邂逅
まだ少し肌寒い朝7時頃、ドラコは重たい瞼を擦りながらゆっくりと体を起こした。
『……あれ。クレアさんがいない?』
その声に反応するように、ベノミサスも体を起こした。
『……どうしたの?』
『あっ、ベノミサスちゃんおはようございます』
『おはよう』
『それが私達の暖房器具になってくれていた、クレアさんが居なくて』
『ほんとだ』
ベノミサスは黒髪を揺らしながらキョロキョロを周囲を探してみるが、クレアの姿は見つけられなかった。
『……もしかしたら買い物に行ったのかも』
『なるほど……確かにイザベラさんも朝は弱かったはずなので代わりに行った可能性が高いですね』
ドラコとベノミサスはお互いの顔を見合う。
『『お手伝い(遊び)に行きましょう!』行こう』
二人はそそくさと服を着替えると、他の客の迷惑にならないように静かに部屋を後にした。
――――――
宿舎を出てしばらく歩くと、魚介類が腐敗したかの様な臭いが鼻をついてきた。
『あれは、海鮮市場でしょうか!?』
ドラコは魚が綺麗に並べられた棚を指差しながら、ベノミサスの腕を引っ張る。
『多分そうじゃないかな……でも私達お金持ってないから買えないよ』
『見て周るだけでも楽しいと思いますよ! それにお腹が空いたら海に潜って直接魚を獲りましょう!』
『……因みにドラコは泳げるの?』
『土属性の龍が泳げると思いますか?』
『えぇ……』
やや困惑しつつも、ベノミサスは一旦は聞き流す事にした。
海鮮市場の中に入ると、色とりどりの魚介類達が並べられていた。
目玉が異様に大きい赤い魚や、トゲトゲとした牙が生えている大貝と、物珍しい魚介類が目に入る。
『凄いですね! 中央じゃあまり見られない類の魚介類ですね』
『このパンパンに膨れた黒い魚はどうやって食べるんだろうね……』
ベノミサスは物珍しそうに目の前に置かれている黒いフグの様な魚を見つめる。
『おう嬢ちゃん! そんなにブラック・パファーが珍しいか?』
頭に白い鉢巻を巻いた屈強な兎耳の獣人が、活気の良い声で話をかけて来た。
『うん。こんなに膨らんでると可食部が少なそうだよね』
『ハハハッ、確かにそうだな。基本的にはブラック・パファーは出汁をとるのに使われるからな』
『因みに普通に食べたらどうなるの?』
『死ぬな』
『えぇ……』
何て物を売ってるんだコイツは……という目で兎耳のおっちゃんの方を見る。
『味自体は凄い美味しいらしいんだが、その代わりにエゲつない程の毒があるらしくてな。食べた瞬間、即時に全身が痙攣をおこして、全身の穴と言う穴から血が噴き出て、終いには激痛に耐えられなくなって自殺しちまうらしい』
『怖すぎるよ!』
ドラコはガクガクと震えながらベノミサスの腕を掴む。
『ただ熱には弱いから、ちゃんと加熱すれば大丈夫だぞ』
『え、遠慮しておきます。それに今お金を持ってきてないですし』
『そっか! ならまた今度だな!』
二人は手を振りながらその場を後にした。
色々と見ながらしばらく歩いていると、道脇から男の怒号が聞こえてきた。
声のした方向を見てみると、なにやら体の小さい少女が男達に囲まれていた。
『ベノミサスちゃん!』
『うん、行こう』
二人は駆け足で裏路地の方へと入って行く。
『何をやっているんですか!』
『おっと、やべぇぞお前ら!』
男達はドラコの声に反応したと同時に少女を掴み担ぎ上げ、奥の方へと駆け出した。
『待ちなさい!!!!』
二人は男達を追うように路地奥へと進んでいく。
すると、先ほどの活気のある海鮮市場とは違い、ゴミがそこらかしこに棄てられている薄汚れた空間がそこにはあった。
『……ここは』
ドラコとベノミサスが辺りをキョロキョロと見渡していると、先ほどの男達が『待ってました』と言わんばかりにズラズラと暗闇から現れた。
そして、その先頭には先ほど連れていかれた少女が居た。
『ヤッホお馬鹿さん達!』
ケタケタと笑いながら、金髪ツインテールの少女は男達に指示を出し二人の退路を塞いだ。
『……もしかして騙された?』
ベノミサスは少女を無表情で見つめる。
『え~、そこはもっと絶望した顔を見せるところじゃない? つまんないよ~』
