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03 箱の中

 私が慌てて入った部屋の前を大きな足音が通り抜けて、近くで立ち止まった。


「おい! そこのお前!」


「……はい? どうか致しましたか、レイジブル様」


 近くの使用人らしき人が彼の名前を呼んだ声がして、私は身が竦む思いだった。ジュルジュ・レイジブルは、ユーザーから人気も高かったワイルド系騎士様だ。


 彼は出会ったばかりには荒っぽい態度なんだけど、好感度が上がるにつれ対応に糖度が高まると言う、いわゆるギャップ萌えを楽しむ人も多かった。


「ルメッツァーネ公爵令嬢は、見なかったか? 先ほど、裏門から城に入られたと連絡があったのだが……」


「申し訳ありません。私はレイラ様は、本日お見かけしておりません」


 私は彼らの会話を聞きながら、遠くから荒っぽい足音が迫ってくるのを聞いて、身を隠した選択は間違っていなかったとホッと安心した。


 良かった。ジョルジュって好感度が高くなり過ぎると、執着のあまりヤンデレのような行動を取るようになるのよね。


 きっと、私が城へ来れば、知らせるように言っていたに違いない。


 荒っぽい足音は近くから去っていって、私は心から安堵した。


「……レイラ。久しぶりだね」


 扉の向こう側に集中していた私は、背後から聞こえた声に、私は信じられない思いだった。一難去ってまた一難。


「ギャビン……」


 なんでここに居るのと続けて言いかけて、私は言葉を片手で口を覆って止めた。


 ここはギャビンが住んでいる宮で、そこへトリスタンに会う目的でやって来たのは私なんだった。


「ずっと、会いたかった。レイラ。君に謝りたくて。今日の朝、君に急ぎで手紙を送ったんだけど、ここに来たということは読んでくれたの?」


 私を見る切なげな眼差しも、本来であればクロエに向けられるべきものだ。私はもう既に隠しヒーローと結ばれている彼女の代わり。


 そうでしかない役割のはずなのに、胸の辺りがズキンとひどく傷んだ。


 朝、ギャビンが私へ送ったという手紙は、クロエへの気持ちが私にすり替わってしまったからなんだろう。


 きっと、彼は大きな勘違いをしている。私のことなんて本当は好きではないのに、好きになっていると。


「……謝ることなんて、ありません。ギャビン殿下が私に謝る必要なんて、何もないんです。あの、ごめんなさい。ノックもなく入ってきてしまって……どうか、お許しください」


 出来るだけ素っ気なくそう言った私に、ギャビンは整った顔を歪めた。


「どうやら、レイラは僕の手紙を読んで、その話をしにここまで来てくれたと言う訳では……なさそうだね」


 王族への最高の敬意を表す礼をした私を見て、ギャビンは寂しそうに笑った。


「ええ。申し訳ありません。私。実は今急いでいるんです! 話なら、別の機会にしてください」


 さっき廊下で私を探していたらしいジョルジュも、今では姿が見えない遠くに行っているはずだと思い扉を開こうとしたら、ギャビンが駆け寄って手を引いた。


「待ってくれ。レイラ……僕が悪かった。あの時は誰かに操られるようにして、おかしくなっていたんだ。婚約者の君から心変わりをして、何の段階も踏まずに別の女性を傍に置けば君が怒るのは当然だ。僕が、おかしかったんだ。悪かった。どうか、許して欲しい……」


 ついこの前まで、ヒロインクロエを好きだ愛していると恥ずかしげもなく口にしていたギャビンは、どうやら今は婚約解消した私のことを本当に好きになってしまっているらしい。


「……ギャビン殿下……あの、ギャビン。それって、偽物の感情なんです。私の事、あの……好きな訳じゃなくて……それは、違うんです……」


 自他ともに認める器用ではない私は、つい咄嗟に嘘をつくことも出来ずに、何も知らないギャビンを訳もわからず困らせるようなことを言ってしまった。


「嘘の感情? 待ってくれ。レイラ……君は、何を言ってるんだ?」


「その……あの……ギャビン殿下は、私のこと好きではないんです。本当に違うんです」


 思っても見なかったことを、言われたのか。ギャビンはその時、本当に不思議そうなポカンとした顔をしていた。


 それもそうだと思う。私だって彼と同じ立場で、そんなことを言われたらそう思うだろう。


 どう、上手く説明するべきか……ここは乙女ゲームの世界なんだと、中世風の魔法のある世界の住人に説明するのは、とても難しい。


「いいや……待ってくれ。僕も何か良く分からない呪いにかけられていたかのように、自分の意識が自分ではないものに操られているという感覚はあった。レイラ。勘違いしないでくれ。幼いころから婚約して大事にしていた君への想いは、本物なんだ……ちゃんと時間を掛けて順を追って話せば、わかってくれるはずだ」


