毒
その龍の様な何かの体からは深い緑色の毒がドクドクと溢れ出ていた。
そしてそれは、自身の皮膚をジリジリと少しずつ溶かしているようだった。
『……アイツ、自分の毒でダメージを受けてんのか?』
『見た限りじゃと、後天的に無理やり付与された属性なんじゃろうな。あの毒が自身の魔力から出来ているのなら皮膚が焼ける事は無いからのう』
『さっき言ってた天使とやらがやったって事か?』
『知らん。―――まぁ、何はともあれ、あやつを止めないと大変な事になるのは間違いなさそうじゃがな』
嵐毒竜ベノミサスはゆっくりと翼を広げる。
そして、耳を劈くかの様な咆哮をあげると同時に、無数の液体状の棘を射出してきた。
緑色の棘は空気抵抗に負ける事なく形を維持し、アラン一行を襲う。
『クロエはドラコの護衛、イザベラは取り巻きの飛竜の対処を頼む! 俺は本体を叩く』
『了解なのじゃ』
『分かりましたわ』
掛け声に呼応し、それぞれが自らの役目を果たすべく行動を開始した。
アランは無数に襲い掛かってくる毒棘を避けながら、ベノミサスとの距離を縮めるべく疾走した。
すると、躱したはずの緑色の毒の棘は地面に触れた瞬間、グニャリと形を変えて再び攻撃を仕掛けてきたのが見えた。
『結構速いうえに、着弾した後も追尾してくんのかよ! ふざけんな!』
事実上、全方位からの攻撃に対象しなくてはならなくなった。
『そっちがそう来るのなら――――――これならどうなる?』
アランは【木陰】を発動させ、自らの影を木の枝の様に伸ばし、着弾した毒棘を地面に縛りつけようとした。
しかし、影が毒棘を掴もうとした瞬間、スルリと液体状に変化し躱された。
『マジかよ!? 一個一個に意思でもあるのかよ』
(縛りつけるのも駄目ときたら、次は)
アランは左手を前方に向ける。
『【血針】』
手首の付け根あたりから無数の赤い小さな棘状のモノが射出され、毒棘と衝突する。
『やったか!?』
毒棘の内部にまで血針が突き刺さり、射出の勢いが死んだ毒棘は地面へと落下した。
一見、試みが最高したかのように思われた。
しかし、毒棘は内部にある血針を自身の毒で溶かし始めた。
『かなりの硬度で作ったのにも関わらず駄目か』
そもそもが液体で出来ているのだから物理的に潰すのなら炎で燃やすのが一番てっとり早い。
だけど、闇属性待ちの俺が火属性の魔術を使うとゴッソリ魔力が持ってかれて燃費が悪い。
アイツが他にどんな攻撃を持っているのか分からない以上、迂闊には使えない。
ってかクロエ達の方は大丈夫なのか?
アランは毒棘を避けながら、二人の方を見る。
クロエは自分達の周りにある影を利用し、複数の影の鞭を作り出し毒棘を地面へと叩き落としていた。
そして、落下した毒棘はクロエの影に飲み込まれ消滅した。
『あれはまだ俺が使えない【沼影】じゃねーか! 参考にならんな……。―――イザベラはどうだ?』
イザベラの方は血液で出来た赤い直剣で毒棘を真っ二つに切り裂き、順次に氷の魔術で凍らせ対処していた。
『…………そっか』
アランは毒棘を処理する事を諦め、ベノミサスのいる方向へと走り出した。
『本体をぶっ叩けば良いだけだよなぁ!!!』
前方に【火柱】を複数発生させ毒棘を燃やし尽くし、ベノミサスとの距離を一気に詰める。
『よう、随分と景気の良いガタイしてんじゃねーか』
間近で見ると凄いデカく感じるな。
五十メートルはあるんじゃないか?
