最終話 数百年後の僕たち
遠藤近頼之神。
この世界を救った神様。
数百年以上前に実在した人物らしく、世界では近頼之神と呼ばれ崇め奉られている。だが皆が皆、近頼之神を信仰しているわけではない。俺達のような若い人からすれば、大人たちが拝むから拝んでいる程度のものだ。
「歴史は好き?」
俺の彼女が首に腕を絡ませながら読書の邪魔をしてくる。いつも俺が勉強をしていると、絡んで来るのだ。まあそんなところも可愛いのだが。
「まあね。だって信じられるか?俺もお前も元をたどれば、一人の父に行きあたるって言うんだぜ。てことは人類みな兄妹って事じゃないか。神秘的っていうか、不思議で面白いって思うよ」
「そんなの本当かどうか分からないわよ」
確かに彼女の言うとおりだ。文献としていろいろと残ってはいるが、それが真実だとは限らない。どこかで誰かが考えた話が広まっただけかもしれないし、俺達が神様の子だなんていうのも、きっと作られた話なのだろう。歴史なんて半分は盛られているに違いない。
「お前は本当にいたと思うか?」
「近頼之神?」
「ああ」
「わかんない。だって神様って普通は姿が見えないものじゃないの?人間だったっておかしくない?」
「確かにな。今も皆を不思議な力で守っているなんて、迷信が信じられているけど、守られているなんて思ったことないよな」
「ほんとほんと。守られているって、一体何からっ?て感じよね」
「だよな」
俺の彼女は目がクリっとして髪の毛はサラサラ。細身の真面目な女の子だ。
「ていうかそろそろ、どこか行かない?」
暇になった彼女が俺を誘う。
「だな。じゃあ海でも入りに行くか?」
「賛成!」
俺達の住んでいる場所は、コロニーと呼ばれる集合住宅だった。いずれは金を稼いで、一軒家を買いたいと思っている。俺も彼女も今日は仕事が休みで、一緒に家でゴロゴロしていたのだった。
俺と彼女は部屋を出て、建物のすぐ前にある駐車場へと向かった。金を貯めて買った二人乗りのソーラーカーだ。人間が数人で持ち上げられるほどの重さで、40キロものスピードが出る。
「少し暑いな」
「そうだねー、夏だもんね」
「まあ気持ちよさそうだ」
シューっと静かにソーラーカーが走り始める。道を走るとあちこちに鉄の塊があり、あれもこのソーラーカーと同じように車として動いていたらしい。あんな錆びだらけの鉄くずが動いていたなんてにわかに信じられない。
彼女が道沿いの森林の中にある木造の建築物を見て言う。
「あれも昔の人が住んでたのよね」
「そうだね。今にも崩れそうだけどね」
海までの道沿いには古代住居があるが人は住んでいない。近頼時代のものでも未だに使われている物もあるが、木で作られている住居はほとんどが朽ち果てている。
「お参りして行こうよ!」
「そうだな。寄ってくか」
彼女が言うので、俺は桜輔神社に立ち寄る事にした。神社はガラス張りの建物で、ソーラーの自動ドアをくぐると中に桜輔が奉られていた。
「この建物も昔に作られたんだよな」
「不思議よね」
そして俺と彼女は祭壇の前にきて、胸の前に手を組んでお参りする。
「俺は冒険神の桜輔様は実在したって信じてるんだ」
「そうなんだ」
「この世界の全てを回って、人々に生きる力を授けてくださった英雄らしいじゃん。英雄ってなんかカッコいいよな」
「近頼之神は信じてないのに、その子であるとされる桜輔様は信じてるんだ?」
「まあね。冒険神ってなんか強そうだし、あちこちで言い伝えがあるし面白いじゃん」
「あなたって、ロマンチストよね」
彼女がまた腕組みをしてくる。
彼女は優秀で十二歳から二年間、ソーラー研究所で働いていてとても稼ぎが良い。俺も十二歳から働いているが、幼児を集めて面倒を見る託児所の職員で、彼女より稼ぎは少なかった。でも俺はその仕事に誇りを持っている。子供は未来だと昔から親に教わって来たのもあるのかもしれない。もとより、決められていた仕事なので不満も無い。それは彼女も同じだ。
「冒険してみたいなあ」
「冒険かあ…そんなの歴史書でしか読んだことないわね」
「いいよなあ」
