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第197話 エリア外に出会いを求めるのは間違っていない

 美桜から打ち明けられた日から数日後、スケジュールの調整をして桜輔と話をすることにした。桜輔は美桜に似て目鼻立ちのはっきりした、美少年に育っている。年齢は17歳となり、近頼国では立派な成人として扱われていた。


「よう、桜輔元気にしているか?」


 毎日会っているわけではないので、こちらも少し緊張している。しかも相談された内容が内容だけに、きちんと話さなければならないと思えば思うほど、緊張の度合いは増した。


「すみません。忙しいのに」


 桜輔は自分の息子でいて、他人のような挨拶をする。だがこれは仕方がない、他の子供も全員こんな状態だからだ。滅多に会えず俺が国家の首相という事もあり、いつも子供と会う時は畏まられる。


「そう堅くなるな」


 といいつつ、俺が堅くなっているのかもしれない。目の前に立つ彼に声をかけつつ、手に持っていたペットボトルを渡した。


「まず座れ」


「はい」


 俺と桜輔、そして美桜が個室に居た。ここは普段は使われていない、昔のオフィス階層の一角だった。そこにあった会議室に俺は桜輔と美桜を呼んだのだった。日中なので大きな窓全体から光が差し、オフィス内は電気をつけなくても明るかった。


「全然、会ってやれなくてすまないな」


「仕方ありません。代表は国家元首ですから、忙しいと思います」


 やっぱりよそよそしい。ここには俺と母と息子の三人しかいないのだから、打ち解けて話をしてほしいものだ。小さい頃は父さん父さんと懐いてくれていたが、年頃になってからは本当に他人行儀になってしまった。


「それで、気持ちを聞かせてもらえるか?」


 桜輔がこのコロニーを出て、自分一人で見知らぬ土地を冒険したいと言い出したのだ。俺は桜輔の気持ちを聞いてどうするか決めるつもりだった。


「あの…」


 桜輔が言いよどむ。


「いいんだ。お前の判断を俺はとやかく言わない。どんなことでもいい、洗いざらい話してくれ」


「……」


 桜輔は母親をチラリと見た。緊張しているのかなかなか話出せずにいるようだ。


「とりあえず飲め」


 俺が先にペットボトルの蓋を開けて水を飲むと、桜輔も同じように蓋を開けて水を飲んだ。


「ふうっ」


「少しは、落ち着いたか?」


「はい」


「なんでも言っていいぞ」


「分かりました…えっと…とにかく、この拠点から離れたいんです」


「それは聞いている。でもどうしてなんだ?」


「あの…」


「言っていい」


「はい、ここに居る女性は皆が大人です。そして子供や若い人たちのほとんどが、父さんが同じ兄弟姉妹です」


「そうだな」


 桜輔はそこで俯いてしまう。


「どうした?」


 どうやら言いにくいことがあるらしい。俺は何を言われても今更驚かないし、なんでも言ってくれていいのだが。


「ほら、桜輔。父さんもこう言ってくれてるんだし、言ってみなさい」


 美桜が心配そうに言う。


「美桜は理由を聞いていないのか?」


「はい。直接、近頼さんに言いたいっていうものだから」


「…なるほど…」


 そして俺は桜輔の表情を伺う。そして俺はなんとなく気が付いた。


「あの、美桜。男同士の話って言うのもあるんだ。気分を害したら申し訳ないが、できたら席を外してくれるかな?」


「あ…わかりました」


 美桜はお辞儀をして部屋の外に出て行った。地下のガスタービンが供給する電気で、自動ドアロックがかかる。


「よし。人払いは出来たぞ」


「ありがとうございます」


 やはり母親の前では言い辛い事のようだった。俺の気遣いに桜輔はホッとしたような表情を浮かべる。


「あの、俺…」


「なんだ」


「あてがい女と、種付けしたくないです」


 あてがい女?なんだその単語は?たぶん俺が知らないところで、そう言う呼び方になっているのかもしれない。だが、桜輔が話し辛くならないように俺は察して話す。


「種付けをしたくないって事だよな?」


「そうです、誰かが決めた人とはしたくないんです」


「別にずっと断ってくれてていいんだぞ。したくないならしたくないってずっと言ってろよ」


 すると桜輔が少し険しい顔をして首を横に振った。


「周りの空気が…そうなってないんです」


 俺はその一言で察してしまった。俺がいくら良いと言ったところで、周りの空気がそれを許さないのだろう。それは社会に出た時のある俺ならなんとなくわかった。同調圧力というやつだ、もしかしたらモラハラを受けているのかもしれない。


