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六話

——おっさんと剛の地下迷宮攻略は、思いの外順調に進んでいた。その最たる要因は、10層より上の階層の構造を、おっさんが全て把握していたことだろう。

 これまでゲームというものに触れてこなかったせいで、酷く苦戦させられた新人時代。その経験が、ここにきておっさんたちを生かしている。そう思うと、何か複雑な気持ちが胸に込み上げてくる。


「マコト!」

「ああっ!」


 大きな鉈のような剣を振り回す二足歩行の豚——オークを、剛が足止めする。おっさんは大きく跳び上がると、空中で槍を構えた。


「レイジスラスト……!」


 ウェポンスキル、と呼ばれる、プレイヤーが任意で発動する強力な技能。レイジスラストは、おっさんの持つ『槍術』スキルの中に含まれるウェポンスキルだ。

 槍の先端が赤く輝き、ぶるぶると震え出す。おっさんはそのまま壁を蹴ると、オークの太い首元目掛けて宙を駆けた。


「ブモッ……!」

「遅い!」


 オークは鉈を振り回し、それを阻止しようとする。が、おっさんの方が速かった。

 おっさんの一撃は、オークの首の半分以上を貫く、強烈なダメージを与えた。おっさんが着地するのと、オークが絶命し、よろけるのはほぼ同時だった。


「……よし。怪我はないな、マコト」

「問題ない。もうすぐ1層への階段が見えてくるんだ。こんなところでヘマはしないよ」


 立ち上がって肩を回すおっさん。もうすぐ四十肩……とも言えるほど痛みの酷かった肩は、この体になってから嘘のように健康になった。

 2人が現在攻略しているのは地下迷宮2層。おっさんの記憶が正しければ、2層の攻略ももうじき終わる。あと数十分ほど歩けば、1層への階段が現れるはずだ。


 ここに来るまでに、2人はできる限りの戦闘をこなし、レベル上げとスキルの取得に努めていた。現在、二人のレベルは11。戦闘系のスキルも幾つか取得し、ダンプリで得た経験から言えば、『上々の状態』である。

 何故、2人がここまで自身の強化に励んでいるのか……その原因は、地下1層にある。


 地下1層は他の階層と比べ、迷宮の姿を成していない。ほんの少しの一本道の通路と、迷いようがない大きな広間。そこを抜ければ、すぐに地上への階段がある。

 代わりに、『ボス』と呼ばれる強力なモンスターが生息している。これまで登場してきたモンスターとは比べ物にならないほど強力で、一人で討伐することはまず不可能。それ故、ボス戦には『4人パーティ×4パーティ』という『レイドパーティ』なるシステムが存在している。


 そして、地下迷宮1層に生息するボスの適正討伐レベルは、各プレイヤーのレベルが10以上。それ以下のレベルでクリアすることも不可能ではないが、それはリトライが可能なゲーム内での話。一度死ねばそこで終わりの現実世界で、そんな危険は冒せない。おっさんたちがここまで戦闘を避けてこなかったのは、そういった理由からだった。


「大丈夫……とは言えねえが、あとは他の連中との相性次第だな」

「ああ。それに……16人揃うとも限らないからな」


 ボスが生息するエリアに続く階段の前には、必ず他よりも大きな『安全区域』が存在する。ゲーム時代であれば、そこで16人揃うのを待つのが鉄板となっていた。



 そして……おっさんたちの目の前には、これまでとは違う、豪華な装飾が施された階段があった。壁掛けランタンはまだ点灯していない。つまり、まだ誰もボスには挑んでいない、ということだ。

 2人はそのまま踵を返し、安全区域となる大部屋に足を踏み入れる。おっさんの予想通り、そこには既に他の攻略者がいた。



「……おっ。ちょうど2人か?」



 その中の一人。髪を青く染めた青年が、そう声をあげる。


「……14人。俺たちで16人、か」


 おっさんの前に立つ剛は警戒しながらも周囲を見渡す。今のところ、この中で殺戮が起きる気配はない。

 2人は警戒を解かないまま、元々いた14人からは少し距離をとって、壁際に座る。その行動自体が『あること』を指し示していることから、青髪の青年は優しく微笑んだ。


「その感じ、元プレイヤーだな。よかった、未経験者じゃなくて」

「ああ。2人とも元プレイヤーだ」


 青年だけではなく、他にいた14人もほっとため息を吐いていた。それだけ、『ボス戦』というものを重く捉えている証拠だろう。ダンプリをプレイしていない未経験者が混ざれば、それだけで攻略の難易度が跳ね上がる。

 剛は変わらず、おっさんを後ろに下げ、青年たちとの対応は全て自分でこなしていた。初めは理由が分からなかったおっさんも、ふと、自分の姿を思い出して納得する。

 どうやら、幼い女の子に奇怪な目が向けられるのを良しとしなかったのだろう。中身が38歳のおっさんだと知れば、一体どんな顔をするだろうか。


「……というか、2人でここまで来たのか? 4人パーティを組まずに?」


 何度か会話をしているうちに打ち解けてきたのか、青年はそう言った。

 ここにいる14人……座り方や固まり方を見るに、元々のパーティ構成は4人×4人×3人×3人だったのだろう。確かに、安全性を考えれば最低でも3人以上のパーティが推奨されるだろう。


……が、不運なことに、おっさんたちが出会ってきたのは『死体』と『生存者の痕跡』だけ。そもそも、生きている人間に会うこと自体が、2人の邂逅を除けば初めてなのだ。


「生憎、気が合う連中がいなくてね。2人だけだ」


 剛がそう答えると、青年は少し気まずそうに、頬を掻く。


「その……気を悪くさせたら申し訳ないんだけど……2人のレベルは?」


 青年の言葉の意図を、2人はすぐに理解した。1人はガタイのいい成人男性だが、1人はどう考えても小学生から中学生ほどの女の子。『極力戦闘を避けながらここまで進んできた』のだと思われても、おかしくはない。


「2人とも11。戦闘系のスキルも可能な限り取得してきた。ボス討伐には必要だろ?」


 にかりと、いつもの豪快な笑みを浮かべる剛。言葉の裏にある真意まで見透かされた青年は、参った、とでも言うかのように両手を挙げた。


「……ああ、最後の2人はあんたらで決まりだ。ここにいる16人で、レイドパーティを組む」


 地下迷宮1層のボス攻略パーティである16人は、来るべき戦闘に向け、食糧を囲みながら今後のことを話し合った。


 ちょうど、この時からだっただろうか。おっさん——佐野マコトが『美少女アタッカー』として注目され、尚且つ『妙に言動がおっさん臭い』という噂が立ち始めたのは。

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