第195話 昼食国会
俺は総理大臣と言うより王になってしまった。俺達の勢力は関東に広がり、ほぼ全域に俺の子供がわんさかいる。しかも誰が言い出したのかは分からないが、この国の名は近頼国と呼ばれるようになってしまった。
「近頼様!」
この呼び方もやめてほしい、様なんて俺には似合わない。何度もそう言ってきたが、言うのが疲れたので言わなくなった。
「はいー」
「お食事の用意ができました!」
「いきまーす」
俺が女の子に連れられて食堂にいくと、すでに幹部連中が待っていた。あのアパートの隣に住んでいた栞もだいぶ年齢を重ね三十代半をすぎていた。その栞が近づいて来て俺に言う。
「志願者が10名ほどいるわ」
昔はこんなことを言う子じゃなかった。だが今では落ち着いて業務をこなすようにしているようだ。俺に女の写真が入ったタブレットを渡してくる。長尾栞は俺の秘書をやっているのだった。
「わかったー。じゃあ飯の後で選ぶから置いといて」
「ええ」
そして俺が席に座ると全員が席に座った。
なにも、最初から座ってくれててもいいのにな。偉くなりたいわけじゃないんだが。
「今日は和牛よ」
「そうか」
もうなにも驚くこともなかった。野生化した牛を獣医やら農家の女が捕まえて、放牧に成功したのだった。都会のど真ん中には牛舎もある。
「どうぞ」
俺の目の前にステーキと赤ワインが置かれた。なんとも美味そうな香りが漂よう。
「さ、お先に」
「遠慮なく」
「では食べながらお聞きください」
橋本里奈もすでに三十半ばとなった。そう、橋本里奈はいまや近頼国の官房長官なのだ。
「神奈川、千葉、群馬、山梨、埼玉の都心部の捜索はほぼ終わりました。あとは山間部や過疎地となりますが、その先の都市部に行くか集落を探すかというところまで来ています」
「なるほどね」
もぐもぐ。俺は肉を咀嚼しながら聞いていた。肉は少し硬くやはり野生化した牛の食感になっている。細かい『さし』などは入っていなかった。だけど新鮮な肉はやはり美味い。
「私たちが話し合った結果、近隣五県の都心部に拠点をつくり拡大するという事になりました。それについて意見はございますか?」
「それがベストでしょ」
俺は素直な感想を述べる。
パチパチパチパチ!
なぜかそれだけで拍手が巻き起こった。いやいや、だってそれが一番安全だし。
「わかりました。ではつぎに農林水産大臣」
「はい」
次に呼ばれたのは元皇室のプリンセスの菜子様だった。彼女には本来のプリンセスとしての立場を貫いて欲しかったが、自ら名乗り出て絶対に譲らなかった。
「現在、放牧の方は、牛、羊、鶏が順調です。都市に散らばった仲間たちの肉は全て供給できそうです。野犬対策は交代制で行い、電気の柵も有効に働いています」
「それはすごい」
「あと野菜ですが、ネギやきゅうり、茄子、トマト、じゃがいもなど順調に収穫できています。また苗の育成も順調であり、まもなく水田の準備ができますので5月になったら田植えをしたいと思います」
マジか…今年の秋は何年かぶりに新米が食える?そりゃ楽しみだな。
「最後に魚の養殖ですが、東京湾の生簀では順調に鯛や鰤が育っています。まもなく食卓に刺身が上がるでしょう」
「凄い!よくそこまですすめてくれたね、みんなもよろこぶよ!」
パチパチパチパチ!また拍手が起きる。なんかあまり好きじゃない。
「では次に衛生担当大臣」
「はい」
普通の世界なら厚生労働省に該当する省だ。もちろん発表するのは華江先生だった。
「まずは出産についてですが、順調に週に二人のペースで生まれています。遺伝子が強いためか死産などはなく順調です。近頼代表の頑張りのおかげであると思います」
パチパチパチパチパチパチ
より一層盛大な拍手が起きる。確かに先生の言う通りかもしれない。最初は不能だった俺が仕事として種付けをしているが、もうすぐ四十歳だと言うのに現場では即戦力だった。これはあれだ。セクシービデオ男優のようなものだ。仕事として現場にはいると自由自在なのだ。習慣というものは恐ろしいものだった。
「そしてゾンビ対策製剤の治験ですが、これもおおむね順調で感染者の治癒に効果を確認しています。ゾンビ変異体には試験したことがございませんが、生きている人間にならば有効です」
「おかげで救出できる人間の数が、劇的に増えたもんね」
「はい」
パチパチパチパチ
また拍手が起きる。こんなに大勢に見られながら飯を食うのにも慣れた。
「そして代表に朗報です。第一世代の男児と救出者の精子の着床を確認しました。これまでは近親相関関係にならぬよう妊娠を避けておりましたが、救出者と第一世代による子供が10カ月後には生まれるでしょう」
「そうか!じゃあ俺に孫ができるんだ!」
「はい」
パチパチパチパチパチパチ!
