五話
おっさんが剛と組んでから二日。『命だいじに』を徹底して地下迷宮攻略を続けていた二人の前に、再び点灯した壁掛けランタンが現れた。上層階への階段……二人は目を合わせてにかりと笑うと、朝早に階段を駆け上がる。
「……着いた、地下4層……!」
感動したおっさんの歓声と、歳のせいか痛む腰を摩る剛。
10層から成る地下迷宮も、残り半分を切った。ここまでの経過時間は二日。『ダンプリ』で考えればかなり遅いペースだが、『現実』だと考えれば上々のペースだろう。
何せ、ダンプリとは違って命の危機が付きまとう。どうしても慎重にならざるを得ないが、その上で二日で半分を攻略したのなら、十分な結果と言える。
しかし……4層から上層は、これまでとは勝手が違う。ダンプリ界隈でよく『チュートリアルエリア』と呼ばれる地下迷宮。だが、実際にチュートリアルじみた様相を呈しているのは10層から5層のみ。4層から上層では、少し事情が異なるのだ。
「ほれ、喜んでるところあれだが……少し休憩するぞ。ここから先は気を引き締めなくちゃならんからな」
「ああ、そうだな。賛成だ」
二人は近場の小部屋に入り、安全を確認してから荷物を下ろした。地下迷宮に限らず、ダンジョン内には『安全区域』と呼ばれる小部屋があり、モンスターが侵入できない安全地帯となっている。これまでおっさんたちが休憩してきた小部屋もこの安全区域ではあるが、この中でも一つ、注意しなければならないことがある。
それは……モンスターが侵入できない『だけ』だということ。つまり、プレイヤーによるプレイヤーの殺害、プレイヤーキルはこの小部屋の中でも可能なのだ。
4層に入ってすぐの安全区域には先行者はいなかった。代わりに、食べ散らかした後のエナジーバーの残骸が残されている。少し前まで誰かがいたのだろう。
「よっ……こらせ」
「ははっ。相変わらずおっさんみてえな座り方するな、マコト」
図星を指され、おっさんは思わず肩を震わせた。剛にはまだ事情を話していない。というより、話したところでまともに取り合ってくれないだろうから、というのが正しい。つまり、剛の中では、おっさんは『少々言動がおっさん臭くて動きもおっさん臭い俺っ娘』ということになっている。
「冗談はそのくらいにして、食事の準備をしてくれ……」
「悪い悪い」
そうしてしばらく休憩したのち、二人は小部屋を後にした。長剣使いの剛が前に立ち、槍を使うおっさんが後ろから援護をする。それが、二人が確立した戦闘スタイルだった。
また、ダンプリのシステムの一種である『パーティ機能』は現実でも生きていて、同一パーティ内であれば他の人間が倒したモンスターの経験値であっても得られる仕組みとなっている。故に、後衛であるおっさんの方がレベルが上がりづらい、という問題も回避することができた。
「マコト、抜けたぞっ!」
「任せてくれ!」
灰色の毛皮を持つ小さなオオカミ。ラビリスウルフと呼ばれるオオカミ型のモンスターの幼体で、地下4層から新たに登場するモンスター。ゴブリンやスライムに比べて圧倒的に動きが速く、地下4層からはチュートリアルエリアではないとされる要因の一つでもある。
おっさんは真っ直ぐ突進してきたラビリスウルフを避けて横に飛び、姿勢が悪い中でもその横っ腹に槍を突き刺す。幼体のラビリスウルフの毛皮はまだ柔らかく、あまり力のこもっていないその一撃でも容易にダメージを与えることができた。
「ギャウンッ!」
「剛!」
尻餅をつきながら着地するおっさんと、姿勢を崩しながら落ちるラビリスウルフ。剛はすぐさま剣を振り上げながら接近し、ラビリスウルフの首を刎ねた。
これで……三体。狩りを終えた二人は、ドロップ品である『ラビリスウルフの肉』と『幼体ラビリスウルフの毛皮』を回収し、先へ進む。
「やっぱり、地下4層に突入してからはペースが落ちるな。マコトのおかげで道には迷わないが」
「モンスターも強くなるからな。それに、ゲームの時みたいに、デスペナを覚悟した無茶な攻略もできない」
地下迷宮は4層からが難所……と、大抵のダンプリプレイヤーは口を揃えて言う。チュートリアル故にまだプレイヤーのレベルも低く、知識がなければ有用なスキルも得られない中で、登場するモンスターが一斉に更新されるのがこの地下4層であるためだ。
まず、地下10層にいた小型スライムとゴブリンの幼体は、ここに来て完全に姿を消す。代わりに、地下8層から登場するようになった通常サイズのスライムと、ゴブリンの成体の個体数が増える。
それに加え、先ほどのラビリスウルフの幼体と、まだ数は少ないもののその成体。さらにはオークと呼ばれる二足歩行の豚のようなモンスターまで現れる。
これまで以上に警戒していなければ、一瞬で命を落とす……それが、地下迷宮の後半戦。その証拠に、地下4層に突入してから既に三度、人間の死体に出くわしている。五人分の死体に祈りを捧げながら、二人はここまできているのだ。
「100人いたNPCのうち生き残ったのが50人……ってのも、この調子じゃ妥当な数字かもな」
「ああ。100人全員元ダンプリプレイヤーだと仮定しても、最低でも30人は死ぬと思うよ」
特に、ここから先の階層では。敢えてその言葉を飲み込んだおっさんは、無駄な考えは捨ててしまおうと、頭を振って警戒を強めた。