『……ドラコ、あいつぶっ飛ばしていい?』
自身の拳に力を入れながらも、一旦は冷静にドラコに助言を求めた。
『駄目。何処かしらから見られてるかもしれないから、外で力を使っちゃ駄目ってイザベラさんが言ってた』
『……じゃあ、どうする?』
『一旦、話をしようと思う』
ドラコは一歩前に出る。
『あの、貴方達の目的は何ですか?』
『もくてき~? そんなのお金に決まってるじゃん。まぁ、あんた達は子供だから大してお金は持ってないでしょうから、てきとうに金持ちのオッサンにでも売ろうかな~って感じ』
『それは困ります! お互い“子供”同士仲良くしましょうよ!』
『……は?』
さっきまでの楽しそうな雰囲気は一瞬にして消え去り、殺意の宿った目で刺すようにドラコを見る。
『え、私何か間違った事を言いましたか?』
『……私が子供に見えるの?』
ドラコは改めて目の前に居る少女を見る。
赤いリボンで括られた二本の金色の髪束。
ドラコよりもやや小さい体躯に、クリクリとした赤い瞳を持つ少しキリっとしたつり目。
『はい、俗に言う“メスガキ“に見えます』
『……そう。じゃあ――――――死ね』
メスガキは自身の腰から黒い何かを手に取りドラコの方へと向ける。
そして、人差し指をクイッと曲げトリガーを引いた。
すると、パンパンパンと大きい音を立て、ドラコの腹部に向かって小さい何かが射出された。
『……何ですかコレ?』
ドラコは自身の腹部を手でさすりながら、床に落ちた小さな金属性の何かを手にとる。
『……え、何で効いてないの!?』
ドラコの冷静な反応とは違い、メスガキは驚愕の表情を見せる。
金髪の少女はドラコの腹部を凝視する。
え、嘘でしょ……服には穴が開いてるのに体からは血が出てない……。
躱された!? いやでも……落ちた弾丸を見るに、壁に撃った時みたいに弾頭が圧し潰れてるから一応当たってはいるのよね……。
何かの防御魔術を使った可能性が高いか。
冷静になりなさいアリス。
疑問には必ず答えがある。
『ねぇ貴方、今の攻撃をどうやって防いだのか教えてもらえるかしら?』
『別に何もしてませんよ?』
キョトンとした表情でドラコはアリスの顔を見つめる。
『……そう。ならいいわ』
アリスは右腕をゆっくりと挙げる。
『あんた達――――――一斉射撃ッ!!!!!』
高らかな声に合わせ、周りに居た男達の両腕が銃器の様なモノへと変形した。
そして、その銃口をドラコとベノミサスへと定めると、激しく火花を散らせながら一斉射撃が開始された。
『……エア・ウォール』
一瞬にして辺りが激音と煙に包まれ、しばらくすると、撃ち尽くしたのか銃器からはクルクルと空回る音が聞こえて来た。
『……流石にこの物量なら効いたかしら』
アリスが状態を確認すべく一歩前に出たその瞬間、何者かがアリスの首をガッチリと掴み体が少し浮く程度持ち上げた。
『うっ……ぐ…………ぐるじ……………………い』
煙が晴れると、そこには二本の黒い角と、小さな黒い翼を生やしたベノミサスが居た。
『……ねぇ、結局のところ……お前の本当の目的は何?』
『ぐ…………はな……………………せ』
キリキリと音を立てながら、ベノミサスは更に上へと持ち上げた。
『ベノミサスちゃん! それ以上やったら死んじゃいますよ!』
ドラコはベノミサスの肩をパシパシと叩く。
『……でもコイツ、私たちの事を攻撃してきた』
『違いますよ! きっと私達と遊びたかっただけですよ! ほら、周りに居る男の人達居るじゃないですか? あれ全部、お人形ですし!』
ベノミサスは自身の周りに棒立ちしている男達を注視する。
カクカクと小刻みに動く顎に、完全に変形してしまっている腕。
それは生物と呼ぶにはあまりにも人工的すぎた。
『……なるほど』
力を込めていた手をパッと離すと、勢いよくアリスは地面へと落下し尻もちをついた。
『うッ……いったーい!!!!』
ドラコはすかさず金髪の少女の近くへと駆け寄ると、かいがいしく尻をさすり始めた。
『大丈夫です!?』
『ちょ、気安く触んないでよ変態!!!!』
『わ、分かりました!』