四足歩行形態をとらずに、上半身を持ち上げて立つとはドラゴンの風上にも置けねぇな。
そうこうと考えていると、ベノミサスの四本の手からそれぞれ、炎、氷、風、土で構成された槍が出現した。
『おいおいおい! ふざけんな! 嵐毒竜だろテメーは! せめて風の槍だけにしとけよ! ラスボスじゃねーんだぞ!』
ベノミサスはアランに向けて、薙刀のように炎の槍を振り下ろした。
『【楔影】』
ベノミサスの足に楔影を突き刺し一気に足元へと移動する。
空を斬った炎の槍は凄まじい勢いで地面へと突き刺さった。
ジュウと空気を焼く音を響かせたのも束の間、氷の槍の追撃が足元にいるアランを襲う。
アランは炎の槍を持っている腕に対し楔影を突き刺し、ベノミサスの右下腕へと着地した。
すると、奇妙な音が聞こえてきた。
『…………イ……タイ………………イタ………………………………コロ…………テ…………コ…………シテ』
『―――なんだ今の声は?』
アランは音が聞こえた方向を注意深く凝視した。
『…………クソが』
そう一言呟くと、アランは追撃をしてきた氷の槍を黒炎を纏わせた壊理剣で叩き壊した。
『なんとなく“そう”なんじゃないかと思ってはいたけどよ――――――お前も“被害者”なのか?』
アランは一度、深呼吸をし嵐毒竜ベノミサスの顔を見る。
その顔はどこか苦しそうに見え、首には鎖の様な物が巻かれていた。
そして――――黒い大きな瞳からは赤い血液のようなものが流れ出ていた。
『……あんだけヤバイ毒に直接体を焼かれてるんだもんな。そりゃ痛ぇよな』
すると、油断をしたタイミングを狙っていたかのように土の槍が後方から襲って来た。
アランは直ぐに防御態勢をとったが間に合わず、クロエ達が居る場所まで吹き飛ばされた。
『どうしたアラン。ホームシックにもでなったかのう?』
『…………あぁ、電気を消し忘れてたんじゃないかと思ってな。ってかアイツ「痛い痛い」言ってたんだけど救う手立てとかないか?』
『……なるほどそうゆことか』
『まぁ、具体的な事は本人に直接聞かなきゃ分からんけどな』
『……壊理剣の権能を使えば、なんとか救い出す事は出来るとは思う。じゃが――今のお主では多分“そこ”まで行くのに死ぬ可能性が高いのじゃ』
『やっぱり“その方法”しかないよな。って事でイザベラに言っといてくれ――死んだら眷族にしといてくれって』
アランは深く息を吸い、そして――ゆっくりと吐いた。
『じゃ、我慢比べといこうか』
前方から襲いかかる無数の毒棘を黒炎を纏わせた壊理剣で叩き消しながら、【楔影】を細かく利用し高速でベノミサスの足元へと移動した。
すると、残った土と風の槍が同時にアランへと襲い掛かった。
『魔王流 五十九式 【獅双蛇】』
自らの左手には【血影】で作成した細身の直剣【月影剣】を、右手には黒くて大きい【壊理剣】を持つ。
そして、両方向から襲い掛かる槍を同時に受け流し、ベノミサスの頭上へと一気に跳躍した。
『どこのどいつがやったのかは知らねぇけどよ、“それ”が【祝福】だって言うんならよ――――――俺がぶっ壊してやるよ』
ベノミサスは自らの頭上目掛けて緑色のブレスを吐いた。
『魔王流 五十八式 【焔孔雀】 』
壊理剣と自信を黒炎で包み込み、そのまま毒ブレスの中へと落下した。
……痛ぇ。
いくら焔孔雀で体を包んでるとはいえ、燃やしきれない毒は普通に貫通するよな。
アランの皮膚は毒に焼かれジュクジュクに溶けていく。
黒炎を纏っている影響か低酸素血症による意識の混濁も始まった。
…………痛ぇ……………………だけど
『お前はもっと痛えよなぁ――――――ッ!!!』
アランは毒のブレスを抜け、ベノミサスの首に巻きついた鎖へ壊理剣を突き刺した。
ガシャンと音を立て鎖は案外簡単に破壊された。
しかし
その刹那、疾風の如き刃がアランの“左腕”を斬り飛ばした。
『ちょっと痛ぇだろうけど、これで最後だ』
宙を舞う己の左腕を一切見ることなく、壊理剣をそのまま首へと差し込んだ。
ベノミサスの悲鳴と共に、無数の風の刃がアレンの体を刻み始めた。
俺の予想が正しければ、この鎖を壊したところで問題の解決はしないだろうよ。
鎖ってのは行動を制御するものであって、何か特別な物を与える物じゃないからな。
であれば――――――後天的に付与された毒を取り除くにはこの方法しかない。
アランは一度、首に突き刺した壊理剣を引き抜いた。
『血はもう十分喰ったろ――――――起きろ壊理剣』
