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02 秘密の花園

 何を言っても無駄なクロエに文句を言うことを諦めた私は、久しぶりに自分が燃え尽きてしまった灰になったような気持ちになっていた。


 隣に住んでいた前世のクロエは五人の兄を持つ末っ子で、自分が誰から見ても可愛い容姿と甘え上手な性格を上手く使って、何もかもが思い通り。


 対して私はというと、両親共に忙しく双子の弟と妹が居る長女で、小さな子の面倒見の良さは良く褒められた。


 だから、私にとっては同じ年のクロエに頼られて甘えられるということは、抵抗感のあることではなかった。


 私たち二人は友人として上手くやってはいたけど……周囲の人からたまに困った顔で、クロエとの関係について、心配されて言われたものだ。


 「貴女がそれで良いのなら、もう良いんだけど……」と。


 幼い頃からちゃっかりしていた前世のクロエは、勉強らしい勉強と言えば、苦労して解いた私の宿題を写すだけ。


 放課後は毎日私の家に来ては、私が持っているゲームで遊んだり本を読んだり。自分がもらっているお小遣いは、全て可愛い服に使いたかったらしい。ちゃっかりしてる。


 そんなこんなで、前世の私たちは同じ高校ヘと進学した。


 可愛らしいクロエは秀でた容姿を絶賛されて、入学してすぐに一つ上の学校一の人気を誇る先輩と付き合うことになった。


 先輩とは別れても他校で有名な男の子たちと遊ぶようになったクロエは、唯一の同性の友人である私と会う時間も減り、それまでに彼女の無料の家庭教師として勉強を教えていた私も、自由に時間を使えるようになった。


 そして、前世の私が命を落とすことになった、運命のあの日。


 一人で家に帰る途中に、クロエの兄に「いつも我が儘な妹が迷惑を掛けて、本当に申し訳ない。良かったら、家に美味しいケーキがあるから食べて欲しい」と、呼び止められたのだ。


 遠慮はしたものの、美少女で有名なクロエの五人のお兄さんたちは当たり前のように美男揃い。私は照れ笑いをして、クロエの家でお兄さんがケーキを持って来るのを待っていた。


 背中から腹部に衝撃を感じたのは、その時だ。


 驚いて私が振り向いた時の、見知らぬ女の子の一言が忘れられない。「え! 別人じゃない!」と言って、人違いで私をナイフで刺してしまったらしい彼女は逃げていった。


 違和感のあるお腹を触り、手についた多量の血を見て「これは駄目だ」と自分でも思った。遅れて痛みを感じて、足から崩れ落ち気が遠くなる意識の中で、聞き覚えのある高い悲鳴が聞こえていた。クロエだ。


 そう。とても簡単な推理だ。あの子と私の背格好はよく似ていて、同じ制服を着ている。


 さっき刺して逃げていった彼女は多分私の幼馴染に彼氏を取られたのか、そうだと勘違いしたのか知らないけど、思い詰めて何かで恨んでいた。


 私の前世は、前世の幼馴染だったクロエの代わりに刺されて死んだ。


 クロエに日本語の日記を見られて、私だとわかった時に、あの子は号泣していた。私に会いたかった、ずっとどこかにいるかもしれないと探していたと。


 そして、私が居なくなって心から猛省したから、これからも仲良くして欲しいと泣いて訴えた。


 確かにクロエが原因ではあったけど、私が刺されてしまった前世の事件自体は不可抗力だと思っていたので、それを受け入れた。


「もうっ……完全に、油断してたわ。そうよね。人はそうそうのことでは、変わったりしないもんね」


 私は帰宅していた馬車の中で、はあっと大きくため息をついた。前世から合わせて二十年余り……ああいった性格のクロエを無責任に甘やかしたといったことについては、とても反省はしている。


 クロエは乙女ゲームのヒロインとして隠しヒーローである騎士団長オーギュストと結ばれれば、それでもう良いと思っているのだ。後の面倒なことは、全て私に任せたと言わんばかりに。


 ううん。ここでそんな風に落ち込んでいても、今あるこの状況はどうにもならない。


 とにかく……乙女ゲームのサポートキャラ、黒うさぎのトリスタンを見つけなきゃ。


 自分に向けられた好感度を移すなんて真似、あのトリスタンにしか出来ない。クロエが頼んでそうして貰ったんだから、悪役令嬢の私が頼んだって何かの条件をつけられるかもしれないけど、それは出来るはずだ。


