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第198話 旅立ち

 桜輔が冒険へと旅立つ日が来た。


 俺と美桜と桜輔の三人が、ボウガンやショットガンを装備してホテル内の階段を下り地下に着いた。こそこそと準備して、誰にも気が疲れないように武器を運び出したのだった。


「そろそろ時間ですね」


 桜輔が俺に言う。


「大丈夫か?」


「問題ありません」


見張りの交代の時間を見計って、皆の目を盗みホテルの地下から外に抜け、こそこそとバリケードの外へと出る。


「周辺の建物にも見張りがいるから気が抜けないぞ」


「はい。どこが見張りの死角になっているかは、全部掌握してます。俺について来てください」


「わかった。美桜も遅れないようにな」


「ええ」


 桜輔は隠れ家へ行くまでの見張りがいる建物を完全に把握しているようで、すいすいと街を歩いて行く。都会はすっかり荒れ果ててしまい、あちこちに木が生え野生動物もちらほら見かけるようになった。この世界はゾンビと人間だけが危険なのではない。野生動物も警戒しなければならないのだ。むしろゾンビに合わない俺達には、野生動物が一番のリスクと言えた。


「父さん。もう見張りのいる建物ゾーンは抜けました」


「そうか、なら走るか?」


「そうしましょう」


そして俺達が駆けだして、十字路に差し掛かろうとした時だった。


「と」


 桜輔がビルの角で止まり、通りの向こう側を覗き込むようにした。


「どうした?」


 俺は桜輔の後ろに並んで尋ねる。美桜は怖がっているのか、俺の背中にしがみついていた。ゾンビは居ないが、これまではこんな少人数で動くことが無かったためだ。


「野犬が三匹。という事は近くに群れがいる可能性があります」


「そうなのか?野犬は厄介だな」


「大丈夫です。こういう時はルートを変えるだけですから、建物から建物へと移りながら慎重に行きます。どこに野犬の巣があるかなんとなく推察できますので、そこを避けて行けば群れに襲われる事はありません。それに…」


 桜輔が、リュックサックからラップに包まれたなにかを取り出した。


「それは?」


「肉のついた牛の骨です。これを放れば匂いにつられてそちらに向かいます。いざという時はこれを使います」


 だいぶ手慣れていた。何度も何度も自分の隠れ家に行くために試行錯誤してきたのだろう。俺は桜輔に対し尊敬の気持すら覚える。


「凄いな」


「はは…序の口ですよ。一人で拠点を離れて遠くまで行った事もあります」


 その言葉を聞いて俺は美桜を見る。


「そう。拠点を離れる練習という事で、何度か出てたわ」


「頼もしいな」


「大したことはありませんよ」


 大したことある。いくらゾンビに合わないとはいえ、野生動物に出くわしたらどんなことが起きるか分からない。俺達は昔この近くで、動物園から逃げたヒグマと死闘を繰り広げた事がある。


「行きます」


「ああ」


 桜輔は他のルートを歩き、野犬を難なくやり過ごした。


「野犬の群れはもう居ないのか?」


 不安になり桜輔に尋ねる。


「先ほどの位置に、三匹いましたよね。でしたら巣の方角や群れがいるであろう場所も大まかに分かるんです。おのずと迂回路が頭に浮かびます」


「凄いな…」


「えっと…序の口です」


 桜輔には自信があるようだった。


「だがあまり自信を持つと足元をすくわれるぞ」


「忠告は聞いておきます。もちろん慎重に行くべきところと、更に危険なものは何かがわかるんです。ただ、野犬程度は何の脅威にもなりえないという感じです」


「そうなのか?」


「はい。もっと危険なものもいますから、別に大したことではないのです」


「……」

「……」


 俺と美桜は言葉を失った。自分らの息子がこんなに逞しくなっていた事に驚いたのだ。この自信は今まで何年もかけて培ってきた、経験値に支えれらたものらしい。


「あと、隠れ家に着いたら、もう一台の車がありますのでそれに乗って帰ってください。たぶん俺が居なくなると危険だと思います」


 俺達の後のことまで心配してくれている…凄い奴だ。


「分かったよ…もうお前に任せる」


「ありがとうございます」


 その後、桜輔はスルスルと進み、一時間ほどで隠れ家へと到着した。なんと隠れ家は下町の自動車工場だった。そこには何台もの車が並び、修理も出来る設備があった。


「整備工場か」


「と言うのですね?」


「そうだ」


 桜輔はゾンビの世界になってから生まれた子だ。もちろん整備工場なんてものを知る由もなかった。本能的にこの場所を隠れ家に選んだだけのようだ。


「あれが、俺が乗っていく車です」


「おお!」

「凄い!」

 

 俺と美桜が思わず声を上げる。


 桜輔が指さす先には、車体に金網や装甲を追加した大型のRV車が置いてあった。フロントも装甲で隠れているが、たしかJeepとかいう車だったと思う。


「こんな高級車よく見つけたな」


「高級なんですか?」


「知らないで用意したのか?」


「都内を駆けずり回って、力のある車を探した結果これになったんです」


「…そうか」


 ならもう何も言うまい。


 桜輔は自分の目で確かめて、冒険に耐えうる車を探し出したらしい。その高級車は金網や装甲で強化されているのだが、そのすべてが溶接されていた。


「溶接したんだな」


「ボルトや針金だと弱いんです。溶接なら装甲が、ぶれる事も外れる事も無いんです」


 恐れ入りました。


「じゃあ…」


 桜輔が言うので、俺と美桜が背負っている食料の入ったリュックサックを降ろす。桜輔は自分でも食料をため込んでいたらしいが、出来るだけ多くの食料を持っていってもらおうと考えた俺が、分担して持ってきたものだ。


