意地悪男には腹が立ちます
「くっやしー!何なのあいつ。はっらたつ〜!!」
せせら笑いながら立ち去った男の背に向かって私は地団駄を踏んだ。
「まぁまぁ、アークはああいう人だから」
パーティメンバーの癒やし枠のアゼリアがいつものように私を慰めてくれた。
「マナミも毎度毎度、反応し過ぎだよ」
斥候職のエイゼルは相変わらずクールだ。
「何であんな奴が仲間なの?!というか、絶対あいつ私を仲間だと思ってないよね!」
どうにも気が収まらない私を、パーティリーダーのグレンは困った顔でなだめた。
「たしかにアークの君に対する物言いは厳しすぎると思うよ。マナミはなれない環境で良くやっているし、十分に努力している。アークには今度、僕から言っておくから」
「あんな奴、いなくなっちゃえばいいのに」
「マナミ、それは言いすぎよ」
強い言葉は浅慮で使っては後悔するとたしなめられて、私はむくれた。
私がこの世界に来てしまったのは、高校三年生の冬だった。必死に勉強してなんとか第一志望の大学に合格できたというその朝に、なぜか見知らぬこの世界に居たのだ。
鬱蒼とした森の中で呆然と立ち尽くし、うろたえてパニックを起こしていた私を見つけたのがアークだった。
突然、森の奥から現れた顔の険しい外国人の大男に声をかけられて、私は悲鳴を上げて逃げ出した。
あっという間に捕まえられた私は、散々抵抗したが、結局有無を言わさず力づくで、街まで連れてこられた。
そこはキッチンのカレンダーにあった海外の古い町並みの写真のような街だった。それからは、友達から借りたマンガみたいな展開で、気がつけば私は聖女様と呼ばれて、冒険者という怪しげな職について生きる羽目になっていた。
私を仲間に入れてくれたグレンは、頼れるリーダーで、カッコいい剣士だ。
勇者様役をやってもサマになるイケメンで、優しくて頭も良くて強い。
正直、パーティメンバーの女の子はみんな多かれ少なかれグレンが好きなんじゃないかと思っている。かくいう私もその一人だ。でもアゼリアもエイゼルも素敵なお友達なので、そこは紳士協定……ならぬ乙女協定で誰も抜け駆けはしない不文律が結ばれている。
アゼリアはおっとりした美人で、エイゼルはボーイッシュでキリッとした感じだが、たまに笑うと八重歯がかわいい。協定がなくても争う気が起きない相手だ。
もともと、前衛のグレンと後衛の魔法職のアゼリア、斥候職のエイゼルの3人のパーティだったところに、私は混ぜてもらった形だった。……そして、不本意なことに、私という後衛が増えたことにより、もう一人前衛としてアークもパーティに入った。彼は誰とも組まずに一人で活動していたのだが、グレン達と組めるぐらい強くてフリーの前衛職の冒険者はなかなかいないので、入ってもらったとのことだった。
アークは、誰とも組まなかったというのも納得の暴虐無人さで、ひどく口が悪かった。特に私に対してはあたりが強く、「チビ」「非力」「根性なし」と言いたい放題だった。頭一つ半以上背が高い筋肉バリバリの大男からすれば、平凡な日本人女子高校生なんて、小さくて力が弱いのなんて、あったり前なのに、バカたれアークは己の力を見せつけるように、私が届かない棚の上の物を悠々と取り、私が持ち上げるのすら苦労していた荷物を軽々と運んでみせた。
「お前はその辺の野ネズミよりひ弱なんだから身の程を知れよ」
「邪魔だから戦闘中はウロチョロせずに、引っ込んでろ」
「泣き言並べるなら冒険者なんてやめちまえ」
と、毎度さんざん私を貶して邪魔者扱いをするアークは、私がどれだけ努力してもちっとも正当に評価してくれなかった。
異世界転生特典だかなんだか知らないけれど、神聖魔法だけはそれなりに使えた私は、高レベルの神聖魔法には、奇跡を一度だけ起こすことができる術があると聞き、その”奇跡”の力で元の世界に戻るのだと息巻いていた。それなのに、意地悪なアークはその努力を嘲笑うばかりで、いつも「諦めろ」とか「お前にそんな奇跡なんて起こせるわけない」とか嫌なことばかり言ってくるのだった。
私とアークは顔を合わせると口喧嘩するのが当たり前になり、アークが険しい顔でその場を立ち去るか、他所を向いて黙り込み、私がアゼリアとグレンに慰められることが日常茶飯事だった。
あの日、ダンジョンのトラップで飛ばされて、アークが行方不明になるまでは。