開会式
目を覚ますとそこには目慣れない天井があった。
特にこれと言って特徴のある天井ではないが、何処か不思議な感じがした。
おそらくは、ここ数カ月、真っ白な何もない空間を見ながら目を覚ましていたからであろう。
全身がボロボロになり、気絶するように寝て、起きて、訓練して、ボロボロになってまた寝る。
荒れた生活をしていたからこそ、普通の部屋で普通のベッドで寝る事の素晴らしさを再認識できた。
アランはふとちょっとした違和感に気が付いた。
『……あれ、外はもう十分明るいのに……太陽の日差しが窓から入って来てないな…………』
この時間帯ならもう既に東窓から日がさしてないとおかしいはずだ。
それに……今日は確か大会の開会式が昼辺りに行われるんだよな。
だから……確か…………朝から皆で集まって会場に行く約束をしていたんだよな……………………。
いや待て待てアラン、そんなはずはないだろう?
大の大人が寝坊なんてそんな……ないない。
それに仮に寝坊していたとしてもだ、他のメンバーが起こしてくれるだろう?
だからそんな最悪な事態は絶対にない。
窓からチラッと見える太陽が若干高い位置にあるように見えるのはあれだ……多分、今日は太陽さんの機嫌がいいからなんだろう。
ハハハッ! だから安心し――――――
部屋の外から大きな破裂音が聞こえてきた。
そして、それと同時に人々の歓声の様な音が遠くから響いて来た。
『……やったね君たち?』
(あいつら俺の事を置いていきやがったなぁぁあああああああああああああ――――――ッ!!!)
アランは直ぐ様にベッドから起き上がると、窓から身を乗り出して建物の屋根へと跳び乗った。
すると、屋根上を走っていた謎の少女とバッタリと合い、ついでに目も合ってしまった。
『……ヘイ、彼女!。今日は屋根上走り日和だね』
『貴方はいったい何を言っているのですか?』
困惑した表情を浮かべながら、見るからに小柄な少女はアランの居る屋根へと跳び乗った。
『俺の名前はアラン。ちょっと寝坊しちゃって、今から目的地まで屋根上ダッシュするところ。君は?』
『……椿です。……私も寝坊してしまって、今急いで屋根上ダッシュしているところです』
『『…………』』
俺はそれ以上何も言わずに、進行方向へと走り出しの構えを見せた。
そして、それに合わせて椿も同じように構えた。
そう…………
こんなんレースするに決まってるじゃないか!!!
十キロメートルくらい先にある【アイスヘイル・コロッセウム】から“パンッ“と何かが破裂する音が聞こえてきた。
そして、その音に合わせるかのように、二人は全速力で走り出した。
『俺が先に着いたら昼食奢ってな』
『分かりました。では私が先に着いたら貴方のギルドは負けを認めてください』
『嫌だね』
『ならギルド名を教えてください』
『嫌だね』
『……では――――――』
『嫌だね』
『まだ何も言ってないじゃないですか!!!』
長い黒髪を揺らしながら後ろを付いてくる少女は、小さな何か刃物の様な物を投擲してきた。
『――あっぶねッ!!!』
投擲された刃物を華麗に避け、右手で上手くキャッチした。
『おい!危ないだろ!』
『私よりも速く動いてる貴方が、今の攻撃を躱わせないわけないでしょう?』
『それもそうだな。言われてみれば攻撃と呼ぶ事すらおこがましいクソ雑魚な何かだったわ』
『ぶっ殺します』
椿は服の袖から幾つものクナイを取り出し、アラン目掛けて投擲した。
それぞれが別の軌道を描きながらアランを襲う。
がしかし、アランは器用にクナイをキャッチすると、後続のクナイに向けて逆に投擲し返した。
金属を削る鋭い音を響かせながら、衝突したクナイはそのまま屋根上へと落ちていった。
家主からしたらすんごい迷惑なこと極まりないだろう。
