夢のモフモフはふんわりあったかいです
森の奥から銀狼がこちらを見ていた。
キレイだな……。
そんな場合じゃないのに、私はその姿に見惚れてしまった。こういうところがぬるま湯で育った日本人高校生のダメなところだと思う。冒険者としての危機感が足りないとよく怒られた。
あー、でもモフモフしたいな。
どうせもう助からないのだ。危機感も警戒もどうでもいい。
毒がまわってほとんど動けないし、足も怪我をしている。それなりに使えるようになった神聖魔法には解毒や治療の術もあるが、肝心の魔力が底をついている。なけなしの魔力の残りも、じわじわ進む毒の影響や、下がり続ける体温に抗う弱い治癒力を維持するために消費し続けているので、完全にジリ貧だ。
警戒するようにこちらを見ていた銀狼は、ゆっくりと慎重にこちらに近づいてきた。
大型犬より大きい。
体長は2mはあるかもしれない。
でも、不思議と怖くはなかった。
銀狼は大きな鼻面を倒れている私のお腹に押し当てた。
訂正。ちょっと怖い。生きたままお腹を食われる覚悟はできていなかった。
私の緊張と怖れが伝わったのか、銀狼は顔を上げて、私の顔の方を見下ろした。『おばあちゃんの口はどうしてそんなに大きいの?』とか『犬の口はゴムパッキンでできている』とか、どうでもいい言葉が頭に浮かんだ。
湿気た鼻面が今度は首筋に押し当てられる。頸動脈をガブリなら、一発昇天できるかもしれない。
うん。それなら心残りなく死ねるよう、思い切ってモフっておこう。
私は毒で痺れた手を弱々しく伸ばして、銀狼に触れた。
キラキラ光る銀色の毛はフワフワで温かい。
野生動物ならもっと汚れていそうなものだが、流石、魔物!世俗の垢とは無関係にひたすらさわり心地が良い。
うわぁぁ、最高!
私はうっとりして、銀狼の首元を抱きしめて顔を埋めようとした。
いかんせん、力の入らない身体は思うように動かなかった。銀狼はたじろいだように後退った。
「待って……行か…ないで」
魔物を引き止めてどうする。とも思ったが、銀狼に見捨てられて一人で死ぬことの方が嫌だった。
銀狼は恐る恐る……何も私を怖がる理由はないのでおかしな話だが、そんな雰囲気で……私の側に戻ってきてくれた。
「寂しいからもう少しだけそばにいて」
身勝手なお願いを一方的にする。
人語を解するわけもない獣は、慎重に私の身体のあちこちに顔を寄せ、様子を確認した。
あ……私を食べると狼さんもお腹をこわすかもしれない。
「食べちゃダメ」と小さな声で言うと、銀狼はひどく人間めいた仕草でため息をついて、横たわった私の背中側に周った。
銀狼が私に寄り添って横たわったのがわかった。体の後ろ側が温かい毛皮に覆われる。
いや、前に来て!何故、後ろ?!
前だと私が手を出すから警戒されたのだろうから自業自得だが、ちょっと悲しい。
それでも、守るように大切に抱えられた私は、その温かさに安心した。
腰の後ろの太い血管が温まると全身に熱が回るわぁ。
ついでに足枕までしてもらい、首元あたりに覆い被さるように頭を乗せられた私は、天然の最上級毛皮布団にぬくぬくと包まって、あっさり眠りに落ちた。
結局、体温低下を免れ、一眠りし、魔力が戻った私は、自力で解毒&回復を果たし、無事に生還した。
パーティメンバーには、一人で森に行ったことをしこたま怒られたが、それでも皆、私の無事をとても喜んでくれた。
「アークも無事に帰ってきてくれるといいのに……」
ポツリと漏れた自分の言葉を、私は慌てて取り繕った。
「いや、だってさ。一ヶ月も行方不明とか、迷惑じゃん。ダンジョントラップでランダム転移させられたにしたって、流石に帰ってこれるよね。だってさ、あいつ以外はみんなすぐに合流できたわけだし……」
罪悪感に目を泳がせながら、私は口籠った。わかっているのだ。彼は私をかばったせいで、トラップの魔法陣の中央に入ってしまったから、一番大きな影響を受けて遠くに飛ばされたはずだ。
優しいパーティメンバーは、私が常日頃から「あんな奴いなくなればいい」と言っていたことについては、触れないでいてくれた。