋を後にした。
『……【責任を取って】って……“どっち”の意味だと思う?』
静かに傍観していたコレットはニッコリと笑みを浮かべる。
『やったじゃんアラン』
『クレアさァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアんッ!!!! マジで頑張れぇええええええええええええええええッ――――――!!!』
言うてまんざらでもない事ではあるが、これはこれで違うと思うアランであった。
――――――――――――
【妖精楽園控室】
『エラード様、お帰りなさい』
『あぁ、ただいま』
手に持っていた魔導書をパタリと閉じる。
金髪のショートヘアーに、先の尖った大きな耳を持つエルフの少女は、丸眼鏡をクイッと指で直しながらエラードの様子を注意深く観察する。
『……結構、強そうでしたか?』
『いや、あんなカス共に我らが後れを取るとは思えないな』
『なるほど』
『がしかしだ、相手が何者でも関係はない。異国の地であろうとも、我らが【女王】の威を知らしめるのは【妖精楽園】の責務である。つまりは――――――油断はするな』
『やっぱり強かったんじゃないですか』
『黙れ、そのふざけた眼鏡をカチ割るぞ』
エラードは鋭い眼差しで、金髪ショートヘアーのエルフの少女を睨む。
『全く~エラードちゃんの下手くそな“演技”に付き合わされる私達の身にもなって欲しいですよね~回りくどくて面倒くさいです~』
控室に設置されたベッドの上を這うように移動し、何者かがカーテンの外に上半身をさらけ出した。
緩やかなウェーブがかかった金髪の長髪に、エルフ特有の尖った大きな耳。
零れ落ちそうな程たわわに実った胸を持つその女性は、眠そうな眼差しを見せながら手に持った酒瓶をグビィーとラッパ飲みし始めた。
『……何度言ったら分かるセレス。仕事中は飲むなと言っただろう?』
『え~~~、昔みたいに“お姉ちゃん”って呼んでよぉ~!!!う~私がもうおばさんになっちゃったから言ってくれないんでしょ~うぐっ……お姉ちゃん死にたくなってきたよぉ~』
『……ソフィア、君にはセレスの見張りも任せていたはずだが? その無駄に大きい眼鏡は張りぼてかなにかか?』
先ほどの金髪ショートヘアーのエルフの方を向きながら、辛辣に問う。
『エラード様ですら止められない事を私が出来る訳ないじゃないですか』
『若くして【賢者】の称号を得た君ならできるだろう?』
『ふっ、“本当の”天才にそう言われると皮肉に聞こえますよ』
『所詮は“二番目”でしかないさ』
『………………』
一瞬の沈黙が部屋を支配する。
すると、部屋のドアが勢いよく開いた。
否、ドアノブを中心にドア本体が粉々に割れ、盛大に崩れ落ちた。
『……アンドロス、一体何度言えば分かる? “ドアを開ける時は優しく開けろ”』
ドアが無くなった空間から、二メートルはあるであろう巨体がヌッと出てきた。
短くオールバックにした髪を手で撫でながら、エルフに似つかわしくない筋骨隆々とした肢体を持つその男は部屋の中へゆっくりと入ってきた。
『ガハッハッハッ!!! わりぃな大将!!! まさか木製のドアがここまで弱いとは思わなかったぜ』
『木製のドアが悪いんじゃなくてぇ~あんたが馬鹿なだけでしょ~アンドロス』
いつの間にかに泣き止んでいたセレスは、手でしっしっと払いのけるような仕草をし、アンドロスをゴミを見るかのような目で見る。
『オイオイ姐さんッ!!! そんな怖い顔で見ないでくれよッ!!!』
『あんたに姐さんと呼ばれたくはないです~筋肉だるまは死んでください~』
エラードは二人の間に割って入る。
『雑談はそこまでだ。今は目の前の戦いに向けての話し合いをしよう』
『と言っても、もう既にグレイさんは行っちゃいましたよ?』
『…………は?』
エラードは「嘘だろ………」と言いたげな表情で今しがたの発言をしたソフィアの顔を見る。
『「強き剣士の気配がする」とか言って、そそくさと先鋒戦に向かわれました』
『……セレスとアンドロスと私の三人でサッサと一回戦目は勝ち抜く算段だったはずだが?』
『私もそう言ったんですど……全く話を聞いてもらえなかったです』
『どいつもこいつも――――――まぁ、いい。切り替えるぞ』
部屋に置かれているクローゼットの扉を開ける。
中にあった緑と黒をベースとしたローブと、今にも折れてしましそうな程ボロボロな大きな木の杖を手に取った。
『先鋒はこのままグレイに任せる。次鋒はセレス、中堅はソフィア、副将はアンドロス、そして大将は私が行く』
『オイオイ待ってくれ。最初に三連勝しちまったら俺の出番がなくなっちまうだろうがッ!!!』
『その場合はソフィア、イイ感じに手を抜いてアンドロスまで回してくれ』
『……善処します』
『オイッ! お前、絶対嫌がらせで俺まで回さない気だろう!?』
『声がデカい、少し黙っててくれる?』
アンドロスは人差し指でソフィアの後頭部をグリグリと擦る。
『……殺すぞ肉だるま?』
『やーい、やってみろよ丸眼鏡ぇ~』
『ふーん、そう。じゃ、死――――――』
振りむこうとしたその時、視界の端にエラードの顔が映った。
『……エラード様?』
いつもの傲慢な表情とは違い、何処か真剣な眼をしていた。
『どうした? 行くぞ』
そう言うと、それ以上何も言わずにエラードは廊下へと出て行った。
『……やっぱり何かあったのでしょうか?』
『さぁ? なんか悪いもんでも食ったんじゃね?』
『あんたじゃないんだから違うでしょ』
ベッドの端に腰かけながら、ゆっくりとセレスが立ち上がった。
『ふふふ、これは面白くなってきたわねぇ~』
『セレスさん、何か知ってるんですか?』
『勿論知ってるよぉ~。内容は話さないけど~エラードちゃんにとっては“悪い事”でもあるし、“良い事”でもあるって感じかなぁ~。まぁ、私にとっては“良い事”だからこのまま変に介入せずに見守ろうかしらねぇ~』
ふふふ、と不敵な笑みを浮かべながら、エラードの後を追うように部屋を出た。
『……あんたはどう思う?』
『さぁ? まぁ、姐さんが“良い事”って言うなら大丈夫じゃねーかな』
『……それならいいんだけどね』
ソフィアは読んでいた本を小脇に抱えながら小走りで、アンドロスは壁を拳で破壊しながら部屋を後にした。
――――――――――――
長い廊下をクレアは真っすぐに歩く。
廊下の先からは眩い光が入ってきていた。
この先には先ほど開会式を行っていた闘技場がある。
ここまで聞こえてくる大歓声に体が緊張をしているのが分かる。
これが私にとってのギルド最初の仕事、失敗するわけにはいかない。
相手は西大陸の実力者だ、自身の全力を出し切ってもなお勝てない可能性だって普通にある。
だが、例え実力で負けていたとしても、心までは負けて良い理由にはならないだろう。
虚栄でもいい。
だから――――――
『――――――必ず勝つ』
差し込む強い光に飲み込まれるようにクレア・スカーレットは歩みを進めた。
――――――先鋒戦開幕――――――




