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十一話

 走馬灯というのはこういうものを指すのだろう。目を閉じ、暗闇となった世界に駆け巡る記憶を見て、おっさんはそう思った。その時は刻一刻と迫っている。あの距離では、もう避けられない。


 死は必然。想定外のボスだったのだから、倒してからも想定外なことが起きるだろうと、頭の片隅にでも考えておくべきだった。そんな後悔も、今となってはもう遅いだろう。


 今か今かと、おっさんはその時を待った。しかし、それは、いつまで経っても訪れなかった。

 人は、死の間際に時間が遅くなったように感じるという。それにしたって遅すぎる。


 そんなことを考えていると、おっさんの顔面に、何やら温かい液体がぶち撒けられる。妙な臭いがする。それはまるで、血のような臭いだった。

 とうとう貫かれたのか。だが、痛みがない。不思議だ。そんなはずはないと、おっさんはゆっくりと目を開ける。
















「——おう、大丈夫か、マコト」



 そんなおっさんの頭を、胸元を貫かれた剛が、優しく撫でた。優しく……ではない。力がこもっていないだけだった。


「つ、剛……?」

「悪いなぁ。綺麗な顔が汚れちまった……」


 剛はそっと、おっさんの頬を拭う。そして、そんなおっさんの胸を貫いていたオーラは、突如として消え去った。

 胸元に拳大の穴を開けた剛は、力無く膝から崩れ落ちる。おっさんはそれを何とか受け止めると、体重を支えきれずに尻餅をついた。


 見れば、おっさんと同じように狙われていた賢人は、ボスの息の根を止めるために、怒りを露わにしながら剣を振るっていた。代わりに、先ほどまで賢人がいた場所には、剛と同じく体に風穴を開けたリキチの体が転がっていた。


「なんで……あんた、何してんだッ……!」


 血反吐を吐く剛。胸元に開いた風穴は、ぎりぎりのところで心臓をかわしているのかもしれないが……素人目から見ても、致命傷だった。


 おっさんに詰められた剛は、いつもの豪快な笑み……を、浮かべた。どこか弱々しく見えるのは、きっと、おっさんの気のせいではない。


「何って……命の恩人に向かってそりゃあねえだろうよ……」

「娘がいるんだろ!? 生きて帰るんだろッ!? 何で俺を助けたんだッ……!」


 おっさんは死を覚悟していた。恐怖はあった。しかし、この地下迷宮のボス攻略では、16人いたうちの9人が命を落としている。次は自分の番が来たのだと、半ば、諦めのような気持ちを抱いていた。


 それに、おっさんには恋人もいなければ愛する妻もいない。守るべき家族もいない。こんな体となってしまっては、尽くすべき会社にも顔を出せない。そんなおっさんの命よりも、妻や娘がいる剛の命の方が、きっと、価値がある。


