第189話 未来へ
私たちの拠点にはかなりの人数がいる。ここのルールは全ての人が知っており、各自が自分の分担をこなしていた。生存者は前職のスキルを活かして仕事が決められるようになった。
一つの社会が形成されつつある。
「こうなってみると、女優なんてあまり役に立つ事は無いなって思う。」
「なーに言ってんの里奈。私なんか就職だってした事ないんだよ。」
「まあそう言われればそうだけど。」
「だって里奈は遠征の時欠かせない存在になってるじゃん。」
「…それはそうか。」
そう。生存者を発見した時に、私の認知度はそこそこ役に立つことが分かった。ある程度は私が説得すると、早い段階で信頼関係が結べるようなのだ。
「だから里奈は十分役に立ってるって。私なんてほんと肉体労働者よ。」
「遠征の時以外は、私だってやってる事あんま変わんないよ。」
「はは、まあそうだね。」
「てかさ、美容師さんを救出できたの何気におっきくない?」
「おっきい!可愛い髪形にしてもらえるよね。」
「ホントホント。しかも原宿でやってた人だって、アイドルのスタイリストだったらしいよ。」
そんなことを話している私もあゆみの髪型も、少しおしゃれになっているのだった。
「あと精肉屋さんの解体している人を助けたのもおっきいと思わない?」
「おっきい!あの人スーパーの調理場で働いていたみたいだけどね。」
「うん。そのおかげで狩りをしてきた肉のクオリティが上がったよね。」
「うんうん。」
「あと居酒屋のおかみさん!」
「ああ!おっきい!」
私たちの会話は弾む。
更には華江先生の助けになりそうな製薬会社で働いていた人や、未華さんの助けになりそうな設備の現場をやってた人など、それぞれの部署で役に立つ人を仲間にすることも出来ていた。
「案外さ…役所の人とかパッとしないよね。特別に出来る事が多いわけでもないし。」
あゆみが言う。
「やっぱり事務所職って、もっと文明が安定している時じゃないと必要ないのかもしれない。」
「まあそんな人たちは私と一緒に、お掃除洗濯と物資の回収よ。」
「一生懸命やっているしそれはそれでいいと思う。」
「だね。」
どちらかというと、こういったサバイバルな状況下では手に職をつけている人の方が、やれることは多いようだった。事務系やIT関連の仕事をしていた人は、インターネットが無い為に、家事や肉体労働をすることになっている。唯一倉庫管理会社の事務の人が、パソコンで食料や不足物資の管理をするのに慣れているようだ。
「これからもいろんな人を助ける事になるんだろうね。」
「まだ生きていてくれればね。」
「年数がたてばたつだけ、その可能性は減っていくんだよね。」
「うん…。」
そして私たちが活動してきた中では、まだ一度も男性を救出したことは無かった。女性達だけでしぶとく生き抜いて来た人たちだ。人の居ない森の奥で農業のような事をやって生きていた人もいた。海沿いでバリケードを作り魚を釣って生きている人もいた。農場に柵を作り家畜を育てながら生きていた人もいた。
「でも人って本当に凄いと思う。」
「だよね。あんな状況でも生きているんだから、武器を手に入れて食料を手に入れて。遠藤さんみたいな力を持っていないのに、良く生きて来れたなって思う。」
「だね。」
私たちは遠征などを重ねて、いろんな場所で生きている人を見つける事が出来た。おかげで釣りをしている人に魚は問題なく食べられる事を教えてもらい、家畜はゾンビにはならないので放牧して生きられる事を知り、人の居ないところなら農業だってできる事を知った。
「だいぶ食料事情が良くなってきたしね。」
「みんなのおかげだよ。」
しみじみそう思う。缶詰や乾燥穀類などで生きて来た私達からすれば、新鮮な魚や野菜は宝石のようだった。逆に釣りをする人たちにとっても、私たちのゾンビ除去能力を利用する事で、自由に漁場を変える事が出来るようになった。家畜を放牧していた人たちは、遠藤さんの子供と母親が住むことで、ゾンビが侵入してくる事は無くなった。畑にも親子や妊婦を連れて行く事で、ゾンビにおびえながら作業をすることがなくなった。
閉鎖的だった私たちの環境はいつしか生産性が高まり、更に人間らしい生活を取り戻しつつあるのだった。生存領域が少しずつ広げられてきたのだ。いろんな能力を持った人たちのおかげで、環境が変わっていく。
「これから私たちも頑張らなきゃね。」
「そうだね。」
私たちが話をしていると、不意に声がかかる。
「里奈さん、あゆみさん。」
後ろを振り向くと美桜ちゃんがいた。彼女も15歳になっている。そしてその腕には小さな命を抱いていた。
「あら!桜輔ちゃん!会いに来てくれたんでしゅかー?」
「あゆみおねえちゃんですよー。」
私たちが赤ちゃんに声をかける。
「なんか、里奈さんとあゆみさんが話しているところにくると、この子寝るんですよねー。」
「なんでだろうね。子守歌みたいに聞こえるのかな? 」
私が言う。
「そうかもしれません。」
美桜ちゃんが言う通り、桜輔はスヤスヤと寝てしまった。
「かわいいわ。」
「そうね。」
「ふふふ。ありがとうございます。」
若い彼女が大きな決断をした事は、このグループに大きな変化を与える事となった。皆がさらに堅い決心をして先に進むことを選んだのだった。未来に向けて出来る限りのことをやる。全員が同じ方向を向いて進んでいた。
未来がどうなるかはここにいる誰も分からない。だけどこれから救えるかもしれない命も含め、私たちのやる事は決まっているのだった。
世界を正常化する。
そんなことを聞いたら、とても大それた目標だと思うだろう。だが私たちはその果てしない一歩を踏み出したのだった。
未来へ向けて。