第87話 3人の恋心 ー長尾栞編ー
まもなく1月が終り2月に入ろうとしていた。
あれからずっと遠藤さんを知ろうと見つめてきた。
彼のしぐさ、笑顔、言葉、優しさ、行動力。
毎日。
《普通に考えたらストーカーだわ。》
正直なところ最初は地味であまり印象に残る顔じゃないと思っていた。
今では目を瞑れば彼の笑顔を強く意識する事が出来る。
初めて見た時イケメンではないと思っていた顔が、毎日見つめていたらカッコよくなってきた。
これまでの9ヶ月間の思い出も重なり、その魅力はより強く私の心に染み込んでいく。
「遠藤君!」
私の目の前で可愛らしく彼の腕をとる翼さん。
今は遠藤さんと翼さんと私の3人で、いつもの展望台にいて天体望遠鏡をのぞいていた。
「どう?」
翼さんはとても仲良さそうに遠藤さんに話しかけている。
「そうですね。1キロ先にたまに動くものが出ます・・ゾンビですね。」
遠藤さんが天体望遠鏡で遠くの街を観察していたのだった。
それに翼さんが話しかけているのだが、翼さんはずっと遠藤さんしか見ていない。
そして・・近い。
気になる。
そんなに近寄らなくてもいいのではないかと思う。
そして遠藤さんが一生懸命観察しているのだから邪魔をしてはいけないと思う。
「遠藤さん。ゾンビの監視も疲れたんじゃないですか?」
私は翼さんが取っている腕の反対側に絡みつく。
「まあ・・少し目が疲れた。」
「休んだ方がいいですよ。」
私が遠藤さんをグイっと引っ張ってその場から離れようとすると、翼さんは反対側の腕をつかんだままついて来た。
「疲れたんだったら飲み物でも飲みましょう!」
翼さんが遠藤さんに言う。
「そうですね。喉も乾きましたし飲食フロアに行きましょうか。」
あれ?休んだ方が良いって言ったのは私なのに・・翼さんが何をするのか決めちゃった。
「オレンジレモンソーダ飲みましょうよ。」
私が言うと遠藤さんも嬉しそうに言った。
「あー飲む飲む!まだあるっけ?」
「ありますよ!」
遠藤さんが嬉しそうにしている。
可愛い。
年上だけど頭を撫でたくなる。
「私も!」
翼さんが一緒に飲むという。
え?翼さんあまり甘いジュース飲まなかった気がする。
やっぱり遠藤さんの趣味に合わせてきてるんだ・・そうか。
展望台から階下に降りて、廊下を歩いていると正面から未華さんがきた。
「あ、探したんですよ!」
「すみません。3人でゾンビ観察していました。」
《まるでノリが野鳥観察だわ・・》
「そうなんですね!遠藤さんは仕事熱心なんですね!」
「いえいえ。」
「ゾンビはいました?」
「ええ多少。でも少ないです。」
「やっぱり遠藤さんは勤勉です。」
未華さんは遠藤さんにまぶしいくらいの笑顔を見せる。
もともと地味系の大和撫子美人なので、すっごい癒される。
女の私でもついつい見とれてしまう。
「そんなでも無いですけど。」
そして未華さんは話を変えた。
「あの・・クッキー焼いたんです!食べません?」
「いいですね。少し小腹が空いたところでした。」
「いっぱい焼いたのでどうぞ!レストランに行きましょう!」
未華さんは相変わらず女子力が高い。
未華さんが手を差し伸べると、遠藤さんが私の手を外して未華さんの手を握った。
《え・・・私の手を・・・》
すっごく悲しかった。
ただ手を離されただけだけど・・
不思議な気持ちだった。
こんなに切なくなる事なんて今までなかったから。
私は一瞬無意識にうつむいて悲しい顔をしたらしかった。
「ほら!栞ちゃんも一緒に行こう」
遠藤さんが察して優しく言ってくれた。
それだけでうれしかった。
「はい。」
3人でレストランに向かう。
レストランに入るとテーブルの上に焼いたクッキーが置いてあった。
「結構いっぱい焼いたんですね!」
「じゃあ倉庫から飲み物を取ってきます!」
私が言うと未華さんが言った。
「ああ、オレンジレモンソーダならさっきこのレストランの冷蔵庫に入れておいたわ。」
「ああ・・そうなんですね。」
なんだろう・・私が遠藤さんのために持ってきたかったのにな。
翼さんを見ると笑顔だけど少し不満げな表情だった。
じゃあせめて・・
私はコップを並べて皿を置いた。
「じゃあ遠藤さんはここに座って。」
翼さんが遠藤さんを座らせる。そしてキッチンの方に行った。
未華さんと翼さんが一緒にオレンジレモンソーダのペットボトルを持ってくる。
「おいしそうですね!」
遠藤さんが未華さんに話しかける。
女子力が高いのってずるい!私も頑張りたい!
《まあ自分の努力が足りないのだが・・》
「未華さんにクッキーの作り方を習いたいです!」
「ええ。いいわよ今度一緒に焼いてみましょう。」
《ああ・・眩いばかりの地味系の美人。男の人はこういうのに弱いのだろうか?》
すると未華さんは一つクッキーを掴んで、左手を受け皿にするようにし遠藤さんの口にクッキーを持っていく。
《えっ?えっ?えっ?》
「あーん。」
パク
「うまいっす。」
《えっ・・・未華さんそんなことする人だっけ?》
翼さんもその行動に少し固まったようだった。
《未華さん・・あーんって・・すごいかも。》
翼さんも私もクッキーを、遠藤さんにあーんさせる事ができず肩を落とす。
「あの・・翼さんも栞ちゃんも遠慮なくどうぞ!」
「あ、はい・・いただきます。」
「ありがとう。」
翼さんと私がクッキーを掴んで口に入れる。
「おいしい!」
「本当だ!」
《なんだこのクッキーは口に入れたとたんに広がる香ばしさ、なんだろう?》
ナッツのような風味があって香ばしく歯ごたえも繊細な感じだった。
《ま・・負けた・・》
軽い敗北感を感じながらクッキーを食べていた。
翼さんも同じ気持ちらしく無表情でクッキーを食べている。
するとレストランの入り口から二人の人影が。
「あーみんなで食べてるー。」
「本当だ。香ばしいにおいしますね!」
優美さんと麻衣さんだった。
遠藤さんと同年代組の二人が入って来たのだった。
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