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十五話

「凉香、爆撃(フレアボム)は使うなよ!」

「分かってるわよ!」


 戦闘が始まるとすぐに、凉香に指示を出す賢人。キングラビリスウルフ戦で主に使用していたフレアボムは『火系統』に分類される魔法なので、大森林エリアでは周囲の木々に燃え移る危険性がある。原則使用禁止だ


 正面から迫るフォレストウルフを剣で受け止め、弾き返す賢人。魔法の準備時間が終わった凉香は、杖を前面に向ける。


「ウィンドエッジ!」


 直後、刃のように圧縮された風の刃がフォレストウルフを襲う。ウルフはそれをすんでのところで避けたものの、回避直後で身動きが取れないところを賢人に斬りつけられる。


「ちッ、浅いか……!」


 フォレストウルフの回避能力の高さからか、賢人の剣は致命傷を与えるには至らなかった。ウルフが一度下がり、体勢を整え直す。

 次の瞬間、周囲の木々がざわついたかと思うと、後方にいた凉香と苺を狙って、挟み込むような形で何かが飛び出した。間違いなく、正面の個体と群れを成しているウルフだった。


 それを予見していたおっさんはすぐさま振り返り、一方には短剣を投げつけ、もう一方には槍を突き刺した。短剣は避けられてしまったものの、そのまま受ければ致命傷だと判断したウルフは奇襲を中断した。一方、槍で突き刺した方のウルフは、腹部を貫かれて鮮血を流している。


 鮮血を流すウルフがもがき、槍が抜けると、2匹はおっさんたちを挟んで正面のウルフとは反対側……後方に陣取った。奇襲が通用しない相手と見たのか、今度は挟み撃ちで攻めてくるようだ。


「お、おお……2人で1層まで来てただけあって、強いな……」

「槍の扱いにも慣れたもんだよ。正面の1匹は任せた。苺は賢人の補助を頼む。凉香はこっちを手伝ってくれると助かるよ」

「はい!」

「もち、任せて」


 数が多い後方を担当するおっさんには、攻撃手段を増やす凉香を。正面のウルフも手負いだ。賢人と苺ならば問題ないと判断してのことだった。


 おっさんが前へ出ると、手負いではない方のウルフが飛びかかってくる。それも、ジグザグと地面を蹴りながら、槍で狙いを定められないように。


(厄介な動きだ……けど、ボス戦で次のスキルを覚えられて良かった)


 槍を下段に構えるおっさん。その槍の先端が、緑色の光を放つ。

 槍術スキル、二つ目のウェポンスキル。おっさんは下段に構えた槍を、複雑な横移動を繰り返すウルフに対して、横薙ぎに振るった。


「ワイドスラストッ!」


 突きではなく、薙ぎ払い。おっさんの槍から放たれる緑の光が、残像のように宙を薙いだ。その線上にいたウルフは、ちょうど、胴体の辺りを横一文字に切り裂かれた。


 その一撃に限定して攻撃範囲を増大させ、目の前の空間を横薙ぎにするスキル、ワイドスラスト。ボス戦でレベルが上がったことで取得したスキルだ。レイジスラストと比べると威力はかなり低いが、その代わり攻撃範囲に優れている。フォレストウルフのように動きが素早い敵に対しても命中させやすいのが特徴だ。


 胴体に一撃を食らったウルフは、しかしまだ絶命していなかった。そんなウルフを助けるように、後方にいたもう1匹のウルフも果敢に攻めてくる。

 ワイドスラストはクールタイム中。レイジスラストは使えるが、あれは威力が高いだけの直線での突きのため、隙がない敵には使えない。


「ウィンドエッジッ!」


 そんなウルフの前面に、風の刃が現れる。当然、ウルフは攻撃を中断し、それを避けようと後退したが……その時既に、おっさんは空中にいた。ウルフが後退するであろう位置の上空に。


「レイジ、スラスト!」


 いつものように空中を蹴るための足場はない。しかし、槍自体が届く距離ではあった。隠し効果の条件も満たし、ダメージが上がった赤い槍は、フォレストウルフの胴体を貫き大きな風穴を空けた。


 おっさんが着地し、振り返ると、先ほどおっさんが投げた短剣を拾った凉香が、もう1匹のウルフにトドメを刺していた。その奥では、親指を立てた賢人たちの姿。どうやら、無事に終わったようだった。



 こうして、おっさんたちのパーティ結成後初の戦闘は、呆気なく幕を下ろした。ドロップ品を回収し、おっさんたちは先を急ぐ。




 そうしてしばらく進み、周囲が暗くなる前に『キャンプエリア』と呼ばれる場所に到達したおっさんたちは、各々役割を分担して野営の準備を始めた。キャンプエリアというのはプレイヤーたちが勝手に付けた名称であり、『周囲に雑草等がなく焚き火を起こすのに最適な場所』のことを指す。ゲーム時代と同じで、大森林内の各地に点在しているようだ。


 ドロップ品のフォレストウルフの肉を焼き、適当に摘んだキノコや野草を食べて腹を膨らませた4人は、翌日に備えて早々に眠りに就く。まず初めに寝ずの番の役を担ったのはおっさんだった。