「これを持っていけ」


「こんなにたくさん…良いんですか?みんなの保存食なのに…」


「良いんだ。これでしばらくはしのげるだろ?」


「ありがとうございます。いざという時に食べます」


「そうしてくれ」


 そして桜輔は俺達からリュックを受け取り、荷物が満載になっているJeepに放り込んだ。


「武器はあるんだろ?」


「もちろんです。自動小銃と拳銃、ショットガン、ボウガンもありますよ」


「弾薬はあるのか?」


「もちろんそれも大量に載ってます」


「防弾チョッキは着たか?」


「当然着てますよ」


「サバイバル道具一式は?」


「当然です。心配しないでください。俺は数年もかけて試行錯誤して準備したんです。必要なものは全て揃えてありますよ」


 俺は心配になりすぎて矢継ぎ早に聞いてしまった。計画についての説明は受けてきたが、いざとなると心配でならない。息子が危険な場所に行くのに、気持ちを簡単に切り替えることが出来ないのだった。


「母さんも泣かないで」


 俺の隣りでは美桜が泣いていた。それを桜輔そっと抱き寄せて、ポンポンと背中を叩く。


「桜ちゃん…無理はダメよ。体調が悪くなったらすぐに帰って来なさい」


「分かってる」


「…日にちをずらしたらいいんじゃないの?今日じゃなきゃダメだった?」


「ああ母さん、もちろんさ」


「わざわざ誕生日を選ばなくても、他の日があったんじゃない?」


「誕生日だからいいんじゃないか。これ以上は俺の覚悟が揺らぎそうだから…ごめんね」


「…わかった」


 俺は桜輔から美桜を引き離して、代わりにグッと抱きしめてやった。すると美桜は俺の胸に頭をうずめてわんわんと泣き始める。


「ほら!桜輔が行きづらくなるから…」


 そう言いながら俺も涙を溜めている。


「…母さん父さん。拠点までの帰り道はこの車で帰って」


 桜輔はビニールがかけられた車に歩み寄ってバサッと取ると、そこには高級スポーツカーブランドのRV車が置いてあった。しかもピッカピカに磨きをかけてあった。


「プレゼントだよ」


「馬鹿だな…車なんてなんでもよかったのに」


「カッコイイ車だろ?」


「ああ、ありがとう。俺と美桜の宝物にするよ」


「そうしてね」


 いつの間にか桜輔は俺に敬語を使わなくなっていた。俺もようやく父親として接してもらったように思えた。思わず泣きそうになっている俺に、桜輔が笑って言う。


「父さんは俺のヒーローだ。泣き顔なんて見せるなよ」


「ああ…ああ…」


 桜輔の言葉にグッと堪えて、俺は涙を止めた。コイツはいつの間にかとても強い男になっていた。独り立ちするためにコツコツ準備をし、既に心構えが出来上がっているのだった。


「桜ちゃん…」


「ああ、母さん…」


「元気でね。そして自分の本懐を遂げてちょうだい」


「もちろんさ…そうだな…嫁を見つけたら連れ帰ろうかな」


「うん…うん…」


 美桜は泣きながら何度も頭をペコペコと下げる。桜輔がまた美桜をグッと抱きしめてポンポンと背中を叩いた。


「じゃあ…行ってきます」


「元気でな」


「うん。父さんも母さんの事をよろしく」


 そう言って美桜を俺に渡して来た。


「元気で」


 そう言うと桜輔はさっそうとJeepの運転席に乗り込んで、エンジンをかけるのだった。ウインドウを開けて俺達に親指を立てて見せた。


「父さん!母さん!とびっきりの笑顔を見せてよ!」


 桜輔が叫ぶ。


「おおう!」

「ええ!」


 俺と涙にぬれた美桜が一生懸命笑顔を作って、桜輔に手を振った。


「母さんみたいな、イイ女見つけてくるから!」


 そう言って、ブロロロロロロとJeepが走り出した。通りに出てあっという間に、道の向こうの角を曲がって行ってしまった。


「行ってしまったな…」


「ええ…本当に大丈夫かしら…」


「俺達の子供は、俺達が思っているより強かったぞ。あいつならきっと目的を果たして帰ってくるだろう」


「…そうね。そうよね」


「ああ…」


 美桜が涙でぐちゃぐちゃになっている。俺の目からも我慢が出来ずに涙がこぼれていた。桜輔はきっと自分の目的を達成させて帰ってくる。あいつは俺の最強遺伝子を持った、ゾンビの天敵。きっと大勢の人間を救って来るに違いない。


 桜輔の車が曲がって消えた街角をしばらく見つめ、美桜の背中を抱いて俺達の為に桜輔が用意してくれた車に向かう。


「頑張れよ」


 俺はぽつりとつぶやいて、桜輔が用意してくれた高級外車のエンジンをかけるのだった。

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