さらに盛大な拍手喝采がおきた。これまでは全員が俺の子供だから、兄妹同士での性行為は禁止していた。だが俺の子と救出者なら赤の他人である、それならば問題ないだろうと許可していたのだった。そしてこれは俺にとって、本当の本当に大朗報だ。まもなく俺は子作りから解放されるかもしれない!もう見ず知らずの女の人とエッチをせずに済む!
つい泣きそうになった。
はっきり言って子作り作業はもうたくさんだ!子作り作業が苦痛で苦痛でたまらなかった。それなのに現場に行くときちんと機能するのだ、俺はゾンビ世界の種馬なのだ。
「その試験は大いに進めて下さい!第一世代は確か十四か十五歳だったね。ぜひ彼らにもご褒美をあげてほしい!」
「かしこまりました。それではそのようにいたしましょう。また救出者を見つけた場合には進めさせていただきます。ですがある程度年齢がいってるかたは、引き続き代表がお相手をお願いします」
「あの…その…二十歳以上って言うボーダーラインなんだけど、もう少し上げられない?例えば二十五歳とか?」
「申し訳ございませんが、あと五年お待ちください。第一世代が二十歳になるまで」
「何故?」
「出来れば十代の子には十代を、でないと虐待になりかねませんよ。代表」
華江先生がキラリと鋭い眼差しを送ってくるので、俺は渋々了承した。
パチパチパチパチパチパチ
了承したら拍手が起きた。皆も同意見らしかった。仕方がない、あと五年というと俺は四十歳半ば…も、もう少しの辛抱だ。頑張れるところまで頑張るしかない!歯を食いしばってやるしか…代表として、代表者種付け作業ゼロ運動をしたいが、人道的にと言われると了承するしかない。
「また、代表同様、子供たちには疾患や病気などはなく、遺伝子による影響があると結論づけました。明らかに代表の子供は次世代の人間と言うにふさわしいと思われます」
「あ、ああそうなんだ。とにかく元気なら何よりだ」
パチパチパチパチパチパチ
何故拍手?
「ではエネルギー大臣」
「はい」
吉川沙織がたちあがる。
「かねてから話題となっておりました、千葉に座礁していたタンカーの件でございます。やはり石油の搬送中に船員がゾンビにより全滅したと考えて、間違いありません。しかも中には石油が満載で、油漏れなども起きておりませんでした」
「それも凄いな!」
「はい。いまはタンクローリー部隊でピストン搬送しており、東京のコンビナートに重油を搬入しております」
「わかった。貴重なエネルギーだ、事故に気をつけて慎重に事を運んでくれ」
「かしこまりました。また、五県各所に点在しているガソリンスタンドですが、ほぼ手付かずのところが数百におよびます。それらも全て回収し都市部へと集中させております」
「やはり各都市に拠点を作るのがベストだな」
「以上です。では教育子育て大臣」
「はい」
立ち上ったのは白岩真衣だった。
「では次に私の方から…」
近頼国は既に小さな国として機能しつつあった。本当にゾンビの世界に生きているのかと錯覚するが、間違いなくこの国は存在する。白岩麻衣からの報告が終わり次の人に周っていく。大臣十四名に全て周って俺の食事が終わる。メインディッシュから副菜やデザートまで食べて満足だ。
「ごちそうさま」
俺のごちそうさまの合図がこの会終了の合図だった。
「これにて終了!」
橋本里奈が閉めて会は終わる。
そう、俺の昼飯の時間は国会なのだった。