大陸間ギルド対戦
静まり返る【王の間】にて、ジーク・ハイド・ガリアは物憂げにワインをくるくると回す。
すると、コンコンと扉を叩く音が聞こえてきた。
ジーク王はニヤリと口を歪ませると、待ってましたと言わんばかりの声で部屋の中に入る様に促した。
『夜分遅くに失礼いたします。霊宝山の件が片付きましたのでご報告に参りました』
『ご苦労であったシャーナ。早速ではあるが何があったのか全て聞かせよ』
『かしこまりました』
ジーク王はシャーナの報告を真剣な眼差しで聞いていた。
『―――――――以上が霊宝山にて起こった内容でございます』
『【大厄災】の種とはまた……おぞましい事を考える者が居るな』
眉間に皺を寄せながら、険しい面持ちでゆっくりと手に持っていたワイングラスをテーブルの上に置いた。
『それと一つ気になる事がありました』
『申してみよ』
『……アランさんの近くに正体不明の謎の黒髪少女が居ました。昨日の初対面時には既に認識していたのですが、ただの少女だと判断した為報告していませんでした。しかし、戦闘中の彼女を少々観察していたところ、魔力量は微々たるものでしたが……“かなり”の実力者である事が分かりました』
顎に手を当てながら、何かを思い出すかの様にジーク王は視線をテーブルへと移した。
『……【逸脱者】が危機感を覚える黒髪の少女。そして、天使なる上位者の介入、【大厄災】の種。それらが同時に起こったのが果たして偶然と言えるのかどうか……』
ジーク王は自らの後ろに飾られている絵画の方へと向きなおす。
そこには、ストレートの金髪に青色の瞳をした好青年が描かれていた。
剣先を地面に突き立てるように置き、両の手を剣の柄に乗せたその青年の瞳には、見る者の魂を吸い寄せるかのような魅力、力があった。
『……我が祖【勇者アレク】よ。言い伝え通り、どうやら“次の”苦難が訪れそうだ』
『お父様それはどういった意味ですか?』
シャーナは首を傾げながら、ジーク王と同じように勇者アレクの絵画を見た。
『ガリア王家には代々、とある言い伝えがあるのだ。先代は所詮はただのお伽話だと言ってはいたがな』
ジーク王はそう言うと、シャーナの瞳を真っ直ぐと見た。
『――――――天の輪が地上に降りてきた時、再び勇者と魔王の剣が交わるであろう。故に、剣を研ぎ続けよ。もう二度と奪われないように。もう二度と後悔しないように』
魔王? 勇者?
お父様は一体何を言っているのだろうか。
『私が思うに次の勇者はお前だシャーナ』
『……え? 私がですか?』
言葉の真意が分からずに、困惑する。
『そうだ。勇者の子孫が勇者になるのではない。勇者足りえる者が勇者と呼ばれるのだ』
『そんな事は……』
『そして、おそらくお前が見た黒髪の少女は【暴食】の魔王ディアボロスである可能性が高い』
『魔王は死んだはずでは!?』
シャーナは驚愕のあまり、自分でも想定していない程の大きな声を出してしまった。
『し、失礼致しました』
『よい。寧ろそれが一般的な反応ではある』
深々と下げた頭を上げ、シャーナは問う。
『…………魔王は生きていたのですか?』
『どれも断片的な情報で私にも意味がよく分からなかったりはするが、魔王ディアボロスは黒髪の少女であり、時が来れば復活する、と言われていたのは確かだ』
ジークは両の手を合わせるように組み、テーブルの上に乗せる。
『私自身、この言伝えを信じてはいなかった。だが、状況証拠がここまで揃ってしまった以上、合理的に考えて【本当である】と判断せざるを得ないだろう』
『……彼女は、【魔王】は“敵”なのですか?』
『おそらくはこちら側の陣営だろう。しかし、それは二千年前の話であって、現代における【魔王】の目的は現状は不明だ。そこでだ――――――頼めるかシャーナ』
現代に復活した【最後】にして【最強】の魔王。
彼女が復活した目的は何なのか?
どうしてアランさん達と行動を共にしているのか?
そもそもアランさん達はこの事を知っているのか?
