第24話 共同生活 ー長尾栞編ー
「遠藤さんは今まで誰かと連絡をとったりしていました?」
私が遠藤さんに聞いてみるとちょっと曇った顔で答えてくれた。
「親とは連絡とっていたんだけど、後は会社に電話してみたけど誰も出ないんです。」
「やっぱり会社は、やってないんですね。」
「会社には誰もいないみたいです。」
「会社の他の人とプライベートで話したりしなかったんですか?」
「はは・・俺、会社に話す人いないから特には・・」
《なんか遠藤さんにまずい事聞いちゃったみたい・・だんだん顔が曇って来た。どうしよう・・》
「遠藤さん!よくこれまでのあいだ食料が持ちましたね。」
「あ、ああ!俺は業務用スーパーに行って大量買いして、小分けするのが趣味だったりするんですよ。」
「おもしろい趣味ですね。」
「おもしろい?・・ですか?」
「ああ、あの面白いというか楽しいというか・・」
「いいんですいいんです。地味な趣味なので・・」
なんだろう。気まずい・・会話がぎくしゃくしてしまう。どうしたらいいんだろう?
「とにかく俺がストックしている食料も限界があるので、二人でどこまでできるか計算してます。普通に節約して一日3回食べて2週間ってところですか・・」
「えっ!そんなにもつんですか!」
「はい、直前に十分食べ物を買い込んでましたから。」
「凄い趣味だと思います!こんなに頼もしい事はないです!」
「ガスがきているのが不幸中の幸いです。」
「それもいつまで、もつのか分からないですもんね。」
「とにかく行けるところまでいきましょう。」
よかった。
ただ・・いま気になるのは二人ともお風呂に入っていなかったので汗臭くなってきていることだった。
《でも・・自分の部屋でお風呂に入るのはなんとなく怖いし・・なんて言ったらいいんだろう?》
と考えていたら、遠藤さんの方から私に言ってくれた。
「あの・・俺そろそろシャワー浴びようと思うんですよ。というか風呂ためて入ろうかなと・・」
「あ、お構いなく。私はまだ・・」
なんか急に言い出せなくなってしまった。よく考えたら男の人の部屋のお風呂に入りたいなんて言えないし・・唯人君の部屋にだって泊った事ないのに、もう遠藤さんの部屋には泊まってしまってるし・・図々しいかもしれない。
「いえ、栞さんよかったら先にどうぞ。俺が見張ってますから問題ないです。俺もちょっと怖いので後で入っている時に警戒しててもらえませんか?」
「そうですね!お互い様ですもんね!ではすみませんがお言葉に甘えてお風呂をつかわせてもらいます。」
遠藤さんの優しい気づかいに感動する。どうやら本当にいい人らしかった。
「とりあえず、ガスが来ているうちに入っちゃいましょう!じゃあ俺お湯を溜めてきますね。」
「すみません。おねがいします。」
遠藤さんはお湯を溜めにお風呂場に行った。
私は自分のスマホでSNSに誰かから連絡が無いか見てみる。
しかし・・なっちゃんからも梨美ちゃんからも連絡は来ていなかった。唯人君や雷太先輩も何も音沙汰がない。
というか・・スマホってまだ使えるのだろうか・・
「みんな・・無事かな。」
悲しくなって涙が浮かんできた。
「なっちゃん・・どうしてるのかな・・」
ポトッ
絨毯に涙が落ちてしまった。
すると浴室の方から遠藤さんが声をかけてきた。
「あと少しかかります!もうちょっとくつろいでいてください。」
遠藤さんは私が一人で部屋にいるので、心細くなっていると思ったのか声をかけてきてくれる。この人は本当に優しい人だった・・。私より3才年上の余裕なのかもしれない。
お風呂を待つあいだSNSでいろんな人の状況を確認しているが、あまりいい情報はなかった。
「ネットはまだつながってるんだ・・」
世界はどうなっているのか?