アランの声に反応し壊理剣がブルブルと小刻み震えだした。
そして、剣先の方から綺麗に二つに裂けていった。
裂けた断面には複数の牙の様な物が生えており、それはまるでサメの口の様だった。
壊理剣の下顎を傷口にへと差し込むと、それに反応し上顎がガッチリと首元に固定される。
『【暴食解放】――――――その祝福を喰らい尽くせ』
ベノミサスの体を覆っていた緑色の毒が、壊理剣に吸収され始めた。
『……あれは“禁忌の権能”』
ドラコは静かにそう呟いた。
『そうじゃ。あの剣は“七つの禁忌”を組み合わせて作ったワシの最高傑作。ありとあらゆる宿業を、因果を、不条理を、そして、理ぶっ壊す為の【絶剣】――――――またの名を【壊理剣】』
クロエは目を閉じ、かつての英雄の言葉を思い出す。
【たとえ未来で悪い事が起きたとしても、その時代を生きる者達がきっと解決すると思います。だから――――――貴方がこれ以上、傷つく必要性はありません】
『……アレク。お主が言っていた通りのようじゃな』
壊理剣はベノミサスの毒を全て喰らい尽くすと、ゆっくりと元の大剣へと戻って行った。
当のベノミサスは、完全に体力尽きたのか、倒れる事もなくそのまま静止した。
『…………アリ……………………ト…………ウ……………………』
『……目が覚めたら、背中に乗せるくらいはしてくれよな』
アランは朦朧とする意識の中、クロエ達のいる所へと合流した。
『……イザベラさん? 俺の左腕でするジャグリングは楽しいかい?』
イザベラは切断されたアランの左腕を、片手でポンポンと軽く宙に投げて遊ばせていた。
『全く。貴方は腕を接合できるほど技術を持っているんですの?』
『……無い。―――と言ったらどうする?』
『なんで貴方は駆け引きできる立場にあると思っているですの。ほらさっさと腕を見せなさい』
『助かる』
イザベラは【血針】に糸の様に細くした【血影】を接続し、切断された腕と肩を接合し始めた。
『アランさん……それとクロエさん、イザベラさん。この度は本当にご助力ありがとうございました。宝龍の娘として心の底から感謝しています』
『なら後でその角を触ってもいいか? ツヤツヤしてて気持ちよさそうだよね』
『普通にキモイので嫌です』
『言えたじゃねぇか……』
ドラコは汚物を見るかのようにアランを見下す。
『まぁ、俺からの要求はあれだな、あっちで気絶してるベノミサスが目を覚ましたら話を聞いてやってはくれないか?』
『……分かりました』
『同胞を、父を殺したアイツが許せないか?』
『……はい。ただ、第三者に操られていたのなら情状酌量の余地はあるかと……』
頭では理解していても、心が直ぐには納得していないのだろう。
それでも、ここでベノミサスを殺してしまったら“何かが”駄目になる―――そんな気がした。
戦いも終わり小休止でもしようかと思ったその時、空から白銀の鎧を纏った少女がふわりと降りて来た。
『……久しぶり、シャーナ』
『さっきぶりですねアランさん』
その顔にはとって付けたかのような笑顔と、ピキピキと浮き出た青筋は張り付いていた。
『あそこで倒れている龍は宝龍ではありませんね。一体何があったのですか?』
『あぁ。それは――――――』
かくかくしかじかこしたんたん
『成程。宝龍は既に別の竜に殺されていて、そこに居る宝龍の娘の要望で元凶である嵐毒竜ベノミサスを代わりに討ったと』
『まぁ、ベノミサスは気絶してるだけで死んではないけどな』
『成程。なら殺しましょう』
『―――は?』
シャーナは白銀の槍を自身の手元に生成しそして―――ベノミサスの方向へと投擲した。
しかし、その槍がベノミサスへと到達するよりも前に叩き落とされ地面へと落ちた。
『……なんのつもりですかアランさん』
『こいつはもう俺の所有物なんだよ。それに陛下からの勅令は【宝龍の討伐】だったろ。逆に聞くけどよ…………何のまねだ?』
二人の間に敵意と敵意の糸が繋がる。
『例え操られていたとしても危険分子は早急に排除すべきです』
『理屈は理解できるが、後から遅れて来た奴が出しゃばるのは辞めようぜ』
しばしの沈黙の後
アランは壊理剣を、シャーナは白銀の槍を強く握り直した。
『これは喧嘩でも殺し合いでもない――――ただのガキの教育って事でいいか?』
『貴方が負けたら大人しくこちらの指示に従ってもらいます』
こうして霊宝山の頂上にて、第二ラウンドが開始された。
『…………一旦、普通に話し合えばよろしいのでは?』
イザベラはボソリと呟いた。




