海獣クラーケン
【エスポワール号内一階】
クレアは、目の前にある圧巻な光景に思わず言葉を失う。
床、壁、階段、その全てがキラキラと光り輝いており、まるで宝石箱のような美しさが際限なく広がっていた。
『さ、流石はガリアが誇る豪華客船ですね』
辺りをぐるりと見渡しイザベラ達を探す。
しかし、仲間の姿を見つける事は出来なかった。
『この広さを歩いて見つけるのは骨が折れそうですね……とりあえずは一階を周ってみましょうか』
赤いカーペットが敷かれた廊下を歩いていると、唐突に何者かが腕を掴んできた。
クレアは直ぐさまに振り向き相手を確認する。
そして同時にクレアは携帯していた剣に手を伸ばした。
『だ、誰ですかッ!?』
『ま、待って! 私、私!』
掴まれた腕の先を見ると、つい先ほど会話したばかりの茶髪の女性が口に指を一本当てながら静かにこちらを見ていた。
『……エマさん』
二人は無言のまま人気のない風の当たる場所まで移動した。
『久しぶりだねクレアさん』
『えぇ……。アランさんについてですか?』
『うん……』
海風がエマの髪を撫でる。
チラッと見えた目にはどこか不安そうな感情が宿っていた。
『現在アランさんはギルドを立ち上げてまして、訳あって今回の大陸間ギルド対戦に参加する事になったんですよね』
『アラン……』
それは後悔からだろうか、それとも自責の念からくるものなのだろうか。
クレアはエマの瞳から静かに涙が流れている事に気が付いた。
『……アランには私の事話した?』
『いいえ、話してません。アランさんはアランさんで吹っ切れていたので』
『そっか……。でもきっと失望されてるよね』
『アランさんがそういった人間でない事はエマさんもご存知でしょう?』
『知ってるけど……』
『とりあえずは、アランさんはエマさんを恨んでなどいないとは言っておきます』
クレアは話すべきことはもうないと判断したのか、その場を後にしようとする。
『クレアさん! アランは大将戦で出るって言ってたよね?』
『……えぇ、言いましたね』
『なら棄権するように言ってもらえないかな? このままだとウェインに殺されちゃうかもしれないか――――』
『ないですね』
ハッキリとした口調でエマの言葉を遮った。
『……え?』
『今のアランさんは三年前とは比べものにならない程、強くなっています――――――正直なところを言うと、ガリアで彼とまともに戦えるのはシャーナ様くらいだと思います』
『シャーナちゃんと同じくらい……そっか』
一瞬、驚いた様な顔を見せたが、直ぐにどこか安心したかのような表情に変わっていた。
『……アランはアランで前に進んでいたんだね』
エマは制服の袖で涙を拭うと、向日葵の様な笑顔をクレアに向けた。
『色々教えてくれてありがとうございますクレアさん!』
『い、いえ。エマさんはエマさんで頑張っているみたいですので、陰ながらに応援していますね』
『ありがとう! 一応、私は先鋒で出る予定だからそっちの先鋒の子によろしく言っておいて!』
『……わかりました』
そう言うと、エマは船の中へと駆け足で戻って行った。
クレアはその後姿を少し心配そうな表情で見送る。
『……たとえ道は違えども目的はアランさんもエマさんも一緒……なのにどうして――――――こうなってしまったんでしょうね』
名状しがたい感情に心を押しつぶされながらも、青色の水平線を眺める。
『……え、なんですかアレ?』
海面上に大きな影が映し出されていた。
そして、それはどんどんと大きくなっていき、海中からニョキニョキと触手の様なものが生えて来た。
次の瞬間、強烈な振動が客船を襲う。
『うわあああああああああああああッ――――――!!!』
振り落とされないように必死にデッキの柱にしがみ付く。
船の中からは次々と悲鳴が上がり、優雅な船旅が途端に混沌へと姿を変えた。
