04 黒うさぎ
「おーい。ギャビン? おかしいな……居ないのか?」
ギャビンを探して彼の部屋の中をうろうろしている様子のジョルジュの能天気な声が聞こえて、私はもう涙が出そうになった。
なんなの。ジョルジュ! 呼び掛けても応えないってことは、もう良いでしょう。
もう良いから、早くどこかに行ってよー!!
事情のある私とは違いジョルジュから隠れる必要なんて何もないはずの部屋の主ギャビンは、私のお願いしたことを忠実に守り、息を殺して動かなかった。
騎士ジョルジュは荒っぽい性格からわかる通り、大きな足音がわかりやすいから居ないと思っていたのに、部屋の中に居てビックリしてバッタリなんてことはなさそう。
箱に閉じ込められている私は、早く時間よ過ぎ去れーと強く念じるほかない。
「え……ねえ。レイラ。もしかして、ジョルジュもクロエ嬢から、レイラへと心変わりしたのかな?」
小声でギャビンが言い出した推理は、完全に的を射ていた。
そうなんですよ……貴方もジョルジュも、ここに居ないハイドも……クロエから好感度を移されただけで、私のことを好きっていう訳ではないんです!
「なっ……ギャビン殿下。何を言い出すんですか?」
そういえば、部屋の前の廊下でジョルジュが大きな声で話していた内容は、同じように部屋の中に居た彼だってわかっているだろう。
「いや……すまない。僕もそうだったから、もしかしたらジョルジュもと思ってしまっただけだ。しかし、昨夜の卒業パーティでは大騒動だったし、団長がクロエを身を挺して庇った時には、感動したよ」
それは、確かにそうでしょう!
あれは、ヒロインが攻略ルートに入っているヒーローの見せ場なので、クロエの推しが貴方だったら、ギャビンの役目だったんですよー!
なんて、そんなことを軽率に口に出す訳にもいかない。私は言いたくても言えないといううずうずした気持ちを抑えて、なかなか諦めないジョルジュが部屋の中から去っていくのを待っていた。
「ねえ……レイラ。君が何故、僕の気持ちが嘘だと思うのか、手短に説明は出来る?」
こっ……こんな状態で、込み入った説明は無理かもしれない。私が身じろぎするたびに、ギャビンが動きたいのを我慢しているのを感じる。
「待ってください。トリスタンと、会ってからでないと……」
「トリスタン……? まさか、君が今付き合っている恋人の名前か?」
若干険のある声音になったギャビンに、私はふるふると首を振った。
「まさか! 性別は雄かもしれませんが、黒うさぎのトリスタンです。とにかく、彼に会ってからでないと、説明出来ません!」
「黒うさぎ……? ああ……僕の宮にある薔薇園には、黒うさぎが住みついているという話があるね」
ギャビンだって『秘密の花園』があるここに住んでいるのだから、黒うさぎのトリスタンの話は聞いたことがあるようだった。
「ええ。その黒うさぎです。とにかく、その彼に会うまでは少し待って欲しいです」
「そうか……君がそう言うのなら、僕も少し我慢することにする。だが……僕は幼い頃から、婚約者の……君だけが好きだったんだ。それだけは、絶対に誤解しないで欲しい」
それって、私ではなくてクロエへの感情なんだけど、それを指摘する訳にはいかない。とにかく、早くトリスタンを捕まえないと。
「わかっています……」
「本当に、僕の言っていることをわかってくれてる?」
ギャビンは私が違う意味で頷いたことを悟ったのか、切なそうな声でそう言った。
◇◆◇
やっと箱の中から出た私は、両腕を上げて窮屈な姿勢で固定されていた背筋を伸ばした。
ジョルジュは本当に長い間、第二王子ギャビンを探し回ってうろうろしていた。けど、待っている時間って感覚が狂って長く感じるし、私もそうだったのかもしれない。
それに、後ろから抱き抱えられていたギャビンに無性にドキドキしていたので、脳内物質が過剰に出ていたというのももう仕方ない。
私だってギャビンが初期の共通ルートで婚約解消を言い出した時には、切ない思いを感じたものだった。
第二王子で正ヒーローギャビンは前世のお気に入りキャラで、彼の婚約者で婚約破棄される悪役令嬢役だと知った時は、私も絶望に似た気持ちを味わったもの。
「……それでは、レイラ。君の言う通りにしよう。黒うさぎのトリスタンに会いに行くんだろ?」
その時のギャビンはかなり無理をして笑っているのはわかっていたけど、仕方ない。だって、好きな人から嘘の感情で愛されたって、きっと一生もやもやすることになるんだし。
もし、好感度がなくなったら、彼はどんな態度になるんだろう……? 私は慌てて首を振った。いけない。そんなことを考えてもどうしようもない。
「……いきましょうっ!」
私は早くトリスタンに会おうと、扉に向かって歩き始めた。不意にギャビンが右手を掴んで、真剣な目で私を見た。
「さっきの約束は、絶対だよ。僕にはもう嘘をつかないで。レイラ」
「わかりました。ちゃんと約束は、守ります」
私はそう言って、彼の手をそっと外した。悲しそうな顔をされても、私にはそれをどうしてあげることも出来ない。
黒うさぎのトリスタンが出現する場所、赤薔薇園はギャビンの部屋からすぐ近くにあった。
「……えっと。あ! トリスタン!」
私はあまりの会いたさに、薔薇園にある椅子でくつろいでいた様子のトリスタンに駆け寄った。
ギョッとした様子のトリスタンは、何故か私から逃げ出した!
