因縁
眉毛をハノ字に歪め、目の前に置かれたギルド申請書を見る一人の女性が居た。
『どうしたルーナさん、何か悩み事でもある感じか?』
『えぇ。現在進行形で悩み事ができたわ』
ルーナは申請書の名前の欄を指でトントンと叩き始めた。
『この【絶対無敵天上天下唯我独尊世界最強魔王軍】って何?』
『ギルド名だな』
『普通の人なら絶対に通らない名前だって気が付くと思うんだけど?』
『“普通”や“常識”なんてものは、国や地域によって変わるものだろ? 自身の価値観が普遍的な価値観だって思い込むのは危険だと思うし、何よりも狭量すぎるな。ガリアで一番の受付がそういった考えでは多様なケースに対応するのが難しくなってくるし、「あぁ、ガリアって心が狭い国なのかな?」って誤解される危険性が出てくるかもしれないと俺は心配で仕方ないよ』
『いやいや、何とかしてゴリ押そうしてるじゃん! 気合いで魔王軍なんか作らせないからね!?』
俺はポケットからとあるモノを取り出す。
『そ、それは―――』
『えぇ。グラウンドタートルの結晶で作った指輪です。今朝ここに来る前に加工屋にお願いして作ってもらいました』
宝石のように光輝き、その白く角ばった見た目はダイヤモンドを彷彿とさせる。
『こちらをルーナさんに“プレゼント”させて頂ければと思いまして』
『わ、私に!?』
俺は、出せる全力のイケボで囁きながら、ルーナの右手の薬指に指輪をハメる。
『仕事の斡旋をしてくれたのはルーナさんのおかげですし、これくらいのお礼はさせてください』
『ウっ……私は賄賂には屈しませんよ』
『いえいえ、これはただのお礼なので賄賂には含まれませんよ。それにルーナさん、こんなふざけた名前のギルドを真に受ける人っていると思いますか?(笑)』
『た、確かに……』
ルーナは少し俯き考えたのち、後ろにある棚から一枚の書類を渡してきた。
『これはギルド登録を証明する書類です。大切に保管してくださいね』
『ありがとうございます。今度、もし美味しい店を知っているようであれば連れて行って欲しいですね』
『え……えぇ。分かりました』
――――――
無事にギルド登録に成功した後、外で待っていた皆と合流する。
『無事に登録出来たわ』
『本当ですか!? あのルーナが良く許しましたね』
クレアは心底信じられないといった眼差しをこちらに向けてくる。
『まぁな。そこにいるマジキチ吸血鬼ちゃんに、ちょっとした人心掌握術を教わってな』
『わたくしはその昔、人身売買を生業とする商人と仲良くさせて頂いた事がありましてね。その際に、交渉に便利な技術を色々と教えてもらっただけですよ』
『イザベラちゃんって悪い奴だったの!?』
コレットはスゥーとイザベラと距離をとる。
『処女の血は入手が難しかったので、そういった輩から入手するしかなかったんですのよね。もちろん、血を少々頂いた後に、謝礼金を持たせ家までちゃんと送っていましたよ?』
『な、なんだ。殺したりしたわけじゃないのか。それに、商人から解放して家に送り返したって見方もできるし優しいじゃん!』
『まぁ、優しくしてあげれば、今度は自分から進んでわたくしの方に近づいて来てくれるので、結果として効率よく血を集められるようになるんですのよね。フフフ……』
『マジキチ吸血鬼ダアアアアアアアアアアア―――ッ!!!』
――――――
一行は、これから何をするのか?という話になり、コレットの提案で街中を軽く観光する事になった。
冷静になってみれば、この街に来てから直ぐにギルド申請だのと忙しかった為、まともに散策が出来ていなかった。
長居するかは分からないが、見聞を広げるという意味でもしておいて損はないだろう。
『わぁー! 凄い沢山のお店があるね! 洋服屋に、鍛冶屋とか道具屋もあるよ!』
田舎者のコレットには都会の光景は全てが新鮮に見えたようだ。
かく言う俺も内心ワクワクが止まらない。
そして、そんなワクワクを壊すかのように“それ”は現れた。
『おやおやおや、いつぞやのお漏らし君じゃないか?』
丁寧に手入れされた金属の鎧に、長い金髪。
三年前、自身の最愛の人を強引に奪い取ったクソったれクソゴミカスうんこ騎士【ウェイン・アーデンハルト】が前方からニヤニヤとした顔をしながら歩いて来た。
『よう。久しぶりだなウェイン・“アンダーグラウンド”。エマは元気にしてってか?』
ウェインはアランの言葉を聞くや否や、背中にある鉄の槍を引き抜きアランの眼前に突きつける。
『ウェイン・アーデンハルトだ。訂正しろ下郎』
『おいおいおい、ちょっと言い間違えただけだろ?そんな怒るなよ(笑)』
ウェインは怒りにプルプルと体を震わせながら、しかし、何かを思いついたのかニチャと気持ちの悪い笑みを浮かべ始めた。
『あぁそうだ。“私の”エマは元気にしているよ。君の方はこの三年間何をやっていたのかな?』
『ウェイン! 貴方って人は!』
後ろで聞いていたクレアがウェインに掴みかかろうとする。