「もしかしたら、それをしないと『非国民だ』的な事を言われているのか?」


 コクリ。桜輔は素直にうなずいた。やはりそうだった。俺が見えないところで、そんなことも起こっているだろうと思っていた。


「そうか…それが、お前に旅立ちの決意をさせたって事か?」


「もちろんそれも一つあります。ですがもっと根本的な事です…えっと…」


 また言葉を詰まらせた。どうやら俺にも言いにくいことがあるらしい。


「なんでも言っていい。いまさら何を言われたところで、なんとも思わん」


 俺はなんとなく桜輔が言いたいことの想像はついていた。それは恐らく俺自身も抱く想いじゃないかと察していたのだ。


「俺は種馬になりたくない。延々と女をあてがわれて、元首のように毎日頑張るなんて無理だ」


 やっぱり。


「なるほどな。お前の気持ちは分かった。そしてそれは俺も痛いほどよくわかる」


「そうなんですか?」


「ああ」


「元首は…」


「その元首ってのやめてくれ。父さんでいい」


「分かりました…父さんは性のスーパーマンだと思っていました。何でも自由自在、いついかなる時もどんな相手とでも種付けが出来る人だと…」


「あの…その『種付け』ってのやめてくれるか。俺もその言葉を普通に使ってしまっているんだがな、本来はそういうものじゃないんだよ。どちらかというとそれは動物的な言い方になる。俺が言うのもなんだが、俺も辛くなってくるよ」


「わかりました…でもなんて言えば?」


 確かに…ここにきてなんて言ったらいいか言葉に詰まる。ここしばらくずっと種付けとか、行為とか言って来た。だけどそんなんだど、桜輔は普通の恋愛が出来なくなってしまいそうだ。息子にこんなこと言うのは恥ずかしい…でも…言わなければならない。


「まあ…なんと言ってもいいんだが、エッチとかメイキングラブとかそんな感じでいいんじゃないか?」


 メイキングラブなんて言わねえか…


「分かりました。その『エッチ』を義務づけられて延々とやり続ける父さんは、特殊な訓練を受けているのでしょう?」


 えっ?ないない!特殊な訓練なんてまったく受けていない…なんだ特殊な訓練って…


「そんなもんないよ。ただ健康管理をされてスケジューリングを組まれ、俺の体調を診ながら行われているだけだ。俺が勝手に凄いわけじゃなく、周りがそうやって俺を管理しているだけだよ」


「そうだったんだ…」


 こいつは俺を何だと思っていたのだろう?俺が生まれながらにしての性豪だとでも思っていたのだろうか?


「ここだけの話だがな、俺は本当の本当にはな…一人の女性だけを愛し続けたい性格なんだよ。だけど人類の存亡とか言われて必死にやって来ただけなんだ。お前には分からんだろうが、もう辛くて辛くてしょうがないんだよ。四十歳も過ぎたころから限界をとうに超えているんだ」


「…本当ですか?」


「こんなところで嘘ついてどうすんだよ。俺はもうしたくなくて、次の世代にかけてるんだよ!まあ子供のお前にこんなこと言っちゃうのもなんだがな、俺はもう引退したくて仕方がないんだ!」


 ついつい強い口調で言ってしまった!ホントの本気でエッチをするのが嫌なので、めっちゃ力が入ってしまった!


「……」


 桜輔が少し引いている。


「すまん。声を荒げてしまった。だがな、お前の気持ちはめちゃくちゃ痛いほどよくわかるんだよ」


「父さん…そうだったんですね…」


「そうだ」


 すると桜輔の体から力が抜けたようだった。何やら気持ちも緩んだように見える。


「意外だったか?」


「うん。周りの話からは、凄い超人でいついかなる時もやれるモンスターなんだって聞いていたから。意外過ぎて何か力が抜けたよ」


「ははは。だろ?俺だって普通の男なんだよ、たまったまゾンビキラー細胞なんか持って生まれたから、こんなことになっちまったんだ。できることならこんなことにはなりたくなかったんだよ」