(凄い……只者ではないとは分かっていましたが。まさか一つも当たらないとは思いませんでしたね。何者かは分かりませんが……今大会は荒れそうですね)
(こっちの屋根に跳び乗ってきた時に、着地音が全く聞こえなかった。なんなら、今走ってる時ですら全く音がない。こりゃあ、暗殺者の類だよなぁ。俺を殺しに来たって感じではないけど、進行方向的にどう考えてもギルド対戦参加者だよなぁ……結構強そうだし厄介だな)
一度立ち止まり、お互いの顔を見合う。
『やりますね』
『まぁな。君も子供ながらに良く頑張ってると思うぞ』
『……ありがとうございます。因みに私は今年で二十七歳です』
『……なんだって!?』
アランは改めて椿の容姿をマジマジと見る。
腰まである長い黒髪に濃褐色の瞳。
背丈は目測で百五十センチ程だろうか。
『因みに俺は今年で二十一歳だ』
『随分と老けて見えますね(笑)』
『かくいう君は逆に十五歳くらいに見えるけどね(笑) 合法ロリってやつ?(笑)』
『『………………』』
『『負けたら土下座な――――――ッ!!!』』
二人は再び、会場へと走り始めた。
――――――――――――
【アイスヘイル•コロッセウム】
完全満員のコロッセウムの客席にて、クロエとベノミサスは静かに座っていた。
『クロエ……良かったの起こさなくて?』
『そうじゃな。ギリギリまで修行しておったからな、流石に寝かせておいても問題なかろう』
『それで……修行の成果はどう?』
『そうじゃなぁ……まぁ、間違いなく強くはなったのじゃ。がしかし、まだ己の力を引き出せてない感じがするのじゃ。あやつのポテンシャルはもっと高いはずなんじゃがなぁ〜』
クロエは顎に手を当てながら考え始める。
『こればっかりは、何かしらの【きっかけ】が必要なのかもしれんな』
『そっか』
『まぁ、なるようになるじゃろ』
そうこうと話していると、コロッセウムの上空から何やら透明なガラスのような螺旋階段が地上へと伸び始めた。
天と地を繋ぐ鎖のように見える螺旋階段から、何者かがゆっくりと降りてくるのが見えた。
そしてその瞬間、会場全体から大きな歓声と花火が上がった。
青みがかった銀髪を靡かせながら丁寧に降りるその女性は地上へと到達すると、両の掌を天へと掲げた。
『遥か昔、この世は争いに満ちていました。皆が皆、己の野望、野心に突き動かされ、他者を労わる心を失い、助け合わなければならないにも関わらず大陸間、異種族間同士で殺し合っていました。しかし、長きにわたる殺し合いも、一人の勇者、勇者パーティの登場によって終わりを告げ。多くの痛みを抱えながらもその時代の賢者達の治世により、この世界は平和を取り戻しました』
フィーヤ・ヘイルの手から白い煙の様な物が発生し始め、それは次第に形を持ち始めた。
小さな氷の結晶達が風に呷られ宙へと浮き広がっていく。
コロッセウム全体を包み込むように広がると、太陽の光を反射して光の雨が降っているかの様な幻想的な景色が出現した。
『もう二度とかつての過ちを繰り返さぬように。そして、再び訪れるかもしれない災いに備える為、大陸間の関係強化を目的とした催し――――――わたくしフィーヤ・ヘイルは今日ここに第五百六回【大陸間ギルド対戦】の開会を宣言致します』
その瞬間、大きな花火が複数打ちあがった。
そして、それに呼応するかのように、会場中の観客が歓声をあげた。
フィーヤ・ヘイルは柔らかい笑みを見せながら、観客の方へと手を振った。
すると、上空に小さな影が二つ現れたことに気が付いた。
『……あれは?』
よく目を凝らしてみると、黒髪の大柄な男と、黒髪の小柄な少女が何やら物を投げながら、自身の真上に降ってくるのが見えた。
そして次の瞬間、フィーヤは氷で出来た巨大な右腕を作り出し、ハエ叩きの要領で二人を地面へと叩き落とした。
『え……なに今の……?』
困惑しながら落下地点へと向かうと、そこには絶えず刃物を投げ合っている二人がそこにはいた。