疑問の渦がシャーナの中で蜷局を巻いて暴れ出す。
しかし、ただ一つ確かな事がある――――――
『かしこまりました』
シャーナは力強く返事をすると、踵を返し扉に手をかける。
その瞳に確かな【覚悟】を宿しながら、部屋を後にする。
例え誰が敵になろうとも関係ない。
この命に代えても――――――ガリアは私が護って見せる。
――――――
ギルド【絶対無敵天上天下唯我独尊世界最強魔王軍】円卓
シャーナは差し出されたティーカップの中を覗き込む。
中には透き通る様に綺麗な茶色い液体が入っており、漂ってくる香りに思わずウットリしそうになる。
『ご丁寧にどうもありがとうございます』
『いえいえ、わたくしども【絶対無敵天上天下唯我独尊世界最強魔王軍】にとってはシャーナさんはお得意様ですからね』
見るからに上機嫌なイザベラが円卓の上に次々とお菓子を並べていく。
『なんか良い事でもあったのか?』
『先の件でたんまりとお金が入りましたからね。これで当分の活動費は問題なさそうで安心しているんですよ』
あーなるほど。
確かにうちって今
俺、クロエ、コレット、クレア、イザベラ、ドラコ、ベノミサスの計七人も居るもんな。
毎日クエストを受けたとしても、全部食費に持ってかれてもおかしくはないよな。
アランは隣に座っている黒髪の少女をチラッと見る。
テーブルに乗せられたお菓子をパクパクと食べ、口の周りをカスだらけにしながら満足そうな顔をしていた。
『ク、クロエさんでしたっけ? そのお菓子は美味しいですか?』
ぎこちない動作でシャーナはクロエに対し話をかける。
『ワシに気安く話をかけるな小童が』
『えぇ!? 私クロエさんに何かしましたっけ?』
手をしっしっと払いながら塩対応をするクロエに狼狽えるシャーナ。
『クロエもシャーナもぱっと見、同い年くらいなんだから仲良くしたらいいのに』
『肉体の時間を止めているだけで、ワシはお主らよりも少しだけ年上じゃぞ』
『あーそういや、三十路に片足を――――――グフッ……』
謎の衝撃がアランのお尻を襲う。
おそらくは何者かに思いっきり蹴られたのであろう。
尻が横に割れてもおかしくない程の鋭いキックだった。
アランは自身の後方をゆっくりと振り返る。
『……クレアさん? どうしてそんな殺意のある蹴りをいれてきたのかな?』
ニコニコと笑うクレア。
しかし、その目にはただならぬ殺意が宿っていた。
『今、私の事を“三十路”と呼びましたか?』
『呼んでないです』
『いや“三十路”と聞こえましたよ?』
『クロエの事を言いました』
『…………成程』
クレアはゆっくりと床に手を付き四つん這いになる。
『…………どうぞアランさん』
『いやいやいや、やらないよ!? 』
『ケジメですので』
アランは一旦、クレアの尻を見る。
『…………とてもいい形をしているね』
『アラン?』
丁度いいタイミングでコレットが部屋に入って来た。
彼女が最初に目にしたのは、四つん這いになり尻を突き出すクレアと、それを凝視しているアランだった。
『……ちょっと一旦冷静になろうかコレット』
『アランって尻フェチだったんだね』
『違う』
『でも「とてもいい形をしているね」って…………』
『言ったけど、そうじゃない』
コレットは部屋に居たイザベラ、クロエ、シャーナの方を見る。
すると、三人とも無言でアランの方を見る。
『『『変態尻フェチ男』』』
アランは何も言わずに床に手を付き四つん這いになる。
『…………ケジメですので』
コレットは憐れみと慈悲と侮蔑を込めて、アランの尻をフライパンで勢いよく叩いた。
――――――
『えーという事でね。皆集まったところで紹介するよ、俺の娘のシャーナだ』
『それ前回もやりましたよね!? あと私はアランさんよりもお姉さんですよ!?』
『まぁ、そんな事はどうでもよくてな。――――――仕事の話だろ?』
アランの言葉で自分の立場を再確認したのか、シャーナは真剣な面持ちで皆の方を向いた。
『えぇ。今回は一週間後に開催される、北大陸主催の大会【大陸間ギルド対戦】に参加してもらいます』