しかし、アランはクレアの首根っこを掴み静止させる。
『悪いがクレア、ここは俺に任せてくれ』
『……分かりました』
クレアはアランの言葉を聞き、大人しく後ろに戻って行った。
『おやおやおや、落ちこぼれのクレアじゃないか。まだガリアに居たのか、この帝国騎士団のツラ汚しが。さっさと出て――』
『それで? 結局お前は俺に何の用があって話かけてきたんだ?』
アランはウェインの話を遮り、心底つまらなそうな顔で返答を促す。
『……大した用事ではないよ。見たことがある顔が居たもんでつい話をかけてやっただけだ』
『そっか。俺の方からお前にこれといった用事がある訳でもないから失礼するよ。俺はお前と違って忙しいんでな』
『貴様……』
アランは後ろの面々に合図をし、ウェインの横を通り抜けようとした。
『おい、お前の後ろにいる女達はなんだ?』
クロエが俺の影の中で寝ているから、コレットとイザベラの事を言っているのだろうか。
『お前には関係ないだろ?』
『……そうか。ならその女達を俺によこ―――――』
その刹那、壊理剣がウェインの首元に突きつけられる。
『――どうした、続きは言わないのか?』
ウェインは即座に持っていた槍でアランを攻撃しようとした。
しかし、槍は丁度真ん中あたりを境に斬られており、先端部分が地面へとコロコロと転がった。
『貴様……』
ウェインはそれ以上何も言わずに、踵を返し来た道を戻って行った。
『何だったんだアイツ……』
『アラン大丈夫?』
コレットは心配そうな目で俺の頭をよしよしと撫で始めた。
『すまん髪のセットが崩れるからやめてく―――イダダダダッハゲるって!』
『なんですか?あの無礼な人間は。ムカついて危うく殺しちゃいそうになりましたよ』
イザベラはゴミを見るかの様な目で、さっきまでウェインが居た場所を見る。
『ってかクレアありがとな。俺の為に怒ってくれて』
『い、いえ。あれはきっと私の為の行動でもあったので』
『それでも嬉しいよ』
俺は心配してくれたコレットとクレアの頭を軽く撫でる。
すると、後方からイザベラが飛び蹴りをかましてきた。
『婦女の頭を気安く触るのは犯罪でしてよ』
『……えぇ』
――――――
ガリア帝国【王の間】
『してウェイン・アーデンハルトよ。件の男はどうであったか?』
年齢は50歳程だろうか。
綺麗に後ろに整えられた白髪とその身に纏う装飾品からは、一目で【王】と分かる気品の高さがあった。
『ハッ。噂にあった通り、相当な実力がある事は間違いないかと。“私の”目で捉える事ができぬほどの剣速がありました』
『ハハハッ、そうかそうか』
白髪の男性は愉快そうに笑う。
『【S級】の貴公でも捉えられぬ程の剣の腕を持つとはなぁ。して、貴公から見てそやつは【逸脱者】の域に届いていると思うか?』
『……分かりかねます。三年前までは【A級】の魔獣に対して失禁をしてしまう程度の男でした。それが“たった”三年で【逸脱者】の域に達しているなど現実的ではありま―――』
『ウェイン、私は過去の話を聞いているのではない。“現時点”で【逸脱者】の域に足を踏み入れているのかと聞いているのだぞ』
決して暴言を吐いている訳ではないのにも関わらず、その男の言葉からは圧倒的な、重力にも似た力が宿っていた。
『し、失礼いたしました。現時点の実力に関しましては……おそらくは【S級】上位に位置するのではと推察します』
白髪の男性は再び愉快に笑う。
そして、傍らに居た少女に声をかけた。
『シャーナ、お前はどう思う?』
『そうですね。彼の本気を見ないことには精確な判断は出来ませんが、仮に【逸脱者】の域に達するようであれば、この国、強いては中央大陸にとって貴重な存在になるかと』
『シャーナ、お前には北の山脈【霊宝山】にて宝龍の討伐を命じる。無論、件の男を同行させよ』
『かしこまりました、お父様』
美しい金髪を紐で一つに括った少女は、静かに【王の間】を後にした。
『ウェイン・アーデンハルト。貴公もご苦労であった、もう下がってよいぞ』
『ハッ』
静まり返った【王の間】でただ一人、男は笑う。
【逸脱者】が二人ともなれば“他の”大陸との交渉を有利に進められる。
そうなれば、新しい時代が幕を開ける事になるであろう。
『これは面白くなってきなぁ』
髭の無い顎を手でさすりながら、王は明日を視る。
――――――
『クソッ!』
ウェイン・アーデンハルトは自室の壁を力強く殴った。
いつもの聡明な彼であれば、そのような愚行はしなかっただろう。
しかし、今の彼は冷静ではいられなかった。
『たった三年で【S級】だと?ふざけるな! そんな不条理があっていいはずがない』
ウェインは白銀に輝く槍【アストロメイア】へと手を伸ばす。
『……その化けの皮を剥いで白日の下にさらしてやる。そして……もう一度全部奪い取ってやるよクソガキが。サーシャ様の隣に居ていいのは、この“俺”だけだ』