 本当に、駄目。こんな完璧な容姿を持つ王子様のギャビンに真剣な眼差しで愛を囁かれて……恋に落ちないというのは、とても難しい。


 とてもわかりやすい普通の女の子の例としては、この私。甘い言葉に押されてしまっている。今しも、簡単に彼に落ちてしまいそう。


「待って。ギャビン……それは、だから」


 その時に私が追い詰められていた扉がドンドンと乱暴に叩かれて、胸が大きく跳ねた。


 いけない。何を考えていたんだろう。ギャビンがここで私を好きだと言ってくれている理由は、単に乙女ゲームの強制力が働いているからなのに。


「おい! ギャビン! 居ないのか? もしかして……レイラは訪ねて来ていないのか?」


 それは、もうどこかへ行ってしまっているだろうと思い込んでいた、騎士ジョルジュの声だった。


 私は扉の外に出ることも出来ず、ギャビンの真剣な青い目を見つめるしかない。


 さっき、扉を出てなくて、セ、セーフ? けど、ギャビンには既に見つかってるし……ギャビンとジョルジュは、実はお母様方が姉妹で、従兄弟同士なのだ。


 ここでギャビンと共に居る私がジョルジュに見つかってしまうのは、絶対に得策ではない。好感度が段階を上がるたびに、嫉妬したり執着する様子が描かれるジョルジュは、頭に血が昇りやすい。


「ギャビン? 何で返事もしないんだ? おーい」


 王族と貴族で身分は違えど、ギャビンとジョルジュは気安い関係だ。お母様同士が仲が良いこともあり、王族への多少の無礼は許されている。


 このままだと、焦れたジョルジュは部屋の中に入って来かねない。


 私はどうすべきかと悩んだ挙句に、ジョルジュの声には応えずに黙ったまま私を見ていたギャビンの手を引いて彼の衣装部屋へと入り込んだ。


「……レイラっ? どうしたんだ?」


「しっ! お願いします。私が良いと言うまで、何も言わずにジョルジュに知られないように、黙っててください……事情はまた、後で説明しますから」


 私はギャビンの衣装部屋の中にあった、大きな宝箱のような物入れに目をつけた。まさかこんな箱の中に、王子様と私が入っているなんて誰も思わないはずだ。


 もし、強引なジョルジュが入って来ても、この箱の中を確認したりはしないだろう。


 ギャビンに色々と説明している暇はないし、彼に黙っていて欲しいと頼んで聞いてくれる保証はない。


 一刻も早く乙女ゲームの好感度に振り回されている三人の好感度を元の状態に戻すために、黒うさぎのトリスタンに会わなきゃいけないのに!


「えっ? レイラ?」


 何も言わずに私にされるがままだったギャビンも、自ら狭い箱の中へ入った私に手招きをされて困惑していた。


 よくよく考えなくても、王子様は箱の中に入って隠れたりしないと思う。必要ないし。


 ガチャっと開いた蝶番の音に、私は小声で言った。


「ギャビン。良いから、入ってください!」


「っ……ちょっと待って。レイラっ……」


 私はギャビンが慌てているのも聞かずに、箱の蓋を下ろした。


「これは、どういうことなの? レイラ」


 箱の大きさなどの関係もあり、後ろから私を抱きすくめる体勢になったギャビンは、耳の辺りで囁くように言った。


「お願い。今はジョルジュに見つかると、色々面倒なんです。また、説明しますから……」


 小声で返した私は自分たち二人が、狭い空間の箱の中でとんでもない体勢になってしまっていることに気がついた。


「ごめん……これは、わざとじゃない」


「大丈夫。わかっています。ギャビン殿下は、そんな人ではないですから」


 後ろから抱きすくめるようになっているギャビンの腕は私の体の前に回されていて、狭い箱の大きさの関係上、彼の手は胸の上に手があった。


 これは……完全に不可抗力。ギャビンはだから、さっき私に待って欲しいって言ったんだ……。


「本当に……ごめん。ただの、生理現象だから」


 私は耳元で囁く恥ずかしそうなギャビンが何を言いたいのかを察し、慌てて妙な慰めを口走ってしまった。


「きっ……気にしないでください! よっ……良くありますよ」


 良くは、ないよ!! こんな状況、日常では絶対良くはないよ!!


 ……何言ってんの。本当に馬鹿じゃないの。ううん。その通りなの。


 良くわかってる。にっちもさっちもいかない、良く分からないこんな状況にしてしまった馬鹿はこの私だった。


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