繭
ドラコに導かれながら山の山頂を目指して歩みを進めていく。
道行く先々では無数の飛竜の亡骸が転がり悪臭を放っていた。
『そういやベノミサスについてなんだけどさ。具体的にどんな攻撃をしていたかとかって見てたりする?』
これから戦うかもしれない存在の情報は出来る限り多く入手しておきたい。
勝てる確率を100%には出来ずともそれに近づける努力はすべきだ。
『はい。私が見た限りですと、風属性と闇属性の毒系統の技を得意としているようでした』
『風属性の攻撃を得意としているのなら土属性の金龍が敗れたのも納得できるのう。それに、あやつも言うてもう歳じゃろうしな』
体力を回復させ、肌が艶ッ艶のクロエはアランに肩車をされながらどこか懐かしむように話し始めた。
『……あれ? 宝龍に関しては「知らん」って言ってなかったか?』
『シンプルに忘れとっただけじゃ。当時は龍なんてそこらかしこに飛んでおったしな』
『宝龍君泣いてる』
『壊理剣を創るのに、やつからパクった素材を使用していたりするから、忘れていたのは悪かったと思っておるよ。まぁ、結果として娘を救ってやったのじゃからプラスマイナスゼロってところじゃろう』
『盗人猛々しいな』
一切悪びれもなく語るクロエの顔は何処か誇らしげに見えた。
『まぁ、でもあれだな。――これは【大厄災】難易度とみてもいいのかな?』
『いえ、わたくしはそうは思いませんわ』
さっきまで絶叫しながら死んでいたイザベラがしれっと話の輪に入ってきた。
おそらくはクロエのもう片っぽの靴下を投げつけておいたのが効いたのだろう。
『本物に【大厄災】クラスであるのなら“この程度”で済んでいるはずがありませんわ』
『……マジ? この広範囲の毒霧も相当ヤバいと思うんだけど』
『これが【大厄災】ならアスラはもう滅んでいます。二十二年前、南大陸南部で発生した観測史上初の大厄災【炎天】では三つの都市と三つの森が焼き尽くされ、三十三万人の死者が出たとされていますからね』
思わず絶句してしまった。
南大陸で【大厄災】が発生していたことは噂で知っていたが、三十三万人も亡くなっていたとは知らなかった。
『……とは言え【S級】って感じもしないよな』
ドラコは恐る恐る口を開く。
『……嵐毒竜ベノミサスはまだ“幼体”でした。今は周辺の魔獣や農作物を飛竜達に集めさせている段階だったので今後――――――【大厄災】クラスに成長する可能性はあるかもしれません』
『幼体!? 幼体でこんだけの影響力を出してるって事か!?』
ドラコは静かに頷く。
『今は毒霧で収まっているかもしれんが、そのうち海まで浸食していくかもしれんのう。かつての邪毒竜バジュラもそんな感じじゃったからな』
『待て待て待て、海まで毒で浸食出来るってなったら中央大陸だけの話じゃなくなるぞ。いくら海が広大で毒が希釈されるとは言え、海流の流れ的に北大陸に悪影響が出る可能性が高い。万が一そうなったら―――国家間の外交問題に発展しちまうぞ』
原因が【大厄災】であったとしても、その処理を適切に行えなかった場合、中央大陸政府にその責が問われる可能性は非常に高い。
それが予想出来たからこそ、ガリアにとって重要な戦力とも言える【逸脱者】を派遣したんだろうしな。
だけど……
『これシャーナ連れてくるべき案件だったんじゃないか?』
クロエはその言葉を聞くや否や、バツが悪そうにそっぽを向く。
『……クロエさん? どうして目を反らしたのかな?』
『ま、まぁ……この三人ならいけるじゃろ。言うても幼体、楽勝じゃよ』
『イザベラは日中はクソ雑魚ナメクジで、クロエは二千年前に消費した魔力を回復しきってない影響で、全体の一割程度の出力しか魔術を使用できない。……冷静に考えると、実質戦えるのは俺だけじゃね?』
俺もかなり実力を付けたとはいえ、実戦経験自体は少ない。
そんな状況でいきなり【大厄災】の卵を処理してくださいね、って突然言われても荷が重すぎるだろ。
『まぁ、とは言っても時間的な余裕とかなさそうだしやるしかないか』
『切り替えが早いのう……。ちょっと怖いのじゃ』
『最悪シャーナに責任押し付けてトンズラこけばいいしな』
『『『外道すぎる』』』
ドラコ、イザベラ、クロエは軽蔑の眼差しをアランへと向ける。
『急にこんなヤバイ案件を押し付けて来た相手が悪いからな。見ず知らずのやつらよりも仲間の命の方が大切だろ?』
