第54話 疑似ゾンビウイルス ー長尾栞編ー
本を回収して家に帰ると、またほんの少し町は荒れているようだ。
「やはり多かれ少なかれゾンビがわいたようですね。」
遠藤さんが言う。
「そうみたいですね・・」
私もぽつりと言う。
「早く中に入りましょう。」
背筋が寒くなってしまったようで、身震いしながら翼さんが早く家の中に入ろうと促す。
門をくぐりRV車を敷地内に入れる。
車を降りて玄関の前に本や食材を置いた。
インターフォンを押すと中からカメラを覗いた誰かがカギを開けてくれた。
「ただいま帰りましたー」
遠藤さんが先頭で家に入っていく。中の自動ドアを通ってリビングへ。
すると地下からみんながあがって来た。
何やら興奮気味の様子で、華江先生が話しかけてくる。
「おかえりなさい!ちょっと成功したことがあるの!」
「え!どうしたんですか?」
「遠藤さんが帰って来たことでゾンビ細胞は無くなってしまったのだけど、残った細胞を何度も培養したり解析した結果、疑似ゾンビ細胞を作り出すことに成功したのよ。」
「え!出来たんですか!?」
遠藤さんがビックリしたように言う。
「本当に華江先生は素晴らしいです・・」
あずさ先生も感動しているようだった。
「皆すぐにラボに降りてきて!」
華江先生に言われるまま皆が地下に降りていく。
そして華江先生は全員がそろうのを確認してからモニターをつけて電子顕微鏡をのぞき込む。
「えっとこれが疑似ゾンビウイルス。」
モニターの映像に映し出されるのは、何やらうごめく変な形の細胞のようなものだった。
「で、これが普通の健康体の人間の頬の粘膜からとれた細胞。」
映像の中でゾンビウイルスの近くに細胞を落とすと、ゾンビ細胞はその細胞に近寄って行ったのだった。
「え・・まるで意志があるみたいですね・・」
「ええ。」
ゾンビ細胞はチクリと針を刺すように正常細胞に触手を伸ばし、そのまま融合してまた2つになる。
すると2つの疑似ゾンビウイルスが発生した。
「こういう仕組みでゾンビウイルスは感染していくの。普通のウイルスとは動きが全く違うわ。どんどん体の組織を破壊してあっというまに再構築しゾンビにしてしまうのよ。」
「この疑似ゾンビウイルスは危険じゃないんですか?」
私が質問する。
「いえ、本物のゾンビウイルスと違って空気に触れると死んでしまうわ。人間が持つ唾液などでも殺せるばい菌よりも弱いウイルスよ。疑似的に作るのはここが限界。」
「そうなんですね?この疑似ウイルスを実験に使うわけですね。」
華江先生はこういった。
「そう、だからちょっと遠藤君の頬の粘膜や皮膚、髪の毛や、唾液をもらうわ。それをもってこのウイルスがどう反応するのか調べるのよ。」
そして遠藤さんは華江先生から細胞を採取された。
これで研究が進むのだろうか?
・・とにかく私たちの希望はこれしかなかった。
「シャーレに取り出していくわ。」
皆は顕微鏡からモニターに映し出される、疑似ゾンビウイルスと遠藤細胞の試験を見る事となった。
「まずは髪の毛の細胞」
シャーレに落とされる遠藤さんの髪の毛の細胞、それを疑似ゾンビウイルスに近づけていく。
すると先ほどとは違う反応が見られる。
遠藤さんの髪の毛に近づかない・・疑似ゾンビウイルスは遠藤さんの髪の毛に近づく気配がないのだ。
さっきは他の人の健康な細胞に近づいて感染していたのにだ。
しかし・・疑似ゾンビウイルスは消える事がなかった。
「遠藤君の細胞にはウイルスは近づかないみたい。ただ消去細胞は髪の毛ではないようね疑似ウイルスは消えないわ。」
「では次に・・頬の粘膜を・・」
疑似ゾンビウイルスに頬の細胞を近づける・・すると同じような反応になった。
ゾンビウイルスは頬の細胞に近づかないのだった。しかしゾンビウイルスは消えない。
「やはり遠藤君の細胞には近づかないみたい。これも・・だめだわ消えない。」
次は皮膚を試してみる。
皮膚の細胞がシャーレに落とされるが・・これもゾンビウイルスが近づかないだけで、消える事はなかった。
「皮膚でもないわね。」
「なんで消えないんですかね!?」
遠藤さんが焦るように聞く。
華江先生は首を横に振るだけだった。
「次は唾液をしらべるわ。」
「はい。」
そして唾液に疑似ゾンビウイルスを近づけるが結果は一緒だった。
「えっ・・だめだわ。飛沫感染するウイルスだから唾液かと思ったんだけど、消えないみたい。」
「あとは・・血液だけですね。」
「そうね・・」
そして血液を疑似ゾンビウイルスに近づけてみる。
しかし・・血液もゾンビウイルスを消す事は出来なかった。
だが血液細胞を近づけるとウイルスは少し違った動きを見せた。
ゾンビウイルスの動きは鈍くなってしまったのだった。
「これだけ・・反応が違うわね。」
「そのようですね・・」
「でも・・これだけじゃわからないわ。」
「どうすればいいのでしょう?」
「もうすこし時間をもらわなければいけないようだわ。疑似ゾンビウイルスも改良しなければならないみたいだし。」
「わかりました。」
華江先生はちょっと落胆しているようだった。
この結果次第でいろんなことが分かると思った事が分からなかったようだ。
しかし悪い事ばかりではなく他の人間の細胞と違って、疑似ゾンビウイルスは遠藤さんの細胞には近づかないという事だけわかった。
ここからは疑似ゾンビウイルスの改良と、遠藤さんのDNAなどの調査を重ねて検証していくしかないらしかった。
「でも・・素晴らしいです華江先生。」
あずさ先生が尊敬のまなざしで言う。
これ自体がほとんど神の領域なのだそうだ。
確かに・・疑似細胞を作り出すというのは素晴らしい。
確か治療などに使える細胞を作ったノーべ〇賞科学者もいたと思うが・・
「これが成功したら間違いなくノーべ〇賞よ・・」
華江先生は力なく笑ったのだった。
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