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三話

 地下迷宮9層への階段を探して徘徊していたおっさんは、その道中、何度かモンスターと遭遇していた。倒せるものは倒し、倒せないと判断したものからは身を隠す。そうして何匹目かのモンスターを倒した頃、おっさんの体に変化が起きた。



——レベルが上がりました。



「おっ」


 ゴブリンが光の粒子に変わっていくのを眺めていたおっさんは、突如頭の中に流れたアナウンスに、思わず声をあげた。

 レベルアップシステム。ダンプリでは経験値が一定以上溜まるとプレイヤーのレベルが上がり、ステータスなどが向上する。予想はしていたが、どうやら現実世界のダンジョンにもこのシステムが導入されていたらしい。



——スキルを獲得しました。



 続けてアナウンスが流れる。おっさんはすぐさま一番近くにあった小部屋に駆け込み、安全を確認してから角を背にして腰を下ろす。


「スキル獲得まであるのか……いやでも、ゲーム内じゃないんだからどうやって確認するんだ……?」


 おっさんは顎をさすりながら、首を傾げる。ゲーム内であれば、親指と人差し指で画面を拡大するような仕草を取れば、『システムウィンドウ』と呼ばれるものが開かれる。プレイヤー本人にしか見えない半透明のウィンドウには、アイテムを収納するインベントリや取得しているスキルの一覧、ログアウト画面、ゲーム内オプションの設定画面など、様々なシステムが集約されていた。


 だが、ここはゲーム内ではない。現実でそんなことができるはずがないのだ。おっさんはそう思っていた。


「……いや、まさか……試してはなかったけど……」


 おっさんは、できないと思っていた(・・・・・)。ここはゲーム内ではないのだから、システムウィンドウなどが開けるはずもない、と。

 だが、実際にここでは経験値という概念があり、レベルアップという概念もある。どういうわけか、現実に侵食してきたダンジョンでは、ゲーム内と同じシステムが適用されている。


 おっさんは小さな手を振るわせながら、親指と人差し指でウィンドウを開こうとした。女の子特有の細い指が例の仕草を取ると、目の前に、半透明の文字群が現れる。


「こ、これは……システムウィンドウまであるのか……!」


 ゲーム内オプションやログアウト画面、更にはアイテムを収納しておくインベントリ機能など、幾つかの機能は排除されているようだったが、おっさんの目の前に現れたそれは、間違いなくダンプリにおけるシステムウィンドウそのものだった。


 おっさんは恐る恐る、スキル一覧と書かれた項目をタッチする。すると、今おっさんが取得しているスキルが映し出された。


「隠密歩法に槍術……不意打ち……どれもゲーム内と同じだ……」


 スキルというのは、特定の行動を続けた際にプレイヤーが取得できる特殊技能のことだ。隠密歩法なら『足音を殺して歩く』、槍術なら『槍を使って敵を倒す』など……それらの行動を繰り返して、スキルごとの経験値が一定値以上貯まった状態でプレイヤーがレベルアップすると、スキルを獲得できるという仕組みになっている。


 おっさんはウィンドウを閉じ、険しい顔をする。はたから見れば、金髪の美少女が何か思い詰めているように映るだろう。


「まるっきりゲームと同じ……どうなってるんだ……?」


 思えば、おかしなことばかりだ。そもそもゲーム内の産物であったダンジョンが現実に現れたこと。ゲームと同じように地下迷宮に転送され、ゲームと同じモンスターが徘徊していること。ゲームと同じように経験値が得られて、レベルアップし、スキルを得ること。そして、ゲームと同じようにシステムウィンドウが存在すること。

 これまで極力考えないようにしていたものの、この状況はかなりおかしい(・・・・)。普通なら頭の異常を疑って、二度寝するか、病院に駆け込むだろう。


 だが、今の今まで、おっさんは比較的抵抗なくそれを受け止めていた。それは何故か。それは、この仕組みが『ゲームと同じだったから』に他ならない。


「どうなっちまったんだ、現実……」


 おかしくなってしまった世界。きっと、同じように考えているのはおっさんだけではない。


 おっさんはしばらくそのまま考え込んだ後……気を取り直して立ち上がった。この世界がおかしくなってしまったことは確かだが、今は戦わなければ前に進めないことも確か。ゲームと同じであれば、地下迷宮1層から更に進めば、地上に出られるはずだ。

 軽く自分の頬を叩き、おっさんは槍を杖代わりにして立ち上がった。ウィンドウを閉じ、おっさんは再び迷宮へと足を踏み入れた。




 それから更に、あまり正しくはないおっさんの体内時計で1時間ほどが経過した頃だろうか。おっさんの視界に、あまり目撃したくはなかったものが飛び込んできた。


「……うっ」


 それは死体だった。何の、と問われれば、一つしかない。ダンジョンから生まれたモンスターは、例外なくダンジョンに還る。つまり、ダンジョン内で死体が死体として残るのは、ダンジョンの外からやってきたものたち……つまり、プレイヤーだけだ。


「……ぉぇっ……」


 思わず込み上げてきた吐き気が我慢できず、おっさんは顔を逸らしてその場に吐瀉物をぶちまけた。昨日食べた鯖の残骸が辺りにぶちまけられる。


 できれば、ここもゲームと同じであってほしいと願っていたこと。それは……ダンジョン内での死亡及び、復活機能。ダンプリではダンジョン内でプレイヤーが死亡した場合、デスペナルティという罰を受けて設定された安全地帯で復活することができる。このダンジョンがゲームと同じ設定を用いているのであれば、そこも再現してほしいとおっさんは願っていたのだが……どうも、そうはいかないらしい。


 おっさんの目の前に転がっていたのは、小太りの中年男の死体だった。後頭部は大きく凹み、全身に打撲の痕がある。恐らく、ゴブリンの幼体に囲まれたのだろう。生々しく悪臭を放つ死体に、おっさんは顔をしかめずにはいられなかった。


「くそっ……そこはゲームと違うのかよ……」


 外からやってきた人間の死体は還らず、残り続ける。そのうち、徘徊してきたスライムによって溶かされて消えるだろうが、しばらくはこのままだろう。

 かといって、埋葬している時間も、火葬してやるだけの準備もない。弔ってやりたい気持ちはあったが、その間にモンスターに襲われない保証もない。


「……すまない。せめて、安らかに眠れるように祈るよ」


 おっさんは両手を合わせ、名前も知らない死者に黙祷を捧げると、重い足取りでその場を後にした。




 ゲームと同じダンジョンに、ゲームと同じシステム。だが、死者は蘇らない。ゲームとは違って、命は一つだけ。そのことを胸に強く刻み、おっさんは再び、地下9層への階段を求めて徘徊を始めた。

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