第25話 風呂のあとで・・ ー長尾栞編ー
その夜。
やっといい香りに包まれて眠れる事に感謝しながら布団にもぐった。
恐怖が無くなった訳じゃない・・でも一人で怯えて眠るのと、綺麗な体で男の人が側にいるのとでは雲泥の差だった。
ただ・・
よくよく考えると風呂上がりのいい香りの体に・・男性と二人きりの部屋・・
《あれ?これ大丈夫なのかな?》
いまさらながら・・男性と二人きりの部屋に戸惑っていた。結局、唯人君とはなんの進展もなかった。そんな私が見ず知らずの男性の部屋で、お風呂上がりの石鹸とシャンプーの香りを漂わせながら・・
ふと遠藤さんをみると、携帯を見ながら難しそうな顔をしている。
《きっと大丈夫。》
「あの・・」
「はい!?」
遠藤さんが声をかけてきた。思わず声がうわずる。
「ん?どうしました声がうわずってましたけど・・」
「い、いえ!大丈夫です。どうしました?」
「おそらくあと1週間ほどで食べ物がなくなるでしょう。」
《そういう話だよね!そうだよね。》
「いえ・・遠藤さんにはお世話になってばかりで何と言っていいのか・・」
「いや!そんなことはどうでもいいんです。でもいろいろと情報をとらないとなと思っています。どこかで食料は手に入るんでしょうかね?店ってこの状況で開いているものなのでしょうか?」
「たしかに・・こんな状況でスーパーなんかやってるわけないですよね?」
「そうなんです。とにかく調べたいと思います。電気が来ているうちに携帯で情報を得ようと思っています。」
「私も探してみます!」
「はい。でも今日はもう遅い。明日の朝から調査を始めましょう。」
「は、はい。」
このマンションはワンルームマンションなので部屋はそれほど広くなかった。部屋の広さは8畳程度で台所は別なのでまるまる部屋として使えるのだが、二人で使うとなるとそれほど広くはなかった。
ベッドのとなりに布団を敷いて寝ているが、遠藤さんとの距離はそんなに遠くなかった。
手を伸ばせば届いてしまう。
「じゃあ・・電気消しますけど・・いいですか?」
「おねがいします。」
電気を消されるとちょっと緊張してくる。なかなか寝付けなくなってしまった・・
《きっと大丈夫だよね?遠藤さんはイイ人だもん。》
しかし考えれば考えるほど目が冴えてきた。
ついつい、寝苦しいように寝返りをうってしまう。
もぞもぞ
・・もぞもぞ
「あの・・栞さん・・」
《キ・・キター!ヤバイ!》
「は、はい!」
つい高い声を出してしまった。
「いや・・寝つけないようですね。ココアがあったと思うので温めて飲みますか?」
「あ、ありがとうございます。ではお言葉に甘えて・・」
優しい声をかけてくれるだけだった。
また電気がついた。明るくなって目がしぱしぱする。
「じゃ待っていてください。」
「はい。」
《きっと遠藤さんは安全な人だ。うん・・そう思う。》
遠藤さんは台所の方に行ってしまった。目が冴えてしまったのでSNSをチェックしてみる。
《・・連絡はないか。》
誰からも連絡はなかった。本当に誰からも連絡がこなくなってしまった。
「お待たせしました。」
「ありがとうございます。」
ココアをレンチンして持ってきてくれた。
「なかなか考える事ばかりで眠れませんよね?俺もそうです。眠りが浅いというか・・」
「わかります。もう目を瞑ると考え事ばかりしてしまって。」
「親とは連絡がつかなくなってしまったし、もう話が出来るのは栞さんだけになってしまって。」
「はい・・わたしもまったく同じです。親からの連絡も途絶えてしまいました。」
「不安ですよね。」
「不安です。」
「警察とか自衛隊は何をしているんでしょうね?」
「ええ、彼らがなんとかしてくれるものばかりと思っていました。」
「ここ・・日本ですもんね。これってウイルスのせいですかね?」
「SNSでの情報ではそうだろうと言われてますね。」
夜になって眠れずにいる私の話に付き合ってくれていた。この人は底抜けにお人よしなのかもしれない。
「栞さんのお友達も連絡来ませんよね。」
「はい・・どうしてしまったのか。」
「きっと何かの理由でスマホをなくしてしまったとか、電源がとれない状況にあるとかそんなところだと思いますよ。」
《そうだろうか?いきなりスマホが通じなくなってしまった。食料を調達するという連絡が来て・・それから全く連絡が無い。でも遠藤さんは気遣ってくれて慰めを言ってくれる。》
「そうですね。きっと電源が取れない状況なんだと思います。」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
会話が切れてしまった。なぜか不意に何も話す事が無くなってしまい・・次の言葉が浮かんでこない。どうしよう・・
「あの!」
「あの!」
二人の言葉がかぶってしまった。
「栞さんどうぞ!」
「遠藤さんが先に!」
「いえいえ栞さんから!!」
《どうしよう。実は話す事なんて何もなかった。》
「あ・・あの・・このシャンプーお気に入りなんですよ。」
《えと!私は何を言ってるんだろう!?いきなり脈絡のない話をしてしまった!そんなことを言われても男の人は困るよね。》
「あーすっごくいい匂いします。シャンプーの匂いでしたか。」
「ですよね。いいお値段するんですが自分へのご褒美で買っちゃうんです。」
「あーいいですよね!自分へのご褒美は大事だと思います。」
「遠藤さんは自分へのご褒美は?」
「本を・・買います。」
「本!私も好きなんですよ!」
「俺は偏ったものを読みますが・・」
「好きなら何を読んでもいいと思います!」
「ですよね!」
そうか・・この人も本が好きなんだ。共通点があることに少しほっとした。なんだか落ち着いてきた。
「あの・・遠藤さんのお話は何だったんですか?」
「ああ・・そろそろ寝ましょうかと言おうとしました。」
《あ・・そういうこと・・》
「はい。眠れそうです。」
「それは良かった。おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
わたしの取り越し苦労だった・・
電気を消して眠りにつくのだった。
次話:第26話 ふたりでビールを