「ねえ!そんなことより早く海に行こう!」
「だな!」
俺と彼女はまたソーラーカーに乗って海に向かった。
森を抜けると目の前には一面の海が広がっていた。浜辺の端のほうに朽ち果てた建造物があるが、あれはフェリーという『船』と呼ばれたものらしい。立ち入り禁止となっている場所だ。
「ついた」
「風が気持ちいい!」
俺と彼女は車を降りて砂浜に向かう。
「はやくはやく!」
彼女は小走りに波打ち際へと急いだ。俺もそれを追いかけるように走る。海は穏やかでカモメが飛んでいた。一組の先客がいて、その二人は既に裸で海で遊んでいる。
「遅いよー!」
「そんなに慌てるなって」
彼女は一気に服を脱ぎ捨てて、海へと入って行った。俺も服を全部脱ぎ捨てて海に入る。
「気持ちいい!!」
「本当だな!」
「来て良かったね!」
「ああ!」
俺達が海につかりながら騒いでいると、それに気づいた二人の裸の男女が俺達に手を振った。それに気づいた俺達も手を振り返す。
きっと俺達のように、今日休みを与えられた二人だろう。
「ほら魚!」
「本当だ」
水中にキラリと光る小魚が居た。その小魚は俺達が近づくと逃げて行った。太陽が燦燦と照り付けて俺達の体をじりじりと焼く。
「ねえ、あのフェリーって本当に別世界に行ってたのかな?」
彼女が聞いてくる。
「そうらしいよ。この世界以外のどこかへ行っていたらしいって、文献には乗っているよね」
「そこに人は居るのかな?」
「歴史書では居たって書いてあるし、証拠の写真もいっぱい残ってるからいたんだろうね。でもそれが本当かはわからないけどね」
「今もいるのかな?」
「わからない。病気とかって言うのが蔓延して絶滅したとも言われているし、実際の所はどうなんだろう?」
「病気が蔓延って言うのも、なんだか嘘くさいよね」
「きっと、歴史がねじ曲がって伝わってるんだろう。だって俺達の周りに病気のやつなんか一人もいないぜ」
「病気って一体何か知りたいよね?」
「きっと、俺達が悪さしないような迷信なんだと思うけどね。だって信じられるか?その病気とやらにかかると、死んだまま動いて人間を襲うなんて」
「ないない!そんなわけない!死んだ人間が動くわけないよぉ!」
「だよな!」
「「はははははは!」」
そんな事を話ながら、俺達は水をかけ合い戯れるのだった。海の向こうに別世界があるなんて、ちょっと信じられないけど実際の書籍には記録がある。もしあるのならいつか行って見たいものだ。病気とやらもなんだかよくわからないが、俺達の周りにそんな奴は居ないのできっと迷信なのだろう。
しばらく遊んだ俺達は、水から上がって持ってきた水を飲んだ。
「ふう。気持ちいいね」
「うん」
「体乾いたら帰ろうか」
「だね」
俺と彼女が海を見つめながら、迷信のような話に妄想を膨らませる。冒険とやらが出来るとすればその別世界の事なのかもしれない。
俺達の日常はこうやって平和に過ぎていくのだった。
この世界には、その平和を守るために破ってはならないルールが二つあった。
一つめは、女として生まれた者は、必ず男と一緒に行動し続けなければならない。生まれた時からそう決められているのだ。俺と彼女は生まれながらにして一緒になる事が決められていた。そして今むこうで遊んでいる二人も、生まれた時に決められた二人なのだ。
そしてもう一つは十五歳になったら子作りをすること。
子作りはとても大事な事らしく、それが出来ないと一人前とは認められないのだ。これは古くから決められた決まり事らしく、もう間もなく俺と彼女は十五歳になる。そしたら二人で子作り講習会に行く事になっていた。一体どういう事をするのかを教えてくれるらしい。
裸の俺と彼女が仁王立ちで海を眺めていた…
海の向こうにあるという、本当にあるのか分からない世界を。
「さ、そろそろ帰ろうぜ」
「そうね」
俺達は服を着て、停めてあるソーラーカーへと歩き出す。俺が彼女の手をぎゅっと握りしめると、彼女は俺の顔を見てにっこりと微笑むのだった。そして彼女も俺の手をぎゅっと握り返してくる。
俺は心でこう願った。
この幸せが果てしなく続きますように。