「なんや! なんで、追いかけてくるんや! 儂何も悪いことしてへんで!」
「待ってよ! トリスタン! 貴方に話したいことがあるの!」
走りながら言った私の言葉を聞いて一瞬立ち止まり振り返ったトリスタンは、もっとギョッとした様子で、さっきよりもっと早い速度で逃げ出した。
え。なんでだろう。私が何気なく振り返ると、ギャビンが後を追ってくるのはわかるとして……さっき、なんとか遭遇するのを回避したジョルジュも!? っていうか、ハイドもその後から追って来ているし!!
ギャビン一人だけならともかく、彼ら三人に捕まったら、もう何の言い訳も聞いてもらえない!!
「ちょっと、待ってよー!! トリスタン!! どうしても貴方に聞いてもらわないといけないの!!」
「なんや!! 何でや!! なんで儂が、悪役令嬢とヒロインに選ばれていない攻略対象者たちに追いかけられるんや!! 儂、あいつらが居る場所とか教えたり、好感度教えるくらいで、何も悪いことしてへんで!!」
トリスタンは捕らえられたら何をされるかわからないとばかりに、恐慌状態になっている。
っていうか、あの三人も私を追いかけて来る!
もう!! これだと、イケメンいっぱいで夢溢れる乙女ゲームじゃなくて……完全に、私への罰ゲームになってるってばー!!
◇◆◇
「ねーねー。オーギュスト様。レイラは、いつ私の嘘に気がつくかなー?」
私は仕事から帰宅したオーギュストを出迎えるために玄関ホールに出向き、彼が脱いだ上着を持った。
「……悪い子だ。そういう小悪魔らしいところも、クロエの魅力だね」
うんうん。そうなんだよねー♡
私みたいな子の魅力は、包容力のある年齢が上のオーギュストが一番わかってくれるの。面倒な貴族に嫁ぐ訳でもないから、妻の私は何もしなくてもお手伝いさんが家事とかもやってくれるもん。
第二王子と結婚して王族の仲間入りなんて、絶対ごめんだよ。ああいうのは、真面目なレイラに向いていると思う!
そして、私がヒロインだった乙女ゲームは既に終わり、サポートキャラの黒うさぎのトリスタンは何も知らない。
サポートキャラ黒うさぎのトリスタンは、ちゃっかりヒロインな私より真面目でドジっ子悪役令嬢レイラの方が気に入っているみたいだった。
まあ、レイラみたいな子は、皆好きだよね。万人受けするっていうか。というか、私が一番好きなんだけど!
ギャビンもジョルジュも、ハイドも。単なる乙女ゲームでの強制力により、私への恋心を高められていただけだった。
だから、ゲームが終わって、乙女ゲームの強制力さえ解けてしまえば、ヒロインの私をいじめる演技をしているのがバレバレで、自分のことを健気に好きそうな令嬢レイラに好感持つのって、すごーく自然な流れなんだよねー。
だから、私の好感度をあの子に移したっていうのって、何もかも真っ赤な嘘なんだけど。
本当に、レイラって前世の頃から人を無闇に信じやすくて、心配になっちゃう。
世の中、性格が良くて可愛い良い子で居たからって、良いことばかりが寄ってくる訳でもない。
だとすると、利用しようとする人間も、それなりに寄ってくるんだよ。
いい加減、人は自分の得を取るためには欲を出す生き物なんだって、学習しないと駄目だと思う。
だから、とっても優しくて良い友達の私が心を鬼にして、レイラに実地で教えてあげてるの。
レイラの元婚約者第二王子ギャビンは乙女ゲーム中から、どうにかして強制力に抗おうとしてた。好感度MAX状態でヒロイン私が近寄っても、顔に浮かぶ嫌そうな表情を隠せなかったんだもの。
間近に居た私以外気が付かなかったと思うけど、レイラに婚約解消を申し入れる時だって、ギャビンは死にそうな顔をしていたし。
私の見立てによると、あれはかなり幼馴染で婚約者だったレイラのことが好きだと思う。
だからさ、私が思うに。
「乙女ゲームの好感度が高いから、私のことを好きなのね」と、完全に勘違いしてるレイラを納得させるくらいに、始終愛を囁けば良いんじゃないかな?
ギャビン。ライバルのジョルジュとハイドも、手強そうだけど……私は一途な貴方を応援してるよ。
頑張ってねぇ♡
Fin
最後まで読んでくださってありがとうございます。
もし良かったら評価を頂けましたら、幸いです。
それでは、また別の作品でもお会いできたら嬉しいです。
待鳥園子