九話
——地下迷宮の主、オオカミたちの王、キングラビリスウルフ。その攻略法は、さほど複雑なものではない。
「薙ぎ払いだ! 退避ッ!」
ボスが右の前足に力を溜めるようなモーションを見せたかと思うと、次の瞬間、残像を残しながら前方広範囲が薙ぎ払われる。ゲーム時代でもほぼ即死技として有名だった広範囲の薙ぎ払い。成体のラビリスウルフも使う技だが、威力と範囲が段違いだ。
風圧と瓦礫で、前衛が一時的に崩れる。が、それも見越して溜めモーション直後から準備を始めていた支援職が、回復の魔法や支援の魔法を発動する。
全員が元プレイヤーだからこそとれる連携。同じように、一時的に戦線が崩れることはあっても、レイドパーティの面々は順調にダメージを与え続けていた。
「順調だね、苺」
「うん。でも……なんだか、嫌な予感がする」
後方から攻撃魔法を発動するモチモチと、回復魔法で救援をする苺大福。後方から戦況が見通せる彼女たちから見ても、攻略は順調に進んでいる。『攻略法を知っているゲームのボスを討伐する』……今の戦況は、まさしくそんなところだ。
一方、前衛寄りの中衛アタッカーであるおっさんは、ボスからあまりヘイトを稼ぎすぎない程度に、前衛の隙間を縫って攻撃を続けていた。キングラビリスウルフの攻撃は図体の割には素早く、一撃一撃が即死級の技ではあるが、パターン的に言えば幼体・成体のラビリスウルフとそれほど変わりはない。それ故、ゲーム時代ではボス攻略の前座として、成体ラビリスウルフの攻撃をただ避け続けて、攻撃パターンを体に染み込ませる、などといった攻略法が確立されていた。
また、ラビリスウルフなどが属するウルフ種は、これから長期に亘ってダンジョンに出現する。必然的に、ゲームを長期間プレイしていたプレイヤーなら、ウルフ種相手にそこまで手こずらない。
(だが……なんだ、この嫌な感覚は)
ボスの攻撃を盾持ちのタンクたちが受け、アタッカーがダメージを与える。広範囲の攻撃でダメージを覚悟しなければならないものは、予備動作の時点で支援職が援護の準備。おっさんが思っていたよりも、攻略は順調だ。
しかし、おっさんは感じ取っていた。妙な違和感を。それが何なのかは説明できないが、このまま戦って本当に大丈夫なのか、という不安ばかりが胸に募っていた。
そんなおっさんの不安を他所に、前衛アタッカーたちはボスの体力を着実に削り取っている。
「パワースラッシュッ!」
「もう一丁ッ!」
メインアタッカーである賢人と剛が、ウェポンスキルでボスを両側から斬りつける。通常よりも強力な一撃を放つパワースラッシュは、クールタイム——再使用時間の短さやスキル後の硬直時間、習得難易度の低さなどから、序盤では最強格とされるウェポンスキルだ。2人はそんなスキルを、クールタイムが終わるたび即座に発動し、尚且つ防御役のタンクからボスのヘイトを奪いすぎないよう、ダメージ管理までしている。
おっさんの目から見ても、アタッカーとしては一流。相当な時間ダンプリをやり込んでいなければできない動きだ。
そんな彼らに遅れを取らないよう、おっさんも果敢に攻撃を仕掛ける。ダメージ倍率だけなら、この時期に取得できるウェポンスキルの中でも上位に君臨するレイジスラスト。赤く輝く槍で、前衛の隙間からボスを貫いていた。
だが、少々動きに乱れがあったのだろう。おっさんが一度後退すると、同じようにリキチも後退してきた。
「マコト、どうしたの。動きが乱れてる」
「いや……なんか、妙だと思ってな」
「妙?」
主に中衛アタッカーが使用する短弓でボスを狙いながら、おっさんの言葉に耳を傾けるリキチ。
「ああ。なんかこう、上手く言葉にはできないんだが……」
「そうかな。順調に見えるけど」
「それは、そうなんだが……」
説明できないもどかしさに顔を顰めるおっさん。そんな中でも戦闘は続き、ボスが再び広範囲薙ぎ払いの溜めモーションに入る。