手に込める力を緩め、ゆっくりとそして、丁寧にさすり始めた。
『……って――――――違あぁぁぁぁぁぁうッ!!!!』
ペシッとお尻をさするドラコの手を勢いよく払いのけた。
『ちょっと何すんのよ!!!』
『え、丁寧にさすれば大丈夫かなと』
『なんにも大丈夫じゃないわよ!!! ってかあんた達何者な――――――』
『ねぇ』
ビクッと肩を震わせ、アリスは目線を上へと上げる。
『それで? どうしてこんな事をしたの?』
ベノミサスは冷たく、感情を感じさせない目でアリスを見下ろす。
『……仕事よ』
『仕事? それは私達を狙ったもの? 雇い主は誰?』
『……言えない』
『ドラコの優しさで救われておきながら、それはないんじゃない?』
目線を下へと移し、少し無言で悩んだ後、静かに口を開いた。
『……私の名前はアリス。ギルド【幻想域】の一員』
『アリスちゃんって言うんですね!!!』
『うん』
『……それで? 雇い主は?』
『それは――――――』
『アリス』
建物の屋上から、何者かが地上に居るアリスへと声をかけた。
『……グリム』
屋上にいる男はスッと飛び降りたかと思うと、まるでタンポポの綿毛の様にふわりふわりと下降してきた。
そして、音もなく静かに地上へと着地すると、被っていたシルクハットを外し、足をクロスさせながら挨拶をしてきた。
『御機嫌よう。私の名前はグリムと申します。ギルド【幻想域】のトップを務めさせていただいている者です』
右半分が黒、左半分が白のスーツを身に纏う紳士スタイルの男は、スーツとは真逆の白黒2Pカラーリングの髪を揺らしながら、優しい笑みを二人に向けた。
『……あんたが親玉?』
『えぇ。あなた方の暗殺を指示したのは私です』
『目的は何?』
『それはお答えできかねます』
『なら答えたくなるくらいにボコしてや――――――』
目で追えない速度で何かがベノミサスの顔に向かって射出された。
しかし、ベノミサスは驚異的な反射神経でそれを躱す。
『……』
ベノミサスは自身の頬へと手を運ぶ。
すると、血が流れている事に気が付いた。
『ほう。今の攻撃を避けますか』
グリムの右手が獣の様な長い爪に変形していた。
『ベノミサスちゃん大丈夫!?』
『うん。でもアイツの攻撃ちょっとヤバイかも』
グリムは自身の胸ポケットから小さな手鏡を取り出した。
『待ってグリム! この子達は見逃しちゃだめ? 無害っぽいよ』
アリスは懇願するようにグリムの右腕を掴む。
『……アリス。君の気持は分かりますが……これは仕事なので貴方は少し休んでいてください』
そう言うと、アリスは糸が切れた人形のようにその場にゆっくりと倒れた。
『アリスちゃん!!!』
『ただ眠っているだけですので安心してください』
『……そっか、それなら良かった』
『フフフ、貴方は優しい心の持ち主なのですね――――――ですが残念ながらお別れの時間です』
左手に持った手鏡に右腕を突っ込む。
すると、一本の剣が鏡の中からぬるっと出てきた。
そして、それと同時にベノミサスは瞬時にドラコの方を向いた。
『ドラコ! 逃げる!』
『――――――!!!』
ドラコはベノミサスの鬼気迫る表情を見て事の重大性を理解する。
そしてその刹那、逃げようとするドラコのすぐ後ろに、いつの間にかに距離を詰めていたグリムの姿が見えた。
『駄目!!!!!!!』
ベノミサスはドラコを庇うように前に出て、剣の一撃を受ける。
ザシュと肉を斬る鈍い音がした後、ベノミサスの右の翼がポトリと地面へと落ちた。
そして、激しい血しぶきが地面を赤く染める。
『ベノミサスちゃん!』
ドラコはすぐさまに反転し、ベノミサスの前に出る。
『これ以上は止めてください! 私達は何も悪い事はしてません! もし殺すのなら私だけにして、彼女は見逃してください!』
両腕を左右に大きく広げ、グリムの目を真っ直ぐに見る。
(……私が仮に全力を出したとしても、多分あの剣には勝てない。全滅するくらいなら……私が)
ガクガクと震える足を奮い立たせながらも、グリムに訴えかける。
『……そうですねぇ。勇敢な貴方に敬意を示したいところではありますが――――――“ドラゴン”なんて過去の遺物は残しておけないんですよね』