 大粒の涙を流しながら叱責するおっさんに、剛は優しく微笑みかけた。



「そりゃあ、お前……娘と同じような歳の女の子を、見殺しにできるかよ……」



 当たり前かのように、そう言い放つ剛。その言葉に、おっさんは地面を強く殴りつけた。


「何で……何でッ……!!」


 おっさんの拳に血が滲む。しかし、痛みはなかった。

 それからすぐに、剛は再び血反吐を吐いた。弱々しく手を伸ばし、血の滲むおっさんの手を握る。


「マコト……」

「何だ、どうした、剛ッ……」


 消え入りそうな声で、おっさんの名前を呼ぶ剛。おっさんは握られた手を強く握り返し、剛の名前を呼んだ。



 そして、剛は最後に、とびきりの笑顔を見せた。




「お前は……死ぬなよ……」




 頬は引き攣っているし、口角もそれほど上がっていない。けれど、おっさんにはそれが『いつもの豪快な笑顔』に見えた。

 そして、その笑顔を最後に、剛の顔から表情が消える。握られていた手はするりと解け、血溜まりの中に落ちた。



「剛……おい、剛ッ!?」



 必死に剛の名前を呼ぶおっさん。しかし、そんな言葉は届かず、剛の体はぴくりとも動かなかった。


「ふざけるなよッ……俺はまだ、あんたに何も伝えてないんだぞッ!!」


 自分の境遇のことも、何も。今のおっさんの姿が偽りで、中身がただのおっさんだと知っていれば、剛は助けるために動くこともなく、生きていたかもしれないのに。


 何度呼びかけても、やはり変わらない。剛の体はどんどん冷たく、肌からは生気が失われていった。





——そしてとうとう、剛は息を引き取った。広間には、大声で泣き叫ぶおっさんの声と、後悔の混じる賢人の泣き声だけが響き渡っていた。











































「——まだですッ!!」



 そんな彼らの体を、優しい光が包み込んだ。光は剛とリキチの体に纏わりつくと、胸元に開いた風穴を塞いでいく。



「2人とも! 早く心臓マッサージ!! 今ならまだ蘇生できるはずッ!」

「そうです! まだ、間に合いますッ……この先は地上です! すぐに救急車を呼べば、まだ助かりますッ!!」



 限界を超えて魔法を発動したのか、モチモチに支えられながらでしか動くことのできない苺大福。しかしながら、そんな彼女の魔法のおかげで、おっさんたちの心の中には微かな光が差し込んだ。


 2人はすぐさま心臓マッサージを始めた。心肺停止してからの時間が短かったからか、剛はやがて、弱々しく呼吸を始める。それは、リキチも同じだった。


「賢人ッ! あんたは剛さんを運んで! リキチは小さいからマコトちゃんが!」


 モチモチは、過度な魔法の発動で気を失ってしまった苺大福を背負っている。彼女の言う通りに、おっさんはリキチを、賢人は剛を背負った。



「大丈夫……他の人たちは助けられなかったけど、剛さんとリキチは……2人だけは絶対に助けよう」

「ああ……ああッ!」


 励ますようなモチモチの言葉に、おっさんは涙を流しながら頷いた。


 そして、そんな彼らに言葉をかけるものがもう1人。


「あ、あの……僕、ここに残ります。誰かがここで、ボスの湧きを制御しないといけないですし……」


 それは、生き残っていた支援職の男だった。比較的負傷が軽度の彼ならば適任だ。おっさんと賢人は顔を見合わせ、首を縦に振る。


「頼む。ここに来た人たちには事情を説明して、限界が来たら交代してくれ」

「分かりました!」


 男の力強い返事に安心し3人は、地上への階段に向け、足を進める。長い長い階段を、一歩、また一歩と登っていくと、遥か彼方に光が見えた。



「……地上だ」



 賢人が、そう呟いた。おっさんたちは速度を上げ、自分たちの怪我や疲れなどには目もくれず、階段を登り続けた。





——そして。



「だ……誰か出てきたぞッ!」



 数日ぶりに浴びる太陽の光と、新鮮な空気。封鎖されていたダンジョンから現れたおっさんたちに、周囲にいた野次馬はざわついた。


 先頭にいた賢人は、そんな野次馬たちを黙らせるように、大声で叫ぶ。


「誰か、頼む! 救急車を呼んでくれ! 重傷者がいるんだ!」


 そんな彼の言葉に、周囲のものはその異常性に気がついたのだろう。3人はそれぞれ、意識のないものを背負ってここまで来ている。

 ざわつく野次馬たち。そしてその列をかき分けて、見慣れた格好の救急隊員たちが現れた。まだ誰も通報していないというのに、あまりにも早すぎる速度で。


「あ、あんたたちは……」

「代わる代わる待機しておいて良かった。きっと、重傷者が現れると思っていたんです」


 先頭にいた若い男が、力強い目で言った。3人はその瞬間に確信した。きっと、彼もまたダンプリプレイヤーで、迷宮に転送されてしまった人たちのために、ずっと待機してくれていたのだと。


 込み上げる想いを胸に留め、剛とリキチ。それから、魔法の過剰使用で気を失っている苺大福を救急隊員に預ける3人。



「頼む、どうか皆を……」

「はい。必ず助けます」



 迷いの一つもない返事に、3人は涙を流しながら頷くことしかできなかった。

 即座に救急車に載せられ、運ばれていく3人を見送りながら、残されたおっさんたちはその場に座り込んだ。ボスとの戦闘で受けた傷は残ったまま。疲労も限界状態。そんな状態でも、何とか生き残ることができた。


 やるせない気持ちを胸に残したまま、おっさんたちも怪我の治療を受けることとなった。





 こうして、地下迷宮1層のボス、キングラビリスウルフ討伐は、多数の死者を出しながらも成功。地下迷宮に残された人々は続々と地上への帰還を果たし、ダンジョン出現からおよそ1ヶ月後……奇しくも、転送された100人のうち、ゲーム内と同じ50人が生還して、この騒動は幕を下ろした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 緊張感のある表現が多く引き込まれます。 久々に期待できる作品です。 [気になる点] なぜ、おっさんがTSしたのか本当の原因が気になります。 [一言] 続きが気になる作品です。
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