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こっちがホンモノなんですか?

薬師のお婆さんは、調子が良かったり悪かったり、波があるようだった。調子のいいときは、随分としっかりした様子で森について語ってくれ、自分の書き溜めたものや、家にある古い本を読んでも良いと言ってくれた。

私達は村外れの炭焼小屋に泊まり、お婆さんの家の資料を参考にしながら、森の様子を調べることにした。


アークは調子が良くなることも悪くなることもなく、ずっとぼんやりしていた。お婆さんは一度、とても頭がはっきりしているときにアークを見て「この患者を連れてきたのは誰だい?これは早くなんとかしてやらないと」と言ったが、聞き返したときにはもういつもの調子で、うちの坊やは手がかかると言いながら世話を焼きはじめ、何も思い出してはくれなかった。


森の一番奥の村を拠点にして数日たったある日、他所の村の男が薬師のお婆さんを訪ねて来た。

「うちの村に、重症の怪我人がいるんだ。血止めをして、しばらく寝かしてやれば治るかと思ったんだが、悪くなるばっかりで俺たちじゃどうにもできねぇ」

聞けば冒険者風の男で、保護したときには多少は話せたが、傷が悪化して熱を出し、今は意識がないという。

お婆さんが薬師の仕事ができなくなっていると聞いて、落胆した男に私は思わず声をかけた。


「私が行きます」


治ったとしても、回復魔法による治療費なんて相手は出せないかもしれないからやめておけと周りからは言われた。しかし、森の奥で怪我をした冒険者なら、なにか情報が聞けるかもしれないから、依頼されている仕事の一部だと私は主張した。

私達はその重症の患者のいる村にでかけた。


ひょっとしたら、あのぼんやりしている男はただの他人の空似で、本物のアークが怪我をしているのかも。


そんな私のバカな思いを笑うように、行った先の村で寝こんでいた冒険者はパッとしないむさ苦しい中年男だった。

回復魔法で全快した彼が語ったところによれば、私達の前にギルドの調査依頼を引き受けて行方がわからなくなっていたのが彼とその仲間らしい。仲間の方は助からなかったそうで、彼はとても気落ちしていた、


「一旗揚げると家を出て冒険者なんてもんになっては見たものの、こんな歳になっても益体もねぇ下っぱのサンピンだ。生まれ育った森の調査依頼なら、他のやつより上手いことやってみせると息巻いて、仲間を誘って必要のない奥地まで深入りした挙げ句、結局失敗して全部失っちまうとは……」

なんて俺は馬鹿なんだと頭を抱えた男は、回復魔法の代金を払う宛がないし、冒険者を続けようにもきっともう組んでくれる相手が見つからない。借金したところで返す方法がないから、人買いかなにかに身売りするしかないが、あまりいい値はつかないので勘弁してくれと謝った。

「村に戻れば年取ったおっかぁはいるが、勝手に家を出て、ずっと帰らなかった親不孝もんが借金背負って帰るだなんて流石にできねぇ」


私はパーティメンバーから、自分が普通に使った回復魔法の一般的な料金の相場を聞いて、ひっくり返りそうになった。しかも、個人が勝手に無料でバンバンかけると、色々問題が起こるから、業界の慣習としてパーティメンバー以外への無料施術は禁止だという。


「アークは君にそんなことも教えていなかったのか。過保護にも程があるだろう」

擦り傷を作った子供を治してあげようとしてアークに止められたときは、ただ彼が他人に冷淡で不親切な人間で、私がか弱い子供相手でも適切に回復魔法が使えるって信じていないだけなんだと思っていた。

「マナミは自分がどうして”聖女”なんて呼ばれるかもう少し理解したほうがいい」

あと少しレベルアップすれば”奇跡”が起こせる高レベル神聖魔法使いというのが、いかほどのものか、まったく自覚していなかった私は頭を抱えた。


「そうだ。彼はうちのパーティメンバーだったことにしようよ。パーティメンバーなら無料でいいんでしょ。うちは前衛が足りてないし、この人はここの森に詳しいんだから、この依頼の間だけの臨時メンバーとして組んだってことでどう?」

ギルドの人への弁明は私が責任を持ってやるということで、皆は渋々、了承してくれた。


そういえば私、ギルドの人に報告したり、申請を出したりって、自分でちゃんとしたことなかった。


異世界から突然現れて、身元を証明するものがなにもない常識知らずの娘を、ここの世界の街で普通に生活できるようにするには、普通に考えれば面倒な手続きがいっぱいあったはずだ。

マンガみたいなよくあるお約束の展開だなぁと気楽に思っていたが、単に自分が考えなしな子供なだけだったことに、私はやっと気づいた。




臨時のパーティメンバーになったのだから一緒に行動しようと、私達は中年冒険者を連れて拠点に決めた村に戻った。村に近づいてきたところで彼は妙に焦りだした。

「なぁ、まさか行き先ってのはこの先の村か?」

「そうだが、なにか都合の悪いことがあるのか?」

「いや、その……なんでもない。俺は、お情けであんたたちに入れてもらっている立場だから」

歯切れの悪い返事をした男は、肩身の狭そうな様子で、私達の一番後ろから付いてきた。


家の前でアークと豆を剥いていた薬師のお婆さんは、今日は塩梅が良くない日らしく、戻ってきた私達を見ても特に何も言わなかったが、一番後ろに隠れるようにしていた男を見るなり、目を大きく見開いて叫んだ。


「ヨルン!こんバカ息子がぁ、今までどこほっつき歩いていたぁっ!!」

「すまねぇ、おっかぁ。すまねぇ」


唖然とする私達の前で、お婆さんは男の頭を一発(はた)くと、襟首を掴んでぎゅうぎゅう押さえつけた。


「人様に迷惑ばっかりかけてこのアホタレが、あたしがどれだけ心配したと……」

「すまねぇ。おっかぁ……すまねぇ……」


ひたすら情けなく頭を下げる男の襟首を掴んだまま、お婆さんはこちらに顔を上げた。

「みっともないところを見せて済まないねぇ、お客さん。このミソッカスは恥ずかしながらあたしの息子でね。申し訳ないがこの後は身内でちょっとばかり話をしなきゃいけないことがあるから、どんな御用か知らないけれど、今日のところは引き取って貰えないかね」

彼女は、これまでになくしっかりした調子で喋っていたが、私達のことは全く覚えていないようだった。


彼女はふと振り返って、黙々と豆を剥いているアークに目をやった。

「あんれ、どこのお方か知りませんが、わざわざ手伝いに来てもらってすまんことですけれど、今日はもうしまいにしますで、これで帰っていただいて結構ですよ」

そう言われたアークは、顔を上げたもの、状況をよくわかっていない様子でぼんやりしていた。


お婆さんは情けなく謝り続けている中年男を引き摺って小さな家に戻っていった。

剥きかけの豆の鞘を持ったまま、不思議そうな顔をしていたアークを、私達は炭焼小屋に連れて帰った。


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