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役立たずはとても面倒です

薬師のミネア婆さんの息子だったヨルンさんは、翌日、随分さっぱりした顔で炭焼小屋にやって来た。

彼は、母親が心配だから冒険者をやめてここに残ることにするが、この依頼の間は最大限私達に協力すると言った。

彼の話によると、この先の森の深いところには、村の者はけして近づかない場所があるそうだ。そこはいわゆる”魔素溜まり”や”瘴気溜まり”という場所で、自然に悪い魔力が集まってしまうところだという。


「おっかぁは、定期的にそこに出かけては、悪いものが溜まり過ぎないように祓っていたんだが、ああなってからはちゃんと祓いに行けてなかったんだと思う」


魔素溜まりは魔獣や魔物を生む原因になる、ヨルンさんはこの北の森で魔物が出たと聞いて、そこのことを思い出して、件の場所の様子を見に行こうとしたのだが、問題の場所につく前に獣に襲われてしまったそうだ。


「まだ魔獣にゃぁなっちゃいない普通の大鹿だったんだ。こちらが下手を打たなきゃ、奴ら自分から人を襲いに来たりはしないから、たかをくくっていたら、悪い気にあてられて気がおかしくなっていたみたいでな。突然信じられないくらい凶暴になって襲いかかってきて、あっという間にやられちまった」


悪い気とやらがあると普通の獣が凶暴になるのかと尋ねると、アゼリアが魔素溜まりはダンジョンの奥と同じだと教えてくれた。普通の獣はすっかり元の性質から外れて魔獣化するし、あまりに力が濃くなるとベースとなる生き物がいなくても、命の理から外れた魔物が生み出されることがあるという。


理から外れた魔物と聞いて、私はあの銀狼を思い出した。あの優しい獣もダンジョンの怖い化け物と同じように凶暴になったりするのだろうか。


「ヨルンさん。僕達をその場所まで案内してください」

「ああ。それはいいが、俺は場所はわかっても、祓う方まではできないぞ。おっかぁについていっていたのはガキの頃だったからうろ覚えだ」

今からやり方を習おうにも、肝心の母親があんな調子ではどのくらいかかるかわからないとヨルンさんは申し訳無さそうにした。


「こんなことなら、ちゃんと継いでりゃ良かった。おっかぁがやってたのは、地味でつまんない仕事なんかじゃなくて、スゲェ大事な仕事じゃねぇか」

肩を落として落ち込む彼は、見た目はやっぱりしょぼくれた中年男だったけれども、大切なことに気づいた良い顔をしていた。


「その場所に溜まる悪い何かが、ダンジョンに溜まっているものと同じなら、私、浄化できます。連れて行ってください」

私は、ヨルンさんに頼んだ。

リーダーのグレンは、自分たちの受けている仕事はあくまで調査依頼だから、危険が大きいと判断したらすぐに引き上げると前置きした上で、可能そうならば、これ以上魔素溜まりの状態が悪化する前に浄化しようと言った。


「アークはどうします?とても連れていけないでしょう」

アゼリアが困ったように頬に手を当てて小首をかしげた。たしかに、普通に歩くのもおぼつかない今のアークを連れて、危険な森の奥に行くことはできない。

「彼はミネアさんに預かってもらおう。治療の必要な患者だと言えば、今の彼女でも無碍には断らないだろう」

「本当に、なにか治療法を思い出してくれるかもしれないですしね」

私達はアークを薬師の家に預けてから、森の奥に向かった。




「なぁ、聖女様」

小休止に入ったところで、ヨルンさんがちょこんと遠慮がちに私の隣に座った。

「違っていたら申し訳ないんだが……うちのおっかぁに預けたでっかい兄さんって……まさか”凍刃”のアークか?」

彼は本当に小さな声で、申し訳無さそうにこっそり聞いてくれたので、私は不本意ながらうなずいた。

彼は「うーん」と難しい顔で唸った。それから心配そうに私の顔をちらりと見て、ひそひそ声で続けた。

「あのな。出掛けに、おっかぁがちっちぇえ声でボソボソ言ってたんだが、あの兄さん、魂がほとんど抜けちまってるんだとよ」

私はよくわからなくて、ヨルンさんの横顔を見た。

「そのう……聖女様のご存知のちゃぁあんとした教会の教えってのじゃ違う言い方なのかもしれないんで、申し訳ないんだが、うちのおっかぁがいう魂ってのは、人の思いや感じて考える心が入る器みたいなもんらしくてさ。それが抜けちまうと、ああやって体はなんともないのに抜け殻になっちまうんだと」