『でも全部を護れたらそれが一番いいんじゃなかろうか?』
『……それこの話の最後にカッコつけて〆として言おうと思ってたんだけど』
『……なんかすまんなのじゃ』
――――――
【霊宝山七合目】
最初は緩やかだった傾斜が、今ではかなりの角度がつき始めて来た。
体を鍛えている俺にとってはなんてことのない傾斜だが、ここで戦うのは少し難しそうだ。
とか考えていた直ぐにこれだ。
目の前の岩陰から、緑色の液体に飲み込まれた飛竜の“死骸”らしきモノが、ズルズルと体を引きズリながら前に進んで来ている。
皮膚は赤く爛れ、内臓も溶け落ちているソレは明らかな敵意をこちらに向けて来た。
その瞳からは赤い液体を垂れ流しながら、一切の生気が感じられない。
『……死んでもなお命令に従っているって感じか?』
『酷い……』
壊理剣に手を伸ばし、しっかりと柄の部分を握る。
ドロドロに溶けた飛竜はドラコ目掛けて毒のブレスを吐いた。
『やっぱり目的はドラコか』
アランは壊理剣の面の部分で毒ブレスを跳ね返す。
そしてそれと同時にドロドロに溶けた飛竜との距離を一気に詰める。
『哀れな死者に安寧を』
壊理剣を黒い炎が包み込む。
『魔王流 五十八式 【焔孔雀】』
哀れみと慈悲が込められた一撃は飛竜の体を縦に両断する。
ドロドロになった部分は炎に焼かれ、残った体もまた灰となり空へと昇る。
『……最期までお疲れ様でした。貴方に龍神のお導きがありますように……ゆっくりとおやすみなさい』
ドラコは地面に膝を着き、天へと昇る同胞に祈りを捧げる。
『見た限りじゃと、対象の体を強制的に動かす神経毒の一種の様じゃな』
『やっぱり複数の毒を扱えるっぽいな。今の所見えてるのは周囲にある紫色の毒霧とドロドロの粘性の高い緑色の毒、赤色の強制行動神経毒の三種類か』
いくら毒耐性があるとはいえ、複数種類の毒を一度に受けたらただでは済まないだろうな。
特に赤い神経毒は気を付けねば。
『まぁ、死んでもわたくしが眷属として生き返らせてあげますので、安心して死んで下さいね』
『何も安心できない件について……』
ドラコはゆっくりと立ち上がりこちらを向く。
『先を急ぎましょう』
その瞳には一切の迷いや後悔はなく、一筋の覚悟が燈っていた。
――――――
道中には先ほどと同じような状態の飛竜が現れたが、難なくと対処し頂上へと到達した。
黒緑色の模様が入った大きな繭が中央に鎮座していた。
そして、その繭を護るかのようにドロドロの飛竜達が防御陣形を築いていた。
『……繭? 竜って脱皮を繰り返して大きくなる生き物だと思ってたんだけど』
『……龍人族の私も始めて見ました。竜の見た目をとっているだけで……根本的には違う生物なのかもしれません』
何か知っていないかとクロエの方を見る。
すると、今まで見たことが無いような表情をしていた。
それは怒りだろうか、近くにいるだけでその殺気に切り裂かれそうだ。
『クロエどうした?』
『……あれは天使の繭じゃ。生物を上位の存在へと変体させる光魔術の禁忌【聖天降臨の儀】。二千年前、この世界に天界勢力が直接の介入をしてきた時に使っていた忌まわしき魔術じゃ』
……は?
天使の介入?
クロエがヤバイのはあらかたぶっ殺したって話をしていたと思うが……。
『気を引き締めろアラン。二千年の時を経て、再びこの世界の“鍵”を狙っている者がおるようじゃ』
混乱した頭を整理する時間を与える事もなく、不吉は足音を立てアランの後ろに歩み立つ。
ピシピシ……ピシピシ…………
このタイミングを待っていたかのように……繭にヒビが入る。
『魔王流 五十八式 【焔孔雀――――――ッ!】』
アランは間髪入れずに距離を詰め、繭目掛けて攻撃を放つ。
しかし――繭から出た巨大な異形なる手に薙ぎ払われ弾き飛ばされた。
『――――――クソッ! 間に合わなかったか』
ピシピシ……ピシピシ…………
黒と緑を混ぜ合わせたかの様な奇妙な体色に、大きな二つの角と翼。
左右合わせて四本ある腕と、太く強靭な二本の脚。
その姿はどこか神々しさを感じさせる程の威圧感を放っていた。
『――――グガッ―――ガ―――――グガガガアアアアアアアアアアア――――――ッ!!!』
悲鳴にも似た雄叫びをあげ――――――絶望が降臨した。




