沿岸都市アスラ
『準備をしてきます』と一度シャーナはガリア城へと戻っていった。
『さてお主ら、準備は出来ておるか?』
クロエは椅子の上に立ち上がり、ギルドメンバーを見下ろす。
『うん? とりあえずは霊宝山までの食料とかの準備は必要だ―――』
アラン達の足元に“見たことのある”幾何学模様が出現した。
『ク、クロエさん?』
アランは恐る恐るクロエの顔を見た。
『ワシ、あの金髪の子供を見ておると頭が痛くなるのじゃ。じゃから――――』
『ちょ、ちょっと待ってクロエちゃん!』
『この足元にあるのは魔術式ですか? 見たことが無いタイプのモノですね』
怯え始めるコレットと魔術式に興味深々のクレア、そして血の翼の様な物を生やすイザベラと三者三様の反応を見せている。
『置いて行くのじゃ』
幾何学模様が一瞬強く光ったかと思うと、五人は5000㎞上空からスカイダイビングを始めていた。
『うわあああああああああああ! やっぱりまたこれだあああああああああああああああ!』
コレットは絶叫しながら、アランの首に腕をまわし掴まる。
『クレアとイザベラは大丈夫か!?』
『私は大丈夫です! 【エアリアルブーツ】で衝撃を消しながら降りるので』
クレアは突然の出来事に驚きながらも冷静に対処して見せた。
『おっけー。ってかイザベラとクロエは何処だ?』
周りをぐるりと見渡しても二人の姿が見えない。
いや待てよ。
そういや【空越天移】の直前でイザベラはなんか羽みたいなの生やしてたな。
アランはやや上の方を見上げる。
すると、クロエを背中に乗っけながら滑空するイザベラの姿が見えた。
『なんだあれ……蝙蝠の翼か? なるほど、【黒血魔術】にはそういう使い方もあるのか』
『アラン! ヤバイよ! 街がもう見えて来たよ!』
眼下にはガリア程大きくはないが風情ある沿岸都市が見えて来た。
街の陸側が石の壁に囲われており、入口らしき場所も見える。
『あれ、ってか霊宝山ってどれだ?』
アランはもう一度周りをぐるりと見まわす。
果ての見えない大海原とその沿岸都市が見える。
しかし、“山”と呼べるものは見つからなかった。
『まぁ、一旦降りてから考えるか』
アランはイザベラがやっていたように、背中に血の翼を生やし始めた。
しかし、羽の強度が足りないのか直ぐに破れてしまう。
うーん。
蝙蝠の羽だと薄すぎて駄目だな、イザベラが実現出来てるのは単純な【黒血魔術】の強度が違うっぽいな。
とりあえずは一旦、小型化は諦めて力技の方向性でいくか。
それはドラゴンの翼と言うべきだろうか。
アランの三倍ほどの大きさの黒い翼を左右に展開し、少しずつ羽をバタバタと動かし始めた。
その様は、傍から見たら悪魔に見えていてもおかしくはないだろう。
『よしよしよし、見様見真似で少し不格好だけど機能はするな。ってか羽ばたかせると無駄に魔力使うからイザベラみたいに滑空した方がいいか』
空気抵抗を利用しながら沿岸都市の入り口付近へとゆっくりと下降していく。
――――――
『ふぅー! 今回は気絶せずにすんだよ、ありがとうアラン』
『コレットもなんか飛べる魔術とかないん?』
『ないよ! 私はただの犬系獣人だからね、走るのは得意だけど飛ぶのは無理』
『まぁ、それもそうか』
俺は目の前にある鉄の扉の前まで歩いて行く。
すげぇボロボロだな。
錆び方的に、長い年月による風化の影響ぽいな。
ってか……なんだあれ
アランは人が通れるサイズの鉄扉とは別に、かなり大きい“扉枠”がある事に気が付いた。
現状、この街の入り口があそこで、基本的にはあそこで出入りする感じになってるぽいけど……なんだあのクソデカい扉枠は。
50メートル級の巨人でも住んでたのかよってサイズだな。
『なんじゃアラン、魚が豆鉄砲を受けたかの様な顔をして』
『魚に豆鉄砲は撃つな。いやさ、あのデカい扉枠あるじゃん。扉枠はあるのになんで肝心な扉がないんだろうなぁって思ってさ』
