第77話 心の準備ー長尾栞編ー
優美さんが出て行ってからかなり時間が経った。
優美さんが出て行ってから私は一人部屋で悶々としていた。
いまごろ・・・あの二人はどうなっているんだろう?
優美さんの事だから問題は無いと思う。
瞳さんとあゆみちゃんは今なにを考えているんだろう。
里奈ちゃんだってきっといろんな思いを秘めていると思う。
私は夜の間に彼女達と話をしてみたくなった。
部屋を出て瞳さんの部屋に行く。
コンコン
「はい。」
「栞です。」
ガチャっと扉が開くと瞳さんはローブを着て出てきた。
長い黒髪を後ろにまとめて結んでいて、ほんのりと石鹸とシャンプーの香りがする。
クールビューティーな顔立ちだが化粧を落とすと少し可愛らしくも見えた。
「あ!もうお休みでしたか・・」
「ううん、まだ寝てないわ。お風呂に入ってくつろいでいたところよ入って。」
部屋に入るとお香が焚かれていた。
私がそれをみていたら瞳さんが言う。
「それ今つけたところよ。眠れるようにお香を焚いて気持ちを落ち着かせていたの。」
「・・もしかして眠れなくてですか?」
「そう。やっぱり栞ちゃんも?」
「そうなんです・・」
私と瞳さんがそのテーブルをはさんで座る。
「それはそうよね1期組ということは責任も重大だし、そもそも子供が出来た後は育てていかなければならない。この荒廃した世界に産み落とされる命の事を考えると・・気が重くなるわ。」
「はい・・」
「栞ちゃんもまだ大学2年生よね?こんなことになるなんてね。」
「もちろん未来を考えればそれが重要な事は分かるんです。だだ、なんというか・・心の準備というか・・全く決心がつく感じがしなくて・・」
すると瞳さんに少しの沈黙があったあと・・
「・・・・えっと、いや・・いいわ。そうね。」
「え?何でしょうか?気になります。」
何かを話そうとして、言い淀んだ瞳さんの言葉が気になった。
「あの・・言いにくいんだけど、栞ちゃんは処女でしょう?」
「・・あの。」
「別に隠し事なんてしなくてもいいのよ。そういえば彼氏が出来たてなんて話をしてたものね。」
「そうなんです。」
「その彼氏はもう連絡がつかなくなったんだっけ?」
「はい。おそらくはもう・・」
「でしょうね。残酷だけど男性が生きている確率は皆無だろうと華江先生も言っていたわね。」
「はい。」
私はつい泣きそうになってしまった・・が涙をこらえる。
瞳さんにだって他のみんなにだって会えなくなってしまった人はたくさんいるのだ。
全員が家族にも恋人にも友達にも会えていない。私だけが辛いんじゃない。
「わかるわ。泣きたいわよね。」
「でも、泣くわけには。」
「大丈夫よ、大人の私たちだって泣きたいもの。気持ちは痛いほどわかる。おそらく強い華江先生だってそうでしょうね。」
「はい。」
「あの人はその大切な物を取り戻すために、必死に考え続けて研究を止めないのよね。私ね先生の姿勢を見てあきらめちゃいけないんだって、いつも心に言い聞かせているのよ。」
「瞳さんのような強い人でもですか・・」
「ううん、私なんて強くないの。里奈がいるから強くいられるだけ・・彼女がいなければとっくに崩れていたわよ。」
「里奈ちゃん・・」
「私、マネージャーとして社長からも親御さんからも彼女を任されたのよ。これまでずっと親のような気持になって守ってきたの。だから彼女が生きる意志を見せる限りは頑張らなくちゃ。 」
「はい。」
「きっとね翼さんにも優美さんに対してそんな気持ちがあるわ。同じ会社の後輩でずっと面倒を見てきたんだって・・」
「わかります。特別な気持ちがありますよね。」
「ただね翼さんはね、栞ちゃんと同じ・・」
「未経験ですか・・・」
「ええ。」
瞳さんにはわかるようだった。
どうやら大人の女性たちにはバレてるみたい。
「里奈ちゃんもですよね。」
「そう・・これまで私が芸能界で虫がつかないようにずっと守って来たから。」
「でも彼女はまだ高校生。荷が重いですよね。」
「そうね。でもこんな極限の世界を生きるために彼女達は決心はしているわ。」
「翼さんと里奈ちゃんが・・」
「ええ。」
「たしかに一生懸命です。彼女達は・・」
「ありがとう。里奈なんか女優として暮らしてきたからちやほやされ慣れしてるのにね、いまでは家事も施設の管理の手伝いも出来るようになったの。」
「はい。」
女優さんに限らず私たちも本当にいろいろ出来るようになった。
皆が必死に苦手な事をクリアしてみんなの負担にならないようにしてきた。
それがあって今の生活が成り立っているのだった。
「あゆみちゃんもまだ高校2年生です。親を亡くし兄弟を亡くしてとても辛いけどやっています。だからこそですよね大人の私たちがへこたれるわけにいきません。」
「そう思うのよ。だから栞ちゃん・・お互い気持ちを支えながら頑張りましょう。」
「はい。なんだか・・気持ちが少し晴れました。」
「ふふ。私もよホントにこれでいいのか?なんて悶々としていたから。」
「はは、私もだったんですよ。」
里奈ちゃんとあゆみちゃん・・彼女らはまだ高校生なのに子供を孕まなければならないのだ・・
そんな重責をこれから背負わねばならない。
でもその現実を受け入れて頑張ろうとしているのだった。
「瞳さん・・二人の所に行きませんか?」
「そうね。」
私たち二人は里奈ちゃんの部屋に行く事にした。
コンコン
「はーい!」
部屋のドアを開けて里奈ちゃんが出てくる。中にはあゆみちゃんもいて二人でゲームをしていた。
「里奈。遅くにごめんね。」
「ううん。なんだか悶々としてあゆみと私も眠れなくて・・」
《そうか・・この二人も私と同じ気持ちなんだ。》
二人が愛おしくなる。
まだ女子高生なのにこの現実を受け止めようとしている。
私と瞳さんは顔を見合わせてニッコリ笑う。
「私達もゲームにまぜて!」
「はい!」
私たちは里奈ちゃんとあゆみちゃんの部屋に入っていくのだった。
《・・今・・優美さんはきっと頑張っているはずだ!》
高校生二人や私たちの為に一番バッターとして。
きっと素晴らしい結果をもたらしてくれるはず・・
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