空停箱
ギルド拠点内にある【戦闘広場】にて一同は顔を合わせていた。
朝が壊滅的に弱いドラコとベノミサスはやや遅れて合流した影響か、何故こんな場所に呼ばれたのかを理解していない様子だった。
『えー、という事で。これから一週間後に開催される【大陸間ギルド対戦】に向けた修行合宿を開始します』
ドラコは恐る恐る手を挙げる。
『どうしたドラコ? まるで、朝が死ぬほど弱くて遅れて来てしまったせいで話が何も分からず、しかし、とりあえずは皆集まってるから行ってみるかと、来た人みたいになってるぞ』
『ほとんど気が付いてるじゃないですか! いや、本当にごめんなさい! 龍は気温が低い朝がちょっと苦手でして』
両手を左右にあたふたと動かしながら必死に弁明する。
腕につられて羽がピコピコと動いている様は、彼女の必死さが如実に表れてるようだった。
『成程な。やっぱり朝は俺が暖めてやらないといけないな』
『すみません次回からはコレットさんの懐に潜り込もうと思います』
スンッとした表情でコレットの方を見る。
『いいよ! 私結構体温高いから丁度いいかも!』
犬耳をピコピコと動かしながらコレットはドラコを抱き寄せる。
ドラコはまんざらでもなさい表情で腕の中に納まる。
『……暖かいです』
『へへへ、ママになった気分だよ』
アランに電流走る。
『成程、やはり俺の出番か』
意気揚々と着ていた上着を脱ぎ棄てる。
そしてそれと同時に、後ろに居たイザベラに背中を竹刀でシバかれる。
バシッと大きい音が鳴り、背中には赤い線が浮かび上がってくる。
『ちょッ! え……? 普通に痛かったんだけど』
『馬鹿な事をやっていないでサッサとトレーニングを始めますわよ。それと、こっそり端っこで寝ているドラゴンも起きなさい』
建物の日陰でドラゴン形態に戻ったベノミサスが尻尾を巻いて寝ていた。
『あれだな、サイズを保ったままでもドラゴン形態に成れるんだな』
『あれは姿をドラゴン形態にしているだけで、元の姿になっている訳ではないですからね』
『へーそうなんだ。因みにドラコもドラゴン形態に成れたりするのか?』
『成れますよ。まぁ、服が駄目になるのが嫌ですし、すぐにお腹が減ってしまうので人間形態が一番効率が良いとは思いますけどね』
成程な
あの時、宝龍が人間形態だったのはエネルギーの消費を抑える為だったって事ね。
『えー、ではこれより【大陸間ギルド対戦】の準備を始めますわ。あの金髪娘が言うには、先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の五人制の団体戦で、勝利数の多い方が勝つルールになっているとの事なので、まずはそこを決めましょうか』
アランはスッと手を挙げる。
どこか自信に満ちたその表情は見る側に不快感を与える程のドヤ顔だった。
『大将は俺でいいよな?』
『そうですね。アランさんが大将でよろしいか――――――』
【 異議あり!!! 】
突然の声に皆が押し黙り、一瞬の沈黙が場を飲み込んだ。
声のした方向を見ると、コレットが前のめりに手を挙げていた。
『私が大将をやるよ』
『コレット、これは料理対決じゃないんだぞ?』
心配そうな表情で、アランはコレットを窘めるかのように言葉をかける。
しかし、その言葉を聞いてもなお、コレットの表情は崩れることはなかった。
『私は真剣だよ』
『成程な。大将戦を捨てて、他で確実に勝とうって事ね』
『違うよ! 私は全然勝つつもりいるよ!』
『つい最近までディープベアーにも勝てなかったのにか?』
コレットは口元をニヤリと歪ませながら、一指し指を左右に振る。
『私はね、実は対人戦は結構得意なんだよ。お父さんとよく組手とかしてたし』
『成程。……でもそれ別に大将じゃなくて副将とかでもよくね?』
『……確かに』
謎の発作を起こしたコレットをなんとか抑え、一同は話し合いを続けた。
――――――
『――――――という事で【先鋒】はクレアさん、【次鋒】はわたくしイザベラ、【中堅】はドラコさん、【副将】はコレットさん、【大将】はアランさんでよろしいでしょうか?』
『あぁ、いいと思うぞ』
主な作戦としては