『あぁ。それは昔ワシがぶん殴って壊したからじゃな』
『マジかよ……』
うわぁ……という目でクロエを見るも、当人はエッヘンと腕を組みどこか誇らしげである。
壁に所々付いてる鉄の扉は緊急避難用のモノだと思っていたが、その予想は合っていそうだな。
正面扉を殴って壊してくるやつが居る世界だもん、絶対必要じゃん。
――――――
街の入り口まで歩いて行くと、門番らしき人影が居るのが見えた。
そのまま近づいていき、鉄製の装備を身に纏った狼獣人の青年に話をかける。
『あのーこんにちは。街に入るのに通行証とかって必要だったりしますかね?』
『……どういったご用件でいらっしゃったのでしょうか?』
狼獣人の青年はやや警戒しながらこちらを見る。
『ガリア国王陛下からの勅令があって来たんですけど、何か聞いてません?』
『ハッ! 失礼いたしました。直ぐにダレス会長の元へとご案内させていただきます』
『話が早くて助かるよ。俺の名前はアラン、よろしくな』
『私はカイルと申します。沿岸都市アスラへようこそいらっしゃいました』
カイル青年の後ろに付いていきながら街の中へと入っていった。
ガリア同様、全体的に石造りの建物が多く立ち並んでいた。
しかしよく見ると、煙突が付いた建物が多くあり、アスラの気候的な要素が垣間見える。
周りを見渡しすれ違う人々を見ると、ガリアの時よりも獣人の割合が多く、少し圧迫感の様なものを感じた。
気温がガリアよりも低い分、毛量の多い獣人には丁度いいのかもしれない。
『俺は田舎出身であまり都会部の事は知らないんだけど、この街は結構発展してるな』
『えぇ。ここアスラは北大陸の【アイスレオン】との貿易拠点になっていますので、ガリアにとっても重要な拠点になっているんですよね』
『成程な。そりゃあ発展するわな。獣人の割合が高いのもアイスレオンが近い影響って感じか』
『はい。私の父がアイスレオンの出身なのでそういった家庭は多いかと思います』
北大陸は獣人の割合が多いとは聞いたことがある。
今は魔術の影響で大分緩和されたが、その昔は気温が低すぎて人が住める土地ではなかったって話だ。
カイル青年は街の外にある何もない場所を指差し、少し悲しそうな顔を見せた。
『とは言っても、今は完全に貿易は停止してますがね。結界の影響で姿こそ見えませんが【霊宝山】の毒霧の影響は海にまで出ているようでして。霊宝山の近くを通らない海路もありはするのですが、海流が速く危険であり安定した貿易が望めないと先方から貿易の停止要求があったそうです』
まぁ、アイスレオン政府からしても自国民の安全が第一だよな。
『着きました』
カイル青年の声に反応し、正面を向く。
他の建物と同様に石造りで出来ているが、床には大理石が敷き詰められており、廊下には見るからに高価そうな照明が吊り下げられていた。
『ここがアスラ大商会現会長【ダレス】さんの拠点です』
カイル青年が紹介すると同時に、建物の中から黒いスーツを身に纏った女の猫獣人が出て来た。
『私の名前はルシアナと申します。シャーナ様御一行様でよろしいでしょうか? 中でダレス会長が会合の用意をしております』
『シャーナは今、便秘による腹痛で直ぐには来れなそうなんだけど大丈夫そうか?』
『便秘ですか!? 成程……【逸脱者】と言えども生き物なのでそういった事情があるのは仕方ありません。お先にどうぞお入りください』
カイル青年とは入り口で分かれ、アラン達は建物の中へと入って行った。
シャーナ……すまない。
これは必要な犠牲だったんだ
アレンは歩きながら一粒の涙をポロリと床へと零した。
――――――
ギルド【絶対無敵天上天下唯我独尊世界最強魔王軍】拠点前
『……あれ、居ない!? 嘘……ですよね?』
ガリア唯一の【逸脱者】シャーナ・ハイド・アルバレスは、物音一つしないギルド前にて途方に暮れていた。




