窓辺のお客様
冒険回です。
日光が優しく降り注ぐある日のお昼時・・・。
とても可愛らしいおチビちゃんが舞い降りた。
「まあまあ。なんて可愛らしいの!」
「すれーぴーのヒナですね!」
「初めて見ましたわ!」
「私もです!」
一躍クラスの脚光を浴びる。
白い毛並みに真っ青な空の落し物のような澄んだ瞳。
とても可愛らしいヒナだった。
「カリン、とても可愛らしいね。」
「・・・。そうですわね。」
何か間があった気がする。彼女が私に多くを語ってくれないという事にはもう気付いている。
だから、カリンの視線の先をなぞる。彼女が凝視していたものそれは。
羽毛の中に引かれる一つの赤い線。
よっぽど注意深く観察せねば気づかぬであろう。
これはなんだ。もしかするとすれーぴーという癒し系の鳥のヒナではなく、別の生物なのかもしれない。
とにかく、私は彼女が危ないことする気かどうかが気になる。その日は彼女の行動を目で追うようにしていた。
「まあ。ウィリアム様ったら。本当にカリン様のことが気になるのね。」
「ラブラブでうらやましい限りですわ。」
「美男美女の理想のカップルですわ。」
周りからは黄色い視線が降り注がれていた。
だが私には誤解を正す余裕がない。
彼女は授業が終わるとその足で図書室へと向かった。
我が学園には豊富な蔵書がある。教育を第一に国づくりと考えているからだ。
そのたくさんの書物の中から彼女が取り出したのは、歴史書だった。
カリンは歴史が好きなのだなと割り切れないくらいには、彼女のことを理解しているつもりだ。
「カリン、図書室に来るとは珍しい。」
「あら。殿下。気付かず熱中しておりました。すみません。」
「良い。ところで今晩裏庭の方で社交ダンスパーティーがあるのだが、パートナーになってくれないだろうか。」
「すみません。今晩は厳しいです。」
「そうか。いや大丈夫だ。自由参加なのだから。今回は私も参加しない事にしよう。」
「殿下。どうか私にお気遣いなく。」
「フフフ。私も好きにさせてもらうさ。」
穏やかな微笑みがこぼれる。
「忙しそうだな。邪魔をした。では失礼。」
「はい。殿下もまた明日。」
彼女の背中は嫌に緊張していた。
そっと後にする私の姿を4つの目が捉えていた。
当然感の鋭いものたちは他にもいたのだ。だから。彼らも動き出していた。
後3時間ほどでパーティーが始まる。廊下はいつもより期待に満ちた声で賑わっていた。
「なんのドレスを着て行こうかしら!?」
「そうね! あなただったらピンクのレースが似合いそうね!」
「ええ!? 本当かしら?」
「もちろんだわ!」
「おい。パーティーか・・・。」
「おれ。右足剣術の授業で痛めちゃってさ。」
「医務室で軽傷くらいすぐに回復魔法で・・・。」
「おれ。今は魔力循環悪くてさ。最近重症の傷負って回復魔法かけて貰ったばかりだから。」
「なるほどな。」
一人不幸な学生がいたようだが・・・。まあ。その事情なら同情するしかないな。
いつも降りていく階段が長く感じた。足元に落ちていたゴミを拾ってポケットにしまった。
目礼を返し先を急ぐ。
壁の肖像画の柳がざわついたように感じた。
*****
事態は一瞬にして動く。数ある物語では先見の明は賢者の特権のように語られがちだが、私はそうは思わない。
いつだって物事を戦略的に考えられ続けられる人がそこにいるだけだ。
私は考える最悪の事態を。
カリン君が今夜命を落とす事だ。それだけは避けねば。
直ぐに学園近接の騎士団の要請へと向かった。
「実は少しおかしな話になるのだが。」
「これは殿下。このようなよころへいかがしましたか。」
「今晩、何かおかしな話が帝国学園付近の森で出ていないだろうか。」
「これは口止めされていたのですが。殿下になら話しても良いでしょう。」
「実は今晩、ミスグリードの擬態をみたという通報を受けまして。」
「あの伝説の災害級の怪物のことだろうか?」
「恐らくそうでしょう。ですが、あの例の怪物についてはあまりにも情報が少ないのです。それに名前は有名なまでもその事前情報を知り得て、その存在に気づけるのは不可能に近いのですから。何より人の警戒心をとく可愛らしい小動物への擬態がかなり上手いのです。専門家が見てもすぐには判断できかねる。」
しかし彼女の執念深さなら、その情報を事前に押させていてもおかしくはないはずだ。
そんなにも脅威が過去この国に存在していたのだ。その詳細をもおさえている事だろう。
多くの人々を巻き込んだかつての大殺戮。魔法攻撃がただでさえまともにはいらない上に、驚きの俊敏性と凶暴性。
私は思わず身震いした。カリンが森の木の葉の上に血まみれで横たわっている姿を思わず想像してしまった。
彼女の美しい顔が目も当てられなく潰れており、手足が捻じ曲がっている。
それを単独討伐を成し遂げたのがかつての伝説のアサシンなのだから。
ひょっとすると・・・。
「時間をとらせてすまない。では私はここで失礼する。」
「とんでもございません。殿下。おい、送って差し上げろ。」
「ハッ。」
やってくれたではないか。カリン。また君は・・・。口から思わず笑みがこぼれた。
*****
夜、不気味な闇に乗じて森に乗り込む一行がいた。
もちろんその中には私も入っている。
「どうして殿下がいらっしゃるんですか?」
「そういう君こそ。カリン。」
騎士団の鎧の音がひしめく中、場違いな2人がいた。
「私は良いんです。」
「なら私だって構わないだろう。」
伝説級の怪物退治の一行はこの後2時間に渡って草の根をかき分けるような捜索をする羽目になったのだった。
「団長、1時の方角、7時の方角も捜索済みです。近くの洞窟は今捜索中ではございますが。」
「分かった。引き続き頼む。」
「隊長! 向こうの方で負傷者が出ました!」
「増援お願いします!」
「殿下は私の側から離れないで下さいね!」
「わ、分かった。」
これだけの大きな森である。最初は5千人いた騎士団も招集がかかるのは時間がかかる。
左右の木々が揺れ動いている。
右か!? 左かもしれない。喉の奥からヒュウと音が漏れる。
目を血走らせ私はカリンの横を動かなかった。