しばらくすると揺れは収まり、船は完全に停止していた。
『な、何だったんでしょうか……』
クレアはゆっくりと立ち上がり、辺りを見渡す。
すると、とんでもない光景が視界に飛び込んで来た。
『……タコ!?』
船全体をタコの触手の様なモノがガッチリと掴んでいた。
赤い触手に、うねうねと動く白い円形状の吸盤。
タコの特徴に類似したそれは、少しずつ船を傾け始めた。
『これはまずいですね……このままだと船ごと海に引きずり込まれてしまう』
クレアは剣に腕を伸ばそうとする。
しかし、何者かが唐突腕を掴んで来た。
『な、ナニヤツ!?』
バッと勢いよく振り向くと、そこにはゴスロリ衣装を身に纏った銀髪の少女が居た。
『イザベラさん!?』
『ここで力を使うのは禁止ですわ』
『え、でもこのままだと船ごとやられちゃいますよ!?』
『ここで手の内を見せるのは愚行です。それに忘れましたか?――――――この船には彼らが居るでしょう?』
『……あっ、成程』
パリンと大きな音を立てながら船の窓が勢いよく割れる。
そして、それと同時に金髪の青年が飛び出て来た。
『――――――やれやれ、移動くらいはゆっくりとさせて欲しいものだな』
ウェイン・アーデンハルトは訓練用の槍を海中にいる何者かへと向かって投擲した。
すると、海面上にブクブクと空気の塊が排出されていき、次第にその姿を現した。
『海獣クラーケン!?』
『なんだクレア居たのか』
ウェインは心底つまらなそうな顔でクレアを見た。
『ウェイン……貴方アレを倒せますか? 海獣クラーケンは【S級】相当の化け物だったはずですが』
『確かに海上では彼方に分があるのは明白だ。だがな、こちらは数で勝る』
ウェインは右腕を垂直に挙げた。
『パールは全体に強化魔術の付与、ルインは船体に絡みついた触手の除去、エマは人員と船の安全確保、アルドはクラーケンを海中から引きずりだせ、そして、ルーデルは俺と一緒に本体を叩け』
『『『『『了解』』』』』
ウェインの掛け声と共に騎士団員達が一斉に飛び出し行動を開始した。
――――――――――――
『結構やりますわね』
イザベラは目の前で起きた騎士団の戦いぶりに関心の言葉を漏らした。
パールと呼ばれた胸の大きい女性が全体の状況を見つつ仲間の強化状態を管理し、ルインと呼ばれた白髪の少女が氷で武装した大斧で船体に絡みついた触手を一刀両断。
攻撃を受けたクラーケンは無差別に暴れるが、エマさんが展開した光属性のバリアの様なもので船体を保護。
疲労でクラーケンの動きが鈍くなった所を、アルドと呼ばれた緑髪の男が、何やら樹の枝の様な物を伸ばして本体を引っ張り上げる。あれはおそらく土属性と見ていいでしょう。
そして最後に、ルーデルと呼ばれた赤髪の男剣士とクソカスウェインの同時攻撃で本体にトドメを指す。
ルーデルの持っていた剣からは炎が出ていたので火属性メインの可能性大と。
『ちゃんと情報収集してるんですね』
ブツブツと呟くイザベラを横目で見ながら、クレアは感心したかのような言葉を並べる。
『当然です。わたくしはただのクロエ様厄介オタクではないので』
『自覚はあるんですね……』
『自覚なき厄介オタクはただの害悪。わたくしは健全な厄介オタクでありたいので』
『な、なるほど』
何も意味が分からなかったが、とりあえずは頷いておいた。
すると、イザベラはクレアの方を向き、一旦部屋に戻りましょうと耳打ちをする。
――――――
『す、凄い豪華な部屋ですね……』
丁寧に手入れされた煌びやかな家具がズラリと並んでおり、まるで王族の寝室の様だった。
部屋の端に置かれたキングサイズのベッドの上で、スヤスヤと寝ているベノミサスは最早お嬢様と言っても差し支えないだろう。
『あれ? 二人とも戻って来てたんですね』
二人の後ろから、料理を大量に運んで来たドラコが声をかけた。
