序章2 信じられないこと
「お、お、おはよう、ございます…」
混乱した頭のままとりあえず、目の前の金髪美女に挨拶を返す。いやぁ、完全に詰んだ。ここ、どこなんだろう… こんなところ行った覚えはない。目の前にはどでかいヨーロッパ風の城があり、いかにも「theお嬢様」みたいな雰囲気をまとった外国人がいる。イギリスにでもいるのだろか。……違和感。前にも述べたが、ここに行った記憶は一切ないし、この外国人がペラペラと日本語を喋っているのもなんか変な感じがする。まさか、ついに黒月を見てしまって、前までの記憶を無くしてしまったとか… 否。おかしな分かれ道に入ったところまで、しっかり覚えている。 ああ、ではこういうことではないだろうか。きっと、あそこで頭を打って気を失ったのだ。そして今、幻覚を見ているということでは………
「ここは現実の世界ですよー!大丈夫ですかー!」
「……」
パチン!! 「痛っ」
乾いた音と共に地味な痛みが広がった。見上げると金髪美女が妖艶な笑みでこちらを見下ろしている。
「ごめんなさい、ちょっと痛かったですかね…。 こほん、とにかく夢ではないのです!」
金髪美女の言葉を聞いて、もっと頭がおかしくなった。でも目は覚めた気がする。私はゆっくりと立ち上がった。
「あ、大丈夫ですか」
金髪美女がてを差し伸べてくれた。ありがたく、手を貸してもらう。白くて、美しくて、心地よいヒヤリとした感触が伝わってきた。
「……うわああ」
立ち上がってみて、思わず感嘆のこえを漏らしてしまった。ここがどことかどうでもいい。
城下町だろうか、色とりどりの住宅街が広がり、豊かな緑が果てしなく茂っている。住宅街の間を縫うように伸びる道に、ところどころ馬車が走っている。
「うふふ、綺麗でしょう。わたくしの自慢の国なのよ。」
街の景色に釘付けになっている私を尻目に、金髪美女は微笑んだ。え? ‟わたくしの自慢の国”…?
私は反射的に金髪美女を見た。それに気付いた金髪美女は、麗しいマリンブルー色のい瞳を細め、いかにも可笑しそうに笑った。
「ご紹介が遅れてごめんなさい。わたくし、この‟グラデシア王国”の第一王女、サーシャ・ザブレと申します。」
この人のこと勝手に金髪美女とか呼んでいたけれど、なんと、王女様だったなんて…。人生、色々あるものだな… って、本題はそこではい!
「グラデシア、王国…?」
全く聞き覚えのない地名に強い違和感を更に抱いて、ぎこちなく聞き返す。こんな地名、地球に存在しないはず…。 すると、サーシャは憐れむような目でこちらを見た。
「やっぱり、あなた、そうだったのね。」
そして溜め息を一つ。
「大丈夫です、あなたと似たような人が前にもいましたから…。」
大丈夫? 似たような人? 状況が掴めなくて、何の話もはいってこない。随分とまずい事になっているといまさら気付いた。 と、手にヒヤリとした感触がした。
サーシャの手だった。
「とにかく一度、中に入ってゆっくり話しましょう。今のあなたは見ていられません。」
私はそのまま、サーシャに引っ張られるがまま城の中に入っていった。
城の中は、衛兵がところ狭しと見まわりをしていて、何度も声をかけられた。けれど、何語を喋っているのか、まったくわからなかった。何で、サーシャは日本語が分かるのだろうか…。聞かれるたびに、サーシャが
「わたくしの友達です。」と言ってくれた。というか、衛兵とサーシャが訳が分からない言語を喋っていたところに私が、「なんて言ってるのですか?」と聞いたところ、サーシャが訳してくれたのだ。 実に頼もしい。
城の内部は、全面ほぼ大理石でできていて、上品な輝きを放っている。 というか、思っていたよりもとにかく広い。よく、‟東京ドーム○個分の広さ”とかいうけれど、そういうスケールではない。
ただ、‟だだっ広い”としか言いようがない。
大広間の壁には、大きな肖像画がところ狭しと敷き詰められていて、グラデシア王国の歴史がひしひしと伝わってくる。 一番新しいであろう、端っこの肖像画には、サーシャによく似た マリンブルーの瞳の
凛とした表情の 国王が描かれている。
「サーシャさん、あの一番端っこにある肖像画の方って…」
私は、例の肖像画を指差す。 あっ、指を差すのは良くない。 時すでに遅しだが、慌てて 手のひらを
宙に返してみせた。
絶対にこの人、「こいつ、礼儀の一つもできないのかよ。 へっ、しょうがない。 育ちが悪いのだからねっ」とか思っている。 まあ、こんなに口は悪くないのだと思うけれど…。
でも、第一王女様だよ。きっと、やばいとは思ってるに決まってる。 ちょっと、馴れ馴れしかったかもしれない。 人の心の中、どうなってるか分かんないし、ああ、やらかした。
そう、私は心の中で 悶々としていると、 意外にも、サーシャは くすっと笑って、
「いいですよ、そんなに気を使わないで。」
と言った。
そして、クルリと私のほうに体を向ける。 空色のスカートがふわりと舞った。
「どうか、堅苦しくならないで。 私はあなたの、お友達のような感じでいたいのよ。
せっかく、同じぐらいの娘がこの世界に来てくれたのだから。」
ぽかんとしている私に、うふっと チャーミングに微笑みかけると、また前を向いてしまった。
サーシャの耳が、夕暮れ色に 薄く染まっているのは、気のせいだ。
きっと。
本心であってほしいな、と思うのも、気のせいだ。
王女様と仲良くなんて、なれるわけないじゃないか。
「…… それは、私の父です。今は、隣国の会談へ出かけてしまって、いないのですが。」
少し気まずい雰囲気を押し殺すように、サーシャが口を開く。
でも何だか、寂しそうな声色だ。
「そうなんですね。 なんか、優しそうな方ですね、サーシャさんみたい。」
「そうですか?」
若干食いつき気味にサーシャが言う。
「ありがとうございます。 父は、国王‟は”素晴らしい方ですから。 嬉しい」
嬉しそうに、そういうのだが、やっぱり、寂しさが目立つ。
国王様以外は、よろしくないのだろうか。 いや、他人のことを、詮索する方がよろしくない。
しばらく進んだ後、驚くほど長いらせん階段に差し掛かった。
「これ、全部のぼるのですか」と聞くと、
「ええ。」と真顔で返された。
苦笑するしかなっかた。
後で聞いたのだが、万が一、敵が攻めて来たときに、時間を稼ぐためのものらしい。
「どうぞ、入ってください。」
「失礼、はあ、します…」
やっと最上階に着いた。私はということ、さっきから息切れを起こしているというのに、サーシャは汗一つ、かいていない。
慣れって凄い。
サーシャの部屋はピンクで統一されていた。貴族の部屋にしては、可愛らしい。
「ここです。」
サーシャに言われて、ピンクのレースがあしらわれたソファーに座る。サーシャも、対面のソファーに腰を下ろした。
「まず、端的に言うと、」
サーシャが重々しく口を開く。私は、ごくりと唾を飲み込んだ。
「ここは幻想世界。魔物、人間、魔法使いがそれぞれの世界に存在しあう『幻世』なのです!」
「……は?」
そうサーシャが言うと、彼女は、手をパーにして突き出した。
「わあああああ!!!!!」
見るとそこから、あふれんばかりの光が発生している。これが、魔法…?
ー本当に私は、異世界に来てしまったようだ…ー