序章3 始まりへ
「どうでしたか!」
まばゆいばかりの光が次第に弱まってくると、サーシャは自信に満ち溢れた表情でこちらをみてきた。
「それは、とても、とても、素晴らしかった…と、思います……」
いきなり魔法…?とやらを見せられて、控えめに言っても「混乱している」のに、そんな風にニタニタされていては困る。
そもそも、ここが‟異世界”だということを証明するためのもののはずなのに、いつの間にか、「見てみて~流石、王女サーシャ・ザブレ!ご覧になられているこの光はわたくしが魔法で出しているものでございまぁ~す♡ すっばらしぃ!!」と言わんばかりの顔で見つめているサーシャ自身が目的を忘れているのではないか……?
と、胸の内で突っ込み祭りをしていたが、ついにそれは口を突いて出てくることは無かった。
でも、早く‟ここのこと”を教えてもらわないと、それこそよくないのでは。
というかさっき、「魔物」とか言ってなかったっけ。まっさかあの、翼が生えて、角があるアイツがこの異世界にいるのか…?
「これ、結構便利なのよ~♡」
サーシャが口を開く。
「ほら、暗いところでも安心だし、凄く綺麗だし…」
サーシャの口は今、閉じるということを知らない。ペラペラと夢見るような顔で喋っている。
「すごく取得が難しかったのよ。あとね、」
「サーシャ、さん?」
「あっ、ごめんなさい……。わたくしとしたことが…。」
私が結構マジな顔で軽く睨み付けると、サーシャはすぐに口を閉ざした。
…ちょっと、やり過ぎただろうか。王女様の尊厳を少しばかり、傷つけてしまったかもしれない。
先程までキラキラしていたサーシャが、しょぼんだアサガオみたいになっている。
「魔法、素敵でしたよ! サーシャさんがいて下さると、とても頼もしいですね!」
少し重々しくなってしまった空気を打ち破るように明るく言っては見たものの、わざとらしくなってしまった気がする。
しかし、サーシャはそっぽを向いて、
「本当、ですか。」 と、はにかみ始めた。
「わたくしよりも、もっと魔法を扱える方はたくさんいますけど…。 ごめんなさいね、異世界から来た人なら褒めて下さると思って…。話に戻ります。」
サーシャの顔が凛とした表情に戻った。
今のサーシャの言葉からすると、この世界では‟サーシャレベル”の魔法は、通用しないということになる。
いやぁ、凄い世界に来てしまったなぁ と、我ながら思った。しかも強面の魔物さんも、やばい魔法使いさんもいるときたら、たまったもんじゃない。最強ツートップが揃っているではないか。
「サーシャさん」
「はい」
ごくりと、2人の生唾を飲む音が響いた。
「ではここは、魔女と魔物と人間がべ・つ・べ・つの世界に存在する異世界 ‟幻世” なんですね。」
べつべつをやけに強調してしまった。だって、こっちに魔物が 「やあ、こんにちは。…おや? あなた、人間!? おいしそ~♡」とか言ってきたり、あるいは魔法使いが 「君は強力な魔法の材料になりそうだ。ヒヤーハハハハハ」とか言って殺しにかかってくるかもしれない。怖いっちゃあらしない。
絶対、ずぇ~~たい、会いたくないっ!!
「ええ、そうですね。魔物と人間の世界の間には、結界が張ってあります。」
「魔物だけ!???」
思わず叫んでしまった。
今、魔物と人間の間「には」って言っていた。じゃあ、魔法使いには出くわしてしまうかもしれないじゃないか!?
「あ、安心してください、魔法使いって言っても、魔法が使える人、みんな魔法使いですから。」
ああ、そういうことだったのか。肩の力が抜ける。
「じゃあ、サーシャさんも」
「ええ、曲がりなりにも。 でも」
でも…? なんでここで逆説がくるんだよ~…
「ある集落があるんです、魔村って言う。 魔法使いの。」
「うひゃ」
素っ頓狂な声をあげたと思ったら、今度はガタガタと震えてきた。
あるんじゃない、世界とは言わなくても、‟集落” が。しかもすごい、それっぽいの。
「でも、一応人間ですし、危ないような事件は、今まで一度もなかったですよ。」
「あ、ああ。」
曖昧な返答をしつつ、一旦終止符を打った。
さて、自分でも、だんだん頭がスッキリしてきた。ここは魔物と人間と、人間の中で存在する魔法使いがいる。そして結界もあって、一応、区切られている。 (疑わしい)
でも、未だに分からない事が1つあった。
「…私は、戻れるのですか…?」
「………」
痛いくらいの沈黙が場を支配した。サーシャの目が左右を行ったり来たりしている。
「では、」
私は、重々しく口を開いた。
これは、受け入れなければならない ‟事実” なのだから。
「帰れないということで……」
「待って」
言葉の途中でサーシャが口を挟んだ。静かで、優しい口調だったが、そこには王女様らしい ‟それ”
があった。
「可能性はあります。」
そう静かに言い放つと、サーシャはソファからすくっと立ち上がり、部屋から出て行ってしまった。
ー5分くらいたっただろうか。
ガチャリと音がして、サーシャと1人の少女が部屋に入って来た。
少女と目が合う。
若干吊り上がっているが、大きい深緑色の瞳に、立体的な鼻、魅力的な唇。
何よりも特徴的なのが、髪の毛だった。
背中ぐらいある明るめの茶髪が、ぐるん、ぐるんと、あっちこっちうねりをきかせている。
ーその子は酷い ‟くせ毛” だった。ー
「こいつが異世界の者か」
少女は顔に似合わない口調で言い、ワイルドにニッと笑った。 というか今、日本語を喋ったな…
!?? まさかこの子も!?
