魔王の椅子
アラン、クロエ、イザベラの三人は、ガリア帝国の端の方に位置する古びた古民家の前で立ち止まった。
『……もしかして二千年前では“これ”が城って呼ばれてたりする感じ?』
『そんな訳ないでしょう?』
イザベラは蔑むようにアランを見る。
『どうして俺が怒られてるんだい?』
『貴方が馬鹿だからでしょう』
そう言うや否や、イザベラは玄関のドアノブを回す。
『わたくしは、クロエ様が中央大陸にて封印されたと、あの“クソったれ勇者”から聞かされてから
直ぐにこちらに拠点を構えました。当時のわたくしは力を失ったばかりでまともに戦える状況ではありませんでした。ですので――』
『この民家の“影”をお借りして、城を建てました』
そこには建物の外観とは打って変わって、煌びやかで美しい装飾、赤い絨毯の道、大きな二つの階段と、お城要素がテンコ盛りの光景が広がっていた。
『いやいやいや、なんだこれ』
古民家のサイズとは全く合わないその広大さに、ついつい言葉を失ってしまう。
『なるほど、【月影】の応用じゃな』
『えぇ、そうです。クロエ様がわたくしの【黒血魔術】を会得したように、わたくしはわたくしでクロエ様の【暗影魔術】を見様見真似で再現してみました』
『ほう、やるのう。【月影】は物体の影を利用し空間を造る魔術じゃが、ここまでのサイズは初めて見たぞ』
クロエの言葉を聞き、イザベラは鼻から血を噴出し、地面に転がりながら悶え始めた。
『あぁ~満足です。クロエ様と一緒に住む場所を作らねば!と数百年かけて特訓し、造り上げた甲斐がありましたわ!』
『数百年って……すげぇ執念だな』
というかあれだな、さっきイザベラがやっていた瞬間移動の仕組みが全く分からなったけど、俺と建物の影に潜って近づいてたんだな。
【暗影魔術】が使えるなら【裏影】が使えても不思議じゃない。
『おぬしら早う中に入るぞ。ワシは疲れたのじゃ』
『おっと、そうだな。クレアとコレットも心配してるだろうし、さっさと合流して今日は休もうぜ』
クロエを背負いながら、イザベラの後ろを付いていく。
――――――
『ん……あれ? ここどこ!? あれ? アラン?』
『おはようございますコレットさん』
コレットはキングサイズのベッドの上で目を覚ました。
『クレアさん!? え、待って! そうゆうことですか!? 私をこんな場所に連れ込んであんなことやこんなことを―――』
『違いますからね!?』
やや食い気味にクレアは返答する。
『コレットさんを背負いながら、アランさんと一緒に宿に向かっていたのですが、そこに謎の銀髪少女が現れまして。その少女に手を触られた瞬間、この場所に転移させられていたって感じです』
『それって拉致されたってこと!?』
『おそらくは』
コレットはすぐ隣に置いてあった鞄を物色し始めた。
すると、黒の斑点模様が特徴的な赤黒いキノコを取り出した。
『……ふふ、クレアさん大丈夫だよ。敵の隙をみてこのマグダラダケ(猛毒)をケツにぶち込んでやりましょう』
『持ってきてたのですか!?』
『うん。マグダラダケは用法さえ間違わなければ麻酔にも利用できる優秀なキノコだからね。ところでクレアさん、マグラダラダケをお尻に入れるとどうなるか知ってます?』
『お尻ですか!?』
クレアは自分が何を言ってしまったのか直ぐに理解し、恥ずかしそうに手で顔を隠した。
『そう。昔ね、ハウスガーデニングいた頃、不慮な事故でお尻にマグダラダケが入っちゃった子がいてね』
『とんでもない事故じゃないですか!』
『そうなんだよね。それでその子どうなったと思う?』
『亡くなった、と考えるのが自然でしょうか』
『三日三晩、強烈な刺激に脳とお尻を焼かれながら――復帰したんだよね。一週間後くらいに』
そう言うと、コレットは不敵な笑みを浮かべながら、部屋のドア横に待機した。
『ま、まさか……』
『そのまさかだよ。命を取るのは流石に可哀想だと思うから、代わりにこのキノコをぶちこんでやろうと思う』
悪魔的発想である。
流石のクレアもうわぁ…という反応をせざるを得ない。
『最初は口に突っ込んで、態勢を崩したところでトドメを指す。ふふふ、私たちに喧嘩を売ったことを後悔させてあげる』
コレットは目を赤く光らせながら、ブツブツと何かを唱え始めた。
すると、ドアの向こうから足音が聞こえてきた。
『来た。足音は二つ。片方は凄い軽くて、もう片方は重いね。男女の組み合わせかな』
クレアはコレットとは逆方向のドア横に待機した。
ドアが開いた時、ドアの裏っ側に行ってしまうが、その分相手の視界にも映らないので奇襲がしやすい位置と言える。
『3、2、1……ココダァアアアアアアアア!!!』
ドアがガチャリと開いた瞬間、コレットは先頭にいる黒髪の男性の口にマグダラダケを突っ込んだ。
――――――
『それにしてもすごい数の部屋があるな』
アランは廊下を歩きながらキョロキョロと辺りを見渡す。
『部屋が沢山ある方が孤独感が薄れますからね』
『そういや二千年間ソロ生活してたんだっけか』
『えぇ。とは言っても、わたくしからしたら二千年なんてどうって事ないですけれどね。それに、クロエ様のことを考えながら作業をしていましたから感覚としては一瞬でした。まぁ、わたくしの愛は情熱的でフォーエバーですがね』
『すまん、長すぎて寝てた』
イザベラの脛蹴りがアランを襲う。
『ところで、貴方は良く【黒血魔術】を使いこなせてますね。クロエ様は【暴食】の権能を持っているので理解できますが、普通の方だと液体の形状変化は至難の業かと思うのですが』