『えぇ。少々アクシデントがありはしましたが、そのおかげで騎士団の情報を入手する事が出来ましたわ』
『おぉッ! やりましたね!』
ドラコは骨付き肉を頬張りながら、歓声をあげた。
『あっ、そういえば』
『どうしたんですの?』
クレアはイザベラの方を向いた。
その表情には少し不安そうな感情があった。
『どうやらエマさんも今回の大陸間ギルド対戦に参加するようでして……それで先鋒で出るとの事でした』
『……それは困りましたわね』
『え、そのエマって人はそんなに強いんですか?』
不思議そうな表情でドラコは二人に尋ねる。
『実は……エマさんはアランさんの元婚約者で、今回出場する帝国騎士団のウェインとかいうクソ男にネトラレていまして……』
『あっ……そんな事があったんですね』
『このままだとアランさんの調子が悪くなる可能性がありますわ』
イザベラは顎に手を当てながら解決策を考える。
『暗殺するのは……駄目ですわよね?』
『駄目です』
キッパリとした口調でクレアが却下する。
『もしそれがアランさんの耳に入りでもしたら、それこそ終わりでしょう?』
『そうですわよね……』
『それにアランさんはもう既に次の目標に向かって歩き始めてるのですから、私達が心配する必要性はないのではないかと思います』
『確かに』
イザベラはクレアの話に納得したのか、部屋に置かれている椅子にゆっくりと腰をかけた。
『であれば、今わたくし達が出来るのは情報の整理ですわね。目的地に着くまで、ガリア帝国騎士団対策の方を進めておきましょう』
『そうですね。先鋒でエマさんが出るのがほぼほぼ確定していますし、残りの枠は特定しやすそうです』
『あっ、私はそろそろお昼寝の時間なので寝ますね』
そう言うと、ドラコはトテトテとベッドまで歩いて行き、そのままベノミサスの隣で丸まるように寝始めた。
『ドラコさんは結構しっかりしている方ですけど、実際の所はまだまだ子供ですね』
『……今気が付いたのですけれど、北大陸は中央大陸よりも気温が低いですわよね?』
『確かに低いですね』
『……吸血鬼と違って、大半のドラゴンって確か寒さに弱かったはずでは?』
『……あっ』
今更ながらに、今朝のコレットとドラコのやり取りを思い出す。
『ま、まぁ。一応、私とイザベラさんで二勝して、アランさんが最後に決めるって話でしたし大丈夫では?』
『そ、それもそうですわよね。わたくし達二人が勝てばいいだけですわよね!』
二人はお互いの顔を見合わせながらぎこちない顔で笑う。
((これ絶対何かイレギュラーが起きるやつだ))
不吉な予感を感じながらも、エスポワール号は北大陸の玄関【アイスレオン】へと到着した。
――――――――――――
エスポワール号から下船し辺りを見渡す。
日は完全に落ちてはいるが、街灯が沢山ある影響か妙に明るく感じられた。
すると、同じような規模の豪華客船が三隻停船しているのに気が付いた。
『あれは……他大陸の船でしょうか』
『――――――おい、そこの赤毛の女。この辺に美味い飯屋はないか?』
クレアは声のした方向を見る。
『え、すみません。今日ここに着いたばかりなので知りません』
『おっと、そりゃ悪かった。実はあたしらもさっき来たばっかりでな』
自身の体よりも大きい槌を背負った赤毛のドワーフは、ハハハッと豪快に笑いながら小さな短剣を鞘から抜き出し、差し出してきた。
『これは非礼の詫びだ、受け取ってくれ』
『いえいえ、大丈夫ですよ。それに、流石にこんなに良い短剣はもらえませんよ』
赤毛ドワーフの女性はクレアの言葉にピクッと反応した。
『ほう。この短剣の良さが分かるのか?』
刃物の様に鋭い目つきでクレアの事を見る。
『えぇ。私も普段剣を扱う身なので、その短剣が魂を込めて作られた物である事は分かります』
ぱっと見は特段、普通の短剣にしか見えない。