グリムは温度を感じさせない冷たい瞳でドラコの瞳を見つめ返す。
そして、ゆっくりと剣を振り上げる。
(私が余計な事をしてしまったばっかりに……ごめんなさい皆さん)
無情にも剣が振り下ろされたのが見えると、恐怖で目を閉じてしまった。
ガチッ
金属に近い鈍い音が聞こえた。
そして、次に聞こえてきたのはギリギリと金属と金属が擦り合う音が続いた。
『……あれ?』
ゆっくりと瞼を開けると、自身の首の近くで止まった、否――――――止められた剣が視界に映った。
『――――――あらあらあら、こんな幼気な少女に“竜殺しの剣”とは大人げないですねぇ』
長い黒髪の女性が、小さく黒い棒の様なモノで剣を受け止めていた。
東大陸の伝統衣装を身に纏っているだからだろうか、何処かクロエを彷彿とさせる。クロエが黒と紫をベースとしているのに対し、目の前に居る背の高い美しい女性は赤と白と言ったところだろうか。
そしてその女性は、黒い棒のようなモノで受け止めていた剣を弾き飛ばした。
『……貴方は』
先ほどまで無表情を作っていたグリムは、初めて感情が出た、怪訝そうな表情を見せた。
『これ以上……“わたくし”と喧嘩を続けますか?』
チャリンと髪に括り付けた鈴を鳴らしながら、笑顔でグリムの事を見る。
グリムはチラッと女性の左手を見る。
そこには、黒く光り輝く鏡の様なモノがあった。
『……成程。私が“鏡”を使用した時点で見られていたのですか』
『まぁ、そうなりますね』
『――――――分かりました。ここは貴方の顔を立て引き下がりましょう』
手に持っていた手鏡を胸ポケットへとしまうと、地面で寝ているアリスをお姫様抱っこをするかのように拾い上げる。
『何が目的でこの地に居るのかは分かりませんが、あまり長居はしない事をお勧めします“東の大神”様』
『ご忠告痛み入ります』
『……………………』
グリムはそれ以上何も言わずに、建物の壁に吸い付くかのように垂直に歩きながら屋上まで行き、そのまま姿を消した。
『……何だったんでしょうか――――――あっ、ベノミサスちゃん!!!』
ドラコは急いで足元で横たわるベノミサスの傍らにしゃがむ。
『酷い出血……どうすれば』
すると、長い黒髪の背の高い女性は静かにしゃがむと、ベノミサスの切断された翼を手に取った。
『あ、あの! それをどうするつもりですか!?』
怯えながらも、ドラコはその女性に問いかけた。
『あらあらあら、心配しなくても大丈夫ですよ』
そう言うと、切断面を合わせるように翼を肩の付近まで持っていき、右手でつなぎ目を覆い隠した。
そして、ゆっくりと手をどかすと、そこには完全に修復された状態の翼があった。
『……えぇッ!?』
ドラコは驚きのあまり素っ頓狂な声を上げてしまった。
『お姉さん!どうやってやったんですか!?』
『ふふふ、ちょっとした奇跡ですよ』
『凄いです!!! というか、回復魔術とかそんなレベルの力じゃないですよね!? 完全に切断された肉体をこんな一瞬で――――――』
言葉を続けようとするドラコの口の前に、人差し指を一本立てた。
『今のはお姉さんとの秘密ですよ?』
『……分かりました』
ドラコはゆっくりと立ち上がると、深々と頭を下げた。
『本当にありがとうございました。お姉さんが助けてくれなかったら死んでました』
『いえいえ、わたくしは勝手に助けただけですよ』
『それでもありがとうございました!――――――お姉さんの名前はなんて言うんですか?』
『……天子よ』
『凄い可愛い響きですね!』
『ふふふ、ありがとう』
そう言うと、天子はゆっくりと立ち上がる。
『わたくしはもう行きますね』
『はい! 本当にありがとうございました!』
『ふふふ、イイ子ね』
天子はカコカコと下駄を鳴らしながら、路地裏へと消えていった。
『……凄い綺麗な人だったなぁ。でも今は、まずベノミサスちゃんの治療!!!』
ドラコはベノミサスを優しく担ぎ上げると、急いで宿舎へと向かった。
クッ……このタイミングでLOLの世界大会か…………俺の睡眠時間が――――――(デマーシアッ!!!!)