【先鋒】と【次鋒】で確実に二勝をとり、【大将】で三勝を決めるという算段だ。
ドラコとコレットに関しては、現状未知数な部分が多いため『勝てたらいいなぁ~』程度の期待をかけているといった感じだ。
しかし……ドラコはまだしも、コレットは果たして大丈夫なのだろうか。
アランが心配そうにコレットの事を見ていると、建物の中からクロエが歩いて来た。
『遅かったなクロエ、ありえんくらい長いうんこでもしてたか?』
『そうじゃな。お主の上と下の口にそれをぶち込んで、ウロボロスにしても良さそうじゃな』
『すいませんでした。――――――ってかその手に持ってる物はなんだ?』
よく見ると、その手には謎の黒い“四角い箱”が握られていた。
『これは【空停箱】じゃ。最大三人まで入れる空間がこの中にあってな。集中して修行するのにもってこいの場所ではないかと思って持ってきた』
『へー、そんな小っちゃい箱に三人も入れるのか』
『そうじゃ。それに、この箱の凄い所はそれだけじゃないのじゃ。なんと――――――時間の流れを遅くしているから、一週間を大体三か月程に引き延ばせるのじゃ』
『……魔王様マジパネェっす』
流石にこれにはアランも驚きを隠せなかった。
明らかにこの世界の摂理を捻じ曲げているチートアイテムだったからだ。
『まぁ、その分ワシが常に魔力管理をし続ける必要性があるからクッソ疲れるのがネックじゃがな』
『めんどくさがりのクロエが珍しいな』
『そうじゃな。ワシとしては今回の優勝賞品に出る【銀の小盾】を確保しておきたくてな』
『あ、そういやさ。北大陸を攻めた魔王ってクロエの事じゃないよな?さっきコレットが話していた【銀狼伝説】に“ライオネル”って名前が出て来ただろ?その時ちょっと反応してたよな?』
クロエは一瞬、時間が止まったかのように硬直したが直ぐに口を開いた。
『それは先代の魔王の話じゃな。ワシなら五万の軍勢なんて引き連れずに一人で行くのじゃ。ライオネルに関しては昔、共に戦った戦友じゃな』
『えっ!? クロエちゃんライオネルと友達だったの!?』
土煙を起こしながらコレットは猛ダッシュでクロエの前に突っ込んだ。
『そうじゃな……あやつは普段から何を考えているのかよく分からない、凄い無口な奴じゃったよ』
『ふむふむふむ』
『ただ、誰かの為に身を呈して盾に成れるそんな男でもあったのじゃ』
『流石はライオネルだよ! カッコいい!!!』
クソでかテンションで話を聞くコレットはまるで子供の様だった。
『ワシとしてはな、ただ“強いだけ”の奴にあやつの盾を使って欲しくはなくてな。使用者が盾を選ぶのではなく、盾に使用者を選んで欲しいのじゃ。じゃからその時が来るまでは、一旦ワシが盾を回収しておきたいのじゃ』
『因みにその【銀の小盾】ってヤバイ能力とかあったりするのか?』
『ワシが知る限りは無いのじゃ。言うてただの滅茶苦茶頑丈な小盾って感じゃったな。ただ、武器には使用者の魂の残滓が乗り移る事があるみたいじゃから、今はどうかは分からいのじゃ』
『魂の残滓ってなんだ?』
『ワシも良くは知らん。昔、知り合いの腐れ眼鏡に教えてもらったのじゃ』
うーん。まぁ、その辺は図書館にでも行った機会にちょっと調べてみるか。
『まぁ、了解。とりあえずはクロエの考えは理解できたよ。――――――それで?その【空停箱】には誰が入るんだ?』
『ワシとおぬし、それと誰かあと一人を連れて行くのじゃ』
『ならドラ――――――』
『じゃあ、私だね!!!!!!!!!!!』
アランの言葉を遮りながら、コレットはガシッとアランの右腕を掴む。
『……その心は?』
『ご飯係が居ないと困るでしょ?』
『ならクレアとかでもいい気がするが』
チラッとクレアの方を見る。
『……その箱の中に居ると、一週間で三か月も歳をとってしまうのでしょう? なら嫌です』
『クレアは多少歳をとっても魅力的だと思うけどなぁ』
『えっ……』
『まぁ、分かったわ。ならコレットでもいいか』
『あ、あのちょっと考えが変わっ――――――グフッ』
クレアは突然の発言に混乱してしまっていたのか、背後から忍びよるコレットに気が付けなかった。