しかし、よく見ると、持ち手の部分には年期の入った傷が沢山ついているのに、刃の部分には一切の傷による凹みがない。
普段から良く手入れされていなければ、こうはならないだろう事が分かる。
『……成程な。であれば、なおさら貰ってくれ』
『本当に良いんですか?』
『あぁ。本当はやるつもりはなかったが、ドワーフ以外でコイツの良さを分かってくれたのはお前が始めてでな。つまりは、普通に嬉しいって事だ』
そのドワーフは、まるで自分の子供を見るかのような眼差しで短剣を見つめる。
『……分かりました。私の名前はクレア・スカーレットです。貴方の名前は?』
『エルザだ』
クレアは差し出された短剣を両の手で優しく受け取った。
『大切にしますね』
『あぁ。きっと、あんたがピンチの時に助けてくれると思うぜ。って事でまたな』
そう言うと、エルザはハハハッと笑いながら、街中の方へと歩いて行った。
『…………』
クレアが短剣を見つめていると、後ろから毛布でぐるぐる巻きにされたドラコとベノミサスを背負ったイザベラが歩いて来た。
『どうしたんですのクレアさん?』
『あ、いえ。今、あそこに見えるドワーフの方から短剣を頂きまして』
『短剣のプレゼントとは随分とドワーフらしいですわね』
『そうですね』
イザベラから、す巻き状態のベノミサスを受け取ると、二人は予約していた宿を目指し歩き始めた。
『この時間帯は特に冷えますね』
『わたくしは全く問題ないですけど、人間には厳しそうですわね』
『まぁ、ドラコさんとベノミサスさん程ではないですけれどね』
背中にいるベノミサスからガクガクと振動が伝わってくる。
『今日は早めに休んで明日、アイスヘルに向かいましょうか』
『それが良さそうですね』
街灯に照らされた道を歩きながら、二人は寒さ対策について話し合った。
――――――――――――
薄暗い檻の中、黒い二本の角の生えた青肌の青年は、壁に設置されたロウソクの火を眺めていた。
両手、両足には鉄製の鎖が繋がれており、自由に動かすことが出来ない。
青年は目の前に置かれた死んだ豪華な食事を見下ろす。
パンは硬くなり、スープには蠅がたかっていた。
『オリー……無事であってくれ』
小さくそう呟くと、カツカツと足音を立てながら何者かが近づいて来る音が聞こえてきた。
その音は段々と大きくなっていき、唐突に檻の目の前で止まった。
『エクス。我々に協力する気になれましたかね?』
『……初めから俺に拒否権なんてないんだろう?』
鋭い眼光で、目の前に立つ執事服の男性を睨む。
『えぇ。我らが【暴食】の魔王様は貴方の力を欲している』
『……はっ、俺にはベルゼブブ程の力はないぜ?』
『【憤怒】の魔王の血を引く貴方は必ず我々にとって必要な存在になってきます』
そう言うと、執事服の男性ミュリンは古くなった食事を新しいものへと交換した。
『俺は魔人と人間のハーフだぞ? とうに血は薄くなってるだろうよ』
『力が覚醒しなかった場合は魔王様が貴方を喰うだけの話です――――――妹もろともね』
ミュリンの言葉を聞いた途端、腕が引き途切れそうな程の力で鎖を引っ張り、ミュリンの体を掴もうとする。
『妹に何かしてみろ! お前らを全員殺してやるッ!』
『今言った通り、貴方が頑張れば妹さんは無傷で返しますよ』
『くっ……』
だらんと力なく壁に寄り掛かる。
『では――――――期待していますよ』
ミュリンは牢屋の鍵をかけ、その場を後にした。
『……何が【憤怒】の魔王だよ』
青年は再び、壁に設置されたロウソクの火を眺める。
青く揺らめきながら燃えるそれは、今にも消えてしまいそうな程、弱く見えた。
しかし、その奥には確かな熱があった。
二日に一話投稿しようと思っていたら、一週間経ってたとか嘘でしょ……。
GTA……VCR……OW2……思い当たる節が全くない。




