七話
即席で結成された16人のレイドパーティ。まず最初に行われたのは、簡単な自己紹介だった。
「本名を名乗りたくないってやつは、ダンプリ時代のプレイヤー名でも、今考えた偽名でもいい」
青髪の青年は場を取り仕切るように言うと、右手を挙げて名乗った。
「まず俺から。俺は矢切賢人。レベルは13。武器は長剣で、前衛アタッカーだ」
それが本名なのか偽名なのか、おっさんを含めてこの場の誰にも判別はつかない。だが、本名か偽名か、だなんてことは、今は関係のない話だ。重要なのは、レベルと使用武器、それから役職。ボスを討伐するにあたって、それ以外の情報は意思疎通のためのツールでしかない。
次に手を挙げたのは、賢人の隣に座る長髪の青年だ。歳は、賢人と同じくらいに見える。
「……リキチ。レベル12。短弓使い。中衛アタッカー」
「私は苺大福。レベル12の杖使いで、ヒーラーです」
「モチモチだよ。レベルは13で、同じく杖使いだけど魔法使いだから、後衛アタッカーをしてる」
リキチ、と名乗った青年に続き、賢人のパーティメンバーであろう2人の少女も名乗りをあげた。この3人は、恐らくダンプリ時代のプレイヤー名を名乗っていると思われる。
(……俺も、本名は名乗らない方がいいか?)
リキチはともかく、あとの2人がプレイヤー名を名乗ったのは自衛のためだろう。女の子なのだから、個人情報の流出はできる限り避けたいはずだ。
おっさんは何も考えず、剛に本名を明かしたが……あとのことを考えるならば、偽名を使った方が良いのかもしれない。
それから順調に自己紹介は進み、残りは2人。おっさんと剛のパーティだけだ。
「俺は相模原剛。レベルは11だ。長剣使って前衛アタッカーをしてる」
剛の名乗りが終わると、皆の視線が一斉におっさんに注がれる。おっさんは一瞬たじろぎ、口を開いた。
「お、俺は……マコト。槍使いで中衛アタッカー。レベルは11」
結局偽名を使わず、おっさんが名前だけを告げると、これまで静かだった一部の観衆がざわざわと騒ぎ始める。何か問題があったのかと顔を顰めるおっさん。最初に口を開いたのは、賢人のパーティメンバーであるモチモチと苺大福だった。
「え、えっと……マコト、ちゃん、でいいの?」
「もしかして、マコトくん、でしたか……?」
恐る恐る、という感じだ。何を言ってるんだこいつらはと首を傾げるおっさん。どこからどう見ても、今のおっさんは可憐な美少女である。
「……見たままの性別だ」
「ってことはマコトちゃんってことだね。俺っ娘なんて可愛い! 私、初めて見たかもっ!」
モチモチはえらく興奮しながら、目をギラギラと輝かせている。今まで感じたことのないような視線に、おっさんは思わず後退りした。
「こら。マコトちゃんが怖がってるでしょ」
「いてっ」
苺大福に頭をどつかれ、冷静になるモチモチ。どうやら、彼女に近づくときは気をつけなければならないようだ。そう思いながら周囲を見渡すおっさん。そこで、他にも同じような視線を向けてきているものがいることに気がついた。
(……剛の対応は正しかったか……)
あまり女性関係には興味のないおっさんはこれまで意識してこなかったが、どうやら、美少女の肉体になったことで生じた新たなデメリットがあるようだ。これからは決して、フルネームで名乗るまいと心に決めるおっさん。
そんな、ある意味乱れた場に、パァンと乾いた音が鳴り響く。賢人が手を打ち鳴らしたようだった。
「はいはい、そこまで。自己紹介は終わったから、作戦会議を始めよう」
賢人のその一言で、それまで浮ついていた場の空気が、一瞬で張り詰めた。
そう。おっさんたちがここに集まっているのは、地下迷宮1層に生息するボスを討伐するため。決して、突如現れた俺っ娘美少女を鑑賞するためではない。
「まずは確認だが……ここにいる皆は、全員が元ダンプリプレイヤーだ。だから、ボスの名前や弱点、行動パターンはある程度把握しているものとして、作戦を立てる」
15人全員が、賢人の言葉に頷く。もしも、ダンプリをプレイしていない未経験者がいれば、ここで前提知識の共有もあっただろうが……幸い、ここに集まった16人は全員が元プレイヤー。知識の共有という手間は省くことができる。
「じゃあ、最初は席替えだ。今は皆、ここまできたパーティ同士で固まっていると思うが、これを『前衛』『中衛』『後衛』『支援職』の四つのグループに分けて座り直してほしい」
彼の言葉に、おっさんと剛の目が合った。『また後でな』だなんて言葉を、口には出さずに交わし合い、2人はそれぞれ『中衛』と『前衛』のグループに分かれる。
結果、前衛5人、中衛5人、後衛3人、支援職3人となった。16人という人数に対して、ヒーラーなどの支援職が3人というのがやや少ないが、全体的にはバランスの良い配分だ。
更にこの中から、前衛なら敵のヘイトを集める『タンク』と火力を出す『アタッカー』、中衛なら火力を出す『アタッカー』と後衛を守りながら戦う『ディフェンダー』などの細かい役職を割り当てていく。
そうして、それぞれが自分の役職を割り当てられると、今度は具体的な作戦を練っていく。歳のせいか物覚えが悪くなってきたおっさんは剛からメモ帳を借り、作戦一つ一つをメモしていく。
その中で、16人全員から出た意見がある。
「……一番の懸念点。それは、ボスが『ゲームにはない動き』をすることだ」
おっさんを含めて、皆がその言葉に頷いた。
おっさんたちがいるこのダンジョンは、長くいればい続けるほど、ダンプリに登場するダンジョンと似通っている。
しかし、全てが同じというわけではない。ダンジョンの構造やモンスターの行動パターンは一致しているものの、ゲーム内ではあった『インベントリ』の機能や、一部機能が活性化していないなど、細かい部分では差異がある。
その最たる例は、やはり、『死者の復活』だろう。現実世界に現れたこのダンジョンではリスポーン機能が働かず、死ねば文字通り命を落とすことになる。
そして、ボスの行動パターンを把握している彼らが最も恐れているのは、『ボスのパターン外の行動』だ。リスポーン機能が働かない以上、ボスの予定外の行動はそのまま死に直結する。
「安全マージンを取るなら、全員がレベル15になるまでボスに挑まないんだが……時間をかければかけるほど、肉体的にも精神的にも疲労が溜まって、総合的なコンディションは落ちるだろう。レベルという点で言えば、既に十分な域に達しているから、ボスにはこのまま挑もうと思う。もし異論がある人がいたら、手を挙げてほしい」
全員の顔を見ながら、問いかける賢人。
ゲームと違って、一度死ねばそこまで。不確定要素があるかもしれないボスに挑むなら、もう少しレベルを上げたい気持ちが、おっさんにはあった。
しかし、コンディションが落ちる、という点もまた事実。安全区域の床は硬く、食事だってそれほど美味くはない。全員のレベルを15まで引き上げるというならかなりの時間を有するし、疲労の蓄積も相応のものになるだろう。
おっさんは手を挙げなかった。そして、他に手を挙げたものもいなかった。
「……よし。なら、このままボス攻略を進めよう。決して無茶はしないように。目標は、誰1人死なずにボスを討伐することだ」
皆の歓声が湧き上がる。長かった作戦会議は終わり、少しばかりの休息ののち、ボス討伐が開始されることとなった。