 黒うさぎのトリスタンが乙女ゲームヒロインと初めて出会うのは、王城にある『秘密の花園』と呼ばれる、美しい赤薔薇園。


 今の彼はもう役目を終えて、ヒロインのクロエの傍に居ないとなればと、そこに戻って暮らしていると考えるのが自然だ。


 とにかく、私へ好感度マックスの状態になっている三人のヒーローに会う前に、トリスタンに会って、どうにかして貰えるようにお願いしないと……。


「レイラお嬢様。城へと到着いたしました」


 御者からそう告げられ、私は何気なく馬車の扉を開いて、そして、次の瞬間ピシャリと閉めた。


 何かの用事で呼ばれていたのか、魔塔に所属するクーデレ魔法使いハイドがそこに立っていたからだ。


 彼だって乙女ゲーム攻略対象者の一人なので、もちろん美形かつ社会的成功者。多数の女の子からわかりやすいくらいにモテて、なんなら馬車を待っている様子のさっきも囲まれていた。


 ほんの一瞬だったから、ハイドは私には気がついていないと思いたい。っていうか、トリスタンに会えるまで、一切私の存在を忘れていて欲しい。


 とは言え、今はお忍びでもなんでもないので、この馬車の側面にはルメッツァーネ公爵家の家紋が、デカデカと描かれている。


 もし、彼が好感度MAX状態だとしたら、その対象の私が居るとバレてしまうととっても面倒なことになってしまう。


「……お嬢様?」


「別の門にまわって。ここは、人が多過ぎるわ」


 扉の前で待っている御者は「家のお嬢様は、一体何を言い出したんだ」と思ったはずだ。


 城の車止めには特に多くもなく通常通りの人出だったし、いつもの私だったら、問題なくすんなりと馬車から降りて城の中へと入っていただろう。


「かしこまりました……では、レイラお嬢様。裏門からでよろしいですか?」


 私がいつもと違う様子であることを察した彼は、貴族が通常使う門ではなく、城で働く人たちが使用する裏門を提案した。今は夕方で、開いている門は少ない。彼の提案に頷くべきだ。


「良いわ。出来るだけ、早くしてちょうだい」


 御者もいつになく急いでいる様子を見せる私につられてしまったのか、焦ったようにして馬を急がせた。


 何でこんなところから入るんだと言わんばかりに驚いた顔の使用人たちに対し、にこやかに微笑みながら、私は裏門より城へと入った。


 ヒロインクロエと違って、私は国民からは特に愛されてはいない。


 けれど、第二王子から婚約解消されたとは言え、何か致命的なトラブルなどもない。だから、どう対応して良いかわからずに、扱いづらいと思われているのかもしれない。


「……秘密の花園って、確かギャビン殿下の部屋の近くよね……」


 城の廊下を歩いている時に、嫌なことに気がついてしまった。


 確かに彼は乙女ゲームでのお気に入りではあったけど、婚約解消を申し入れて来た元婚約者に会いたいなんてとても思えない。


 しかも、今彼は他の女性へ向けていた感情を私に向けているという、よく分からない状態になっている。


「けど、もう仕方ない。これはもう……何がなんでも、行くしかないわ」


 覚悟を決めた私は、第二王子が使っている宮へと歩き出した。


 サポートキャラトリスタンと会った後に、乙女ゲーム正ヒーローと出会いやすくするためなのか、ギャビンが住んでいる宮に秘密の花園は存在する。


 そして、彼を使ってゲームプレイヤーは、選択肢を選んで好感度が上がったり下がったりを体験し、ここで簡単なチュートリアルを終わらせるのだ。


 ゲーム的に必要だったから、必然の配置。


 けど、乙女ゲームのエンディングを迎えて、よく分からない状態になっている悪役令嬢の私から見れば、それはどうでも良い。


 誰にも見つからないように、進まなければ。


 秘密の花園へと向かっていた私は、遠くから聞こえる足音になんとなく嫌な予感を感じて、私はとある部屋の中へと姿を隠した。

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