ヨルンさんは、アークがああなった心当たりはあるかと尋ねた。ダンジョントラップだと答えると、彼は「そりゃぁわからねぇなあ」とまた唸った。


私はわかっている話を蒸し返されて、つらい気持ちになった。

「それじゃぁ……」とヨルンさんはまだ話を続けようとしたが、ちょうどそこで沢で水の補給を終えたエイゼルが帰ってきたので、グレンが出発の号令をかけた。

「なんか、悪かったな」

ヨルンさんは立ち上がって、私に謝った。それから尻についた枯れ葉を払いながら、ついでのようにポツリと言った。

「あんたたちがさ。このあとのあの兄さんの面倒に困ってんなら、うちで引き取ってもいいぜ。俺が世話をしてやるよ」

「えっ?」

「考えに入れておいてくれ」

彼はグレンに呼ばれて、先導のために前に行った。


昨夜、アークを連れて帰って、私達はいかに今の彼の世話が大変か思い知った。自分からは何もしようとしないので、子供以上に何もかもしてあげなくてはいけないのだ。

話すことはもちろん、食事も排泄も一人ではまともにできない。丁寧に教えれば簡単な動作なら真似をしてやってくれるが、その行動の意味はまったく理解してくれない。しばらく黙々と続けて、なにかの拍子に突然やめて、ボーッとすると、もう忘れてしまっている。何が危険かわかっておらず、平気で焚き火に踏み込みかけるし、すぐに鴨居に頭をぶつける。

赤子並みに何もできないのに図体はデカいというのは最悪で、火に近すぎるところで横になって眠ってしまった彼を安全な位置まで引き摺って離すのだけでも大変だった。


アークが村で暮らせないなら私が冒険者として働きながら養おうかと思った私の甘い考えは、昨夜早々に打ち砕かれていた。アレは、絶対に片手間ではできない。

そして子供なら成長するが、彼はきっともう治らないのだ。


私、ヨルンさんがアークを引き取ってもいいと言ってくれて、どこかホッとしたかもしれない。


自分で自分の利己的なところが嫌になった。

私は薄暗い森の中を黙々と歩いた。

アークがヨルンさんと村に残るのなら、私も村に残るというのはどうだろう。視線を上げると、前を行くグレンとアゼリアの更に前を歩いているヨルンさんの後ろ姿が小さく見えた。


あの人も認知症のお母さんとアークの二人ともの面倒を見ながら生活するなんて難しいだろう。私が手伝えば少しはマシなんじゃないだろうか。

薬師の仕事を学べば、お婆さんの代わりに周辺の村の人の怪我や病気も治してあげられる。私ならどうにも困ったら魔法という手段もある。


……でも、その道を選んだらもう元の世界には帰れない、

私は枯れて倒れた草や、暗く湿った土を踏みしめながら鬱々と歩いた。

……でも、彼を切り捨てて冒険者を続けて日本に帰ったとしたら、アークを忘れて幸せになる自分を私は許せないだろう。

私は空を見上げた。


村の外れに小さな家を立てて住んだら、あの銀狼は訪ねてきてくれるだろうか。


木々の間から僅かに覗く空は灰色だった。

役立たず=主人公




ここへ来て中年のおっちゃんが初期プロットを超えてきて、密かに焦っています。いや、だって一番共感でき……ゲフンゲフン。


だからって、おっちゃんの嫁エンドは主人公も読者も納得しないよなー。

想定外の嫌なタイトル回収に踏み込まないように自戒しつつ続きを頑張って書きます。(地味な脇役が暴走しがちな作者ですが、ハッピーエンドタグを死守します!)

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