『俺の勝ちだな!!!』
『いいえ! 私の方が先に地面に足が着きました』
『いやいやいや、俺の方が体がデカいんだからどう考えても俺の方が先だろ!!!』
『違いますよ! 小さい方が空気抵抗が低くなるでしょう? つまり私の方が先です!!!』
『いや俺だッ!』
『私が先ですッ!』
二人は目を大きく開きながらフィーヤの方をクワッと向く。
『『どっちが先だった!?』でした!?』
フィーヤは困惑した表情を浮かべる。
(え。ちょっと待って。どっちが先に地面に着いたか? そんなの見てないから分からないんだけど……でもここで弱い発言をする訳にはいかないよね……皆見てるし)
『……同時でしたよ』
『『つかえな』』
『は?』
余りにも無礼で、無遠慮な言葉にフィーヤはついつい素が出てしまった。
『……ところであなた方はいったい何者なんですか?』
『俺の名前はアラン。ギルド対戦参加者だ』
『私は椿です。同じくギルド対戦の参加者です』
『わたくしはアイスヘイルの城主であり、大陸間ギルド対戦の総支配人のフィーヤ・ヘイルです』
『『…………』』
二人はそっと地面に正座する。
そして、両手をそろえ、深々と上半身を前へと倒した。
『『すみませんでした――――――ッ!!!!』』
二人の情けない声がコロッセウムに響き渡り、開会式は終わりを告げた。
――――――――――――
これから開会式が行われるという事で、ガリア帝国騎士団の面々はコロッセウムの中央やや右辺りに待機していた。
『うわ~凄い熱気だね』
エマは周囲を囲む様に座っている客席を見渡した。
『まぁ、当然だろう。各大陸の面子がかかってるからな』
白をベースとした小奇麗な制服を身に纏った長髪金髪の男、ウェイン・アーデンハルトは表情一つ変えずに隊列の先頭に立っていた。
『ねぇ!見てみて! お姫様みたいな人が氷の階段を使って降りてきたよ!』
『彼女は【氷結】の逸脱者フィーヤ・ヘイルだな。決勝で俺が戦わなくちゃいけない女だ』
『ウェインは勝てる自信とかあったりする?』
『ないな。流石の俺も身の程は弁えているつもりだ。それにしても――――――』
ウェインは同じように隊列を組んで並んでいる他のギルド達を見る。
『あそこにいるエルフの集団は西大陸の王族直属護衛部隊の【妖精楽園】だな。それに、黒装束で身を隠しているのが東大陸の諜報組織【忍連合】の連中だろう』
『なんか凄い強そうだね』
『あぁ。あとは、あのドワーフ連中は南大陸一の魔道具製作機構【鉄血豪鬼】だな……これは思っていた以上に他大陸の連中もガチで来てるな』
青髪の少女がチョンチョンとウェンの腰を指で突く。
『はは~もしかしてウェイン隊長ビビってます?』
『武者震いだ。ルインの方こそ大丈夫なのか? もし副将の責が重い様であればルーデルに代わってもらうが?』
『はは~今この瞬間、部屋で寝てるマッチ野郎に務まる訳ないじゃないですか~。あいつは剣にしか興味のない筋肉馬鹿ですし』
『それもそうか』
ウェインはふふっと短く笑うと、周りを軽く見渡した。
『……居ないな』
『うん、どうしたの?』
『いや、あのクソったれのガキの姿が見えなくてな』
『……アランの事だね』
大きな花火がパンっと鳴ると、周りでひときわ大きな歓声が上がった。
『…………――――――ッ!!!!』
ウェインは目を大きく開き、空を見上げる。
『……何やってんだアイツは』
ウェインの言葉に釣られてエマも空を見上げる。
すると、そこにはかつて良く見慣れた、婚約を結んでおきながら裏切ってしまった黒髪の青年の姿があった。
『ッ――――――アラン!?』
エマは落下地点に直ぐ様に駆け寄る。
そして、三年ぶりのかつての男の姿をしっかりと見る。
すると、そこには…………とてつもなく美しい土下座をしているアランの姿があった。