『ま、まぁ……地獄を見るレベルで鍛えたってだけだな。傷口を上手く塞がないと出血多量で死ぬ!ってなったら誰でも出来るようになると思うわ』
『……なるほど。貴方は貴方で苦労されたのですね』
イザベラはとある一室の扉のドアノブに手をかける。
どうやらこの部屋に二人が居るようだ。
とりあえずは、二人とも不安だっただろうし満面の笑顔で行って安心させてやろうかな。
『二人とも大丈――――――』
『『……あ』』
唐突に現れた静寂が部屋を包み込んだ。
暫くしてから、コレットはアランの口に突っ込んだマグダラダケを無言で引き抜いた。
結構ガッツリ入っていたのか、先端の部分がぬちゃりと濡れている。
『……何か言い訳があるなら聞くが?』
アランは感情の無い目で二人を見る。
『……アランって凄い口大きいnアダダダダダダダダダダダダダッ――!!!』
いつの間にかに、コレットはマグダラダケを咥えていた。
そしてアランはジロリと次のターゲットの方を見た。
『ま、待ってください! 私はコレットさんの事を止めました! 本当です信じてください!』
クレアは涙目になりながら両手をブンブンと左右に振る。
『まぁ、クレアさんが嘘を付くとは思えないし信じるよ』
『ほ、本当ですか! ありがとうgアダダダダダダダダダッ――!』
クレアはマグダラダケを咥えながら、地面を魚のようにピチピチと跳ね回る。
『ごめん。クレアはどんな反応するんだろうって気になっちゃって』
『……貴方最低ですね』
イザベラはゴミを見るかの様な目でアランを見た。
――――――
『成程、イザベラさんはクロエさんの旧友で、ここはイザベラさんのお家であるという事ですね』
『あ、あのクレアさん? そろそろ降りてもらえないかな?』
『私は大歓迎だよ! 沢山メンバが居た方が絶対楽しいし!』
『コレットさん? ちょっと手を踏むのを辞めてもらえるかな?』
クレアとコレットのやや下の方から、アランのか細い声が聞こえてきた。
『駄目だよアラン。私までならまだセーフだったけど、クレアさんにまでやるのは完全にライン越えだよ』
『わ、私はそこまで気にしてませんが……』
クレアは顔を赤らめながら囁くように答える。
『いやさ、クレアは別にいいんだけどさ。コレットはちょっと“重い”から腰が痛くなってき――イタイイタイ! 待って! コレットさん!』
コレットはアランの手をぐりぐりと踏みつける。
『人として最低だよアラン! 良心ってものがないの!?』
『いやコレットもだいぶ人でなしな事してるよ!?』
『私は獣人だからセーフ』
『ちょっと上手いのなに?』
アランとコレットが言い合いをしていると、イザベラがチェスのコマをテーブルに並べ始めた。
『えーでは、第一回【絶対無敵天上天下唯我独尊世界最強魔王軍】作戦会議を始めます』
『な、なんですかその名前は!?』
『そういやクレアはまだうちのギルド名を知らなかったな』
クレアは唖然としながらも『え、本気で言ってますか?』と言わんばかりの目線をアランに送っている。
アランは清々しい顔をしながら手でグッドマークを作り返答する。
『なんじゃカッコいい名前ではないか?』
『魔王軍ってバリバリに反社会的勢力じゃないですか!』
『クレア一旦冷静になって考えて欲しい』
アランは真剣な眼差しでクレアの目を見る。
『このギルド名を見て本気で魔王軍だ!逃げろ!って思うやつが居ると思うか?』
『いませんね』
『さて、では今回は特例として、わたくしイザベラが議長を務めさせて頂こうかと思います。今回の議題はズバリ……【役職】を決めましょう』
アランがスッと手を上に伸ばす。
『議長質問よろしいでしょうか?』
『発言を許します』
『とりあえずは俺がこのギルドのリーダーって事でいいですか』
『却下します』
『なんで!?』
イザベラはキングのコマをテーブルの中央に置く。
『【魔王軍】なのですからトップは当然、魔王が務めるのが筋では?』
『ぐうの音も出ないな』
コレットは真剣な眼差しで手をスッと上げる。
『コレットさんどうぞ』
『……私は【料理人】でいいかな?』
『却下です』
『どうして!? 私料理の腕には自信があるよ!』
『二千年分の知識を蓄えたわたくしの方が料理の腕は間違いなく上かと。わたくしこう見えて美食家ですので』
コレットは唯一の特技を奪われ、地面に四つん這いになって項垂れた。
『……なんだお前も椅子になっちまったのか?』
『うるさい!!!』
次はクレアがスッと手を上げた。
『クレアさんどうぞ』
『はい。私は以前ガリア帝国騎士団に所属しており【A級】相当の実力を有しております。よって、【近衛兵】が適任ではないかと』
『却下です。クロエ様には【近衛兵】なんて必要ありません。この方はたった一人でも魔王軍を名乗れる程の実力者ですし、何よりもわたくしとそこの椅子男よりも弱い貴方が【近衛兵】は無理があります』
三つの椅子がズラリと並ぶ。
いつの間にかに、会議に飽きたクロエが俺の背中の上でスヤスヤと眠り始めた。
『……全く、やはりわたくしが居て良かったですわね。皆さんの役職に関しては、それぞれの適正を考えわたくしが付ける事にします』
短い話し合いを終え
第一回【絶対無敵天上天下唯我独尊世界最強魔王軍】作戦会議は幕を閉じた。
【役職】
クロエ【魔王】
イザベラ【魔王お世話係】
アラン【魔王の椅子】
コレット【番犬】
クレア【無職】




