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けっきょく選ぶ余地なんてなくて

巨大な蛇の魔物に怯えた私は、みんなの方に戻ろうかと振り返った。


必死の形相で銀狼に切りかかったヨルンさんがあっけなくやられていた。グレンもすでに倒れている。


うろたえて逃げようとした私は、足を滑らせて、稜線の外側……蛇の魔物がいる方に転がった。

それで狙いがそれたのか、襲いかかってきた銀狼は私を飛び越えてくれた。

私を狙っていた蛇の魔物は思わぬ邪魔者が現れて気を悪くしたようで、2つの頭からシュウシュウと不吉な息を吐きながら、銀狼を威嚇した。


銀狼と双頭の蛇は、激しく戦った。


私はその間に逃げようとしたが、腰が抜けてしまってうまく立ち上がることもできなかった。

これまでのダンジョンアタックなどで、もっと怖い魔物との戦いも見てきた私だったが、その時は魔物との間にみんながいてくれた。

特にアークはとても強くて、絶対に私の方には敵の雑魚一匹、流れ弾一つ抜けてこないように全部止めてくれていた。私はいつも、彼の大きな背中の後方の安全なところから、落ち着いて回復魔法をかけていれば良かったのだ。


私、本当にダメだ。


大事なことがなんにもわかっていなかったし、わかってもどうすることもできずにいる。


いや、それじゃダメだ。考えろ。

動け。


走って村まで逃げ帰る?……追いつかれる。あるいは他の獣に襲われる。

グレン達を助ける?……魔力が足りない。

魔力が回復するまで安全な場所で休む?……安全な場所ってどこだ?!

昇格(レベルアップ)して全快した魔力でみんなを回復させる。

……それだ!


私は、手の中の短剣を握りしめた。

死にかけの魔物に一発入れるぐらいなら、私でもできるんじゃないだろうか。蛇と狼はまだ戦っている。どちらも引く気はなさそうだ。


タイミングは重要だ。

私は趨勢を見極めるべく、じっと息を殺した。


できれば銀狼が蛇にとどめを刺さずに勝ち逃げしてくれるといいな。なんて虫のいいことを考えていた私だったが、そう都合良くは行かなかった。

狼は太い蛇に巻き付かれ、身動き取れなくなっていた。それでも狼は、蛇の片方の首根っこに噛み付いて食い千切ろうとしていたが、もう片方の頭は健在で狼に噛み付いていた。蛇は毒でも持っているのか、だんだん狼の動きは悪くなっている。


これは……今、行くしかない。


私は立たない足腰を根性で奮い立たせ、坂を駆け下りた。

狙いは残っている方の蛇の頭だ。

銀狼は私に気づいて身をよじった。しかし蛇はそれを抑え込もうと全力で締め付けたので、どちらもまともに動くことはできない。

狙った蛇の頭はしっかり噛み付いていて、銀狼の首周りの毛に半ば埋まっている。あれでは私に気づくことはないはず。


やったらぁあああ!


意地と根性とその場の勢いで、私は蛇が巻き付いた銀狼の身体にどっかり跨ると、蛇の首根っこを鷲掴みにして、思いっきりその目の部分に短剣を突き刺した。


蛇は暴れた。私は振り落とされないようにしがみつきながら、気合で短剣をぐりぐり押し込んだ。鱗と頭蓋骨をよければ、短剣でだってなんとかなるはずだと信じる。




気がつけば、蛇は動かなくなっていた。

「や、やった……倒した……?」

私はヨロヨロと立ち上がった。が、すぐにペタンとその場に座り込んでしまった。

蛇の魔物はたしかに死んだようで、ピクリとも動かない。だが、私の体からはレベルアップの光は出てこなかったし、魔力も戻らなかった。

「うそ、足らなかった?」

あと少しということはわかるが、数字が見えるわけではない。目論見と違って、蛇だけではレベルアップには足らなかったようだった。


私は横たわって荒い息をしている銀狼に目を落とした。相当弱っているようで、巻き付いた蛇の体を振り落とすこともできず、ぐったりとしている。

今なら私でもとどめを刺せるかもしれない。


そこまで考えて、私はつらすぎて目を瞑った。優しかったこの銀狼を刺し殺すなんてしたくない。狂って人を襲ったとしても、私を助けてくれた相手なのだ。

「待ってね。今この苦しいの、外してあげる」

私は銀狼の身体に巻き付いた蛇を、えっちらおっちら不器用に外していった。


銀狼は口を閉じることもできず、舌をだらりと出したまま横たわっている。

私が首元の毛を整えるように撫でてやると、氷のような色の目を薄く開けて、また閉じた。

フワフワだった首元の毛は、血で湿っていた。

「治してあげられなくてごめん」

私は狼に額を押し当てた。


泣いている場合ではない。

グレン達の様子も確認しに行かなければならないのだ。生きているなら早く手当しなければならないし、死んでいたとしても、他の獣に荒らされないようにしなければいけない。悼むことすら後回しにしなければならない世界なのだ。


もう行かなければ。


起きようとして、起き上がれないことに気付いた。手足の先が冷たくて痺れている。

「あ……毒?」

蛇の頭を押さえつけて奮闘していたときに、蛇がシュッと嫌やな感じの湿った息を吐いていた。気をつけていたが少し触れたか吸ったのかもしれない。


結局ここまでか。


「日本に帰ることも、ここで一緒に暮らすこともできなかった……」

ああ、森の中の家でアークの面倒を見ながら、時々遊びに来る銀狼(きみ)と暮らすなんて考えたりもしたんだよ。

「アーク……」

何もわからなくなったアークをおいてきたままだ。何もわからない彼は私が戻らなくても何も感じないだろう。

「言葉が通じるうちに、もっと話しておけば良かった」

いいや、通じなくても言っておくべきだった言葉がいっぱいあった。

「ありがとうって言えなかった。あんなに色々してくれていたのに、私気付いていなかった。……私、本当にバカだった」

本当にバカで何もわかっていなくて。


「いまさら好きだって気付いてどうするの」


私は銀狼に額を押し当てて泣いた。

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