「ああ、この子は ‟石垣 結音”(いしがき ゆのん)…結音も、あなたと同じ異世界からここに
来てしまった人よ。」
「…へ?」
思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「そうか!まさか童と同じだったとはな!!」
結音が代わりに代弁してくれる。
「サーシャさん、じゃあ、結音さんも…」
「童のことは呼び捨てで良い!!!」
ああもう、いいところでこの人は。
「結音も私と同じ境遇だった訳ですか?」
「ええ、そうよ。丁度1年ぐらい前だったかしら。あなたと同じように城の前で倒れていたの。
でも結音、名前以外何も覚えていないって言うんですもの、帰るすべもなくって…。日本語は、彼女の動作や表情から、だいたい理解して喋れるようになったのよ。」
「うわ~…」
こいつ、天才かよ…。 一気にサーシャが雲の上の存在に思えた。まあ、もともと王女様だもの、尊敬はしていたが、今はそれ以上だ。
「あ」
サーシャが何かを思い立ったような顔をした。
「まだ名前、聞いていなかった。」
「あ~」
そう言えば、まだ名乗っていなかった。
「私は 三崎 亜耶愛です。」
「あやめさん、いや、あやめでいいわよね!」
「ええ」
何故か、サーシャがもじもじし始めた。何なんだ…?
と、サーシャが私の手をがっしりつかんだ。
「わたくしのこと…‟サーシャ”って呼んで!」
一瞬、何が起こったのか分からなかった。でも、スッキリしてくると、な~んだそんなこと、と思った。でもでも、もっとスッキリしてくると、王女様のこと、呼び捨てにしてはまずいのでは…と、思えてきた。少しの沈黙が流れる。
「あのさ」
しばらくして、結音が口を開いた。
「こいつ、童しか友達がいないのじゃ。だから、そのくらいしてやってくれ。その、短いけど。」
サーシャの手は相変わらず冷たかった。
城の大広間で、サーシャが 「お友達みたいな感じでいたい」 とか言って、笑いかけてきたあの時。
あれは、気のせいとか、噓とか、そういうのじゃなくて、サーシャの本心そのものだったのではないか。
また、自分がその時感じたことって、やっぱり本当は、そう思っていたんじゃないか。
「サーシャ」
勇気を出してその名を呼ぶと、サーシャの手が少し熱をを持った気がした。
輝くマリンブルーの瞳でにへらと笑う。
「…よかったのう」
結音がぼそりと呟いた。
「ありがとうございます、あやめ。必ずあなたをもといた世界に送り届けます。…ね、結音、よろしく。
サーシャが結音をちらりと見る。
「童が、あやめに付くのじゃな。」
「ええ、魔村までちゃんと護衛するのよ。」
「あ、」
大丈夫かな、この人。 今、魔村っつたよ。 え? いけるの? やだよ、死にたくない。 こんな不安が顔に出ていたらしく、サーシャが説明してくれた。
「結音は、‟ウチ”の魔法戦士団のエース。ここに転送されてきたときに、物凄い謎の魔力を持っていて…。まあ、安心してね。凄い、強いから。」
‟隠れ最強キャラ”か……。とうとう結音にも頭が上がらなくなってしまった。
「あやめ」
サーシャに呼ばれる。顔を向けると、しっかりと目が合った。視線が絡み合う。
「今から、魔女が住んでいる‟魔村”に結音と向かってもらい、ある人物にあってもらいます。 名を、‟シルビア”という魔法使いです。強力な魔法使いですし、きっと何か知っているはず。馬車は一番いいものを準備しています。何せ、丸一日ぐらいかかるし、軽くモンスター的なのも出ますから。」
「シルビア」
いったい、どんな人なんだろう……。転移について知っているかも?
不思議だし、こわい。 けど、会うほか選択肢はないのだ。
でも。
「モンスター……」
身震いした。こんな事、分かっていた。でも、言葉にして聞くと具体性を帯びて、怖い。
「大丈夫、さっきも言ったでしょう。結音は……」
「強いからなぁ!!」
「自分で言うんかい!!」
とんとん拍子で会話が弾む。どっと笑いが起こった。なんか、怖くなくなった気がする。この人なら、大丈夫だと確信が持てた。
ー外に出ると、目の前に立派な馬車があった。
馬が2頭繋がられていて、どちらも煌めく水面みたいな美しい白馬だった。年配の小太りしたおじさんがたずなを握っている。
「よし、じゃあ、乗るのじゃ」
勢い良く、結音は馬車に乗り込んだ。つられて私も乗り込む。
座席こそ硬かったが、木の温もりがかんじられ、ほっと息を吐いた。
サーシャが顔を覗かせる。
「食料は後ろに積んであります。…あと、」
サーシャ何か言い辛そうだったので、耳を貸した。
「結音のこと、いっしょに元の世界へ連れてってあげて。そして、いっしょに暮らしてあげて。
…お願い」
「え、サー…」
言いかけたときに馬車が走り出してしまった。まったく、空気の読めないおじさんだ。
いや、これもサーシャの計算の内だったかもしれない。
「はあ、」
何はともあれ、旅が始まった。
疲れたし、少し寝るか。
結音が吞気そうに足を組んで、あくびした。
馬車が下り坂に差し掛かってごろごろいっている。
サーシャ、ありがとう。
何の変哲もない言葉を思い浮かべて、私もあくびした。