『え、このタイミングでか?』
『はい。昨夜の時点で霊宝山での出来事、情報を各大陸に伝達し終わっていたので、私達もてっきり今年は開催しないものだと思っていました。しかし、今朝通常通りに開催するとの連絡が来ました』
妙だな。
今開催してもどの大陸も戦力を外には出さないとは思うが……。
『因みに中央大陸からは何処が出るんだ?』
『各大陸からそれぞれ二組のギルドを派遣する事になっていまして、うちからはアランさん達の【魔王軍】とガリアの【帝国騎士団】に出てもらう予定です』
『……マジで言ってる?』
【帝国騎士団】を派遣するという事は、ガリア中央の戦力が薄くなるという事だ。
そこまでして他大陸の催しに出る必要性が分からない。
『それが少々事情が変わってまして』
『事情?』
『実は、今回の【大陸間ギルド対戦】の優勝賞品に【銀の小盾】が出されるようでして』
『えぇ!?【銀狼伝説】の銀の小盾!?』
静かに聞いていたコレットが、急に目を大きく開きながらテーブルの上に上半身を乗り出した。
『なんだコレット知ってるのか?』
『知ってるも何も、私達獣人にとっての伝説の英雄【白銀の王 ライオネル】が持ってたとされる小盾、それが【銀の小盾】だよ!』
ライオネルと聞こえた瞬間、クロエがピクっと反応しているのに気が付いた。
『そのライオネルって凄いのか?』
『フフフ――――――』
コレットは不敵に笑いながら椅子から立ち上がり、両腕を左右に大きく開いた。
『かつて神々がまだ居た時代、魔王軍五万勢あまりが北大陸へと進行した事があったんだよね。そして、それをたった一人で防ぎ、返り討ちにしたのが【白銀の王】ライオネルまたの名を――――――【隻眼】のライオネルなんだ!』
そう楽しそうに語るコレットの目はキラキラと輝いていた。
『……え、でもそんな神話級の装備を優勝賞品にするのは、北大陸からすれば痛手では?』
『えぇ。なのでおそらくは【氷結】の逸脱者フィーヤ・ヘイルが出てくるかと思います』
『…………なら貴重な戦力を出す必要性はないのでは? ホームである北大陸勢がどう考えても有利だし、多分自大陸から小盾を出す気は無いと思うから辞退した方がいいのでは?』
『そうゆう訳にはいかないんですよね。【大陸間ギルド対戦】で不甲斐ない成績を残してしまうと――――――他大陸の連中から一年間、滅茶苦茶馬鹿にされます』
『…………あっ、成程ね』
シャーナの瞳にはメラメラと怒りの感情が宿っていた。
『前回対戦では、不甲斐ない事に我々中央大陸勢は最下位をとってしまいました。。。その結果、「これが中央大陸の実力か?ざっこ」 や「次回対戦は四大陸だけでやらね?」など散々な言われようでした。なので――――――ぶっちゃけ優勝賞品とか関係なくやつらの面をぶっ潰して欲しいんですよね』
『な、成程ね』
今にもテーブルを叩き壊しそうな勢いで、拳に力を込めているのが分かる。
『私がここを動くわけにはいかないので、是非ともアランさん達には暴れて欲しいなと思っています』
『因みにその優勝賞品を換金する事は可能なのでしょうか?』
イザベラはコレットとは違う意味で瞳をキラキラとさせていた。
『はい。その際はイザベラさんが気絶するくらいの賞金がガリア王家から出ます』
『アランさん。早速トレーニングを開始しましょう』
『因みに、対戦には“賭け事”が出来る様なので、それで一獲千金を狙ってみるのも面白いかもしれませんね。アランさん達は現状【無名】のギルドなので倍率が高そうですし』
『アランさん、この一週間は風呂も睡眠も無しで生きましょう』
鼻息を荒げながらイザベラはアランへと詰め寄る。
『…………トイレはしてもいい?』
『飲まず食わずでいきましょう』
『いや普通に死ぬって!』
ここから一週間、地獄のトレーニングが始まる事が決定してしまった。
この話を二章と三章のどちらに持って行くべきか悩みすぎて、更新が遅れてしまいました。
申し訳ない。