『クレアちゃんはちょっと疲れてるみたい』
『……これクレアの腹、青痣だらけになってない?』
『なってないよ。ちゃんと痣が出来ない程度に殴ってるから』
『……ナルホドネ』
ニッコリと笑うコレットに恐れをなして、それ以上何も言う事が出来なかった。
――――――
『……アラン、私も行く』
【空停箱】に入る準備をしていると、寝起きのベノミサスが何処か不安そうな顔でアランの腕を掴んできた。
『なんだ聞いてたのか』
『竜は耳がイイから寝てても聞こえてる』
うーん。
定員は三人までだからベノミサスを連れていく事はできないよな。
だからと言って、このまま置いておくのも不安ではある。
さて、どうしたものか。
『いい子に待っていたらご褒美をあげるぞ! 何か欲しい物はあるか?』
『子種』
『却下。一体どこでそんな言葉を覚えてきたんだよ……あと、おまえは男だろ』
『竜はオスでも妊娠できる』
『ファっ!?』
すぐさまにドラコの元へと駆け出した。
『ドラコ!!! ドラゴンってオスでも妊娠するのか!?』
『えぇ、環境次第ではしますよ。個体数自体が少ないので、それを補う為に、稀にオスによる妊娠が可能な場合があります』
『マジかよ…………』
ドラコは訝しげにアランの顔を覗き込む。
『もしかしてベノミサスちゃんに手を出しました?』
『出してない出してない!』
『ふーん、そうですか。竜は幼体でも子を孕むので気をつけてくださいね』
『かしこまりました』
アランはそそくさとその場を後にする。
『って事で子種は却下だ』
『そんな……』
『まぁ、あれだ。今度時間がある時に公園にでも連れて行ってやるから』
『……夜の大人の公園?』
『マジでどこでそんな言葉を覚えてきたんだよ』
『吸血鬼の部屋で読んだ本に書いてあった』
アランは再び走り出し、イザベラの部屋に向かった。
『イザベラ、ちょっと話がある』
ドアを軽くノックしながら、声をかける。
『どうかしましたか? 【大陸間ギルド対戦】の話でしょうか?』
『お前の部屋にある卑猥な本についての話だ』
部屋のドアノブにかけた手がカタカタカタと振動し、音を鳴らし始めた。
『一体何の話ですか? 心当たりがないのですが……』
『ベノミサスが見たって言ってたぞ』
『う、嘘を付いてからかってるんでしょう!』
『ベノミサスは嘘を付くタイプじゃないのはお前も知ってるよな?』
『わ、わたくしは――――――』
『あっ、クロエだ』
瞬く間に扉が開き、強引に部屋の中へと引きづり込まれた。
部屋の内部は日光が差し込んでおらず、上品なランプが幾つかついているだけで薄暗かった。
辺りを見渡すと、壁一面には本がびっしりと綺麗に並べられており、書斎というよりかは規模の小さい図書館といった空間がそこに広がっていた。
はぁはぁと肩で息をしながら、銀髪の少女はアランの耳元に口元を近づける。
『……静かにしてくださいまし』
ルビーの様に美しい瞳からは“焦り”の感情が読み取れた。
『俺達が箱の中で修行してる間、ベノミサスの世話を任せてもいいか?』
『クッ……わたくしに拒否権は無いのでしょう?』
『あるぞ。ただその場合、うっかりクロエに、お前が何世紀にもかけて集めた“コレクション”の話をしてしまうかもしれないけどな』
『喜んでベノミサスさんのお世話はさせて頂きますわ』
事を素早く済ませ、アランはそれ以上何も言わず、静かに部屋のドアノブに手をかけた。
キィーと音を立てながらそのまま扉を開く。
『……今度、俺にも見せてくれよな兄弟』
親指を真っすぐに立てながら、一切振り返らずにそのまま歩き出した。
『……えぇ。とっておきのを用意しておきますわ』
二人だけの契約が成立した瞬間だった。
――――――
全員で平和な昼食を済ませた後、クロエ、アラン、コレットは【空停箱】の前に立つ。
『おぬしら小便は済ませたか?』
『おう!』
『では行くぞ!!!』
クロエの掛け声に反応し、箱の上部がパカッと開いた。
排水溝に流れ落ちる水の様に、グルグルと空間を歪めながら三人は箱の中に吸い込まれていった。
【大陸間ギルド対戦】開催まで残り一週間
アランとコレットの地獄の特訓期間が始まった。




