契約の時
「カリンお嬢さま。いつも当孤児院にお力添え頂きありがとうございます。」
「いいえ。皆さまはお元気ですか?」
「はい。おかげさまで。」
「おねえちゃん、いつもありがとう♪」
「これ。ちゃんと敬語で喋りなさい。」
「そうですよ。貴族にはそれなりの対応をしませんと、不敬罪で手討ちになる可能性があります。」
「分かりました。お嬢さま。」
「よろしい。」
「私、魔力量だけは自信あるんです。いつかきっとお嬢さまのお役に立ってみせます。」
「そうなのね。楽しみに待ってるわ。」
そう言いながら、教会のステンドグラスを磨く。
あの後何度も精霊の力を使おうとした。残念ながらなにも進展がなかった。だが一つ分かった事がある。
確かに、精霊の存在を感じるのだ。力を貸してもらえないこのもどかしさ。
鑑定士が魔力0といったが、私は古代魔導書の研究や、他国へ見聞がきく冒険者やギルドへの調査依頼、多岐にわたる情報網を駆使して調べまわった。
私にはいつもお世話になっている友人がいる。まさに帝国総出で探し回ったようなものだ。
それくらい実力のある人たちである。爵位こそ高くないものの、その実力は折り紙つきだった。
ブルーやエメラルドグリーン、レッドに光り輝くガラスたち。私もこういう風に輝きたかった。
もしかして眠っているのかな。そんなわけないか。でも、どんな呪文を試してみても効果がなかったんだ。
大した期待はせずに念じてみる。
起きて下さい。精霊さん。
何をバカなことを考えてしまっているのだろう。私・・・。ステンドグラスに反射した自分の顔が嘲笑していた。
だが、ふと違和感がする。お昼だというのに背筋が寒くなってきた。
背後の私の影が動いたようにみえる。いや。気のせいなのでしょうか?
手のひらが小刻みに震え出した。もしかして。悪霊のような悪い精霊さまなのでしょうか。
私は何をどうすれば。
「精霊さん、急に呼び出してしまい申し訳ありません。少しお話しをしても!?」
失礼のないように動揺を隠し通す。
期待したものの返事は無いようだった。
ひらりと紙切れが飛んできて、頭にかぶさった。
紙にはただ、一文だけ。”ワレノチカラガホシイカ”そう書かれていた。
「力を貸して頂けるのでしょうか。」
下に文字が刻まれていく。ワレしゃべれない。筆談を希望する。
ワレのノウリョクは”念力”。呼吸をするように無制限で使える。
ワレとてもツヨイ。オマエ、ワレと契約した。いいだろう。ノゾミを言え。
来週から、学校生活が始まるのです。時々お願い事をしても良いでしょうか。
なるほど。こころえた。ワレとても気まぐれ。
好意でときどき助けてやらん事もない。
なるほど。けっこうお優しい方みたいで安心しました。改めてよろしくお願いします。
ふむ。良く分かっているではないか。ワレ、お前気に入った。
いいだろう。もう一つだけ、ワレ、高位の精霊だからスキル持っている。鑑定だ。
お前、役割悪役令嬢と出てる。なるほど。このセカイは、乙女ゲームらしい、な。
これは、面白い。ワレ愉快。ろくな死に方しない。大変だなお前。
壁やテーブルに文字が刻まれていく。
だが、私は姿が見えない彼に念を入れて視線を送った。
余計なお世話です。自分の人生の結末なんて自分が決めるんですから!
そうか。ますます興味深い、な。どれ、証拠隠滅だ・・・。
ふわりと空気が揺らいだ。何事もなかったように文字は消えていた。
あまりの出来事に思わず、周囲をキョロキョロしだす。
彼は再び眠りについたようだった。
*****
夜寝る前、朝起きてすぐあいさつを精霊さんにした。それでもなかなかお返事がない。
何かお気に召さなかったのかな?
精霊さ~ん。おーい。
ふあああ。よく寝た。
おはようございます。精霊さん。お寝坊さんですね。
あれ? ワレどのくらい寝てた?
3日ほどですよ。
そんなにか? むむむ。時間の概念がないもんでな。なんかすまんかった。
いいえ。またお話しできて嬉しいです。
なんだ!? お前さては相当なお人好しだな?
そ、そんな事ないですよ!?
「おはようございます。カリンお嬢さま。」
「おはよう。マーサ。」
隣からも話しかけられた。
おはようさん。
おはようございます。精霊さま。なんとお呼びしたらよいのでしょうか。
ワレの名前は・・・。なんだっけ。
でしたら、愛称でお呼びしてもいいかしら?
優しい精霊さんですから・・・。シーレさんとお呼びしたいです。
シーレか。良い名だ。
喜んで頂けたようで嬉しいです。
良い子だな。カリン。
むむむ。子供じゃないです!
あれ。思ったより子供っぽいな。
心の声ですから。
ふむふむ。
ワレそろそろ眠る・・・。お休みカリン。
お休みなさい。シーレさん。
ああ。お休み。
*****
今日はなんとシーレさんとおしゃべりが出来た。いるのにいなかった存在。そんな彼との交流が何より嬉しかった。
彼が言うには高位精霊さまらしい。私も彼に遅れをとらないよう、もっと頑張りたい。
そう思いながら、枕に頭をうずめてみる。楽しさに心躍らせながら。
ローズマリーの香水が鼻をくすぐった。
来週から、忙しくなりそう。でも、一つだけ気になる。私はアクヤクレイジョウらしい。わけがわからないよ。