「薙ぎ払い、来るぞッ!」
今度は剛の一声で、皆が一斉にボスから距離を取る。元から少し離れた位置にいたおっさんは、冷静に、ボスの薙ぎ払いを観察していた。
そして、言語化できなかった妙な違和感に、形を得た。
「……速くなってる?」
「え?」
隣で回避行動をとっていたリキチは、小声で放たれたおっさんの言葉が拾えなかったのだろう。聞き返すリキチには目もくれず、おっさんは脳内で思考を張り巡らせていた。
(今の薙ぎ払い、ゲーム内のキングラビリスウルフよりもほんの少し速かった……でも、戦闘が始まった直後の薙ぎ払いは、間違いなくゲーム内と同じ速度だった。戦闘時間が長くなるにつれてこのボスが速くなるなんて仕様は、ゲームにはない)
ダンプリ時代に酷く苦戦させられたおっさんだからこそ気づいたこと。戦闘開始直後と現在のボスとでは、現在のボスの方がやや全体的な速度が上がっている。必死に戦闘をしていれば気づかないようなレベルで、だが。
薙ぎ払いが終わり、再び前線が押し上げられ、アタッカーたちが少し攻撃を加えると、ボスはまたもや溜めモーションに入る。薙ぎ払いとは違い、頭を少し下げるような動作。
(ゲームにはない速度上昇の効果……つまり、これは……!)
「皆、退がれッッ!!」
おっさんはすぐさま怒声を放つ。その異常な事態に一瞬だけ戸惑ったパーティの面々は、けれど、異常な事態故にキングラビリスウルフから大きく距離を離した。
——次の瞬間、頭が割れそうなほどの轟音が鳴り響く。キングラビリスウルフの頭を少し下げるような動作……それは、HPが残り三割を下回った時に放たれる、広範囲に『スタン』の状態異常を付与する『咆哮』の予備動作だ。
おっさんは悟っていた。ゲーム内にはない謎の速度上昇効果。たとえほんの少しの効果だとしても、間違いはない。それはまさしく、レイドパーティの皆が恐れていた、『ボスのパターン外の行動』なのだと。
故に、おっさんは怒声を放った。少しでも距離を取って、このことを皆に伝えるために。確実な作戦を練り直すために。
しかし、そんなおっさんの考えを嘲笑うかのように、それは起こってしまった。
「な、なんだ、ありゃぁ……」
「ボスが……赤く光ってる?」
誰が、そう呟いたのだろう。
キングラビリスウルフには、HPが残り三割を下回ったタイミングで、咆哮と共に『パターン変化』が設定されている。薄く輝いていた銀色の毛並みがさらに強く輝き始め、新たな攻撃パターンが追加されるのだ。
だが、おっさんたちの眼前にいるボスはどうだろうか。毛並みは瞳と同じような赤に染まり、目を逸らしたくなるようなドス黒いオーラに包まれている。
この瞬間、全員が理解した。最も危惧していた不測の事態が発生したのだと。
「そ、総員、警戒ッ! ボスとの距離を維持しろ!」
作戦を練り直すため、賢人はそう号令をかけた。初めて遭遇するモンスターには、無闇矢鱈に攻撃を仕掛けてはいけない。タンクが攻撃を誘導しつつ、モンスターの行動パターンを把握しなければならない。
支援職は全員にありったけの支援スキルを施し、タンクは盾を構えて守りを固める。中衛であるおっさんたちは、生存の要である支援職が倒されないよう、一時的に全員がディフェンダーとなった。
——刹那、おっさんのすぐそばを、赤い閃光が走った。
「え」
そんな間抜けな声と共に、おっさんと同じ槍使いの男の体がブレ、大きく後方へ吹き飛んだ。ちょうど、一番外周にいる男だった。
それと同時に、ボスの姿も消えていた。恐る恐る振り返ると、そこには、ボスに食われたのであろう上半身のない肉体と、荒い息を吐くキングラビリスウルフの姿があった。
「う、嘘、だろ……!」
突然のことに戦慄するレイドメンバーたち。キングラビリスウルフは、舌舐めずりをしながら、再び轟音を響かせた。