わからなかった・・
この部屋の中だけが今の私達の世界だった。
「あ栞さん!お湯。溜まりましたよ。」
遠藤さんが声をかけてくれた。
「ありがとうございます。あの・・こんなことをお願いするのは気がひけるのですが・・」
「ああ!何でも行ってください!石鹼とか栞さんの部屋に取りに行きましょうか?」
「いえボディソープは持ってきています。」
「はい、何をしましょう?」
「あの私が入っているあいだ・・脱衣所のドアのすぐ前に居てくださいませんか?」
「あ、ああ!もちろんです!見張る約束です。怖いですもんね!安心して浴びて来てください!」
「ありがとうございます。」
そして私は遠藤さんと一緒に脱衣所に行って、遠藤さんをそこに待たせてドアを閉めた。
《ひさしぶりのシャワー。久しぶりのお風呂・・大好きなお風呂・・ゆっくりしたいけど遠藤さんが待っているし手短にしなくちゃね。》
「本当にすみません。」
「お互い様ですから。」
「ありがとうございます。」
服を脱ぎながら遠藤さんに言う。
ガチャ
シャワールームに入って蛇口をひねる。
シャー
ぬるめのお湯を首元からかけて胸元に向けて汗を流していく。そしていつもの通りにシャンプーで頭を洗い始める、自分の部屋から持ってきたシャンプーだった。久しぶりの甘い香りのするアミノ酸系のシャンプーで念入りに頭を洗う。
《今は遠藤さんを待たせているから・・》
すぐに泡を洗い流してトリートメントする。そこそこに髪に馴染ませてから洗い流す。
ボディータオルにロカシタヌの石鹸を乗せてよく泡立てて体を洗い流す。
《ふう・・怖かった日常がほんの少し普通の日常に戻ったみたいだ》
そして全身を洗ってシャワーで洗い流す。
最後は保湿洗顔ソープを泡立てネットに乗せてクシュクシュと揉み泡立てる。きめ細やかな泡で顔をゆっくり洗う。
《そういえば怖くて・・化粧をずっと落とし忘れてたかも・・なんか・・荒れてる?》
少し荒れた肌を洗っていると・・ポロポロと涙がこぼれ落ちた。早く普通の生活に戻りたかった・・でも普通の生活?世界は元にもどるんだろうか?どんなにSNSで情報をひろっても良くない情報ばかり、世界は終わってしまったんだろうか?
いくら考えてもわからない。
とにかく顔の泡を洗い流してからだの泡も落としていく。
「遠藤さんが溜めてくれたお風呂につからせてもらおう・・」
私の部屋と同じユニットバス。
でも久しぶりの温かいお湯に凄くリラックスできた。遠藤さんが待っているので、そこそこに温まったらお風呂を上がった。脱衣所にあったボディタオルで体を拭いて用意していたオフホワイトのブラジャーとパンティを身に着けた。
洗面所の鏡で顔を見る。
「目の下のクマがひどい・・」
ずっと眠りが浅かったからかもしれない。
ジェラルタピクのパジャマの上下を身に着けた。しばらく普段着で眠っていたからゆったりとした服を着る。
ガチャ
「あの・・ありがとうございました。あ・・すっぴんなので恥ずかしいですが・・。あとパジャマですみません。」
私はすっぴんを見られるのが恥ずかしくてうつむいた。
「お風呂に入る前と後で全然変わらないですが?すっぴんなんですか?」
「はい。すっぴんです。」
《この人・・いきなりストレートに言ってくるんだ。まあ裏表がなくていいけど・・》
「そしてパジャマの方がゆったり眠れると思いますよ!」
お世辞なのかなんなのか分からない言い方だったが、ちょっとだけうれしかった。
「ゆっくり浸からせてもらいました。」
「もっとゆっくりしてきて良いって言っておけばよかったですね。急いじゃったんじゃないですか?」
「いえ、大丈夫です。」
「それならいいんですが、じゃあ俺も入ってくるので適当にしててください。」
「あ、はい。でも私もこのあたりに居ます。 」
「すいません。心強いです。」
そうして遠藤さんは脱衣所に入ってドアを閉めた。
私は脱衣所の前に鏡を置いて化粧水をはたいた。
「ふぅ・・少しは・・」
ほんの少し体の力が抜けた気がした。
次話:第25話 風呂のあとで・・