 火の番をしながら、周囲のモンスターに警戒するおっさん。幸い、大森林エリアに主に出現する、所謂『獣型モンスター』は総じて火を恐れる傾向にある。焚き火を絶やさなければ問題はない。


 そしてしばらく寝ずの番を続けていると、ごそごそと、3人が眠る寝袋から物音が聞こえた。起き上がってきたのは、次の番をする苺だった。


「あれ、もう交代か?」

「ええ……体内時計なので、多分、ですけど」

「スマホも時計も、この中じゃ金属の塊になっちまうもんなぁ」


 眠そうに目を擦りながら、苺は大きなあくびをした。ダンジョンの中では画面すらつかないスマホと、秒針すら動かない時計。どうやらこのダンジョンの主は、機械類や文明の利器といったものがお気に召さないようだ。


 おっさんもおっさんで、腕を伸ばして大きなあくびをする。美少女らしからぬ様相に、苺は口元を押さえた笑みを浮かべた。

 そして、少し遠慮がちに、こう問いかけた。


「ねえ、マコトちゃん……少し、お話ししませんか?」

「話?」


 聞き返すおっさんに、苺は頷く。


「私は他の2人よりも、マコトちゃんとの交流が少ないから……どうでしょう?」


 確かに、とおっさんは心の中で頷いた。リキチの見舞いでしょっちゅう病院に来ていた賢人とはよく顔を合わせていたし、凉香はあの明るい性格のおかげで会話が弾みやすい。しかし、苺とはあまり親しくなれていなかった気がする。

 眠気はあるものの、問題さえ起きなければ、朝まで睡眠が途切れることはない。おっさんは首を縦に振って、了承した。


「……そうだな。良い機会だし、付き合うよ」



 デザート代わりにと取っておいた赤い木の実を肴に、2人はあれやこれやと会話に花を咲かせた。凉香ほどの積極性はないものの、苺は苺で、話し出すと止まらないタイプだった。


「マコトちゃんは、どれくらいダンプリをプレイしてたんですか?」


 そんな会話の流れで、ふと、苺はそんな質問をした。おっさんは空を眺めながら、何の気無しに答える。


「一応、サービス開始直後からだよ。友達に勧められて、強引にね。苺は?」

「私は3年前からです。凉香に誘われて」

「そっか。そういう理由で始める人、多いんだな」


 賢人や凉香はともかく、苺はあまりこういったゲームをするような性格には見えない、というのがおっさんの正直な感想だ。おっさんのように、知り合いに頼まれて始めたら、思った以上にのめり込んでしまった……というパターンだろう。


「ええ。賢人くんは初期からずっとプレイしてたみたいで。アライズ、って名前でプレイしてたんですよ」


 そんな苺の告白に、おっさんは思わず目を丸くした。


「ア、アライズ!? アライズっていえば、掲示板じゃ割と有名なプレイヤーじゃないか。道理で強いわけだ……」


 有志のプレイヤーが立てたネット掲示板、『ダンスレ』。その中の『プレイヤー関連スレ』に度々名前が上がることもあった、アライズというプレイヤー。初期の頃は攻略最前線にもいた高火力アタッカーで、ゲーム中盤以降は最前線を退いてPvP——プレイヤー同士の決闘コンテンツに力を入れ始めたとか。

 おっさん自身面識があったわけではないが、暇潰しにスレを見ていたおっさんは、ちょこちょこその名前を見る機会があった。まさかそのアライズが、賢人だったとは。キングラビリスウルフ戦での戦闘力の高さといい……そもそも、あの状況で地下迷宮を踏破する実力といい、これで納得がいった。


「マコトちゃんはなんていう名前で?」

「ああ、俺はモ……」


 何も考えず、普通にプレイヤー名を答えようとするおっさん。しかし、直前で思い留まった。


「モ?」


 下手に名前を言いかけたせいで、苺が首を傾げる。


 おっさんは苺たちと面識があるわけではない。だが、オンラインゲームであった以上、どこかで名前を覚えられていてもおかしくはない。ダンプリは他のプレイヤーと同じ名前は付けられないから、仮に『モコ』という名前と好青年時代のアバターを苺が覚えていた場合、面倒なことになる。


「……モコ助3号って名前でプレイしてたよ」

「へえ、可愛い名前ですね」


 他のプレイヤーが付けていなさそうな名前を適当にでっちあげ答えるおっさん。可愛い名前だという返事が返ってきたが、果たしてこの名前が可愛いのかどうか、おっさんでは判断しかねる。


 何とか窮地を乗り越えたおっさん。その隣で、苺は赤い木の実を口に放り込み、飲み込むと、再び口を開いた。


「ねえ、マコトちゃん。最後に一つ、聞いていいですか?」

「なんだ?」


 夜も深まってきたから、質問はこれで最後。苺の言葉を、おっさんはそう捉えた。


 そして、おっさんが苺の方を向くと……彼女は何やら、真剣な面持ちでおっさんのことを見つめていた。








「マコトちゃん。あなたは一体……何者なんですか?」



 何か、確信を持っているかのような瞳。突然の質問に、おっさんは、冷や汗を一粒、額から垂らした。

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