「なんか…それを聞いて安心した。父さんって呼ぶのもおこがましいと思っていたから」


「バカ言え。俺はお前の父さんだし、性豪でもないよ」


「父さんも辛かったんだね」


 逆に息子から慰められてしまった。だがなんだが桜輔との距離が縮まったように思えた。


「まあな。それで遠くに行きたいって話だけどな、俺は賛成だ。だが見知らぬ土地ではどんな事が起きるか分からんぞ。ここまでの検証でゾンビは間違いなく消せるのは確認しているが、怖いのはゾンビだけではない」


「ああ、人間も怖いんでしょ?」


「そうだ。縄張りを守るために攻撃をしてくる相手もいるだろうな」


「まあそれは少しわかる。人命救助の時に何度か抵抗にあった事もあるから」


「そういえばそうだったな。そして、お前の生まれる前は銃で武装しているやつらもいたんだぞ」


「でも今は仲間になってるんだよね?」


「そう、人間話せばわかるって言うか…そんな感じでだな」


「ならば俺にも出来ると思うんだ」


 …確かに、俺とは違い、生まれながらこのサバイバルの世界で生きて来た桜輔になら出来るかもしれない。俺は直感的にそう思ってしまった。


「俺は隊を組んで遠征の延長で良いと思うんだが、それではダメなのか?」


「…ああ。俺は俺の力で生き抜いてみたいんだよ。外の世界で自分の力を試してみたいんだ!死んだら死んだで俺の力が及ばなかったって事さ」


「思っているより過酷だぞ?」


「大丈夫だよ、ほら」

 

 桜輔は俺の前で服を脱ぎ始めた。一体何のつもりだ?と思っていたがその答えが分かった。


「すげえな…」


「ずっと鍛え続けてきたからね。武術は吉永さんに教わったし、他のサバイバル術は他のお母さん達に教えてもらったんだ」


 服を脱いだ桜輔の肉体は鋼のようだった。理想的な筋肉が体を鎧のように覆い、あちこちに傷が出来ていた。まるで歴戦の勇士と言った雰囲気を醸し出してる。俺もずっとジムで鍛え続けてきたから、筋肉はしっかりと付いているが、桜輔のそれはもっと実戦的な筋肉だった。


「いろんな格闘技や、銃火器の扱い、サバイバル術、車や重機の操縦も覚えたよ」


「…いつからやってた?」


「恐らく物心ついたころから少しずつ。本格的に始めたのは八歳ごろかな」


「そうか…父さん少し誤解していたよ。ただ嫌なだけなのかと思っていた。だがそこまでやっているからには考えがあるんだろう?」


「実は自分の隠れ家にデカい車を隠してある。その中に武器弾薬やサバイバル用品が詰まっているんだ。回収の時にコツコツ集めたんだ。そして俺はエリア外で人を助け、そこで好きな女を見つけて一生涯ひとりの人と寄り添って生きていきたい!」


 本気だ。そして俺はこの本気の息子に、自分の夢を託したいと思った。


「本当に危険だぞ?」


「だから冒険なんだよね?」


「まあそう言う事だ。あと危険と分かったら容赦なく相手を殺せるか?」


「問題ない。吉永さんから徹底的に叩き込まれた」


 さすが皇族のSPをやっていた吉永さんの教育はハンパない。自身に満ち溢れた桜輔の肩を俺はグッとつかんだ。


「わかった。その隠れ家の事は?」


「誰にも言ってない」


「なら、誰にも言うな。そしてこのことは口外するんじゃない。間違いなく保守派の反対を受けるだろう。お前はいつ旅立ちたいんだ?」


「今すぐにでも!」


 桜輔はウズウズしたように右手をグーに握って、パン!と反対の手のひらを打ち付けた。すっごく頼もしい成長を見て俺は嬉しくなった。この若さが羨ましくもある。


「よし!美桜と協議の上、日にちを決めよう。だが…覚悟は良いか?母さんに二度と会えなくなるかもしれないんだぞ」


「母さんとはもう話がついている」


「分かった…。そして一つ約束しろ。帰って来たくなったらいつでも帰ってこい、俺は誰にも文句は言わせない」


「ありがとう父さん!」


「お前の気持ちは分かった。いいか?出発の日まで誰にも内緒だぞ」


「うん!」


 そうして俺と桜輔の密談は終わった。桜輔の決心はその準備に全て現れている。嬉しそうな表情を浮かべて桜輔は部屋を出て行くのだった。


「せがれが…成長するのってこんな感じなんだな…」


 あいつの夢の為に俺は全力でサポートする事にしよう。あいつの門出までに、万端な準備ができるようこっそり装備を整える手伝いをしようと思うのだった。

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